学位論文要旨



No 118362
著者(漢字) 川野,健一
著者(英字)
著者(カナ) カワノ,ケンイチ
標題(和) 老化関連遺伝子klothoとPPAR-γ多型の閉経後女性骨密度への関与
標題(洋)
報告番号 118362
報告番号 甲18362
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2169号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 講師 川口,浩
内容要旨 要旨を表示する

 骨粗鬆症は骨密度の減少および骨構造の変化に象徴される全身性の骨疾患であり、骨折の危険性を高めると同時に、罹病率、死亡率の増加をもたらしている。特に、女性においては一生の間に最大骨董のうち皮質骨の35%、海綿骨の50%を失うとされており、骨粗鬆症は女性にとってより重要な問題である。女性の生涯における骨量の変化は3相にわかれており、青壮年期に最大骨量を得た後、エストロゲン欠乏により、閉経直後に海綿骨優位の骨塩喪失が急速に起こる。その後加齢による緩徐な骨量減少へと移行していくことになる。この加齢に伴う骨代謝の変化に関しては未だ不明な点が多い。

 これまでの様々な研究成果により、骨粗鬆症の背景に遺伝的因子の存在することが明らかになってきた。双生児および家系による研究から、遺伝的因子の寄与度は50-90%であるとも言われており、骨粗鬆症に関与する遺伝子を検索し、同定することは、骨粗鬆症の早期診断、骨折の防止などにつながり、高齢化社会において大変重要な課題とも言える。

 近年、Kuro-oらはヒトの老化のモデルマウスを確立し、klothoと名付けた。このマウスは新しい膜1回貫通型の蛋白をコードしているklotho遺伝子を欠失しており、ヒトの老化に関連した様々な表現型を呈する。中でも骨に見られる骨量減少は、低回転型の骨量減少であることがわかっており、ヒトの加齢現象の一つと考えられる。

 一方、Peroxisome proliferator-activated receptorγ(ペルオキソーム増殖剤応答性受容体γ型 以下PPARGと略す)はリガンド依存性の転写因子の働きをもつ核内受容体で、主に脂肪細胞の分化、糖、脂質のホメオスターシスを調節している。近年この分子が骨芽細胞の分化にも関与していることがわかってきており、PPARGヘテロノックアウトマウスを用いた研究により、PPARGが骨芽細胞抑制因子として加齢による骨量減少に関与している可能性が示されている。

 本研究の目的は加齢による骨量減少に関与している可能性のあるklotho、PPARG遺伝子について、遺伝子多型による骨密度への関与を検討することである。両遺伝子について、蛋白翻訳領域における1塩基多型(single nucleotide polymorphism以下SNPと略す)を検索し、見つかったSNPについて骨密度との相関を調べた。

 klotho遺伝子のSNPの検索にはイギリス在住の白人女性と日本人女性のDNAを用いた。ダイレクトシークエンス法で検索した結果、白人女性で3つ、日本人女性で6つのSNPを検出した。同定された全11個のSNPのうち、3つは両人種に共通であった。3つのうち1つはプロモーター領域(G-395A)に、2つはエクソン4(C1818TとC2298T)に位置していた。エクソン4のSNPはアミノ酸の置換を伴わない多型であった。両人種においてこれらのSNPのマイナーアレルの頻度は高かったが、人種間で有意に異なっていた。次にこの両人種に共通の3つのSNPについて骨密度との関連を検討した。対象は白人女性1187名(年齢18〜72歳、平均47.1±12.0歳)、日本人女性215名(年齢66〜92歳、平均72.9±5.5歳)である。閉経、加齢は女性の骨量減少における主要因子であるため、広い年齢層におよぶ白人女性の解析に際しては、閉経前後そして閉経後の年齢による階層化を行いそれぞれの群で骨密度との相関を調べた。各群におけるマイナーアレルの頻度に有意な差はなかった。また、身長、体重、BMIについても各群の遺伝子型による有意な差はなかった(全てP>0.05)。まず、1187名の白人女性全体では、3つのSNPにおいてメジャーアレルとマイナーアレル間で全身の骨密度に有意な差はなかった。次に閉経の前後にわけて検討すると、閉経後群(364名)ではC1818T SNPと骨密度に有意な相関が見られ、マイナーアレルであるTをもつ群がメジャーアレルであるCをもつ群に比べ骨密度が低いという結果であった(P=0.029)。この閉経後の集団を更に「54歳以下」、「55〜64歳」、「65歳以上」の3つに階層化して検討すると、最高齢である「65歳以上」の年齢層では、C1818T(P=0.010)のみならずG-395A(P=0.001)も骨密度との相関を示した。より若い他の年齢層では明らかな相関は見られなかった。また、3つの遺伝子型における解析では、この「65歳以上」の年齢層においてG-395A(P=0.003)、C1818T(P=0.014)にて明らかな相関が見られており、BMDはマイナーアレルを含む程、低下する傾向にあった。以上の結果は年齢、体重でBMDを補正した値であるZスコアーを用いても同様であった。G-395A SNPとC1818T SNPのハプロタイプによる解析では閉経後女性およびその最高齢層においてマイナーアレルはより低い骨密度を呈する結果となった。

