学位論文要旨



No 118376
著者(漢字) 小島,志保子
著者(英字)
著者(カナ) コジマ,シホコ
標題(和) 哺乳類時計遺伝子Period1の3'非翻訳領域を介した転写後調節機構の解析
標題(洋) Positive and negative regulation of Period1 expression at post-transcriptional stage
報告番号 118376
報告番号 甲18376
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2183号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 助教授 福岡,秀興
 東京大学 助教授 渡邊,知保
内容要旨 要旨を表示する

 生物には約24時間を周期とする概日リズムが存在し、光などの外部刺激によって同調する。哺乳類においては、視床下部に存在する視交叉上核(SCN)がリズム発振機能を司っていることが知られている。

 マウスSCNにおいて、時計遺伝子Period1(Per1)のmRNA及びタンパク質発現は明暗及び恒暗条件下において自律的な日周振動を示し、この振動は肝臓・肺・骨格筋などの末梢組織でも維持されることが明らかになっている。Per1欠損変異動物及びPer1過剰発現変異動物の解析より、Per1発現の日周振動は概日リズム形成に重要な役割を果たすと考えられている。Per1発現リズムは転写レベルで一義的に規定され、実際、転写因子であるClock-Bmallヘテロダイマーによる活性化、Cry1、Cry2による抑制により形成されることが知られている。一方、Per1タンパク質の発現はmRNAと比較して約4-6時間遅れた位相で振動する。このことはPer1発現日周リズムに転写後制御が機能していることを示す。ショウジョウバエの時計遺伝子PeriodのmRNA及びタンパク質発現リズムにも脳内で約5時間の位相差が観察される。この位相差はPeriodの発現リズムの維持に重要であることが提唱されているものの、その形成機構について詳細な解析は為されていない。また、孵化リズムを制御するRNA結合タンパク質としでdLarkが知られている。dLarkは、転写日周リズムを示さないものの、翻訳産物発現は、明期に高く暗期に低い明確な発現リズムが観察される。現在、dLarkのRNA結合配列や標的mRNA、またその分子機能は全く明らかにされていない。

 一般的に転写後調節は、mRNAの選択的スプライシングや安定性、そしてタンパク質の翻訳効率や局在を制御し、発生や細胞極性の形成に重要な役割を果たす。これらを制御するシグナルは主に転写物の3'非翻訳領域(3'UTRs)に存在する。そして、転写後調節にはこれらのシグナルと制御分子(多くはRNA結合タンパク質)との相互作用が必要である。

 本研究では、マウスPer1(mPer1)のmRNA及びタンパク質発現リズム位相差の有する意義とその形成機構を解明するために、mPer1の転写後調節機構について解析を行った。luciferaseとmPer1 3'UTRを融合したリポーター遺伝子を用いて解析し、その結果mPer1 3'UTR内に翻訳抑制領域を見出した。さらに、マウスLark(mLark)がmPer1遺伝子発現を正に転写後制御する事を見いだした。そして、mLarkが概日リズム形成に果たす機能をmPer1:luc遺伝子を導入したトランスジェニック動物のSCN培養系を用いて解析した。

I. Structural and functional analysis of 3' untranslated region of mouse Period1 mRNA

 mPer1の転写後調節機構を明らかにするために、まず、mPer1 3'UTRを単離した。全mPer1 3'UTRは601ntで、ヒトPer1 3'UTRとは78.0%と高い相同性を示し、両者とも特に典型的なpoly(A)付加配列を持たなかった。このmPer1 3'UTR中には転写後調節に重要だと考えられている二つのRNAモチーフが存在した。一つはmRNAの崩壊に寄与するAU-rich element(ARE)であり、もう一つはmRNAの安定性や翻訳効率などを制御するdifferentiation control element (DICE)である。mPer1 3'UTRを機能を解析するために、mPer1 3'UTRもしくはSV40 poly(A)signalをluciferase遺伝子の下流に挿入したレポーター遺伝子[luc::mPer1 3'UTR、luc::SV40 poly(A)]を構築し、NIH3T3細胞中で両レポーターの発現する転写・翻訳産物量を比較した。両レポーター遺伝子のRNA量を定量的RT-PCR法を用いて測定したところ、ほぼ同量のRNAを発現していた。しかし、luc::mPer1 3'UTRが発現するluciferase活性は、luc::SV40 poly(A)が示すそれの約20%にとどまった。この結果よりmPer1 mRNAの3'UTRには翻訳抑制領域が存在していることが判明した。この翻訳抑制領域をさらに詳しく決定するために、種々のmPer1 3'UTR欠失変異体を作製し、そのluciferase活性を測定した。その結果、mPer1 3'UTRの322-517ntの領域がこの翻訳抑制活性に必要かつ十分であることが示された。この領域にはAREが含まれているが、ARE点変異レポーター遺伝子を用いた実験により、この翻訳抑制にAREは機能していないことが明らかになった。

