学位論文要旨



No 118387
著者(漢字) 田口,貴章
著者(英字)
著者(カナ) タグチ,タカアキ
標題(和) ベンゾイソクロマンキノン系抗生物質生合成における立体特異的還元酵素の機能研究
標題(洋)
報告番号 118387
報告番号 甲18387
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1020号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 海老塚,豊
 東京大学 教授 柴�ア,正勝
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 助教授 藤井,勲
 東京大学 助教授 菊地,和也
内容要旨 要旨を表示する

 放線菌Streptomyces coelicolor A3(2)の生産するアクチノロジン(actinorhodin、ACT)、S. violaceoruber Tu22の生産するジヒドログラナティシン(dihydrogranaticin、DHGRA)はともにベンゾイソクロマンキノン系抗生物質(BIQ)に属する芳香族ポリケタイド化合物であるが、基本骨格の一部、ピラン環上3位と15位に着目すると、ACTは(3S、15R)であるのに対しDHGRAは(3R、15S)と互いに逆の立体化学である。抗生物質の立体+化学は生理活性発現に大きく関与することを考えれば、両化合物の生合成における立体化学制御の解明は、生物有機化学的に有用であるばかりでなく、combinatorial biosynthesisを志向した研究にとって大きな知見となる。

 両化合物の生合成において、Type II PKSによって合成されたオクタケタイド鎖が還元、閉環、芳香化を経て仮想中間体bicyclic intermediateが生成するまでは全く同様に進行すると考えられる。次にbicyclic intermediate3位のケトンが立体特異的に還元され中間体DNPAが生成するが、ACTでは(S)-DNPA(Fig.1 3)、DHGRAでは(R)-DNPA(4)となり、ここで3位の立体化学に相違が生じる。

 ACT生合成において3位の立体特異的還元に関わる遺伝子はact VI-ORF 1であり(Fig.2)、立体特異的還元酵素RED1をコードすることを証明した[1]。一般に、同一化合物を基質とする酵素の間にはアミノ酸一次配列に有意な相同性が期待できるが、DHGRA生合成遺伝子クラスター(the gra cluster)中にはact VI-ORF 1の相同遺伝子は存在しなかった[2]。そこで改めて、同クラスター内からACTと逆の立体化学制御遺伝子の探索、機能研究を行い、両立体化学の制御機構の解明を試みた。

【1.RED2遺伝子の探索】ヌクレオチド結合部位の有無並びに相同性検索による機能推定から、gra-ORF 5がポリケタイド鎖9位のケト還元酵素(KR)を、gra-ORF 6が3位の立体特異的還元酵素(RED2)をそれぞれコードすることを推定した[3]。ACT及びDHGRA生合成におけるBIQ骨格形成に関与するケト還元酵素遺伝子群について最新のBLASTツールを用いた相同性比較とタンパクドメイン検索を行ったところ、gra-ORF 6産物はact VI-ORF 1産物とは有意な相同性を持たないこと、両者は異なるデヒドロゲナーゼファミリーに属することが改めて明らかになった(Table 1)。

【2.相補実験】gra-ORF 6のRED1/2への関連性を検討するために相補実験を行った。RED1をコードするact VI-ORF 1の変異株ではRED1が発現しないため、bicyclic intermediateから非酵素的に環化して生じるDMAC(Fig.1 7)、aloesaponarin II (8)が培地に蓄積される。推測通りgra-ORF 6がRED2をコードするならば、act VI-ORF 1変異株にgra-ORF 6を導入するとRED2が発現しbicyclic intermediateを還元し、本来の立体化学とは異なるACTが生産されると考えた。この考えに基づき、形質転換用プラスミドを構築後act VI-ORF 1変異株S.coelicolor B22を形質転換し、得られた形質転換体の代謝産物を分析した。なおgra-ORF 6は上流にあるgra-ORF 5と翻訳共役しているため、両遺伝子の共役を保ったままのプラスミドを構築した。分析結果から形質転換体はACT様色素を生産すること、7、8を蓄積しないことを明らかにした[4]。これは仮説通りRED2が発現しbicyclic intermediateを還元したことを示すものである。

