学位論文要旨



No 118379
著者(漢字) 西丸,宏
著者(英字)
著者(カナ) サイマル,ヒロシ
標題(和) オリーブ培養細胞によるアクテオサイド類の生合成
標題(洋)
報告番号 118379
報告番号 甲18379
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1012号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 折原,裕
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 海老塚,豊
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 助教授 渋谷,雅明
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

 植物組織培養は、植物生理学的な利用の他、植物が生産する有用な二次代謝産物の安定した生産・供給にも応用できる技術である。また、植物細胞を培養系に移すと、正常な植物体では生産されない特殊な化合物を生産する例も多い。この多くはファイトアレキシンと総称される植物防御物質であるが、天然化合物の探索資源としても魅力のある対象である。

 オリーブ(Olea europaea)はモクセイ科オリーブ属に属し、その果実を圧搾して得たオリブ油は古くから食用油として用いられており、日本薬局方収載の医薬品でもある。また、オレアノール酸を中心とするオレアナン型トリテルペンを生産することでも知られており、オリーブから誘導した培養細胞系では有用なオレアナン型トリテルペンおよびその配糖体サポニンを生産することが期待された。

 アクテオサイドはフェニルエタノイドと呼ばれる化合物の1つで、C6-C2型化合物の配糖体という植物天然化合物では珍しい構造を持ち、また、抗菌作用・抗酸化作用など様々な薬理活性を持つことが報告されている構造的にも生理的にも興味深い化合物であるにもかかわらず、その生合成に関する研究はほとんど行われていない。本研究では、オリーブ培養細胞系を用いてアクテオサイド類の生合成機構に関する知見が得られたので報告する。

【1.オリーブ培養細胞が生産する化合物】

 オリーブ培養細胞は植物組織培養における基本培地であるMurashige&Skoog培地に一部改変を加えたDK-NH4寒天培地で継代している。これを同液体培地に移植し、4週間後に収穫した細胞のメタノール抽出液をHPLCを用いて精製し、アクテオサイド(1)を中心とするFigure 1に示したような5種のフェニルエタノイド類が得られた。アクテオサイドは最大条件で細胞質量比20%弱という高い生産性を示し、今後の供給系としての期待が持てる。この細胞系を用いて、フェニルエタノイド類生合成にかかわると考えられる化合物を標識体の形で投与する取り込み実験を行うことにした。

 培養細胞では当初期待したトリテルペン配糖体は生産されていなかったが、培養細胞中のトリテルペン成分を分析したところ、原植物ではオレアナン型が中心なのに対し、培養細胞ではFigure 2に示すようなウルサン型のトリテルペンをオレアナン型の約3倍多く生産していることが明かとなった。

【2.13C標識仮想中間体のアクテオサイドへの取り込み実験】

 液体培養3週間目の細胞に6種の標識化合物を投与し、1週間後に収穫した。細胞のMeOH抽出液からアクテオサイドを精製し、得られた13C-NMRあるいはESI-LC-MSスペクトルデータから比取り込み率を求めた。その結果、phenylalanineはアクテオサイドのcaffeic acid部分のみに取り込まれ、3,4-dihydroxyphenylethanol部分には取り込まれないのに対し、tyrosineは3,4-dihydroxyphenylethanol部分に高い割合で取り込まれ、caffeic acid部分にも若干取り込まれたことが判明した。(Table 1)

 DOPAは3,4-dihydroxyphenylethanol部分に取り込まれたが、caffeic acid部分には取り込まれなかった。(Table 2)

 2,2-D2 dopamineを用いた実験から、dopamineはアクテオサイドの3,4-dihydroxyphenylethanol部分に取り込まれることが判明した。また、LC-MSによりdopamineの2位のDはそのままの状態で取り込まれていることが明らかとなった(Table 3)。一方、2-phenylethanolおよびphenethylamineはアクテオサイドには取り込まれず、ともに別のフェニルエタノイド配糖体(2-phenethyl β-primeveroside)に変換されていた。

