学位論文要旨



No 118384
著者(漢字) 神戸,美香
著者(英字)
著者(カナ) カンベ,ミカ
標題(和) マイトマイシンCの合成研究
標題(洋)
報告番号 118384
報告番号 甲18384
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1017号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 柴�ア,正勝
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 助教授 金井,求
 東京大学 助教授 徳山,英利
内容要旨 要旨を表示する

 【序】

 マイトマイシンC(1)は1958年、協和発酵工業(株)の若木らのグループによりStreptomyce caespitosusの培養液から見出された優れた抗腫瘍性抗生物質である1)。1は、DNAアルキル化剤として知られ、がん治療上の重要な医薬品の一つである。また1は、ピロロ[1,2a]インドール骨格を母骨格とし、低分子ながらもその中に、キノン、アジリジン、ヘミアミナール、カルバモイル基等を含む高度に官能基化された複雑な構造を有する。そのため多くの有機合成化学者の興味を引き付け、現在までに幅広い合成研究がなされてきた。しかし、その全合成の報告は、岸ら2)のグループ、及び当研究室3)におけるラセミ体合成のみであり、その不斉全合成は未だに達成されていない。そこで筆者は、効率的なマイトマイシンC(1)の不斉全合成を目的として本研究に着手した。

 【合成計画】

 マイトマイシンC(1)の逆合成解析をScheme1に示す。1の構造に特徴的なキノン、アジリジン、ヘミアミナール、カルバモイル基等の官能基導入は、合成の後半に行うこととした。ヘミアミナール部分は、岸らの全合成2)と同様、8員環化合物Aの渡環反応により得る合成戦略をとることとし、ベンゾアゾシンBを重要中間体として設定した。そこで、比較的合成が困難な中員環を有するBをその後の変換に必要な官能基を備え、かつ光学活性体として合成することが、本研究における一つの大きな課題となった。

 【ベンゾアゾシン骨格構築】

 筆者は、8員環の3箇所の位置で逆合成的に切断し(Scheme1化合物C)、8員環構築反応を試みた。その検討結果の概略を以下に示す。

 1.Heck反応によるアプローチ

 一つ目のアプローチとして、芳香環とベンジル位の位置(I)で逆合成的に切断し、Heck反応を試みた(Scheme2)。ジブロモキノン24)に対するアミン3の付加脱離反応によりHeck反応前駆体4を合成した。しかしながら、化合物4をHeck反応条件に付したところ、望みとする8員環化合物5を得ることはできなかった。

 2.芳香環アミノ化反応によるアプローチ

 ニつ目のアプローチとして、芳香環とアミンの結合(II)を逆合成的に切断し、芳香環アミノ化反応を試みた(Scheme3)。C-アリルフェノール6より、10段階の変換によりアミノ化反応前駆体7を合成した。化合物7を芳香環アミノ化反応条件5,6)に付したが、望みとする8員環化合物8を得ることはできなかった。

 3.N-アルキル化反応によるアプローチ

 三つ目のアプローチとして、N-C結合(III)を逆合成的に切断し、N-アルキル化反応を試みた。N-アルキル化反応として還元的アミノ化反応、及び光延反応を行った。

 3-1.還元的アミノ化反応によるベンゾアゾシン骨格構築

 多置換ニトロヨードベンゼン9より6段階を経て還元的アミノ化反応前駆体である5-(2-ニトロフェニル)ペンタナール10を合成した。10をPd-C存在下、水素添加反応を行ったところ、望みとする8員環化合物11を得ることができた。次に、この後の官能基変換のため、アニリンのアミノ基に対して保護基を導入する必要があると考えたが、8員環構築後の保護基導入は困難であった。そこで、8員環構築前に、アニリンのアミノ基に保護基を導入しておく必要があると判断した。

 3-2.光延反応によるベンゾアゾシン骨格構築

 アミノ基に保護基を有する8員環化合物19は、当研究室にて開発されたニトロベンゼンスルホンアミドを用いた分子内光延反応により合成することができた(Scheme5)。