【3.遺伝子再構築系による機能証明】ACT生合成初期段階で必要な遺伝子であるketosynthase(KS)、chain length factor(CLF)、acyl carier protein(ACP)、KR、aromatase(ARO)、cyclase(CYC)を有する放線菌用発現プラスミドpRM5を、the act cluster欠損株S.coelicolor CH999に導入するとACT生合成がbicyclic intermediateで止まり、上述の通りDMAC、aloesaponarin IIを検出できる。またpRM5にRED1遺伝子act VI-ORF 1を加えたプラスミドpIJ5660をCH999に導入すると、生合成が先まで進み(S)-DNPAが生産される(Fig.1)[1]。gra-ORF6がRED2をコードすることを証明するためにこの系を利用した。すなわち、pRM5にgra-ORF 6を加えれば(R)-DNPAが生産されると考えた。gra-ORF 5、6が翻訳共役していること、gra-ORF 5とact IIIが相同遺伝子と考えられることを考慮し、7種のプラスミドを構築しS.coelicolor CH999に導入した(Table 2)。得られた形質転換体を液体培養しその代謝産物をHPLCで分析した結果、以下が明らかとなった。1)gra-ORF 5は相同遺伝子であるact III同様、オクタケタイド鎖の9位を還元するケト還元酵素KRをコードする。2)gra-ORF 5とact IIIのいずれか、あるいは両方とgra-ORF 6を有するプラスミドを導入するとDNPAが生産される。ただし、gra-ORF 5、6が翻訳共役している状態(以下gra-ORF 5+6と表記)の方がgra-ORF 6単独よりDNPA生産性が高い(Fig.3A)。ここで得られたDNPAを単離・精製し、旋光度、CDを分析した結果、いずれの形質転換体がつくるDNPAも(R)体4であり(Fig.3B)、さらにchiral column HPLCによりいずれも光学純度100%であることを確認した(Fig.3C)[5]。以上から、gra-ORF 6がRED2をコードしていると判断した。

 このように、act VI-ORF 1のコードするRED1、gra-ORF 6のコードするRED2は、アミノ酸一次配列上有意な相同性を示さないにも関わらず、同一の化合物を基質とし、同一部位のケトンを立体化学が逆になるように還元するという、二次代謝系では極めて稀で興味深い事実を示すことができた。しかしながら、gra-ORF 5+6の方がgra-ORF 6単独より(R)-DNPA生産性が高いという事実を考慮すると、gra-ORF 6のコードするタンパクがRED2として十分な活性を持つにはgra-ORF 5のコードするKRが必要だという可能性が残るが、これについては個々の酵素について詳細な生化学的検討を行う必要がある。

【4.Biotransformationによるアナログ基質還元】先述の(S)-DNPA生産プラスミドpIJ5660からKSを欠損させたプラスミドpIJ5675をCH999に導入した株CH999/pIJ5675は、act PKSによる基本炭素骨格形成が行われないためACT生合成中間体、shunt productのいずれも生産しない。一方、本系はKS以外の酵素群は発現するようにデザインされているので、RED1の他、複数の構造修飾酵素の発現系として非天然型基質の酵素変換系に利用できる。単離不能なbicyclic intermediateに代わり、アナログ基質4種(Table3、9-12)をN-acetylcysteamine誘導体として合成しCH999/pIJ5675の液体培養に供したところ、何れの基質も立体選択的に還元された[6]。特に化合物12は99% eeという高いエナンチオ選択性を示し、bicyclic intermediateを特異的に基質として認識していることが示唆された。

 この系を応用しRED2の基質特異性を検討した。上で(R)-DNPAを与えた3種のプラスミド(Table 2)それぞれからKS欠損プラスミドを構築しCH999に導入後、アナログ基質9、11を用いて同様のbiotransformationを行ったが、RED2からは期待できる還元生成物を検出できなかった。この結果から、両酵素は同一化合物を基質とするものの基質特異性が大きくことなることが示唆された。

【5.Homology modelingによる3次元構造予測】RED1、RED2両酵素の3次元構造をhomology modeling法(FAMS)により予測した。RED1はヒト心臓由来L-3-hydroxyacyl-CoA dehydrogenase[7]を、RED2は真菌由来trihydroxynaphthalene reductase[8]をそれぞれ鋳型とする3次元モデルを得ることができた(Fig.4)。アミノ酸一次配列上有意な相同性を示さないRED1、RED2両酵素は、その3次元構造も大きく異なると予測されるが、活性発現に重要と考えられる残基(L-3-hydroxyacyl-CoA dehydrogenaseのH158、E170、trihydroxynaphthalene reductaseのS164、Y178、K182がRED1、あるいはRED2のそれぞれにおいてもよく保存されていることが判明した。また鋳型となった2種の酵素はそれぞれダイマー構造を形成していることが報告されていることから、RED1・RED2も活性発現のため、それぞれオリゴマーを形成している可能性が考えられる。先の(R)-DNPA生産がgra-ORF 5+6で高効率であったことは、gra-ORF 5・gra-ORF 6がヘテロダイマーとしてRED2機能を有していることに由来するとも解釈でき、興味深い。