【3.阻害剤を用いたアクテオサイド生産抑制実験】

 液体培養2週間目の細胞に最終濃度1mMのα-methyltyrosine(tyrosine-3-monooxygenase inhibitor)およびbenserazide(DOPA decarboxylase inhibitor)をそれぞれ投与し、2週間後に培養細胞MeOH抽出液中のアクテオサイドを定量したとろこ,α-methyltyrosineではアクテオサイド生産の抑制は見られなかったが、benserazideではフラスコあたり・乾燥細胞重量あたり、ともにアクテオサイド生産量の減少が確認された(Figure 3)。

【4.考察】

 今回の結果から、アクテオサイドのcaffeic acid部分はphenylalanineから桂皮酸経路を経て生合成され、一方、3,4-dihydroxyphenylethanol部分はtyrosine由来であることが明らかとなった。また、投与実験の結果から、3,4-dihydroxyphenylethanol部分はDOPA、dopamineを経て生合成されると考えられた。

 植物界でtyrosine→DOPA→dopamineという経路はベンジルイソキノリンアルカロイド生合成の初期段階で見られる経路であるが、オリーブ培養細胞でアルカロイド類の生成は確認されず、アルカロイドを生産しない植物においても類似の経路が存在するという興味深い結果が示された。また、DOPA脱炭酸酵素阻害剤として知られるbenserazideを培養細胞に投与すると、アクテオサイドの生産が抑制された。一方、tyrosineが脱アミノ化されて生成したtyramineとグルコースの配糖体であるsalidrosideがオリーブ培養細胞内で生成されていることから、これがアクテオサイドの中間体である可能性も考えられる。今後アクテオサイド類生合成機構のさらなる解明が進むことで、植物二次代謝産物の多様性の一端が明らかになるとともに、新たな有用フェニルエタノイド化合物への応用も期待できる。

Figure 1. Phenylethanoids isolated from cultured cells of Olea europaea.

Figure 2. Triterpenoids isolated from cultured cells of Olea europaea.

Table 1. Relative isotopic abundance of acteoside after feeding 13C-Phe or 13C-Tyr

Table 2. Relative isotopic abundance of acteoside after feeding 2,3-13C2-DOPA

Table 3. Relative MS peak intensity of acteoside after feeding 2,2-D2 dopamine

Figure 3. Effects of enzyme inhibitors on the production of acteoside

Figure 4. Proposed biosynthetic pathway of phenylethanoids in Olive cell culture

審査要旨 要旨を表示する

 植物組織培養は、植物生理学的な利用の他、植物が生産する有用な二次代謝産物の安定した生産・供給にも応用できる技術である。また、植物細胞を培養系に移すと、正常な植物体では生産されない特殊な化合物を生産する例も多い。この多くはファイトアレキシンと総称される植物防御物質であるが、天然化合物の探索資源としても魅力のある対象である。

 オリーブ(Olea europaea)はモクセイ科オリーブ属に属し、その果実を圧搾して得たオリブ油は古くから食用用油として用いられており、日本薬局方収載の医薬品でもある。また、オレアノール酸を中心とするオレアナン型トリテルペンを含有することでも知られており、オリーブから誘導した培養細胞系は有用なオレアナン型トリテルペンおよびその配糖体サポニンを生産することが期待された。

 西丸はオリーブをはじめとするモクセイ科植物培養細胞のカルス誘導法の改良を行い、得られた培養細胞より原植物にはほとんど含まれないフェニルエタノイド類が大量に生産されることを見いだした。さらに、オリーブ培養細胞を用い、フェニルエタノイド類の生合成研究を行った。

