学位論文要旨



No 118383
著者(漢字) 加来田,博貴
著者(英字)
著者(カナ) カクタ,ヒロキ
標題(和) ピューロマイシン感受性アミノペプチダーゼ特異的阻害剤の創製
標題(洋)
報告番号 118383
報告番号 甲18383
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1016号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋本,祐一
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 助教授 影近,弘之
 東京大学 助教授 菊地,和也
 東京大学 助教授 長澤,和夫
内容要旨 要旨を表示する

1.序

 ピューロマイシン感受性アミノペプチダーゼ(PSA)は、脳や神経で高発現しているメタロプロテアーゼの一つであり、がん転移において重要な役割を担うと考えられているアミノペプチダーゼN(APN)と同様な基質特異性を有する中性アミノペプチダーゼである。PSAはpuromycin(1)に対する感受性の高さからその名があるが、1の認識する基質結合部位のアミノ酸配列が類縁のアミノペプチダーゼ間で相同しているため、その特異性は必ずしも高くない。従ってpuromycin(1)でさえPSAの特異的阻害剤とは言えない。これまでPSAに特異的な阻害剤が知られていなかったこともあり、PSAの生理機能については長らく不明のままであった。近年、OsadaらによりPSA欠損マウスが創製され、PSAの個体レベルにおける機能については情報が得られつつある1)。しかしながら細胞レベルにおける機能解明はなお発展途上にある。

 そのような中、著者らは多様な生理活性を有するthalidomide(2)をリードとした構造展開研究において、PSAに特異的な阻害剤PIQ-22(3)を見出した(Figure 2)2)、3)。さらに3はマウスメラノーマ細胞B16F10を用いた細胞浸潤阻害評価において、臨床応用されているbestatin(4)(Figure 2)以上の細胞浸潤阻害能を有することを明らかにした4)。このように3はPSAの機能解明ツールとなる可能性が示されたのだが、3の環内ベンジルメチレンが容易に自動酸化されてその活性を失う3)。

 そこで本研究において、(i)化学的に安定で、かつ3より高いPSA阻害活性能を有する阻害剤を創製し、(ii)それをPSAの機能解明プローブへ展開して分子生物学的なPSAの機能解明への道を拓くこと、および(iii)細胞浸潤阻害能について評価を行うことでPSA阻害剤の医薬応用への道を拓くことを目指した。

2.2,4(1H、3H)-Quinazolinedione骨格を有するPSA阻害剤の創製と構造活性相関

 PIQ-22(3)の環内ベンジルプロトンをカルボニル酸素やフッ素原子に置換した化合物5、6などにはPSA阻害活性が見られないことなどから、『PSA阻害活性には、環内ベンジル位プロトン付近の正の静電場が必要』という仮説を立て、3のベンジルメチレンをNHに置換した2,4(1H、3H)-quinazolinedione骨格を有する7(PAQ-22)をデザインした5)。その結果、7およびそのNHをN-アルキル化した8〜13に高いPSA阻害活性が認められた。一方、同位置をエーテル酸素に置換した14は、N-アルキル体に比べその活性が大きく低下した。これらは上記仮説を支持するものと考えている。尚、これらの化合物は、PIQ-22(3)に見られたような自動酸化反応は見られない。2位のカルボニル基を、チオカルボニル基に置換した15、およびメチレンに置換した16においては、7に比べるとそれほど大きな活性の低下は見られなかった。従って2位のカルボニル基は酵素との結合に重要ではないと思われる。一方7の4位カルボニル基を、チオカルボニル基に置換した17、およびメチレンに置換した18において活性が大きく低下したことから、4位のカルボニル基は酵素認識に関与することが示唆された。

 PIQ-22(3)/PAQ-22(7)のジエチルフェニル基を分枝脂肪鎖や環状脂肪鎖に置換したところ活性は認められなかったことからフェニル基の必要性が示された。

 Puromycin(1)およびbestatin(4)と異なり今回創製した化合物がPSAに特異的な阻害を示すことから、阻害様式に興味が持たれた。Lineweaver-Burk Plotによる速度論解析の結果、puromycin(1)およびbestatin(4)は基質に対して競合的にPSAを阻害する一方、今回創製したPSA阻害剤は基質結合部位とは異なる位置に結合する非競合的な阻害剤であることが示された(Figure 3)。創製した一連の化合物がPSAに高い特異性を示すのは、類縁のアミノペプチダーゼ間において相同性の低いアミノ酸配列から構成される、特異的な結合部位を認識するためと考えられる。

