No | 118375 | |
著者(漢字) | 京極,千恵子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | キョウゴク,チエコ | |
標題(和) | ヒトリウマチ性疾患の遺伝素因におけるFcγ受容体ファミリー遺伝子群の役割 | |
標題(洋) | Studies on the role of Fc gamma receptor family genes in the genetic background of human rheumatic diseases | |
報告番号 | 118375 | |
報告番号 | 甲18375 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(保健学) | |
学位記番号 | 博医第2182号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 国際保健学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 研究の背景と目的:ヒト低親和性Fcγ受容体はイムノグロブリンスーパーファミリーに属する分子で、IgGのFc部位に結合し、種々の免疫応答に関与する。FcγRIIA、IIB、IIC、IIA、IIIBの5つのファミリーから成り、その遺伝子群(FCGR2A、2B、2C、3A、3B)はヒト1番染色体の1q23にクラスターを形成する。これまで、FCGR2A、3A、3Bの遺伝子多型と、全身性エリテマトーデス(SLE)や関節リウマチ(RA)などのリウマチ性疾患との関連が様々な集団において研究され、数多くの報告がなされてきた。しかしながらその結果は多様であり、同一集団を対象としてなされた研究でさえも、関連の有無に不一致が生じる場合がある。このような背景から、FcγR遺伝子領域に存在する別の遺伝子が本質的な疾患感受性を持っており、これまでに報告のあるFcγR遺伝子と連鎖不平衡の関係にあるために、見かけ上の関連が検出されている可能性が考えられる。 これまで、FCGR2A-131R/H、3A-176V/F、3B-NA1/2多型が報告されているが、FCGR28や2Cに関しては系統的な多型スクリーニングを行ったという報告が無かった。中でもFcγRIIBは、ヒトFcγ受容体ファミリーの中で唯一、細胞内領域にITIM(immunoreceptor tyrosine-based inhibitory motif)を持ち、抑制性のシグナルを伝達するという点で特徴的な性質の受容体である。近年、FcγRIIb欠損マウスは自己免疫を発症するということや、自己免疫疾患高感受性マウスのFcγRIIbプロモーター、イントロン、エクソンに多型が発見され、その自己免疫制御における重要性が認識されてきた。よって、FCGR2Bはヒトリウマチ性疾においても重要な候補遺伝子と考えられた。 そこで、今回の研究では、ファミリー遺伝子間の高い相同性から、特異的なPCR増幅が困難だとされていたFCGR2B遺伝子の多型スクリーニングを試みること、検出された多型についてSLE、RA患者、および対照健常者で遺伝子型タイピングを行い、疾患との関連を検討すること、さらに、同じ対象群において、FCGR2A-131R/H、3A-176V/F、3B-NA1/2についても遺伝子型を決定し、SLEやRAに本質的な疾患感受性を示す遺伝子がいずれであるかを包括的に検討することを目的とした。 検体と方法:FCGR2Bの多型スクリーニングには、75人のSLE患者および94人の対照健常者の末梢血リンパ球から調整したcDNAを用い、FCGR2B全長をPCRで増幅した産物をPCR-SSCP法(PCR-single strand conformation polymorphism method)で解析した。さらに40検体のFCGR2B cDNA全長の塩基配列を決定し、SSCPで検出されない多型がある可能性を検討した。検出された多型の遺伝子型を多数検体で決定するため、ゲノムDNAを用い、nested PCRとリアルタイムPCR装置を用いた蛍光標識プローブハイブリダイゼーション法に基づいたタイピング法を確立した。 