学位論文要旨



No 118385
著者(漢字) 黒澤,渉
著者(英字)
著者(カナ) クロサワ,ワタル
標題(和) (-)-Ephedradine Aの全合成
標題(洋)
報告番号 118385
報告番号 甲18385
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1018号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 助教授 折原,裕
 東京大学 助教授 徳山,英利
内容要旨 要旨を表示する

 【序】EphedradineA(1)は中国の伝承薬である麻黄根の活性成分として、1979年に東北大学の曳野らのグループにより単離及び構造決定されたスペルミン系アルカロイドである1)。1の生理活性としては血圧降下作用が知られていたが、近年サルモネラ菌株に対する変異原性を有することが明らかとなり、注目を集めている2)。構造的な特徴としては、ジヒドロベンゾフラン環と、それを架橋する13員環マクロラクタム、及びβ-アミノ酸構造を有する17員環ポリアミンラクタムを含む4環性骨格が挙げられる。合成例としては、1985年にWassermanらによるO-メチル体のラセミ体合成3)が報告されているのみである。そこで特徴的な構造と生理活性に興味を持ち、1の光学活性体としての全合成研究に着手した。

 【合成戦略】1を合成するにあたり、以下の逆合成解析を行った。1の13員環マクロラクタムを逆合成的に切断し、環状ポリアミン骨格の構築とアミンのアルキル鎖の伸長は、ニトロベンゼンスルホニル基(Ns基)を活性化基として用いたアルキル化反応4,5)によって行うことを考え、前駆体として3を設定した。3のβ-アミノ酸骨格、及びアミド骨格は、4から形成することとした。ジヒドロベンゾフラン4は、不斉ロジウムカルベノイド5に対する分子内C-H挿入反応によって合成することとした(Scheme1)。

 【ジヒドロベンゾフラン環の構築】ジヒドロベンゾフラン環は不斉C-H挿入反応により構築することを考えた。Scheme2に示すように、市販のp-ブロモフェノール6を出発原料として5段階にて合成したカルボン酸8をメチルエステルへと変換した後、p-アセトアミドベンゼンスルホニルアジドとDBUで処理することにより、ジアゾエステル9へと導いた。得られた9に対して塩化メチレン中、Daviesらの開発した不斉ロジウム触媒Rh2(S-DOSP)46)を10 mol%作用させると、室温で分子内C-H挿入反応が進行し、ジヒドロベンゾフラン10がシス体とトランス体の比が3対2で得られた。しかしながらその光学純度は20-30% eeと満足のいくものではなかった(Scheme2)。

 そこで光学純度の向上を目指し、不斉補助基を導入してC-H挿入反応を検討した。カルボン酸8と各種光学活性アルコール(R*OH)a-cを縮合してエステルを合成後、ジアゾエステル11(a-c)へと変換した。11(a-c)に対してロジウム触媒を作用させ、得られるジヒドロベンゾフラン12(a-c)、13(a-c)の生成比を調べた。その結果、Table 1に示したように、乳酸アミド型の不斉補助基c7)とRh2(R-DOSP)4の組み合わせが最も良好なジナステレオ選択性を与え、トランス選択的に環化反応が進行した。この際、主生成物であるジヒドロベンゾフラン13cの2、3位の立体は(S,S)であり、EphedladineA(1)における立体(R,R)と逆であった。そこでScheme3に示した様に、カルボン酸8と天然型の乳酸誘導体14とを光延反応によって縮合して、14の立体を反転させてエステルを合成した。続いてジアゾ化後、15に対してRh2(S-DOSP)4触媒を0.3 mol%作用させると、望みの立体(R,R)のジヒドロベンゾフラン16が2段階収率63%、82%deにて得られた。16の不斉補助基は加水分解によって除去し、カルボン酸17へと変換した。

 【アミド化及びβ-アミノ酸骨格の構築】続いてカルボン酸17と二級アミンとの縮合によるアミド化反応を検討した。種々の条件を検討したが、嵩高い二級アミンの反応性の低さと、カルボン酸の活性化に伴うジヒドロベンゾフラン環の分解のため、望みのアミドは低収率でしか得られなかった。そこで分子内エステルアミド交換反応により、アミド形成を行うこととした。まずカルボン酸17とアルコール18との光延反応によって、カルボン酸を活性化することなくエステルを合成した。続いてNs基を除去した後、得られる二級アミンに塩化ジメチルアルミニウムを作用させることで望みのアミド20を得ることができた。この際、アルミニウムが窒素原子とカルボニル基を同時に活性化する8員環遷移状態19を経てアミドが形成されたと考えている。