 光延反応前駆体は、o-ニトロヨードベンゼン誘導体13とL-セリンより合成したアセチレン14の薗頭反応により合成した置換アセチレン15に対して、ピロリジンの共役付加を経たケトン16への変換反応を鍵反応7)として合成した。ケトン16を還元、保護して17を得た。17のニトロ基を還元、p-ニトロベンゼンスルホニル(p-Ns)基を導入後、TBS基を除去して光延反応前駆体18を合成することができた。18を光延反応条件に付すと、反応は室温にて速やかに進行し、望むベンゾアゾシン誘導体19を高収率にて得ることができた。次に、19の保護されたアミノアルコール部位からアジリジン構築を計画した。アミノアルコール部位の脱保護は、Boc基に続いてアセトニドを段階的に除去することにより行った。得られたアミン20に官能基選択的にp-Ns基を導入し、水酸基をメシル化した後、炭酸セシウムで処理するとアジリジン構築反応は速やかに進行し、望むアジリジン21を得ることができた。21のMOM基を除去、生じた水酸基をSwern酸化にてケトンとし、ベンゾアゾシノン22を合成することができた。

 【重要中間体の合成】

 次の課題は、22のベンジル位への立体選択的なヒドロキシメチル基の導入である(Scheme6)。22に対してホルマリンを用いたアルドール反応によるヒドロキシメチル化を計画した。しかし、ホルマリンとの反応にて得られた化合物はアルドール反応に続いて脱水反応が進行した化合物23であった。そこで、エキソメチレン23に対して以下のようにして水酸基の導入を行った。まず、α,β-不飽和ケトン23に対してフェニルチオレートの立体選択的な共役付加を行った後、ケトンを還元してチオフエノール付加体24を得た。次に24の2級水酸基を保護し、スルフィドを酸化してスルホキシド25を得た。25を酢酸エチル中、過剰のTFAAで処理することで、Pummerer転位反応を行い、26を得た。続いてヘミチオアセタール26の還元により、望みとする1級水酸基へと変換し、重要中間体Bに相当する化合物27を得ることができた。さらに、27よりフェノールの酸化を経てキノン28を合成することができた。

 【まとめと今後の展開】

 筆者は、マイトマイシンCの合成研究において、キノン、アジリジン、カルバモイル基を有する化合物28を、立体化学を制御し、光学活性体として合成することに成功した。

 今後、渡環反応(29)によりヘミアミナール構造(30)の構築を行い、マイトマイシンC(1)の全合成を達成したいと考えている(Scheme7)。

[参考文献]

 1) Wakaki, S.; Marumo, H.; Tomioka, K.; Shimizu, G.; Kato, E.; Kamada, H.; Kudo, S.;Fujimoto, Y. Antibiot. Chemother. 1958, 8, 288. 2) Nakatsubo, H.; Fukuyama, T.;Cocuzza, A. J.; Kishi, Y. J. Am. Chem. Soc. 1977, 99, 8115. Fukuyama, T.; Nakatsubo,F.; Cocuzz, A. J.; Kishi, Y. Tetrahedron Lett. 1977, 4295. Kishi, Y. J. Nat. Prod. 1979,42, 549. 3) Fukuyama, T.; Yang, L. J. Am. Chem. Soc. 1987, 109, 7881. Fukuyama, T.;Yang, L. J. Am. Chem. Soc. 1989, 111, 8303. 4) Shaw, K. J.; Luly, J. R.; Rapoport, H. J.Org. Chem. 1985, 50, 4515. 5) Wolfe, J. P. Rennel, R. A.; Buchwald, S. L. Tetrahedron 1996, 52, 7525. 6) Yamada, K.; Kubo, T.; Tokuyama, H.; Fukuyama, T. Synlett 2002,231. 7) Suzuki, M.; Kambe, M.; Tokuyama, H.; Fukuyama, T. Angew. Chem. Int. Ed.2002, 41, 4880.