【6.大腸菌発現系の構築】両酵素の特性をより直接的に解析するため、RED1、RED2それぞれの大腸菌で大量発現及びin vitro assay系の構築を試みた。大腸菌用発現ベクターとしてpRSET B(Invitrogen)を採用した。act VI-ORF 1、gra-ORF 6それぞれをPCRで増幅してベクターに組み込みE.coli BL21(DE3)pLysSに導入した。液体培養した菌体から粗酵素液を調製しSDS-PAGE、western blotttingにより分析した結果、recombinantのRED1・RED2が発現していることを確認した。この粗酵素液と前述の基質アナログを用いin vitro assayを行ったところ、RED1反応液からは還元生成物を検出できたがRED2からは検出できず、biotransformationの結果と同じに留まった。これは、RED1・RED2の基質特異性は大きく異なることを示唆する結果と判断した。

 また還元活性を検出できたRED1について検討を進めたところ、その基質はNACエステルではなく、アナログ基質からNACの外れたfree acid体であることが判明した。このことから、本来の基質bicyclic intermediateも従来考えられていたように酵素結合型で反応するのではなく、free acidになってから還元されている可能性が高まり、基質チャネリングに関する新たな知見を得ることができた。さらにsite directed mutagensisにより、homology modelingから活性に必須と予想されたHis129、Glu141をそれぞれ他のアミノ酸に置換したところ、いずれのmutant RED1の還元活性も低下あるいは消失した。検討したMutantのうちE141Dは、唯一wild typeの20%程度という、他のmutantに比べて高い活性を示した。このことはGlu141の役割がHis128のイミダゾール基活性化であることを示唆していると判断しており、homology modelingで得られた結果を支持するものである。

【総括】以上、私はDHGRA生合成遺伝子中gra-ORF6がRED2をコードし、3位の立体化学制御に必須であることを始めて明らかにした。アミノ酸一次配列上、有意な相同性を示さない二つの酵素が、同一化合物を基質とし同一部位を立体化学が逆になるよう還元することは、構造多放線性を特徴とする放線菌二次代謝産物の生合成において、極めて興味深いことである。またRED1・RED2それぞれを大腸菌で発現させることに成功し、特にRED1については基質がfree acid体で反応している可能性が高いことを示した。これは新しい知見であり、今後生合成酵素間の基質チャネリング機構を解明するうえで重要な知見となるはずである。

【参考文献】

[1]Ichinose K., Surti C. M., Taguchi T., Malpartida F., Booker-Milburn K. I., Stephenson G. R., Ebizuka Y., Hopwood D. A. Bioorg. Med. Chem. Lett., 9, 395-400 (1999).

[2] Ichinose K., Bedford D. J., Tornus D., Bechthold A., Bibb M. J., Revill W. P., Floss H. G., Hopwood D. A. Chem. Biol. 5, 647-659 (1998).

[3]市瀬浩志, David A. Hopwood, Heinz G. Floss, 海老塚豊. 第42回天然有機化合物討論会(沖縄).講演要旨集、p253-258 (2000).

[4] Ichinose K., Taguchi T., Bedford D. J., Ebizuka Y., Hopwood D.A. J. Bacteriol., 183, 3247-3250 (2001).

[5] Taguchi T., Ebizuka Y., Hopwood D.A., Ichinose K. J. Am. Chem. Soc., 123, 11376-11380 (2001).

[6] Anson C. E., Bibb M. J., Booker-Milburn K. I., Clissold C., Haley P. J., Hopwood D. A., Ichinose K., Revill W. P., Stephenson G. R., Surti C. M. Angew. Chem. Int. Ed., 39, 224-227 (2000).

[7] Barycki J. J., O'Brien L. K., Bratt J. M., Zhang R., Sanishvili R., Strauss A. W., Banaszak L. J. Biochemistry, 38, 5786-5798 (1999).

[8] Liao, D. -I., Basarab, G. S., Gatenby, A. A., Valent, B., Jordan, D. B. Structure, 9, 19-27 (2001).

