学位論文要旨



No 118378
著者(漢字) 藤田,雅代
著者(英字)
著者(カナ) フジタ,マサヨ
標題(和) 骨におけるエストロゲン受容体の作用
標題(洋)
報告番号 118378
報告番号 甲18378
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2185号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,耕三
 東京大学 教授 大塚,柳太郎
 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
 東京大学 講師 神崎,恒一
内容要旨 要旨を表示する

緒言

 エストロゲンは生殖器官に作用するのみならず、骨組織においても重要な作用を及ぼしている。閉経後の骨粗鬆症はエストロゲン低下に起因するもので、エストロゲン補充により、この病態を防ぐことができる。また、エストロゲンは、女性だけでなく男性の骨代謝においても重要な役割を果たしている。

 エストロゲンの作用は、核内受容体スーパーファミリーの一種であるエストロゲン受容体(ER)を介して発揮される。ERには、α、βの2種類のサブタイプが存在し、骨芽細胞、破骨細胞にERα、βが発現していることが知られている。しかし、骨におけるERの分子標的及び標的遺伝子は十分には解明されていない。1以前、小川らは、ERαのC末を欠損させた変異体で、ERα、β両方の転写活性を抑制する作用を持つドミナントネガティブER(以下dnER)を強制発現させたトランスジェニックラットを作製した(Ogawa, Fujita et al, J. Biol. Chem.2000, 275:21372-9)。dnERトランスジェニックラット由来初代培養骨芽細胞では、内在性のERによる転写活性が抑制された状態にあり、生体内においてdnERが機能していると認められた。このdnERトランスジェニックラットをエストロゲンに低反応を示すモデル動物として使用して、骨代謝に対するERの役割を検討した。雌の骨の表現型について解析したところ、野生ラットでは卵巣摘出後の骨密度減少がエストロゲン投与によって予防されたのに対し、dnERトランスジェニックラットの雌は、エストロゲンを投与しても骨密度の低下が予防されず、エストロゲンに対して低応答であったことから、雌において、卵巣摘出後のエストロゲン投与に対する骨への作用はERを介していることが示された。

 本研究では、雌に引き続き、雄のdnERトランスジェニックラットを用い、雄の骨代謝に対するERの作用を解析した。さらに、dnERトランスジェニックラットが骨におけるエストロゲン低応答のモデル動物であることを利用し、野生ラットおよびdnERトランスジェニックラット由来初代培養骨芽細胞を用いてERの転写活性が抑制された場合の反応性や遺伝子発現の違いについて検討した。

方法

雄の骨代謝におけるERの役割に関する解析

 3ヶ月齢の雄ラット(dnERトランスジェニックラット10匹、野生ラット10匹)をそれぞれ5匹ずつ、エストロゲン投与群、プラセポ投与群に分け、それぞれエストロゲンペレット、あるいはプラセポペレットを皮下に埋め込んだ。60日後にサクリファイスし、大腿骨密度、大腿骨長、精巣、精嚢の重量、体重を測定した。

dnERトランスジェニックラット由来および野生ラット由来初代培養骨芽細胞における遺伝子発現の解析

 1日齢の新生ラット頭蓋骨より、初代培養骨芽細胞を採取した。増殖測定は、BrdU取り込み試験により行った。dnERトランスジェニックラット由来と野生ラット由来初代培養骨芽細胞の遺伝子発現の差異の同定は、マイクロアレイ法で解析した。ノザンブロット解析およびウェスタンブロット解析にて実際の遺伝子発現の増減を確認した。

エストロゲンによる骨芽細胞への増殖誘導と細胞周期制御因子の活性化

 野生ラット由来骨芽細胞を用い、エストロゲン添加による増殖促進作用をBrdU取り込み試験にて解析した。骨芽細胞におけるエストロゲン添加によるG1サイタリンのタンパク発現誘導をウェスタンブロットにて解析した。さらに、サイクリンとサイクリン依存性キナーゼ(Cdk)複合体のリン酸化活性をGST-Rbを基質として、キナーゼ活性測定を行った。

