学位論文要旨



No 118369
著者(漢字) 原田,亜紀子
著者(英字)
著者(カナ) ハラダ,アキコ
標題(和) 身体活動疫学研究に使用可能な身体活動質問紙の開発
標題(洋)
報告番号 118369
報告番号 甲18369
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2176号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 数間,恵子
 東京大学 特任教授 山崎,力
 東京大学 助教授 門脇,孝
 東京大学 助教授 渡邊,知保
内容要旨 要旨を表示する

緒言

 従来のわが国における身体活動調査では、既存の欧米の質問紙が翻訳され用いられることが多かった。身体活動が生活様式や文化の影響を受けるにもかかわらず、これらの質問紙をわが国で使用することによる問題点については、今までに充分に検討されていなかった。そこで本研究は、多くの対象で実施されている活動や特徴的な活動を抽出し、これらの活動をもとに、わが国の疫学研究で使用可能な質問紙を開発することを目的とした。

 第1章身体活動調査に必要な要素の再検討

1.目的

 疫学調査などの集団に対する調査で使用可能な質問紙を作成するために、わが国の多くの対象で実施されている活動や消費エネルギー量への寄与が大きい活動を抽出することを目的とした。

2.方法

 首都圏都市部に在住する20歳から84歳の666名に対象とし、24時間活動記録を用いた身体活動調査を実施した。通常の平日1日の活動内容を記載してもらい、後日回収した。質問紙は、1日の活動を最小1分単位で記入する形式であり、消費エネルギー量(kcal/kg/day)は、活動ごとにMETs値を設定し、この値にそれぞれの活動に要した時間を乗じ、記載された全ての活動分を合計し算出した。

 記載された活動内容を大分類、小分類の二段階で集約し、活動内容ごとに活動時間、消費エネルギー量の平均値を算出した。さらには、活動内容ごとに全対象者の1日総消費エネルギー量(kcal/kg/day)に占める割合(以下EE寄与率)を算出した。総消費エネルギー量に対する寄与が大きい活動を検討するため、EE寄与率が高い順に加算し、累積寄与率が80%、90%までの活動を抽出した。また、個人間差を説明する活動を抽出するため、各人の総消費エネルギー量を従属変数、それぞれの活動(小分類の32活動)の消費エネルギー量を独立変数とした重回帰分析を行った。ステップワイズ法により、R-squareが0.80に達するまでの活動を抽出した。

3.結果

 男性では活動レベルの低い群で休息の占める割合が大きく、移動とスポーツを合わせた割合が、活動レベルが高い群で大きかった。特に、もっとも活動レベルが高い群では、スポーツの占める割合が大きいのが特徴であった。女性は、家事、移動、スポーツの割合が活動レベルの高い群で大きかった。総消費エネルギー量の絶対量と、個人間差を説明するために必要な活動は、歩行や通勤、買い物などの歩きを伴う活動、スポーツ、仕事などの従来から身体活動調査票に含まれる活動に加え、食事の準備や後片付け、掃除などの家事であった。テレビ、食事、睡眠、身だしなみ、着替えなどの比較的低強度の活動も身体活動量の絶対量を推定する上では必要な活動であった。

4.考察

 本研究により家事活動などの低強度の活動が1日の活動の多くを占めていることが明らかになったことからも、質問紙に含めるべき活動も従来のスポーツなどの余暇活動や職業性の活動にとどまらず、日常的な低強度の活動についても考慮すべきであると考えられた。特に、女性では家事活動の多少が、活動レベルの違いに寄与しており、身体活動量を評価する上でこれらの活動を含めて調査を行う必要性が示唆された。

 第2章わが国で使用可能な質間紙の開発

 既存の質問紙をもとにして、わが国の生活、文化に合うよう改変する方法(以下方法1とする)で作成された質問紙と、栄養調査票作成の際に用いられる方法(以下方法2とする)を応用し、消費エネルギー量への寄与率が高い活動や個人間差を説明する活動を中心に作成した質問紙の妥当性について検討した。

1.従来の調査票を改変する方法(方法1)

 参考にした質問紙は、信頼性、妥当性研究が数多くなされており、今後の身体活動評価に必要な要件である(1)定量化可能、(2)軽度の活動が評価可能、(3)簡易という条件を満たす質問紙の中から検討した。最終的に、諸外国で様々な改変を施して数多く使用されている"7day recall"を採用し、筆者が改変を加え(7day recall (modified))用いた。