 β-アミノ酸骨格は種々検討した結果、Sharplessの不斉アミノヒドロキシル化反応8)を鍵反応として、穏和な条件で構築することに成功した。まず20の水酸基をアセチル基で保護した後、6 mol%のパラジウム触媒を用いてアクリル酸メチルとHeck反応を行い、桂皮酸誘導体21を合成した。21に対してSharplessの不斉アミノヒドロキシル化反応を行い、カルバメートと水酸基を導入して22へと変換した。22の水酸基は、四塩化炭素とトリフェニルホスフィンによりクロル体とした後、パラジウム触媒を用いた水素添加により脱塩素化を行った。この時、ベンジル基とCbz基の脱保護が同時に進行し、β-アミノエステルが得られた。続いて光延反応によってフェノールを選択的にベンジル化した後、一級アミン23にNs基を導入してスルホンアミド24を得た(Scheme4)。

 【環状ポリアミン骨格及びマクロラクタムの構築】環状ポリアミン骨格構築は、Nsアミドの分子内アルキル化反応によって構築することとした。まずスルホンアミド24とアルコール25との光延反応によってアルキル鎖を伸長した。得られた26は、酸性及び塩基性条件においてアルキルスルホンアミドのβ-脱離が容易に進行するため不安定であった。そこで後の合成に備えて窒素原子の保護基をNs基からCbz基に変換し、比較的安定な27へと導いた。27をメタノール中、CSAで処理することによって、二つのシリル基のうちTBS基のみを選択的に除去し、28へと変換した。得られたアルコール28に対して、光延反応によってNsアミドを導入した後、フッ化水素酸処理によってTBDPS基を除去して環化前駆体29へと導いた。環化前駆体29をトルニン中、光延反応条件に付したところ、16員環閉環反応が室温下、円滑に進行して環化体30を77%の収率で得ることに成功した。この際、反応の濃度は0.05Mと、通常分子内閉環反応によって用いられる高希釈条件を必要とせず、また分子間反応体は観測されなかった。このように、EphedradineAに特徴的な環状アミン骨格を、ニトロベンゼンスルホンアミドの分子内アルキル化反応によって効率的に構築することができた(Scheme5)。

 【13員環マクロラクタムの構築及びEphedradineAの全合成】続いてマクロラクタム環形成の検討を行った。マクロラクタム環は、活性エステルとアミンの分子内縮合によって構築することとした。環化体30のアセチル基をMs基へと変換後、アジ化ナトリウムで処哩することにより、アジド基を導入して31を得た。31のエステルを水酸化リチウムにより加水分解してカルボン酸へと変換した後、WSCDを用いてペンタフルオロフェノールと縮合させ、活性エステル32へと変換した。マクロラクタム化反応についてはモデル化合物を用いて種々検討した。還元条件下、アジド基をアミンへと変換することによって分子内活性エステルとの縮合を試みたが、主として二量化反応が進行した。検討の結果、aza-Wittig反応を鍵反応として望みのマクロラクタムを得ることに成功した9)。即ち、アジド32に対してトリフェニルホスフィンを作用させ、トルエン中加熱還流を行うとSlaudinger反応が進行し、イミノホスフォラン33が生成した。続いてイミノホスフォランと活性エステルによる分子内aza-Wittig反応が進行し、イミノエーテル閉環体34へと変換された。続いて34をアセトニトリル、水混合溶媒中、加熱還流を行うと、加水分解が進行してマクロラクタム35を合成することに成功した。得られたマクロラクタム35をチオレートで処理してNs基を除去し、最後にBCl3を用いてベンジル基とCbz基を同時に脱保護することにより、EphedradineA(1)の全合成を達成した。得られた化合物の各種スペクトルデータは天然物のものと良い一致をした(Scheme6)。