結果

 雄dnERトランスジェニックラットは、骨においてエストロゲンの反応性が低下している

 大腿骨密度に関しては、野生ラットではエストロゲン投与により骨密度が有意に増加したのに対し、dnERトランスジェニックラットでは有意な骨密度の増加は認められなかった。大腿骨長は、野生ラットではプラセボ投与群に比べエストロゲン投与群では有意に短くなっていた。これに対し、dnERトランスジェニックラットではプラセボ投与群とE2投与群とで長さに差はなかった。精巣重量、精嚢重量、体重についてはdnERトランスジェニックラット、野生ラットとも、E2投与群は、プラセボ投与群に比べ、有意に低下していた。

dnERトランスジェニックラット由初代培養骨芽細胞は増殖が低下している

 骨の表現型の検討から、dnERトランスジェニックラットは雄雌とも骨において、エストロゲンに対して低反応であることが認められた。続いて細胞レベルにおいては、エストロゲンに対し低反応であるとどのような変化が生じるか、初代培養骨芽細胞に着目して解析を行った。dnERトランスジェニックラット由来初代培養骨芽細胞は野生ラット由来初代培養骨芽細胞に比べ増殖が有意に低下していた。この分子機構を知るために、dnERトランスジェニックラット由来および野生ラット由来初代培養骨芽細胞を用いてマイクロアレイ解析を行ったところ、細胞周期制御因子の一つであるサイタリンD2の発現がトランスジェニックラット由来初代培養骨芽細胞で低下していた。実際にmRNAレベル、タンパクレベルで発現が低下していることがノザンブロットおよびウェスタンブロット解析で確認された。

エストロゲン添加によりD-タイプサイクリンの発現が誘導される

 初代骨芽細胞に10-10-7Mの濃度でエストロゲン添加すると、10-8Mで最も増殖が促進された。また、エストロゲンを10-8M添加した際、初代培養骨芽細胞におけるサイクリンD2、サイクリンD3タンパクの誘導が認められた。この誘導は、ERのアンタゴニストであるICI182,780により抑制されたことから、サイクリンD2、サイクリンD3の誘導はERを介していることが示唆された。サイクリンD1のタンパク発現は、初代培養骨芽細胞においては検出されなかった。

エストロゲンによるD-タイプサイクリンとCdk4/6の結合の増加及びサイクリン-Cdk複合体のキナーゼ活性の上昇

 D-タイプサイクリンは、Cdk4またはCdk6と複合体を形成する。エストロゲンを初代培養骨芽細胞に添加すると、サイクリンD2-Cdk4/6およびサイクリンD3-Cdk4/6の結合が誘導された。さらに、サイクリンD2-Cdk4/6およびサイクリンD3-Cdk4/6複合体のキナーゼ活性の上昇も認められた。

考察

 本研究で、dnERトランスジェニックラットをモデル動物として用い、雄におけるエストロゲンの骨への作用がERを介しているか解析したところ、野生ラットではエストロゲン投与により有意に骨密度の増加が認められたのに対し、dnERトランスジェニックラットでは骨密度の増加は認められなかった。したがって、雄dnERトランスジェニックラットは、骨においてはエストロゲンに対し低応答であることが認められ、エストロゲンによる骨密度の増加作用はERを介していることが示唆された。また、大腿骨長は野生ラットではエストロゲン投与群はプラセボ投与群より有意に短くなっていたことから、長軸方向への成長阻害が生じていることが示されたが、dnERトランスジェニックラットではエストロゲン投与による成長阻害は認められなかった。エストロゲン投与により長軸方向への成長が抑制されることが報告されているが、これはERを介した作用であると考えられる。精巣重量、精嚢重量、体重へのエストロゲン作用は、中枢神経系を介して引き起こされると考えられる。野生ラット、dnERトランスジェニックラットとも精巣重量、精嚢重量、体重が低下していたことから、中枢神経系においてはdnERがエストロゲンシグナルを抑制しきれずに、内在性のERを介してエストロゲン作用が引き起こされた可能性がある。

