学位論文要旨



No 118364
著者(漢字) 星川,淳人
著者(英字)
著者(カナ) ホシカワ,アツト
標題(和) 可視光照射により硬化する光反応性ゼラチンの軟骨細胞移植における担体への応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 118364
報告番号 甲18364
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2171号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 井街,宏
 東京大学 助教授 岡崎,具樹
 東京大学 講師 江口,智明
 東京大学 講師 大西,五三男
内容要旨 要旨を表示する

 関節軟骨は自己修復能力に乏しく、傷害を受けた軟骨を硝子軟骨として再建するため、さまざまな細胞工学的手法が試みられている。なかでも軟骨細胞移植は期待される治療法のひとつで、細胞の運搬、局所への保持を目的とした優れた担体の開発は、軟骨細胞移植の成績を向上させる上で重要と考えられる。

 担体に求められる条件として 1)細胞の運搬、局所での保持が確実 2)最終的に生体に吸収される 3)良好な組織親和性 4)物理特性が軟骨に類似し、担体自身が人工軟骨としても機能しうることなどがあげられる。臨床ではコラーゲンゲルなどの生体高分子が使用されることが多いが、従来の担体には強度や隣接軟骨への接着といった物理的な役割は期待しえない。

【目的】可視光照射により重合することで自己硬化するスチレン化ゼラチンでは、これらの条件を満足しうる可能性があり、軟骨細胞移植における担体としての可能性を検討することを目的として、1)弾性率の測定。2)スチレン化ゼラチン内におけるcell viabilityの検討。3)スチレン化ゼラチン内で培養した軟骨細胞の形質の確認。4)ゼラチン内に産生された軟骨基質の定量。5)動物実験を行った。

【材料】使用したスチレン化ゼラチンは分子量95000のゼラチン中のリジン残基にスチレン基を結合させたものである。可視光を照射すると反応開始剤として添加したカンファキノンから発生したラジカルが、スチレン基中の二重結合に付加することによりスチレン基同士が重合することで硬化する。(図1)

【方法】

弾性率の測定

 20%FBSを含むDMEM培地とスチレン化ゼラチンを最終組成が重量比7:3となるように混合し、さらにゼラチン重量の0.1%相当のカンファキノン(CQ)を添加したゼラチン溶液を作製した。24穴マルチウェルプレート内で混合後、歯科用ハロゲンランプ(照射強度600mW/cm2)を用いて可視光を2分照射しゼラチンを硬化させた。得られた硬化体の弾性率をクリープ試験により測定した。

スチレン化ゼラチンヘの細胞包埋

 ゼラチン溶液50μlと培養液10μlに懸濁した細胞3×105を96穴マルチウェルプレート内で混合後、ゼラチンを硬化させた。細胞を包埋したゼラチン硬化体を24穴マルチウェルプレート内で培養した。

Cell vaibllityの検討

 軟骨系株細胞であるATDC5をゼラチンに包埋し、硬化直後、培養3日後、7日後に硬化体をコラゲナーゼ溶液で溶解し細胞を回収、MTT assayにより硬化体から回収された生存細胞数を計測した。

スチレン化ゼラチン内で培養した軟骨細胞の細胞形質の検討と産生基質の定量

 ウサギ関節軟骨細胞をゼラチン内で3、5、7、14、21日間培養した検体からRNAを抽出し、軟骨基質関連遺伝子の発現を半定量的RT-PCRにより調べた。さらに組織学的に軟骨基質産生の有無を観察した。包埋細胞による産生基質量の定量は、ゼラチン内で21日間培養した検体を溶解し、溶解液中のグリコサミノグリカンを沈殿させ、colorimetric methodにより行った。軟骨細胞をコラーゲンゲル内で培養したものを対照とした。

動物実験

 12羽のウサギ大腿骨穎部に作製した径4mmの軟骨欠損部にスチレン化ゼラチンを担体として他家関節軟骨細胞を移植した。移植2、4週後に屠殺し組織学的に観察した。

【結果】

クリープ試験

 ゼラチン硬化体は粘弾性体としてふるまった。圧縮弾性率は関節軟骨の約1/40であった。

Cell viability

 硬化直後に回収される細胞数は包埋した細胞の約半数で、培養3日後には約1/4に減少したが、7日後には細胞数は維持されていた。照射時間の延長、あるいは添加するカンファキノン量の増大により回収される生細胞数は減少した。

