No | 118365 | |
著者(漢字) | 松田,浩一 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | マツダ,コウイチ | |
標題(和) | p53下流遺伝子p53AIP1はミトコンドリアを介したアポトーシス経路を制御する | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 118365 | |
報告番号 | 甲18365 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2172号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | p53遺伝子は、ヒト癌の半数以上で変異が見られる癌抑制遺伝子である。p53は1979年、SV40でトランスフォームした細胞において、large T抗原と結合する53KDaの未知のタンパク質としてLevineらによって初めて報告された。当初は癌遺伝子の一つと考えられていたが、マウスの腫瘍細胞においてP53遺伝子の変異が観察されることや、正常型P53遺伝子の過剰発現系において、P53が増殖抑制作用を示すことより、細胞周期の負の制御因子として考えられるようになった。さらに1988年、大腸癌にて高頻度に欠失を認めていた第17番染色体短腕上の癌抑制遺伝子がp53であった事がVogelsteinらにより報告された。その後、ヒトの様々な癌においてp53遺伝子の変異が高頻度に報告され、さらに癌組織のみで変異がみられる体細胞変異だけでなく、1990年、若年発症型の多発癌を特徴とするLi-Fraumeni症候群の患者においてP53遺伝子の胚細胞変異が報告された。これらの研究により、現在P53遺伝子の癌抑制遺伝子としての地位は不動のものとなり、その重要性は明らかとなっている。 p53は転写因子として働き様々な下流遺伝子を発現誘導し、その癌抑制機能を発揮する。p53蛋白はDNAダメージなど細胞障害性のストレスによりリン酸化などの修飾を受け量的、質的に活性化され細胞内で増加する。活性化されたP53蛋白は転写調節因子として染色体上の特定のDNA配列に結合し、転写を活性化し下流遺伝子を発現誘導する。P53の下流遺伝子は100以上あると考えられておりその下流遺伝子を介して多様な生理活性を示す。p53の下流遺伝子の機能は多岐にわたるが、細胞周期の制御、アポトーシスの誘導、血管新生抑制、DNA修復、p53の質的量的制御、免疫系の賦活などが報告されている。その中でも特に重要なのが細胞周期の制御およびアポトーシスの誘導である。 紫外線など様々なストレスにより染色体DNAに傷が付くと細胞は癌化の危険性が増加する。このような細胞では増殖を止めたり、細胞死を誘導したりしてその細胞の癌化を防ぐ機構が必要となる。実際の細胞に紫外線や抗癌剤などでDNAダメージを与えるとp53蛋白が増加し、細胞は増殖の停止やアポトーシスを起こす。またウイルスベクター等を用いてP53蛋白を過剰発現させても細胞はG1期に停止したり、アポトーシスが誘導されたりする。 この細胞周期の制御およびアポトーシスの誘導がp53の最も重要な機能と一般に考えられていた。しかし、最近我々のグループはDNA修復に関係する新しいp53の標的遺伝子であるp53R2を単離した。その発見により、p53が増殖の制御や細胞死の誘導の他にゲノムの完全性を維持するという別の重要な役割を果たすという可能性を示唆した。つまり、P53はその標的遺伝子を細胞の状況に応じて選択し、ある場合は細胞死を引き起こしその細胞を除去する(アポトーシスの誘導)、又ある場合には細胞増殖を停止しその間に別の下流遺伝子の働きによりDNAの傷を修復させ細胞を正常な状態に戻す(細胞を修理する)というものである。これによってp53はダメージに応じて活性化され、細胞の生か死かという運命を決定するという重要な役割を持つ可能性が見いだされた。ではp53がどのように下流遺伝子を選択的に活性化し細胞の運命を決定するかという疑問が残るが、この疑問に答えたのがp53AIP1(p53-regulated Apotosis Inducing Protein 1)の誘導機構の解明である。 細胞にダメージが生じた際、p53が活性化し細胞周期の停止もしくはアポトーシスの誘導が起こってくるが、どのような場合に細胞死が起こりどのような場合に細胞周期停止が起こるかはこれまで不明であった。p53依存性のアポトーシスはp53による腫瘍抑制の最も重要な特徴であるが、その誘導メカニズムの大部分は未解明である。