3.PSA蛍光プローブの創製

 PSA発現を可視化する手法としてその抗体プローブの利用が知られるが、その手法は繁雑でありかつ感度的に問題がある。そこでこれらを克服したプローブ創製を目指し、今回創製したPSA阻害剤を蛍光プローブへ展開することにした。

 PAQ-22(7)は弱いながら蛍光を発する。そこでこの分子自体を強力な蛍光体に展開出来ないかと考えた。蛍光色素として有名なmethylanthranilate(24)に比べ7の蛍光強度が弱いのは、7の2位カルボニル基により1位アミノ基のキナゾリンジオン芳香環に対する電子供与性が低減されるためだと考えた。そこで当該芳香環にアミノ基等の電子供与性基を導入して25〜27としたところ、いずれにも顕著な蛍光増強が見られた。また26、27はPSA阻害活性も示した。しかしながらこれらの化合物は、その蛍光強度が酵素内部のような低極性環境で極性環境に比べて大きく増強しないため(Figure 5)、蛍光プローブとしては不適であると考えられた。キナゾリンジオン骨格をアミノナフタルイミド骨格に変換した28においては、高い蛍光強度は得られたもののPSAに対する特異性が失われた。

 PAQ-22(7)のジエチルフェニル基をアントラセンに置換したANTAQ(29)、および8のジエチルフェニル基へダンシルアミノ基を導入したDAMPAQ-22(30)を創製したところ、高い蛍光強度およびPSA特異的な阻害活性が見られた。ANTAQ(29)ないしDAMPAQ-22(30)で処理した各種細胞の蛍光顕微鏡撮影を行ったところ、PSA発現の少ないHL60等の細胞ではその発光が弱く、一方PSA発現の多いMOLT-4、Jurkat等においては細胞質、とりわけ核を取り巻く一部に強い発光域が見られた(Figure 6)。この発光は一連のPSA阻害剤との共存により消失もしくは低下し、ANTAQ(29)/DAMPAQ-22(30)はPSAと特異的に結合して発光していると判断できた。PSAの細胞内分布が細胞可溶性画分とされていることから、この結果は妥当と思われる6)。現在、これら化合物のPSA結合部位の同定を目指し光親和性プローブへの展開を試みている。

4.生物活性評価

 創製した化合物の細胞浸潤阻害活性をマウスメラノーマ細胞B16F10を用いて評価した。その結果、強力なPSA阻害剤はいずれもB16F10に対して濃度依存的な細胞浸潤能を示した。PSAの配列中に細胞分裂装置である微小管に対する結合配列と相同性の高い配列が2箇所見出されていることから、PSAは細胞の運動性に関与する可能性が示唆される7)。従ってこの結果は、PSA阻害による細胞の運動性低下に起因するのかもしれない。

5.総括および今後の展望

 本研究により、化学的に安定でかつ強力な特異的PSA阻害剤創製に成功した。また創製した化合物群の構造活性相関解析を行うことで、PSAを生細胞で可視化する蛍光プローブの開発にも成功した。今後これらの化合物を用いることによりPSAの分子生物学的な機能解明が図られるものと期待される。さらにPSA阻害剤が細胞浸潤阻害能を有することを示すことが出来た。この結果とPSA欠損マウスにおいて無痛症が見られることを含めて考えると1)、PSA特異的阻害剤は、細胞浸潤のみならず鎮痛作用をもったこれまでにない抗がん剤候補になりうると考えられ医薬への応用も期待される。

<参考文献>

1) Osada T., et al., J. Neurosci., 19, 6068-6078, 1993.

2) Komoda M., et al., Bio. Med. Chem., 9, 121-131, 2001.

3) Takahashi H., et al., Yakugaku Zasshi, 120, 909-921, 2000.

4) Kagechika H., et al., Biol. Pharm. Bull., 22, 1010-1012, 1999.

5) Kakuta H., et al., Heterocycles, 55, 1433-1438, 2001.

6) Kakuta H., et al., Bio. Med. Chem. Lett., 13, 83-86, 2003.

7) Constam DB, et al., J. Biol. Chem., 270, 26931-26939, 1995.