II.Post-transcriptional activation of mouse Period1 expression by an RNA-binding protein, mLark

 mPer1の転写及び翻訳リズム間位相差の形成には、Iで明らかにした負の制御だけでなく、正の制御も必要であると考えられる。そこで、概日リズム形成に機能するとされるショウジョウバエdlarkのマウス相同遺伝子mLarkのmPer1発現に与える機能を解析した。まず、上述の二つのレポーターとmLarkをNIH3T3細胞に共発現させ、そのluciferase活性を測定した。その結果、mLarkの共発現によってluc::mPer1 3'UTRのみ、luciferase発現レベルが約5倍に増加した。また、このluciferase活性の上昇はmLarkの発現ベクターの濃度に依存していた。一方、mLark共発現下でのリポーターの転写物量は、mLark共発現の有無に関わらずほぼ同量であった。さらに、mLarkが内在性のmPer1遺伝子に対しても同様の作用を及ぼすかを明らかにするため、NIH3T3細胞にmLarkの発現ベクターを導入し、内在性mPer1のmRNA量、mPer1タンパク量を測定した。mLarkの強制発現に依存して、NIH3T3細胞ではほとんど検出出来なかった内在性Per1タンパク質の著しい発現が認められた。この時、mLark強制発現によってmPer1mRNA量は影響を受けなかった。これらの結果はmPer1 3'UTRへmLarkが相互作用することによって、転写後にmPer1遺伝子の発現を活性化していることを示唆している。そこで、mLarkとmPer1 3'UTRとの相互作用領域を決定するためにRNAゲルシフトアッセイを行った。その結果、mLarkはmPer1 3'UTRの559-589ntの領域と特異的に結合し、この結合は反応液中のmLarkの濃度に依存していた。またこの結合は、抗Lark抗体もしくは大過剰量のRNA(559-589nt)によって阻害されたが、抗c-Myc抗体もしくは大過剰量のRNA(342-372nt)では阻害されなかった。さらに、細胞内でもこの結合が維持されているかを明らかにするため、抗Lark抗体を用いて免疫沈降-RT-PCR法を行った。その結果、mLarkはNIH3T3細胞内でもmPer1 mRNAと相互作用していることが明らかになった。これらの結果を総合すると、mLarkはmPer1 3'UTRの559-589ntを介して相互作用し、転写後調節によってmPer1の発現を活性化すると考えられる。さらに興味深いことに、恒暗条件で飼育したマウスSCNにおいてmLarkタンパク質の発現にはCT12-16にピークをもつ自律的な振動が見られた。これは、mPer1タンパク質が示す発現ピークと一致する。しかし、mLark mRNAの発現には日周リズムは見られなかった。即ち、mLark自身も概日リズムに支配された転写後調節を受けている事が明らかになった。これらの結果は、mPer1タンパク質の発現リズム形成にはmLarkとmPer1 3'UTRとの相互作用による翻訳活性化が必要であることを示している。

 以上、本研究では単mPer1 3'UTRの構造を明らかにし、その機能を解析した。その結果、mPer1 3'UTRには、正及び負の転写後調節に必要な配列を含んでいることを明らかにした。一つは翻訳抑制に必要十分な322-517ntの領域で、もう一つは転写後翻訳活性化領域として機能する559-589ntの領域であった。また、この559-589ntと直接相互作用し、翻訳を活性化する分子としてmLarkを同定した。