これまでbax、PIG3、Killer/DR5、Fas、Noxa、PERPおよびPUMAなどがP53依存性アポトーシスに対する、候補遺伝子として報告されてきたが、単独でどれもP53によるアポトーシス誘導のメカニズムを明白に説明することができない。 我々は、p53の46番目のセリン残基のリン酸化がp53によるアポトーシス誘導に重要である事を示し、このリン酸化によって特異的に誘導されてくる遺伝子としてP53AIP1を単離同定した。P53AIP1遺伝子は、3つのsplicing variant(α,β,γ)があり、それぞれ124、86、108のアミノ酸によってコードされる。p53AIP1α、P53AIP1βはミトコンドリアに局在し、細胞増殖を抑制することがわかっていた。DNA障害に応じてp53の活性化が起きるが、この際アポトーシスを誘導するような強いダメージの時にp53の46番目のセリン残基(以下Ser-46)がリン酸化を起こし、そしてそのリン酸化特異的にp53AIP1が誘導されることが我々の解析によってこれまでに証明されている。しかしp53AIP1が実際にどのように細胞にアポトーシスを誘導するか、どのような刺激によって発現誘導されてくるのかなどは不明であった。p53依存性アポトーシスの分子メカニズムをより明確にするために、p53AIP1のアポトーシス経路における役割をさらに明らかにする必要があると考え、我々はさらなるP53AIP1の機能解析を行った。 本編中ではまず、アポトーシス経路におけるp53AIP1の役割を解明するために、まずアンチセンスオリゴを用いた機能抑制系においてp53AIP1がp53依存性アポトーシスに不可欠な因子であることを証明した。またアデノウイルスを用いたp53AIP1の強発現により実際に著明にアポトーシスが誘導されること示した。 次にp53AIP1による実際のアポトーシス誘導のメカニズムについては、p53AIP1がミトコンドリアを介したアポトーシス経路に重要でSer-46のリン酸化特異的に発現誘導されることを内因性のダメージの系で証明した。またP53AIP1がbaxなどと同様、ミトコンドリアの膜電位の制御を通じてミトコンドリアからのcytochrome Cの放出を引き起こすことを示した。さらにp53AIP1はアポトーシスの負の制御因子であるbcl-2と結合しかつ機能的にも相関することを示した。 また実際に癌の遺伝子治療において臨床治験が行われているp5338と比べてもより強い程度で癌細胞にアポトーシスを誘導でき、p53遺伝子治療抵抗性の癌においてp53AIP1による遺伝子治療が一つの選択肢となりうる可能性があることを示した。 | |
審査要旨 | 本研究は発癌において重要な役割を演じている癌抑制遺伝子p53の癌抑制機構を明らかにするための新規下流遺伝子p53AIP1の機能解析を行った。アンチセンスオリゴヌクレオチドを用いて機能抑制を行った系、およびアデノウイルスを用いて細胞に過剰発現させた系にてp53の最も重要な機能であるアポトーシス誘導への関与を調べた。またp53AIP1を用いた癌の遺伝子治療の可能性を検討し、以下の結果を得ている。 1.まずアポトーシス経路におけるp53AIP1の役割を解明するために、アンチセンスオリゴを用いた機能抑制系においてp53AIP1がp53依存性アポトーシスに不可欠な因子であることを示した。またアデノウイルスを用いたp53AIP1の強発現により実際に著明にアポトーシスが誘導されること示した。 2.次にp53AIP1による実際のアポトーシス誘導のメカニズムについては、p53AIP1がミトコンドリアを介したアポトーシス刺激によりSer-46のリン酸化特異的に発現誘導されることを内因性のダメージの系で証明した。またP53AIP1がbaxなどと同様、ミトコンドリアの膜電位の制御を通じてミトコンドリアからのcytochrome Cの放出を引き起こすことを示した。 3.さらにp53AIP1はアポトーシスの負の制御因子であるbcl-2と結合しかつ機能的にも相関すること、を示した。 4.また実際に癌の遺伝子治療において臨床治験が行われているp53と比べてもより強い程度で癌細胞にアポトーシスを誘導でき、p53遺伝子治療抵抗性の癌においてP53AIP1による遺伝子治療が一つの選択肢となりうる可能性があることを示した。 以上、本論文はp53AIP1がミトコンドリアを介してアポトーシスを誘導することを示した。本研究はこれまで未知の部分が多かったp53の癌抑制のメカニズムの一部を明らかにするものであり、発癌の機構を理解する一助となると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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