解析対象は、東大病院、順天堂大学病院のSLE患者193人(男性19人、女性174人、平均年齢40.7±13.7)、東大病院、松多内科医院のRA患者382人(男性40人、女性342人、平均年齢58.8±11.6)、対照健常者303人(男性167人、女性136人、平均年齢35.3±9.9)である。また、オランダ人健常者148人(男性90人、女性58人、平均年齢37±16.2)についても解析を行った。 FCGR2A-131R/H、3A-176V/F、3B-NA1/2の遺伝子型は、それぞれ、PCR-RFLP法(PCR-restriction fragment length polymorphism method)、PCR-SSCP法、PCR-PHFA法(PCR-preferential homoduplex formation assay)とPCR-SSP法(PCR-sequence specific primers method)を用いて決定した。 疾患との関連の検討には、X2検定、Fisherの直接検定、Lathropによる遺伝子型相対危険度推定法、Armitageのtrend test、二座位解析法などを用い、患者-対照者関連解析を行った。ハプロタイプ頻度や連鎖不平衡パラメーターの推定にはEHアルゴリズムを使用した。 結果: (1)FCGR28の新規の多型 多型スクリーニングの結果、FCGR2Bのexon 3、exon 4、exon 5にそれぞれ一ヶ所の一塩基多型(single nucleotide polymorphism; SNP)を検出した。このうち、exon 5のSNPのみ、FcγRIIBの膜貫通部位の232番目のアミノ酸をイソロイシン(232I)からスレオニン(232T)に置換する非同義置換であったため、このFCGR2B-232I/T多型について解析を行うことにした。 (2)FCGR2B-232I/Tの遺伝子型頻度と疾患との関連 対照健常者におけるFCGR2B-232I/Tの遺伝子型頻度は、232I/I 60.4%、232I/T 34.3%、232T/T 5.3%であった。これに対し、SLEでは232I/I 54.9%、232I/T 34.2%、232T/T 10.9%、RAでは232I/I 58.6%、232I/T 35.4%、232T/T 6.0%であった。SLE患者においては、232Iアリル陽性率が有意に減少しており(P=0.02)、232T/T遺伝子型は232I/Iに比べオッズ比(OR)で2.3倍(P=0.018)のリスクを示した。一方、RAにおいては統計学的に有意な関連は見出されなかった。 オランダ人健常者のFCGR2B-232I/Tの遺伝子型頻度は、232I/I 79.7%、232I/T 19.6%、232T/T 0.7%で、日本人と比べ232Tのアリル頻度が低いことが示された。 (3)SLEにおけるFCGR2BとFCGR3Aの関連 FCGR2A、FCGR3A、FCGR3Bについても遺伝子型を決定した結果、このうちFCGR3Aにのみ有意な関連が示された。SLE患者で176Fアリル陽性率が有意に増加しており(P=0.03)、176F/F遺伝子型は176V/Vに比べORで2.8倍(P=0.016)のリスクを示した。対照群の遺伝子型頻度を、ハーディーワインバーグ平衡に適応するように補正した解析法である遺伝子型相対危険度推定法によると、FCGR2B-232T/Tの関連はさらに強く検出されたものの(OR:2.35,P=0.002)、FCGIR3Aでは176V/Vに弱い疾患抵抗性の効果が見られるのみであった(OR:0.4,P=0.016)。 二座位解析法を試みた結果、FCGR2B-232T/T(OR:2.2,P=0.02)とFCGR3A-176F(OR:2.4,P=0.04)は両方ともSLE疾患感受性を示し、両者を共に持つことにより、さらにリスクが高まることが示された(OR:4.6,P=0.003)。4つのFCGR遺伝子のアリル間には連鎖不平衡の関係があること、また二座位解析法の結果から、以前日本人SLEで検出されていたFCGR38-NA2の関連は、FCGR2B-232Tと非常に強い連鎖不平衡があるために検出された二次的なものであることが示された。 