1.24時間活動記録との比較検討

1)方法

 都市部在住の市役所職員、鉄道会社社員、大学生、地域健康センター主催の健康教室参加者、合計男性190名、女性193名を対象とした。

(1)7DR(m):過去1週間の活動を思い出し、活動強度(睡眠(1.0METs)、家事・日常活動(2.3METs)、軽度(4.0METs)、中等度(6.0METs)、強度(10.0METs))別に合計時間を記入するものであり、これらの活動以外の残り時間を極軽い(1.5METs)活動として計上した。消費エネルギー量(kcal/kg/day)は、活動強度ごとに、設定されている上記の代表METs値に、合計時間を乗じて算出した。オリジナルとの大きな違いは、家事・日常活動のカテゴリー(2.0-2.9METs)を追加したことであり、これは女性で多く実施されていた家事活動を過小に評価しないよう筆者が改変を加えた部分である。

(2)24時間活動記録(以下24HD):第1章で既述の調査方法で調査を実施した。二つの方法による身体活動量調査は、調査対象となる1週間を設定し、この間の平日1日について、24時間活動記録を回答してもらった。その後、対象となる1週間が終了した時点で、24時間活動記録を回収し、7DR(m)を回答してもらった。

2)結果

 7DR(m)と24HDの平日1日の消費エネルギー量は、男性がそれぞれ38.7±4.8(kcal/kg/day)、36.8±5.5(kcal/kg/day)であり、7DR(m)による消費エネルギー量が高めに推定された。一方、女性はそれぞれ39.1±4.1(kcal/kg/day)、39.2±4.2(kcal/kg/day)であり二つの方法で算出された値に違いはみられなかった。24HDと7DR(m)との相関係数は、男性がr=0.49、女性がr=0.31であり、いずれも有意な関連がみられた。

2.加速度計との比較検討

 1)方法

 大学生29名を対象とし、加速度計を1週間装着し1日あたりの消費エネルギー量を算出した。また、加速度計を装着し1週間後に回収した際に、過去1週間の活動を思い出し7DR(m)を回答してもらい、両方法による1日あたりの消費エネルギー量を比較検討した。

(1)加速度計:1日ごとの「総消費エネルギー量」、「運動量」、「歩数」を測定可能な加速度計Select2(スズケン医療機社製)を用いた。

(2)7DR(m):既述の身体活動質問紙7DR(m)を対象者に配布し、説明した後に回答してもらった。

以上二つの方法による調査は、1週間の加速度計装着が終了し、回収時に7DR(m)を思い出し回答してもらう順序で実施した。

2)結果

 7DR(m)による1日あたりの消費エネルギー量は、男性が40.0±4.0(kcal/kg/day)、女性が39.3±3.2(kcal/kg/day)であった。一方、加速度計による1日あたりの消費エネルギー量は、男性が36.0±3.2(kcal/kg/day)、女性が36.2±2.5(kcal/kg/day)であった。これら2つの方法による消費エネルギー量の相関係数は、これらの両方法の相関係数は、男女合わせて検討した場合に、r=0.13で有意な関連ではなかったが、消費エネルギー量をkcal/day単位で評価した場合は、r=0.84であり有意な関連がみられた。

3.歩数との比較検討(地域健康教室180名での検討)

1)方法

 対象は、東京都K区が主催する12週間にわたるウォーキング教室に参加した男性48名、女性132名であった。調査期間は、教室開始前の1週間とした。

(1)歩数:1日の歩数を1週間にわたり別途配布した日記に記録してもらった。

(2)7DR(m):既述の身体活動質問紙7DR(m)の記入方法を対象者に説明したうえで回答してもらった。以上二つの方法による調査は、教室開始前の1週間に歩数計を装着し、1週間後に日記を回収し、7DR(m)を回答してもらう順序で実施した。

2)結果

 1日平均歩数は、平目が男性9,740±4,404歩、女性9,253±3,394歩であった。一方7DR(m)による1日あたりの消費エネルギー量は平日が男性39.3±4.7、女性41.2±4.7(kcal/kg/day)であった。消費エネルギー量と歩数の相関係数は、男性がr=0.50、女性がr=0.07であり、男性のみで有意な関連がみられた。

4.考察

 24HD、加速度計、歩数計を比較対象に7DR(m)の妥当性について検討した結果、女性においては、7DR(m)作成時に考慮した家事活動などが含まれる活動強度(2,0-2.9METs)での過小評価の傾向が少なくなったが、男性においては、24HDで算出される値よりも7DR(m)で高く算出された。これには、2.0-2.9METsの活動の分布が女性と異なっていることや、この強度に該当する活動の時間を過剰に申告する傾向がみられたことなどが関連していたと考えられた。

II.食物摂取頻度調査票作成方法を応用する方法(方法2)

