学位論文要旨



No 118370
著者(漢字) 河田,みどり
著者(英字)
著者(カナ) カワダ,ミドリ
標題(和) 授乳期乳腺炎の感染経路とその予防に関する研究
標題(洋)
報告番号 118370
報告番号 甲18370
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2177号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堤,治
 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 教授 村嶋,幸代
 東京大学 講師 春名,めぐみ
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

 授乳期乳腺炎は、乳腺内における乳腺葉間の結合組織の小包炎であり、通常分娩後の6週間以内に発症する。乳腺炎は、細菌感染が原因で起こる感染性乳腺炎と、乳汁うっ滞が原因で起こるうっ滞性乳腺炎がある。感染性乳腺炎の起炎菌として、一般的なものはStaphylococcus aureus(S. aureus)やcoagulase-negative staphylococciがある。S. aureusの感染経路として、乳児の鼻腔や医療従事者からの経路が考えられてきた。しかし、発症者の乳児から必ずしもS. aureusが検出されないことや、医療従事者からの伝播の証拠がないことから、感染経路はまだ明らかにされていない。

 そこで、本研究は感染性乳腺炎において、いまだ解明されていない感染経路に着目した。そして、感染性乳腺炎を予防するには、感染経路を明らかにする必要があると考えた。そこで本研究は、1)授乳期乳腺炎について発症状況を分析する2)S. aureusを指標として、感染性乳腺炎の感染経路を明らかにすることを目的として行った。

2.研究方法

 本研究は、研究1:授乳期乳腺炎の発症状況に関する研究、研究2:妊産婦とその乳児におけるS. aureusの定着と伝播に関する研究、研究3:乳腺炎発症者から分離されたS. aureusの感染経路に関する研究から成る。

3.研究1.

(1)方法

 1998年1月から2000年12月の3年間に、A病院で生産児を分娩した女性1253人について、授乳期における乳腺炎の発症について、既往コホート研究を行った。研究対象集団について、産科台帳や助産録から、基本的属性、入院および退院日、分娩日、分娩様式、在胎日数、生下児体重、妊娠中の母体と新生児のmethicillin-resistant staphylococcus aureus (MRSA)保有の有無、出生後の新生児の感染の有無、新生児の新生児集中治療棟(Neonatal Intensive Care Units[NICU])および小児科病棟への転科の有無について調査した。また、研究対象集団が分娩退院後A病院の外来に授乳期乳腺炎を主訴として受診した場合、A病院の外来診療記録から、受診日、受診した時の産後日数、経産婦の場合は前回分娩時の乳腺炎の既往の有無について調査した。乳腺炎の発症は、分娩後1年まで追跡し調査した。研究対象集団に関する前述の情報について、データベースを作成し、統計学的検討を行った。乳腺炎を発症した群を発症群とし、発症しなかった群を正常群とした。

(2)結果

 3年間の乳腺炎の発生率は、3.5%から4.3%であった。乳腺炎の月別発生数の推移をみると、4月から9月までの6ヶ月間に多く発生し、10月から3月までは少ない傾向があった。発症群と正常群の2群間の分析では、1999年は発症群のほうがより在胎日数が長く(p=0.0024)、新生児の体重がより重かった(p=0.0017)。3ヶ年全体の分析では分娩様式において、発症群は正常群より帝王切開が有意に少なかった(p=0.0023)。

4.研究2

(1)方法

 3つの条件、(1)2001年5月17日から8月2日にかけて、A病院の妊婦外来を受診した妊娠36週以降の20歳以上の妊婦であること(2)分娩予定日が8月21日までで、母体と新生児ともに産褥1日目に直接授乳ができること(3)A病院で産後1ヶ月健診を受診すると予測されることを満たした妊婦39名とその乳児について、妊娠中から産後1ヶ月までの間、継続して検体採取をした。また、A病院の妊産褥婦とその乳児の医療に従事する医療従事者と環境からも、継続的に検体採取をした。採取検体からS. aureusを同定し、同定されたS. aureusに対して6種類の薬剤感受性試験とパルスフィールドゲル電気泳動法により、分子疫学的解析をした。

(2)結果

 母親が妊娠中にMRSA保菌者でなかった症例の産後31日目の母子にMRSAが検出され、外来環境から検出したMRSA株と遺伝的に同じ起源をもつ菌株であった。methicillln-sensitive staphylococcus aureus (MSSA)についても母子と医療従事者や環境の株では、遺伝的に同じ起源をもつ株の組み合わせが複数あった。