SLEの臨床症状別に関連解析を行ったところ、腎炎発症患者ではFCGR2Bの関連が最も強く検出され、発症年齢20歳以下および抗dsDNA抗体陽性患者においてはFCGR3Aが有意な関連を示した。 (4)RAにおけるFCGR3Aの関連 全対象群の解析では、FCGR2Bも含めたいずれのFCGRsにも有意な関連は検出されなかった。次に、すでに様々な集団での研究によって確立されたRA疾患感受性因子であるHLA-DRB1 shared epitope (SE)を持つかどうかでクラス分けした解析をおこなった。その結果、SE陽性患者・対照者の比較において、FCGR3A-176V/Fに有意な関連が検出され(P=0.03)、SE陽性のRA患者で176F/Fが有意に増加していることが示された(P=0.009)。SE陽性で176F/F遺伝子型を持たない場合のORは2.71なのに対し、SE陽性で176F/Fを持つ場合はORが4.84に増加した。このような関連は、SE陰性群の比較においてはみられなかった。 考察: (1)FCGR2Bの多型 FCGR遺伝子群は、互いに非常に高い相同性を示すため、多型スクリーニングには慎重な取り組みが必要とされたが、本研究では新規にFCGR2Bの多型を発見した。この多型の232Tアリル頻度は、日本人では22.4%、オランダ人では10.5%であったことから、Caucasianにおいては比較的稀な多型でことが考えられた。 (2)日本人SLEにおけるFCGR遺伝子群の役割 FCGR2Bと3Aの両方が、日本人SLEの疾患感受性の危険因子であることが示され、さらにその関連はFCGR2Bほうが3Aより強いことが示唆された。FCGR3Aの関連は、これまでの報告と一致し、176VよりIgG1、3に対する親和性が弱い176Fアリルが疾患のリスク上昇と関連を示した。これまでのいくつかの報告で、FCGR2Aと腎炎との関連が示されているが、日本人においては2Bが腎炎、もしくはより重症度の高いSLEと関連している可能性がある。FCGR2B-232I/Tに関しては、アリル間の機能的な差についての検討が必須であり、現在進行中である。 (3)日本人RAにおけるFCGR遺伝子群の役割 SE陽性群において、FCGR3AのRA疾患感受性への関連が検出されHLA-DRB1とFCGR3A遺伝子間に遺伝的な相互作用があることが示唆された。この遺伝的相互作用がどのような分子間相互作用に基づくものかは現時点で不明である。 (4)リウマチ性疾患におけるFCGR遺伝子群の関連研究 ヒトリウマチ性疾患の遺伝素因におけるFcγ受容体遺伝子群の役割は非常に複雑で、複数の遺伝子が異なった個々の病態にかかわっている可能性がある。また、そのような関連をさらに複雑にしているのは、集団ごとの遺伝的背景の違いである。本研究でも示されたように、多型の遺伝子型頻度のみならず、アリル間にみられる連鎖不平衡の関係についても、集団差がみられる。よって、疾患感受性を示すアリルを検討する際は、様々な集団において、これらのことを配慮した考察が必要であると思われる。 本研究は、いずれのFcγ受容体ファミリーが日本人SLE、RAにおいて、疾患感受性を示すかを検討したものであるが、検討対象の遺伝子はFCGR2A、3A、3Bに、新規の多型を見出したFCGR2Bを加えた4遺伝子であった。SLEにおけるFCGR2B-232I/Tの関連は、これまでの矛盾する関連解析の結果を説明しうる可能性があるものが、そのためにはこの多型の機能的な特徴を明確に示す必要がある。この他にも1q23にはFCGR2Cや、最近新たに発見されたイムノグロブリンスーパーファミリーが存在する。よって、本研究で検出された遺伝子のアリルと連鎖不平衡にある、別の遺伝子のアリルが本質的に重要である可能性も否定できない。今後は、FCGR2B多型の機能的解析とともに、さらに候補遺伝子を広げた関連研究が必要である。 | |