 本研究より、mPer1タンパク質発現リズムがmPer1 3'UTRを介した正及び負の転写後調節によって形成されることが示された。さらに、正の制御に機能するmLark自身も概日リズムにより支配された転写後調節を受けることから、概日リズム形成の分子機構には、転写レベルの制御だけではなく、転写後制御の重層的なネットワークも機能していると考える。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究では、概日リズム形成において重要な役割を演じると考えられているmouse Period1(mPer1)遺伝子のmRNA及びタンパク質発現リズム位相差の有する意義とその形成機構を解明するために、mPer1の転写後調節機構について解析を行った。その結果、下記の結果を得ている。

I.一般的に転写後調節を制御するシグナルは主に転写物の3'非翻訳領域(3'UTRs)に存在する事が知られているために、まず、mPer1 3'UTRを単離した。mPer1 3'UTRはhuman Per1 3'UTRと高い相同性(78.0%)を示し、両者とも特に典型的なpoly(A)付加配列を持たなかった。mPer1 3'UTRを機能を解析するために、mPer1 3'UTRもしくはSV40 poly(A) signalをluciferase遺伝子の下流に挿入したレポーター遺伝子を構築し、NIH3T3細胞中で両レポーターの発現する転写・翻訳産物量を比較した。両レポーター遺伝子のRNA量はほぼ同量のRNAを発現していたにも関わらず、mPer1 3'UTRを持つレポーター遺伝子のluciferase活性は、対照レポーター遺伝子の約20%にとどまった。この結果よりmPer1 mRNAの3'UTRには翻訳抑制領域が存在していることが判明した。この翻訳抑制領域をさらに詳しく決定するために、種々のmPer1 3'UTR欠失変異体を作製し、そのluciferase活性を測定した。その結果、mPer1 3'UTRの322-517ntの領域がこの翻訳抑制活性に必要かつ十分であることが示された。この領域にはAREが含まれているが、ARE点変異レポーター遺伝子を用いた実験により、この翻訳抑制にAREは機能していないことが明らかになった。

II.概日リズム形成に機能するとされるショウジョウバエdlarkのマウス相同遺伝子mLarkのmPer1発現に与える機能を解析した。まず、上述の二つのレポーターとmLarkをMIH3T3細胞に共発現させ、両レポーターの発現する転写・翻訳産物量を比較した。その結果、mLarkの共発現によってmPer1 3'UTRを有するレポーター遺伝子のluciferase発現レベルは約5倍に増加したにも関わらず、その転写物量はほぼ同量であった。さらに、NIH3T3細胞にmLarkを強制発現させ、内在性mPer1のmRNA量、mPer1タンパク量を測定した。mLarkの強制発現に依存して、内在性Per1タンパク質量は著しく増加したが、mPer1 mRNA量は影響を受けなかった。これらの結果はmLarkが転写後にmPer1遺伝子の発現を活性化していることを示唆している。そこで、mLarkとmPer1 3'UTRとが直接相互作用するかをRNAゲルシフトアッセイによって観察した。その結果、mLarkはmPer1 3'UTRの559-589ntの領域と特異的に結合することが明らかとなった。さらに、免疫沈降-RT-PCR法を用いて解析を行ったところ、mLarkはNIH3T3細胞内でもmPer1 mRNAと相互作用していることが明らかになった。さらに、恒暗条件で飼育したマウスSCNにおいてmLarkタンパク質の発現にはCT12-16にピークをもつ自律的な振動が見られた。これは、mPer1タンパク質が示す発現ピークと一致する。しかし、mLark mRNAの発現には日周リズムは見られなかった。即ち、mLark自身も概日リズムに支配された転写後調節を受けている事が明らかになった。

 以上、本研究ではmPer1 3'UTRの構造を明らかにし、その機能を解析した。その結果、mPer1 3'UTRには翻訳抑制に必要十分な領域(322-517nt)と、転写後翻訳活性化領域(559-589nt)が存在することが明らかになった。おそらく、翻訳抑制領域と相互作用する未知の分子と翻訳活性化領域に相互作用するmLarkとのバランスによってmPer1 mRNA及びタンパク質発現リズム位相差が形成されているのではないかと考えられる。

 以上、本論文によってmPer1タンパク質発現リズムがmPer1 3'UTRを介した正及び負の転写後調節によって形成されることが示された。また、Per1だけでなくLarkも転写後制御を受けていることから、本研究は概日リズム形成機構には転写レベルの制御だけではなく、転写後制御の重層的なネットワークも関与していることを示したものであり、概日リズム形成の分子機構の解明に重要な貢献を為すと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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