Figure 1

Figure 2

Figure 4

Table 1

Figure 3

Figure 5

Figure 6

審査要旨 要旨を表示する

 ピューロマイシン感受性アミノペプチダーゼ(PSA)は、初め、エンケファリン分解酵素の候補として見いだされた、脳や神経で高発現しているメタロプロテアーゼの一つである。がん転移において重要な役割を担うと考えられているアミノペプチダーゼN(APN)と同様な基質特異性を有する中性アミノペプチダーゼであることなどが知られているが、その生理的役割は未だ不明のままである。このため、PSAに対する特異的阻害剤の開発が、多くの研究者の間でも求められていた。

 加来田博貴は、サリドマイドをリードとした構造展開研究によって得た強力ながん細胞浸潤阻害剤、PIQ-22(1)、の標的分子がPSAであることに着目し、(1)PSAに特異的な阻害剤の開発研究、(2)生細胞中PSAの可視化プローブの開発・応用研究、(3)PSA阻害剤のがん細胞浸潤阻害活性の評価研究を行った。

1.特異的PSA阻害剤の開発研究

 加来田はPIQ-22(1)を用いてのPSAの機能解明を目的とした研究の遂行中に、PIQ-22(1)のベンジル位が極めて容易に自動酸化を受け、無活性なトリケト体(2)となる現象を見いだし、化学的に安定なPSA阻害剤を創製すべく構造展開研究を行った。ジフルオロ体(3)を初めとした数多くの誘導体を創製して構造活性相関研究を行い、独自に静電場的解釈を付与して、最終的に強力な特異的PSA阻害剤、PAQ-22(4)並びにPAZOX-22(5)、の創製に至った。

 創製したPSA阻害剤について酵素反応速度論的な解析を行い、PIQ-22(1)、PAQ-22(4)及びPAZOX-22(5)がいずれもPSAに対して同一の部位に結合する非競合的阻害剤であることを示した。

2.生細胞中PSAの可視化プローブの開発・応用研究

 加来田は、自らが創製したPSA阻害剤をPSAの生理機能解明のためのプローブとして応用するための一方策として、蛍光プローブへの展開研究を遂行した。PAQ-22(4)が弱いながら蛍光を発することに着目し、独自に蛍光発色に関する分子論的な考察を施した上で、本分子自体を強力な蛍光体に転換しようとした。すなわち、PAQ-22(4)の蛍光強度が弱いのは、その2位カルボニル基により1位アミノ基のキナゾリンジオン芳香環に対する電子供与性が低減されるためと考え、当該芳香環にアミノ基等の電子供与性基を導入することによって顕著な蛍光増強に成功した。しかし、創製した化合物群が生細胞中のPSAを可視化するために求められる物理的・化学的性質に欠けていたため、さらなる構造展開研究を遂行し、最終的にPAQ-22(4)のジエチルフェニル基をアントラセンに置換したANTAQ(6)並びに、ジエチルフェニル基へダンシルアミノ基を導入したDAMPAQ-22(7)の創製に至った。

 これらの蛍光プローブの高い蛍光強度およびPSA特異的な阻害活性を確認した上で、ANTAQ(6)ないしDAMPAQ-22(7)で処理した各種細胞の蛍光顕微鏡観察を行ない、これまで詳細が不明であったPSAの細胞内分布に関する知見を種々提供した。さらに、ANTAQ(6)やDAMPAQ-22(7)の光親和性プローブへの展開も試みている。

3.がん細胞浸潤阻害活性の評価

 加来田は創製した化合物のがん細胞浸潤阻害活性をマウスメラノーマ細胞B16F10を用いて評価した。その結果、強力なPSA阻害剤がいずれもB16F10に対して濃度依存的な細胞浸潤活性を有することを示し、PSAが新たながん細胞浸潤阻害剤開発の分子標的になり得ることを示した。加えて、PSAの配列中に細胞分裂装置である微小管に対する結合配列と相同性の高い配列が存在することなどから、PSAが細胞の運動性に関与する可能性を提案した。

 以上、加来田博貴は、(1)化学的に安定でかつ強力な特異的PSA阻害剤の創製に成功し、(2)創製した化合物群の構造活性相関解析を行うことで、PSAを生細胞で可視化する蛍光プローブの開発にも成功した。今後これらの化合物を用いることによりPSAの分子生物学的な機能解明が図られるものと期待される。さらに(3)PSA阻害剤が細胞浸潤阻害活性を有することを示した。この結果とPSA欠損マウスにおいて無痛症が見られることを含めて考えると、PSA特異的阻害剤が細胞浸潤のみならず鎮痛作用をもったこれまでにない抗がん剤候補になりうる可能性が考えられ、医薬への応用も期待される。これらの成果は、博士(薬学)の学位論文として十分に価値があるものと認められる。

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