 【まとめ】市販のp-ブロモフェノールを出発原料として、35工程にてEphedradineA(1)の初の全合成を達成した。本全合成にあたり、不斉C-H挿入反応によるジヒドロベンゾフラン環の構築法、Sharplessの不斉アミノヒドロキシル化反応を用いたβ-アミノ酸骨格合成法を開発することができた。また、アミド形成、マクロラクタム環の構築において、分子内エステル-アミド交換反応、分子内aza-Wittig反応をそれぞれ鍵とした新しい方法論を見い出すことができた。さらにNs基を用いた環状アミン合成の有用性を示すことができた。

【参考文献】

1)Tamada,M;Endo,K;Hikino,H.;Kabuto,C.Tetrahedron,Lett.1979,20,873.

2)Ahmad,V.U.;Sultana,V.J.Nat.Prod,1990,53,1162.

3)Wasserman,H.H.;Brunner,R.K.;Buynak,J.D.;C.G;Oku,T;Robinson,R.P.J.Am.Chem.Soc.1985,107,519.

4)Ns基の化学に関する総説:Kan,T.;Fukuyama,T.J.Syn.Org.Chem,Jpn2001,59,779.

5)(a)Kan,T.;Fujiwara,A.;Kobayashi,H.;Fukuyama,T.Tetrahedron2002,58,6267.(b)Kan,T;Kobayashi,H.;Fukuyama,T.Synlett 2002,1338.

6)(a)Davies,H.M.L;Antoulinakis,E.G.J.0rganomet.Chem.2001,47,617.(b)Davies,H.M.L.;Grazini,M.V:A.;Aouad,E.Org.Lett.2001,3,1475.(c)Davies,H.M.L.;Antoulinakis,E.G.0rg.Lett.2000,2,4153.

7)Devine,R.N.;Dolling,U-H.;Heid,R.M.;Tschaen,D.M.Tetrahedron,1996,37,2683.

8)Li,G.;Angert,H.H.;Sharpless,K.B.Angew.Chem.Int.Ed.1996,35,2813.

9)Bosch,I.;Romea,P;Urpi,F;Vilarrasa,J.Tetrahedron Lett.1993,34,4671.

Scheme1

Scheme 2: a) allyl bromide, K2CO3, DMF, 60℃ (99%); b) diethylaniline, 210℃(88%); c) K2CO3,p-benzyloxybenzyl chloride, DMF, 60℃ (95%); d) O3, CH2Cl2/MeOH, -78℃;Me2S,-78℃ to rt e) NaClO2,2-methyl-2-butene,NaH2PO4,t-BuOH/H2O (77% in 2 steps); f) CH2N2, Et2O (81%); g) AcNHC6H4SO2N3, DBU, CH3CN (71%); h) Rh2(S-DOSP)4 (10 mol%), CH2Cl2 (73%).

Table 1:11(a-c)と各種Rh触媒による不斉C-H挿入反応における12(a-c)、13(a-c)の生成比

Scheme 3: a) 14, DEAD, PPh3, toluene (80%); b) AcNHC6H4SO2N3, DBU, CH3CN; c) Rh2(S-DOSP)4, CH2Cl2 (63% in 2 steps, 82% de); d) Ba(OH)2・8H2O, THF/MeOH/H2O (90%).

Scheme 4: a) 18, PPh3, DEAD, toluene (96%); b) PhSH, K2CO3, DMF/CH3CN, 50℃(88%); c) Me2AlCl, CH2Cl2,retlux (67%); d) Ac2O, pyr (88%); e) methyl acrylate, Pd(OAc)2 (6 mol%), P(o-tol)3 (18 mol%), Et3N, DMF, 100℃(84%); f) BnOCONH2, t-BuOCl, NaOH, K2OsO2(OH)4 (6 mol%), (DHQD)2PHAL (8 mol%), n-PrOH/H2O (66%); g)PPh3, CCl4, toluene, 100℃ (87%); h) Pd/C (20 mol%), HCO2NH4, MeOH, 60℃; i) BnOH, PPh3, DEAD, toluene,60℃ (61% in 2 steps); j) NsCl, Na2CO3, CH2Cl2/H20 (72%).