【細胞形質】

 RT-PCRによりtypeII collagen、aggrecan core protein mRNAの発現が確認されたが、typeI collagen mRNAの発現も認めた。mRNAの経時的変化、相対的発現量はコラーゲンゲル培養から得られたサンプルとほぼ同様であった。

 培養後1週の組織像では散在する細胞周囲にメタクロマジーを示す小腔を認めた。次第に小腔は拡大し、内部に含まれる細胞数の増加とともに小腔内の酸性ムコ多頭の沈着も増強していた。3週では小腔の周囲にもメタクロマジーを示す領域が拡大しゼラチン全体で酸性ムコ多頭の形成を認めた。(図2)ゼラチン内部における基質の染色性は表面近傍にくらべやや劣っていた。コラーゲンゲルはシュリンケージを起こし縮小していたが、基質の染色性は内部までより均一であった。

 包埋細胞による産生されるグリコサミノグリカンの総量、細胞数あたりの産生量は、スチレン化ゼラチンとコラーゲンゲルの間で有意差を認めなかった。

動物実験

 4週群の1羽に硝子軟骨様組織による再生を認めた。(図3)内部に存在する細胞は円形の細胞で周囲に小腔を認めた。隣接する正常軟骨とのintegrationは不十分であった。しかし、他の11羽の欠損部は線維性組織で充填され、軟骨組織は認めなかった。線維性組織中に内部に細胞の存在しないゼラチンの小片や、ゼラチンと考えられる小粒状物質を胞体内に認める細胞が存在していた。(図4)

【考察】

 従来担体として用いられてきたmatrixの濃度は1%前後であるのに対し、今回のゼラチン溶液の濃度は約40%ときわめて高い。さらにラジカル反応を利用して硬化するので細胞に傷害を与えることが危惧されたが、約1/4から1/6の細胞が生存していた。生存した軟骨細胞はその形質を維持し、3週後にはスチレン化ゼラチン全体に軟骨基質の形成を認めた。軟骨細胞はゼラチン内で本来の形態である円形を維持し、ゼラチンのシュリンケージは起きなかった。これらの結果は、スチレン化ゼラチンの軟骨細胞移植における担体としての可能性を示していると考えられる。

 しかしながら、in vivoでは安定した軟骨再生を得ることができなかった。移植部を充填している線維性組織の中に、ゼラチンを貪食したと考えられる細胞を認めたことから、移植したゼラチンが宿主により吸収されてしまったため軟骨再生がおこらなかったものと考えられた。

 産生されるグリコサミノグリカン量はコラーゲンゲルと同様であったが、コラーゲンゲルでは担体全体でほぼ均一に基質産生を認めたのに対し、スチレン化ゼラチンでは、表面近傍に比べて内部における基質の染色性が不均一、不十分であった。十分な硬化を得るために高濃度で用いる必要があるのに加えて重合による硬化であるために、その内部構造は非常に緊密でありゼラチン内部への培養液の移動が制限されていたためと考えられた。

 ゼラチンそのものは生分解性であるため、基質が産生されなければ宿主に吸収されてしまう。単層培養からゼラチン内という環境変化や硬化反応などによるcell viabilityの低下に加え、軟骨細胞移植に用いる担体として利用するにはある程度の厚みを有しなければならないため、栄養面での問題が加わることによって細胞活性の回復が不十分となり、十分な基質を産生できぬまま吸収を受けてしまったものと考えられた。

 in vivoでは満足すべき結果を得ることができなかったが、スチレン化ゼラチンの持つin situで硬化し移植直後から移植片自体が強度を有するという特性は、軟骨細胞移植の担体として臨床応用の面から考慮した場合非常に有益なものと考えられる。材料の改良や新たな材料との混合によって、強度を維持しつつ溶液濃度の低減をはかるなどして細胞や生体への適合性を改善し、今後も検討を重ねていく必要があると考えている。

図1:スチレン化ゼラチンの硬化反応

図2:スチレン化ゼラチンで培養したウサギ関節軟骨細胞(サフラニン・O染色)