 dnERトランスジェニックラット由来初代培養骨芽細胞は野生ラット由来初代培養骨芽細胞に比べ、増殖が低下し、サイクリンD2の発現レベルも低かった。初代培養骨芽細胞にエストロゲンを作用させるとサイクリンD2,サイクリンD3の発現が誘導され、さらにCdk4/6のキナーゼ活性も上昇した。一方で、ER陽性乳ガン細胞においては、サイクリンD1がエストロゲンにより誘導され、それに伴いCdk4のキナーゼ活性が促進されるが、Cdk6の活性は上昇しないことが知られている。従って、エストロゲンによるD-タイプサイクリンの誘導とCdkのキナーゼ活性の促進は細胞や組織によって異なっていると考えられる。また、サイクリンD1のプロモータ上にはCREやSP1などのサイトが存在し、これらを介してERが直接転写制御を行っていることが示唆されている。ラットサイクリンD2、サイクリンD3のプロモータ上にもCRE,SP1が存在し、これらを介した直接転写制御が行われる可能性が考えられ、興味深い。

結語

 本研究より、dnERトランスジェニックラットをモデル動物として用いた検討から、雄におけるエストロゲンの骨に対する作用はERを介することが示唆された。また、サイクリンD2、サイクリンD3は、エストロゲンからERを介した初代培養骨芽細胞増殖促進作用における標的因子であることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、女性ホルモンの一種であるエストロゲンが、エストロゲン受容体(estrogen receptor; ER)を介して、どのような機構で骨に対して作用しているかについての解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.ERの作用を転写レベルで阻害するドミナントネガティブER(dnER)を過剰発現させたdnERトランスジェニックラットを作製し(Ogawa, Fujita et al, J. Biol. Chem. 2000, 275:21372-9)、このラットをモデル動物として雄における骨密度へのエストロゲン作用がERを介した機構によるのか、検討を行った。その結果、エストロゲン過剰投与による骨密度の増加作用は、ERを介した経路によって発揮されることが示された。

2.雄dnERトランスジェニックラットを用いた検討から、エストロゲン投与による骨の長軸方向への成長阻害が、ERを介した経路によって及ぼされることが示された。

3.dnERトランスジェニックラットは骨においてERのシグナルが抑制されているよいモデル動物であることを利用し、初代培養骨芽細胞に着目し、ER作用経路を抑制した場合の反応を検討したところ、dnERトランスジェニックラット由来初代培養骨芽細胞の増殖は、野生ラット由来初代培養骨芽細胞にくらべ、有意に低下することを示した。増殖が低下するメカニズムを解明するため、dnERトランスジェニックラット由来初代培養骨芽細胞と野生ラット由来初代培養骨芽細胞では遺伝子レベルどのような変化が起きているのか、マイクロアレイ法を用いて解析した結果、細胞周期制御因子の一つで、G1期の初期から中期にかけてはたらくサイクリンD2の発現が、転写レベルにおいて減少していることが示された。

4.ER作用経路が抑制された場合、初代培養骨芽細胞の増殖が低下し、サイクリンD2の発現レベルが減少することから、エストロゲンが作用した場合には、初代培養骨芽細胞の増殖が誘導されるのか、またサイクリンD2の発現が誘導されるのか解析を行った。結果、初代培養骨芽細胞において、エストロゲン添加により細胞増殖およびサイクリンD2の発現が誘導されることが示された。

5.エストロゲンによって他のG1サイクリンの発現が誘導されるか検討したところ、サイクリンD3もまた発現誘導されることが示された。ERピュアアンタゴニストであるICI182,780を添加するとエストロゲンによるサイクリンD2、サイクリンD3の発現誘導が抑制されることから、サイクリンD2、サイクリンD3の誘導はERを介した経路によって起こることが示された。

6.エストロゲンにより、サイクリンD2、サイクリンD3が発現誘導されるに伴い、サイクリンD2-サイクリン依存性キナーゼ(Cdk)4/6,サイクリンD3-Cdk4/6の複合体の形成が促進されることが示された。キナーゼアッセイを行い解析したところ、エストロゲン添加によりサイクリンD2-Cdk4/6、サイクリンD3-Cdk4/6のキナーゼ活性が上昇することが示された。

 以上、本論文は、dnERトランスジェニックラットをモデル動物として用いた検討から、雄におけるエストロゲンの骨に対する作用はERを介することを示した。また、サイクリンD2、サイクリンD3はエストロゲン-ERを介した初代培養骨芽細胞増殖促進作用における標的因子であることを示唆した。本研究は、未だ不明な点が多いエストロゲン-ERを介した骨における作用機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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