Scheme1

Scheme2

Scheme3

Scheme4

Scheme5

Reagents and conditions: a) PdCl2[P(o-Tol)3]2, Et3N, THF, 60℃, 55%; b) pyrrolidine, benzene, rt; 1 N HCl aq AcOEt, 96%; c) NaBH4, MeOH, 0 ℃; d) MOMBr, i-Pr2NEt, TBAI (cat.), DME, 60℃, 97%; e) H2, Pd-C, EtCH, rt;f) p-NsCl, Py, OH2 Cl2, rt, 97% (2 steps); g) NH4F-HF, DMF, 80℃, quant.; h) PPh3, DEAD, benzene, rt, 93%; i)TMSOTf, 2,6-di-t-BuPy, CH2Cl2, 0℃; j) NH2OH-HCl, AcONa, EtCH, CH2Cl2, rt; k) p-NsCl, Et3N, CH2Cl2, 0℃,49% (3 steps); l) MsCl, Et3N, CH2Cl2, 0℃; m) Cs2CO3, CH3ON, rt, 89% (2 steps); n) TFA, CH2Cl2, 0℃, 98%; o)(COCl)2, DMSO, CH2Cl2, 79℃; Et3N, -78℃ to rt, 98%.

Scheme6

Reagents and conditions: a) HCHO aq, NaOH, THF, rt, 85%; b) PHSH, Et3N (cat.), MeOH, THF, rt; NaBH4, 0℃,80% (2 steps); c) Ac2O, DMAP (cat.), Py, 60℃ 83%; d) MCPRA, CH2Cl2, 0℃, 85%; e) TFAA, AcOEt, rt; f) NaBH4,MeOH, -78℃ DBU, -78 to -20℃, 65% (2 steps); g) KOH, MeOH, 60℃ 57%; h) CCI3CONCO, CH2Cl2,0 ℃ 79%; i) O2, salcomine, DMF, rt, 85%.

Scheme7

審査要旨 要旨を表示する

 マイトマイシンC(1、Figure1)は、1958年、協和発酵工業(株)の若木らのグループによりStreptomyces caespitosusの培養液から見出された優れた抗腫瘍性抗生物質であり、現在、臨床において用いられている抗がん剤の一つである。また1の構造は、低分子ながらも高度に官能基化された複雑な構造を有すため、多くの有機合成化学者の興味を引き付け、現在までに幅広い合成研究がなされてきた。しかし、その全合成の報告は、岸らのグループ、及び当研究室におけるラセミ体合成のみであり、その不斉全合成は未だに達成されていない。そこで神戸は、効率的なマイトマイシンC(1)の不斉全合成を達成すべく検討を行った。

 神戸はまずScheme1に示したように1の構造に特徴的なキノン、アジリジン、ヘミアミナール、カルバモイル基等の官能基導入を合成の後半に行うことと、ヘミアミナール部分は8員環化合物Aの渡環反応により得る合成戦略をとることとし、ベンゾアゾシンBを重要中間体として設定した。そこで、比較的合成が困難な中員環を有するBをその後の変換に必要な官能基を備え、かつ光学活性体として合成することが、本研究における大きな課題の一つとなった。

 実際の合成にあたっては、まずo-ニトロヨードベンゼン誘導体2とL-セリンより誘導したアセチレン3の薗頭反応により置換アセチレン4を合成し、続いて、4に対するピロリジンの共役付加を経たケトン5への変換を鍵反応として光延反応前駆体6を合成した(Scheme2)。6を光延反応条件に付すと、中員環構築にもかかわらず、反応は室温にて速やかに進行し、望むベンゾアゾシン誘導体7が高収率で得られた。7の保護されたアミノアルコール部位からp-Ns基を用いたスルホンアミド8のSN2反応によりアジリジン構築を行った。ベンゾアゾシノン10のベンジル位への立体選択的なヒドロキシメチル基の導入は、通常のアルドール反応条件では、脱水縮合したα,β-不飽和ケトン11が得られるのみであった。しかし、このα,β-不飽和ケトン11に対してフェニルチオレートの立体選択的な共役付加を行い、数段階後に得られたスルホキシド12に対してPummerer転位反応とそれに続く還元により、望む1級水酸基13へと変換することに成功し、重要中間体Bを合成するルートを確立した。さらに神戸は13よりフェノールの酸化を経てアジリジン、カルバモイル基を有するキノン14を光学活性体として合成することに成功した。

 以上、神戸はマイトマイシンCの全合成を目的として検討を行い、光学活性体の全合成及び類縁体合成への道を開いた。従って、薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

Scheme1

Scheme2

UTokyo Repositoryリンク