5.研究3

(1)方法

 A病院で分娩し、2001年5月17日から10月3日にかけて、授乳期乳腺炎を主訴としてA病院の乳房外来を受診した女性から、検体採取した。受診時に乳児を伴う場合は、乳児も対象とした。また、A病院の妊産褥婦とその乳児の医療に従事する医療従事者と環境からも、継続的に検体採取をした。採取検体からS. aureusを同定し、同定されたS. aureusに対して6種類の薬剤感受性試験とパルスフィールドゲル電気泳動法により、分子疫学的解析をした。

(2)結果

 9人の乳腺炎発症者から検体を採取し、6人からS. aureusが検出された。6人のうち、2人はMRSA、4人はMSSAであった。発症者から分離されたMRSA株と外来環境から分離されたMRSA株は、同じ遺伝子をもつ菌株であった。2人の発症者からのMSSA株と外来環境から分離されたMSSA株も、同じ遺伝子をもつ菌株であった。

6.結論

 A病院の病棟移転前3年間における授乳期乳腺炎の発症は、4月から9月までに多く発症し、10月から3月までは少ない傾向にあった。また、年間を通じての乳腺炎の発生率は、3.5%から4.3%であり先行研究と同様な発生率であった。乳腺炎発症群と正常群の2群間では、1999年は発症群は正常群より在胎日数が長く(p=0.0024)、新生児の体重がより重かった(p=0.0017)。3ヶ年では分娩様式において、発症群は正常群より帝王切開が有意に少なかった(p=0.0023)。

 PFGEの結果、母親が妊娠中にMRSA保菌者でなかった母子のMRSA株と、外来環境のMRSA株は、遺伝的に同じ起源をもつ菌株であった。これより、病院内に伝播しているMRSA株が母子に伝播した可能性が推測された。また、MSSA株の母子への伝播は、医療従事者、環境、医療従事者以外の家族や面会人が関与している可能性が推測された。

 PFGEの結果、乳腺炎患者のMRSA株と外来環境のMRSA株が、同じ遺伝子をもつ菌株であった。また、乳腺炎患者2人のMSSA株と外来環境のMSSA株は、同じ遺伝子をもつ菌株であった。これより、感染性乳腺炎の感染経路は、医療従事者や病院環境が関与している可能性が推測された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、授乳期の感染性乳腺炎において解明されていない感染経路を明らかにするために、妊産褥婦とその乳児、乳腺炎発症者を対象として、黄色ブドウ球菌を指標とした分子疫学的手法を用いて分析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1.健常な妊産褥婦とその乳児から継続的に採取した検体から分離された黄色ブドウ球菌について、パルスフィールドゲル電気泳動法(PFGE)を用いた分析結果から、母親が妊娠中にメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistant Staphylococcus aureus[MRSA])保菌者でなかった母子の産後に検出されたMRSA株と、研究協力施設である医療機関の乳房外来の手洗いコックから採取したMRSA株は、遺伝的に同じ起源をもつ菌株であった。これより、病院環境に伝播しているMRSA株が母子に伝播した可能性が示された。また、メチシリン感性黄色ブドウ球菌(methicillin-sensitive Staphylococcus aureus[MSSA])株の母子への伝播は、医療従事者、環境、医療従事者以外の面会人や家族が関与している可能性が示された。

2.乳腺炎発症者から分離された黄色ブドウ球菌について、PFGEを用いた分析結果から、乳腺炎発症者から分離されたMRSA株と研究協力施設である医療機関の乳房外来の手洗いコックから分離されたMRSA株が、同じ遺伝子をもつ菌株であった。また、乳腺炎発症者2人かち分離されたMSSA株と乳房外来の電話の受話器から分離されたMSSA株は、同じ遺伝子をもつ菌株であった。これより、感染性乳腺炎の感染経路は、医療従事者や病院環境が関与している可能性が示された。

 以上、本論文は妊産褥婦とその乳児、乳腺炎発症者を対象として、黄色ブドウ球菌を指標とした分子疫学的手法を用いた分析から、授乳期の感染性乳腺炎の感染経路の可能性を示した。本研究は、授乳期乳腺炎の感染経路の解明において、初めて分子疫学的手法を用いた研究であり、独創性がありこの研究領域の基礎的研究に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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