審査要旨 | 本研究は、全身性エリテマトーデス(SLE)や関節リウマチ(RA)などのリウマチ性疾患と、ヒト低親和性Fcγ受容体ファミリー遺伝子群との関連を包括的に検討したものである。すでに報告のあるFcγRIIA、IIIA、IIIBの遺伝子多型に加え、これまでに報告のなかったFcγRIIBの遺伝子多型を見出し、患者-対照者関連解析により、いずれの多型が日本人SLE、RAにおいて疾患感受性を示すかを検討し、以下のような結果を得ている。 新規のFCGR2B遺伝子多型の発見 1.FcγRIIB遺伝子(FCGR2B)の多型スクリーニングを行った結果、FCGR2Bのexon 3、exon 4、exon 5にそれぞれ一ヶ所の一塩基多型(single nucleotide polymorphism; SNP)を検出した。このうち、exon 5のSNPのみ、FcγRIIBの膜貫通部位の232番目のアミノ酸をイソロイシン(232I)からスレオニン(232T)に置換する非同義置換であり、これの多型をFCGR2B-232I/Tと表記することにした。 2.対照健常者におけるFCGR2B-232I/Tの遺伝子型頻度は、232I/I 60.4%、232I/T 34.3%、232T/T 5.3%であったのに対し、SLEでは232I/I 54.9%、232I/T 34.2%、232T/T 10.9%、RAでは232I/I 58.6%、232I/T 35.4%、232T/T 6.0%であった。この結果から、SLE患者においては232T/T遺伝子型頻度が有意に増加しており、232I/Iに比べオッズ比で2.3倍の疾患リスクを示すことが分かった。一方、RAにおいては統計学的に有意な関連は見出されなかった。 3.オランダ人健常者のFCGR2B-232I/Tの遺伝子型頻度は、232I/I 79.7%、232I/T 19.6%、232T/T 0.7%で、Caucasianにおいては比較的稀な多型であることが示された。 FCGR遺伝子群多型とSLEの関連 4.FCGR2A、FCGR3A、FCGR3Bについても遺伝子型を決定した結果、FCGR2Bと3Aの両方が、日本人SLEの疾患感受性の危険因子であることが示され、さらにその関連はFCGR2Bのほうが3Aより強いことが示唆された。FCGR3Aの関連は、これまでの報告と一致し、176VよりIgG1、3に対する親和性が弱い176Fアリルが疾患のリスク上昇と関連を示した。 5.4つのFCGR遺伝子のアリル間には連鎖不平衡の関係があること、また二座位解析法の結果から、以前日本人SLEで検出されていたFCGR3B-NA2の関連は、FCGR2B-232Tと非常に強い連鎖不平衡があるために検出された二次的なものであることが示された。 6.SLEの臨床症状別に関連解析を行ったところ、腎炎発症患者では」FCGR2Bの関連が最も強く検出され、発症年齢20歳以下および抗dsDNA抗体陽性患者においてはFCGR3Aが有意な関連を示した。 FCGR遺伝子群多型とRAの関連 7.全対象群の解析では、FCGR2Bも含めたいずれのFCGR遺伝子多型にも有意な関連は検出されなかった。 8.HLA-DRB1 shared epitope (SE)陽性の患者・対照者群において検討したところ、FCGR3AのRA疾患感受性への関連が検出された。FCGR3Aの関連は、SLEでの知見と同様に、176Vより親和性が弱い176Fアリルが疾患のリスク上昇と関連を示した。このことから、HLA-DRB1とFCGR3A遺伝子間に遺伝的な相互作用があることが示唆された。 本研究の最も大きな成果は、ヒトFcγRIIB遺伝子に新規の多型を発見し、それが日本人SLEの疾患感受性に関与していることを明らかにしたことである。以上に述べられた結果は、ヒトリウマチ性疾患の遺伝素因におけるFcγ受容体遺伝子群の役割は非常に複雑で、複数の遺伝子が異なった個々の病態にかかわっていることを示唆している。これまでにも多くの研究者が、様々な集団において、リウマチ性疾患におけるFcγ受容体遺伝子群の関連を検討し、矛盾する結果を得ている。本研究で明らかにされたFCGR2Bの新規多型の関連は、この矛盾を説明し、Fcγ受容体遺伝子群のリウマチ性疾患における遺伝素因としての意義を明らかにしうると期待される。本研究の成果は、今後この分野の研究に大きな影響を与えるであろうと考えられ、学位の授与に値するものであると考えられる。 | |
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