1.質問紙の作成

 前章で検討した24時間活動記録の調査結果をもとにして総消費エネルギー量への寄与率が高い活動と個人間差を説明する活動を抽出し、これらの活動をもとにより簡便な質問紙を作成した。最終的に、睡眠、家事(掃除、炊事)、歩行(通勤、買い物・外出時、散歩、自転車)、仕事、スポーツなどの活動を調査票(ShortQ)に含めた。

2.方法

 対象は、東京都K区が主催する12週間のウォーキング教室に参加した男性10名、女性37名であった。教室開始前の1週間を調査期間とし、7DR(m)を活動日記(以下7DR(m)log)として使用し、本質問紙の妥当性を検討する上での基準とした。日記は1週間後に回収し、その際にshortQを配付し回答してもらった。なお、女性の対象が大部分であったため女性のみを分析の対象とした。

3.結果

 ShortQと7DR(m)logによる総消費エネルギー量は、shortQが38.2±2.4、7DR(m)logが39.4±2.8(kcal/kg/day)であった。総消費エネルギー量(kcal/kg/day)は、両者に差はみられなかったが、活動強度別消費エネルギー量を評価した場合、shortQにおいて家事活動、中等度の活動での過小評価がみられた。逆に軽度の活動は、shortQで消費エネルギー量が過大に評価された。ShortQと7DR(m)logによる総消費エネルギー量の相関係数は、r=0.60で有意な関連がみられた。

4.考察

 疫学研究において使用可能なように、簡易で日本人の生活様式に合う活動を含めたshortQを作成した。本研究では、都市部の限られた集団での検討であったことや、比較検討した方法も、7DR(m)logであったことなどから、今後、さらに対象を増やすとともに、比較検討する調査方法についても、より客観性の高い指標を選択して検討していく必要性がある。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、低強度の日常活動までを含めて定量的に身体活動量の評価が可能な調査方法を開発することを目的とした。特に、疫学調査で実施可能な方法として、調査方法を質問紙法に絞り、質問紙開発のための基礎的な検討と作成した質問紙の妥当性の検討を行い以下の結果を得ている。

1.従来の身体活動研究で使用されてきた質問紙をレビューし、妥当性や調査対象としている活動の種類などを検討し、質問紙がもつ問題や、今後わが国において身体活動研究を実施する上で使用可能であるかを検討した。その結果、身体活動の構成要素である「強度」、「時間」、「頻度」に着目し、身体活動量を定量評価するためには、Recall型やQuantitative history型の質問紙が必要であると考えられた。

2.活動を詳細に記入する24晴間活動記録をもとに活動の分析を行った結果、座業の仕事や家事活動などの低強度の活動が1日の活動の多くを占めていることが明らかになった。わが国の身体活動の実情を考慮し内容妥当性の高い質問紙を作成するためには、スポーツなどの余暇活動や職業性の活動にとどまらず、日常的に行われているより低強度の活動も考慮する必要性が示された。特に、女性では家事活動の多少が、活動レベルの違いに寄与しており、これらの活動を含めて身体活動調査を行う必要性が示唆された。

3.1、2の結果をもとに、わが国の生活、文化に合うよう既存の質問紙(7day recall)を改変した質問紙(7day recall modified,以下7DR(m))と、食物摂取頻度調査票作成の際に用いられる方法を応用し、消費エネルギー量、総時間への寄与率の高い活動からなる質問紙(以下ShortQ)を作成した。

4.24時活動記録、加速度計、歩数計を比較対象に7DR(m)の妥当性について検討した結果、女性では、7day recallで生じていた家事活動などが含まれる活動強度(2.0-2.9METs)での過小評価が減少した。一方、男性においては、変更を加える前に比べ消費エネルギー量が過大評価された。相関による検討では、24時間活動記録、加速度計いずれにおいても、7DR(m)と有意な関連がみられたことから、本研究で対象とした都市部女性においては、7DR(m)の妥当性が示された。

5.食物摂取頻度調査票を作成する際に用いられる方法を応用し作成したShortQの妥当性を7DR(m)を前向きに日記として使用する7DR(m)logと歩数とで評価した。その結果、7DR(m)の検討を行った集団に比べ、より限られた集団での検討ではあったが、ShortQと7DR(m)logによる総消費エネルギー量および各強度ごとのエネルギー量の間に有意な関連がみられた。

 以上、本論文では、わが国において確立されていない疫学研究における身体活動の調査方法を開発し、その妥当性を評価した。また、開発した方法は、諸外国の疫学研究等で重要視されている低強度の身体活動を定量的に評価可能な方法であるという点からも、今後実施される生活習慣に関連した疾患の発症と身体活動との関連の検討を目的とした疫学観察研究、介入研究において貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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