 白人女性で認められたSNPと骨密度との関連について、遺伝的に異なる人種にもあてはまるかどうかを調べるため、同様の解析を日本人の閉経後女性215名(全例65歳以上)について行った。その結果、この集団においてもG-395とC1818Tでは骨密度との有意な相関が見られた(P=0.023、0.035)。またこれらの結果はZスコアーを用いた解析でも変わらず、2つのSNPを組み合わせたハプロタイプの解析でもP値が0.009と有意な相関を示した。

 閉経後女性の骨密度に関連のあったSNPの機能について検討した。G-395A SNPはプロモーター領域に位置しているため、その機能に影響している可能性がある。このG→Aアミノ酸置換の影響を確認すべく、Electrophoretic mobility shift assayを行い、DNAとタンパクの結合能を検討した。Klotho遺伝子は腎臓など特定の臓器にしか発現しておらず、骨、骨髄には発現していない。まず、ヒト胎生期腎臓由来の293細胞でのヒトklotho遺伝子の発現をRT-PCR法にて確認し、この細胞を実験に用いた。G-395Aの2種類の塩基を含んだ24塩基の合成オリゴヌクレオチドを作製し、293細胞の核抽出液とインキュベートした。するとG、Aそれぞれの塩基を含むオリゴで異なった結合パターンを示し、DNA-タンパク間の結合はAを持つオリゴよりもGを持つオリゴにおいてより強かった。アイソトープでラベルしていないオリゴを用いたコンペティター実験でも、その添加する濃度に比例して、DNA-タンパク複合体の量が減少し、100倍添加では複合体のバンドを消し去る程になった。また、どの濃度の非ラベル化オリゴにおいてもAを持つオリゴよりもGをもつオリゴの方が強く競合しているのがわかった。これらの結果より、おそらく転写因子と考えられる複合体中のタンパクの結合能はプロモーター領域のG→Aアミノ酸置換により阻害され、klotho遺伝子の発現量を変化させている可能性がある。次にこのSNPによるklotho遺伝子の発現量の変化をluciferase assayを用いて検討したが、GアレルはAアレルよりもルシフェラーゼ活性をあげる傾向にあったが、有意な差ではなかった。

 ヒトPPARG遺伝子におけるSNPの検索には日本人のサンプルを用いた。その結果、エクソンB、エクソン5、エクソン6内に一カ所ずつ点変異を見い出した。エクソンB内のSNPはアミノ酸の置換を伴うものであったが、他の2カ所はアミノ酸の置換を伴わなかった。3つのSNPともアレル頻度は比較的小さかった。

 これらのSNPと骨密度の関連を検討した。対象は501名の日本人閉経後女性である(年齢65〜93歳、平均73.6±5.8歳)。klotho遺伝子と同じく、加齢による影響を検討するため、全体を3つの年齢層(69歳以下、70〜79歳、80歳以上)にわけて分析した。検出された3つのSNPにおいても、各群におけるマイナーアレルの頻度に有意な差はなかった。また、身長、体重、BMIについても各群の遺伝子型による有意な差はなかった(全てP>0.05)。

 各SNPと骨密度との相関を調べた結果、一明らかな相関は見られなかった。また年齢により階層化した集団においても同様の結果であった。Zスコアーを用いた解析、ハプロタイプの解析でも有意な差はなかった。