Scheme 5: a) 25, DEAD, PPh3, toluene, 60℃ (95%); b) PhSH, KOH, CH3CN, 60℃ (93%); c) CbzCl, NaHCO3,CH2Cl2/H2O (91%); d) CSA, MeOH (94%); e) NsNH2, DEAD, PPh3, toluene/THF (quant.); f) aq. HF, CH3CN (84%);g) DEAD, PPh3, toluene (77%).

Scheme 6: a) K2C03, MeOH/THF (96%); b) MsCL, Et3N, CH2Cl2, 0℃; c) NaN3, DMF, 60℃ (82% in 2 steps); d)LiOH, MeOH/THF/H2O (97%); e) pentafluorophenol, WSCD・HCI, CH2Cl2 (93%); f) PPh3, toluene, reflux; g)CH3CN/H2O, reflux (73% in 2 steps); h) PhSH, KOH, CH3CN, 50℃ (75%); i) BCl3, CH2Cl2, -78 to 0℃ (73%).

審査要旨 要旨を表示する

 (-)-EphedradineA(1、Figure1)は中国の伝承薬である麻黄根の活性成分として、1979年に東北大学の曵野らのグループにより単離及び構造決定されたスペルミン系アルカロイドである。1の生理活性として血圧降下作用が知られていたが、近年サルモネラ菌株に対する変異原性を有することが明らかとなり、注目を集めている。構造的な特徴としては、ジヒドロベンゾフラン環と、それを架橋する13員環マクロラクタム、及びβ-アミノ酸構造を有する17員環ポリアミンラクタムを含む4環性骨格が挙げられる。1985年にWassermanらによるO-メチル体のラセミ体合成が報告されているが、黒澤は特徴的な構造と生理活性に興味を持ち、1の光学活性体としての全合成を達成すべく研究を行った。

 ジヒドロベンゾフラン環は分子内不斉C-H挿入反応を用いた新規手法にて効率的に構築した。乳酸アミド型不斉補助基を有するジアゾエステル3に対して塩化メチレン中、Daviesらの開発した不斉ロジウム触媒を作用させるとトランス選択的に環化反応が進行し、望みの立体化学を有するジヒドロベンゾフラン4を得ることに成功した。

 続いて4の不斉補助基を加水分解によって除去し、得られるカルボン酸と2級アミンとの縮合によるアミド化反応を試みたが、嵩高い2級アミンの反応性の低さと、カルボン酸の活性化に伴うジヒドロベンゾフラン環の分解のため、望みのアミドは低収率でしか得られなかった。黒澤は分子内エステル-アミド交換反応を用いることで、この非常に困難な問題を解決した。すなわち、まずカルボン酸とアルコール5との光延反応によって、カルボン酸を活性化することなくエステル6を合成し、Ns基を除去した後、得られる2級アミンに塩化ジメチルアルミニウムを作用させることで望みのアミド7へと変換した。次いで、不安定なジヒドロペンゾフラン環存在下、桂皮酸誘導体8に対してSharplessの不斉アミノヒドロキシル化反応を行い、得られる9の水酸基の除去を行うことで3-アミノエステル10へと導くことに成功した。

 環状ポリアミン骨格は、当研究室で開発された2-ニトロベンゼンスルホンアミド(Nsアミド)の分子内アルキル化反応によって効率的に構築することに成功した。すなわち、環化前駆体11をトルエン11、光延反応条件に付したところ、16員環閉環反応が室温下、円滑に進行して環化体12を77%の収率で得ることができた。1の全合成にあたり最後の課題である13員環マクロラクタム形成には、当初活性エステルとアミンとの分子内縮合を試みていたが、主として二量化反応が進行することがわかった。そこで黒澤は、アジド13に対してトリフェニルホスフィンを作用させ、トルエン中加熱還流を行うStaudinger反応によって生ずるイミノホスフォランと活性エステルによる分子内aza-Wittig反応を行い、イミノエーテル閉環体14へと変換されることを見出した。次いで、14を加水分解によりマクロラクタム15へと導くことに成功した。このようにして得られたマクロラクタム15は脱保護反応を経て、(-)-EphedradineA(1)へと導かれた。

 以上のように黒澤は、医薬化学的にも興味深い(-)-EphedradineA(1)の全合成の成功により、広汎な類縁体合成への道を開いた。従って、薬学研究に寄与するところ大であり、博上(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

Scheme1

Scheme2

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