1.オリーブ培養細胞が生産する化合物

 モクセイ科植物培養細胞の誘導には植物組織培養における基本培地であるMurashige & Skoog培地のアンモニウムイオンをカリウムイオンで置き換えたCM-NH4あるいはDK-NH4寒天培地が有効であり、ほとんどのモクセイ科植物よりカルスが誘導された。オリーブ培養細胞はDK-NH4寒天培地で継代した。これを同液体培地に移植し、4週間後に収穫した細胞のメタノール抽出液を各種カラムおよびHPLCを用いて精製し、アクテオサイド(1)を中心とする下に示した5種のフェニルエタノイド類を得た。フェニルエタノイドはC6-C2型化合物の配糖体という植物由来天然化合物では珍しい構造を持ち、また、抗菌作用・抗酸化作用など様々な薬理活性を持つことが報告されている構造的にも生理的にも興味深い化合物群である。また、その生産の最適化を行ったところ、オリーブ培養細胞は最大条件で細胞質量比20%弱という高いアクテオサイド生産性を示し、今後の供給系としての期待が持てる。

 一方、オリーブ培養細胞は当初期待したトリテルペン配糖体は生産していなかったが、培養細胞中のトリテルペン成分を分析したところ、原植物ではオレアナン型が中心なのに対し、培養細胞では下に示すようなウルサン型のトリテルペンをオレアナン型の約3倍多く生産していることが明かとなった。

2.アクテオサイドの生合成

 液体培養3週間目のオリーブ培養細胞に各種標識化合物を投与し、1週間後に収穫した。細胞のMeOH抽出液からアクテオサイドを精製し、得られた13C-NMRあるいはESILC-MSスペクトルデータの解析を行い比取り込み率を求めた。その結果、フェニルアラニンはアクテオサイドのcaffeic acid部分のみに取り込まれ、3,4-dihydroxyphenylethanol部分には取り込まれないのに対し、チロシンは3,4-dihydroxyphenylethanol部分に高い割合で取り込まれ、caffeic acid部分にも若干取り込まれた。チロシンの代謝物であるDOPAは3,4-dihydroxyphenylethanol部分に取り込まれたが、caffeic acid部分には取り込まれなかった。2,2-D2 dopamineを用いた実験から、DOPAと同様にdopamineはアクテオサイドの3,4-dihydroxyphenylethanol部分に取り込まれることが判明した。また、LC-MSによりdopamineの2位のDはそのままの状態で取り込まれていることが明らかとなった。一方、芳香環部分に水酸基を持たない2-phenylethanolおよびphenethylamineはアクテオサイドには取り込まれず、ともに別のフェニルエタノイド配糖体(2-phenethyl β-primeveroside)に変換されていた。

 液体培養2週間目の細胞に最終濃度1mMのα-methyltyrosine(tyrosine-3-monooxygenase inhibitor)およびbenserazide(DOPA decarboxylase inhibitor)をそれぞれ投与し、2週間後に培養細胞MeOH抽出液中のアクテオサイド量を定量したところ、amethyltyrosineではアクテオサイド生産の抑制は見られなかったが、benserazideではフラスコあたり・乾燥細胞重量あたり、ともにアクテオサイド生産量の減少が確認された。

 以上の結果から、アクテオサイドのcaffeic acid部分はphenylalanineから桂皮酸経路を経て生合成され、一方、3,4-dihydroxyphenylethanol部分はtyrosine由来であることが明らかとなった。また、投与実験の結果から、3,4-dihydroxyphenylethanol部分はDOPA、dopamineを経て生合成されると考えられた。

 以上まとめると、西丸は誘導困難なモクセイ科植物のカルス誘導の改良を行い、一般法を確立し、オリーブ培養細胞によるアクテオサイドの生産をオプティマイズした。また、これまで不明であったフェニルエタノイド類の生合成については、phenylethanol部分とcaffeic acid部分がそれぞれチロシン、フェニルアラニンから由来することを標識前駆体および酵素阻害害剤の投与実験から明らかにした。以上の結果は、将来的に新たな有用フェニルエタノイド化合物の創製への応用も期待でき、薬用植物学、天然物化学の進展に寄与するところ大であり、博士(薬学)に相応しいと判断した。

Figure 1. Phenylethanoids isolated from cultured cells of Olea europaea.

Figure 2. Triterpenoids isolated from cultured cells of Olea europaea.

UTokyo Repositoryリンク