 本研究では、加齢による骨量減少に関与していると考えられるklotho、PPARG遺伝子について、遺伝子多型の骨密度への関与を検討した。klotho遺伝子の解析では白人女性を閉経の状態および年齢により階層化して分析した。klotho遺伝子多型は閉経の有無、年齢との関連を示さなかったが、高齢の閉経後女性の骨密度と有意な相関を示し、閉経前女性や、比較的若い閉経後女性の骨密度との相関はなかった。このことは、最大骨量や閉経による骨董減少ではなく、加齢による骨董減少の病態生理にklotho遺伝子が関与している可能性を示唆している。PPARG遺伝子については、骨密度との関連を示すことはできなかったが、本研究で新たに見つかったSNPは骨代謝、脂質代謝の表現型のマーカーとなる可能性がある。

 老化による骨粗鬆化の病態は決して単一の分子異常によって説明しうるものではなく、おそらく局所因子の異常による骨芽細胞の機能低下を主原因として、それに全身性因子の異常が修飾して起こるものと推測される。今後も本研究のようなゲノム解析の手法によりさらに詳細な分子レベルにおけるメカニズムの解明が進むものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、老化性の骨粗鬆化の分子生物学的メカニズムを解明することを目的として、ノックアウトマウスの解析結果より、老化性の骨粗鬆症に関与している可能性のあるklothoおよびPPARγ遺伝子多型の閉経後女性骨密度への関与を検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1.まず、ヒトklotho遺伝子の蛋白翻訳領域における1塩基多型(single nucleotide polymorphism以下SNPと略す)を、白色人種および日本人女性のDNAで検索した。白人女性で8つ、日本人女性で6つのSNPを検出した。同定された全11個のSNPのうち、3つは両人種に共通であった。3つのうち1つはプロモーター領域(G-395A)に、2つはエクソン4(C1818TとC2298T)に位置していた。エクソン4のSNPはアミノ酸の置換を伴わない多型であった。

 2.次にこの両人種に共通の3つのSNPについて骨密度との関連を検討した。白人女性1187名全体では各SNPと骨密度との間に有意な相関は見られなかったが、白人女性のうち閉経後群(364名)ではC1818T SNPと骨密度に有意な相関が見られ、マイナーアレルであるTをもつ群がメジャーアレルであるCをもつ群に比べ骨密度が低いという結果であった(P=O.029)。また、65歳以上の高齢者群では、C1818T(P=0.010)のみならずG-395A(P=0.001)も骨密度との相関を示した。以上の結果は年齢、体重でBMDを補正した値であるZスコアーを用いても同様であった。G-395A SNPとC1818T SNPのハプロタイプによる解析では閉経後女性およびその最高齢層においてマイナーアレルはより低い骨密度を呈する結果となった。日本人の閉経後女性についても同様の解析を行ったところ、この集団においてもG-395AとC1818Tでは骨密度との有意な相関が見られた(P=0.023、0.035)。またこれらの結果はZスコアーを用いた解析でも変わらず、2つのSNPを組み合わせたハプロタイプの解析でもP値が0.OO9と有意な相関を示した。以上の結果より、ヒトklotho遺伝子の多型は人種をこえて高齢女性の骨密度に関与していることが示された。

 3.閉経後女性の骨密度に関連のあったSNPの機能について検討した。Electrophoretic mobility shift assayの結果、プロモーター領域のSNP(G-395A)は293細胞においてタンパクとDNAの結合能に影響を与えていることがわかった。但し、luciferase assayの結果ではGとAの違いでklotho遺伝子の転写活性に有意な差はでなかった。また、ヒトの腎臓のサンプルを用い、C1818T SNPによるmRNAのsplicing variantの有無を調べたが明らかな変異は認めなかった。

 4.ヒトPPARγ遺伝子の翻訳領域におけるSNPの検索を行った。その結果、エクソンB、エクソン5、エクソン6内に一カ所ずつ点変異を見い出した。エクソンB内のSNPはアミノ酸の置換を伴うものであったが、他の2カ所はアミノ酸の置換を伴わなかった。

 5.これらのSNPと日本人閉経後女性の骨密度との関連を検討した。しかし、各SNPと骨密度との間に明らかな相関は見られなかった。Zスコアーを用いた解析、ハプロタイプの解析でも有意な差はなかった。この結果より、PPARγ遺伝子多型の骨密度への寄与度は比較的小さいものと考えられた。

 以上、本論文は、加齢による骨量減少の病態生理にklotho遺伝子が関与している可能性を示した。本研究は、老化性の骨粗鬆化の分子生物学的メカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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