図3:再生した硝子様関節 軟骨サフラニン・O染色

図4:吸収されたゼラチン片と食食細胞 サフラニン・O染色

審査要旨 要旨を表示する

 軟骨細胞移植は、従来の治療法では再生が困難とされてきた関節軟骨損傷に対する、細胞工学的手法を用いた代表的な治療法であり、細胞の運搬、局所への保持を目的とした優れた担体の開発は、その治療成績を向上させる上で重要と考えられる。可視光照射により重合することで硬化するスチレン化ゼラチンは、特にin situで硬化するという特徴により、軟骨細胞移植における担体としてこれまでに試みられてきた他の生体材料にない多くの利点を有していると考えられる。本研究は光反応性スチレン化ゼラチンの軟骨細胞移植における担体としての可能性を追求することを目的として、in vitroおよびin vivoにおける基礎的な検討を試みたのものであり、下記の結果を得ている。

 1.スチレン化ゼラチンと培養液を3:7の重量比で混合し、重合開始剤としてゼラチン重量の0.1%相当のカンファキノンを加えた溶液に、可視光(照射強度600mW/cm2)を2分間照射することで得られる硬化体の弾性率を静的クリープ試験により測定した。圧迫負荷を加えられた硬化体は、粘弾性体としてふるまい、その弾性率は関節軟骨の約1/40であった。また、弾性率はゼラチンに対するスチレン基導入率にほぼ比例して変化した。

 2.各スチレン基導入率のスチレン化ゼラチンによる溶液(スチレン基導入率:90%,75%,65%,50%,44%,25%)を、単層培養下の培養液に混合したところ、スチレン基導入率が65%以上のゼラチンを加えられた細胞は24時間後にはすべて培養皿より剥離した。強い疎水性を示すスチレン基と親水性を示すゼラチンとが共存するスチレン化ゼラチンが一種の界面活性剤として作用したため、細胞膜が傷害を受けた結果、細胞死にいたったものと推測した。

 3.スチレン基導入率44%のスチレン化ゼラチンと培養液を3:7の重量比で混合し、ゼラチン重量の0.1%相当のカンファキノンを加えた溶液に細胞を包埋し硬化させた後に培養した。その結果、培養1週後に包埋細胞の約1/4が生細胞として硬化体内から回収された。

 4.スチレン化ゼラチン硬化体内で培養された関節軟骨細胞は、半定量的RT-PCRの結果、typeII collagen、aggrecan core proteinなどの硝子軟骨特異的な基質タンパク遺伝子mRNAを発現し続け、その発現量および経時的変化はコラーゲンゲル内で培養された関節軟骨細胞から得られたサンプルとほぼ同様であった。また、組織学的観察により培養21日後には、包埋細胞は小腔を形成し、硬化体全体で軟骨基質を産生していた。以上の結果より、in vitroにおいては、スチレン化ゼラチン内で関節軟骨細胞は硬化反応を通じて生存し、細胞形質も維持していたため、担体としての可能性が示されたと考えた。しかし、組織学的にコラーゲンゲルを担体とした場合と比較して、担体中央部における基質の染色性に劣り、その緊密な構造のために硬化体内部への培養液の移動が制限され、栄養供給が十分になされなかったことが原因と考えられた。

 5.12羽のウサギ大腿骨頬部に作成した径4mmの軟骨欠損部に、5×106cell/mlの細胞密度でスチレン化ゼラチンに包埋した他家関節軟骨細胞を移植し、in situで硬化させた。移植4週後に屠殺した1羽に硝子軟骨様組織による再生を認めた。しかし、他の11羽の欠損部は線維性組織で充填され、軟骨組織は認めなかった。線維性組織中に内部に細胞の存在しないゼラチンの小片や、ゼラチンと考えられる小粒状物質を胞体内に認める細胞が存在していた。in vivoにおいて、軟骨基質の形成がおこらなかった原因として、ゼラチンヘの包埋に伴うcell viabilityの低下に加え、軟骨細胞移植に用いる担体として利用するにはある程度の厚みを有しなければならないため栄養面での問題が重なり、細胞活性の回復が不十分となり、十分な基質を産生できぬまま吸収を受けてしまったためと考えた。

 光反応性スチレン化ゼラチンの持つin situで硬化し移植直後から移植片自体が強度を有するという特性は、軟骨細胞移植の担体として臨床応用の面から考慮した場合非常に有益なものであるが、in vivoでは満足すべき結果を得ることができず、材料の改良などにより細胞や生体への適合性を改善し、さらなる検討を重ねていく必要がある。本論文は、基礎的な検討により軟骨細胞移植における担体としての、スチレン化ゼラチンの現時点における到達点と限界、問題点を明らかにしたものであり、その臨床応用に向けた研究の端緒として重要な位置を占めるものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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