Fig.1 Proposed Biosynthetic Pathway of Act and DHGRA

Fig.2 Biosynthetic Gene Cluster of Act and DHGRA

Table 1. BLAST analysis of ketoreductases in this study

a: BLAST2 SEQUENCE, b: PSI-BLAST

Table 2. Effect of adding ketoreductases to type II PKS, ARO, CYC

Fig. 3A: HPLC analysis of transformants, B: CD spectra of (S)- and (R)-DNPA, C: Chiral HPLC analysis

Table 3. Enantioselective reduction of NAC thioesters by the recombinant S. coelicolor CH999/pIJ5675

Fig. 4 3D structures of RED1 (left) and RED2 (right) based on homology modeling

審査要旨 要旨を表示する

 放線菌が生産する芳香族ポリケタイド化合物は多様な骨格と多彩な生理活性を有する重要な化合物群である。放線菌Streptomyces coelicolor A3(2)の生産するアクチノロジン(actinorhodin、ACT)、S.violaceoruber Tu22の生産するジヒドログラナティシン(dihydrogranaticin、DHGRA)はともにベンゾイソクロマンキノン系抗生物質(BIQ)に属する芳香族ポリケタイドであるが、基本骨格の一部、ピラン環上3位と15位に着目するとACTは(3S、15R)であるのに対しDHGRAは(3R、15S)と互いに逆の立体化学である。両化合物の生合成は仮想中間体bicyclic intermediateの生成まで全く同様に進行した後、その3位のケトンが立体特異的還元酵素RED1、RED2によって還元され、両化合物3位の立体化学が逆になると考えられていた。本論文の著者は、両化合物の生合成における立体化学制御の解明・比較を目的とし、(1)データベース解析によるRED2遺伝子の予測、(2)相補実験による遺伝子機能の推定、(3)遺伝子再構築系による遺伝子機能の証明、によりRED2をコードする遺伝子を同定し、さらに(4)biotransformation、(5)ホモロジー・モデリングによるRED1・RED2の3次元構造の予測、(6)in vitro assay系の構築、を通してRED1・RED2両酵素の特性を生化学的に検討・比較している。

【1.RED2遺伝子の探索】

 ACT生合成遺伝子クラスター中RED1をコードする遺伝子はact VI-ORF 1であることを、本論文の著者はすでに明らかにしていた。一般に、同一化合物を基質とする酵素の間にはアミノ酸一次配列に有意な相同性が期待できるが、DHGRA生合成遺伝子クラスター中にはact VI-ORF 1の相同遺伝子は存在しなかったため、改めて同クラスターについてヌクレオチド結合部位の検索並びに相同性検索を行い、gra-ORF 6がRED2コードすると予測した。さらに最新のBLASTツールを用いた相同性比較とタンパクドメイン検索を行い、gra-ORF 6産物はact VI-ORF 1産物とは有意な相同性を持たないこと、両者は異なるデヒドロゲナーゼファミリーに属することを改めて明らかにした。

【2.相補実験】

 gra-ORF 6のRED1/2への関連性を検討するために相補実験を行った。gra-ORF 6は上流にあるgra-ORF 5と翻訳共役しているため両遺伝子の共役を保ったままのプラスミドを構築し、act VI-ORF 1変異株S.coelicolor B22を形質転換したところ、ACT様色素が生産されることを確認した。さらにact VI-ORF 1変異株が蓄積するshunt productであるDMAC、aloesaponarin IIは、生合成がbicyclic intermediateで止まっていることを示唆するものであるが、形質転換体からはこの両化合物とも検出できなかったことから、gra-ORF 6を導入したことでRED2が発現しbicyclic intermediateを還元し、本来の立体化学とは異なるACTが生産されたと結論づけている。

【3.遺伝子再構築系による機能証明】

 放線菌用発現プラスミドpRM5にはACT生合成初期に必要な遺伝子が組み込まれているおり、このプラスミドをACT生合成遺伝子クラスター欠損株S.coelicolor CH999に導入すると、ACT生合成がbicyclic intermediateで止まり、上述のshunt productであるDMAC、aloesaponarin IIを蓄積する。このpRM5にRED1遺伝子act VI-ORF 1を加えたプラスミドpIJ5660をCH999に導入すると、生合成が先まで進み(S)-DNPAが生産されるという実験事実に基づき、pRM5にgra-ORF 6を加えCH999に導入したところ、(R)-DNPAが生産されることを明らかにした。そしてこの結果からgra-ORF 6がRED2をコードすると同定した。またこれに伴いgra-ORF 6の上流に位置し翻訳共役しているgra-ORF 5はact IIIの相同遺伝子であり、オクタケタイド鎖の9位を還元するケト還元酵素KR(Fig.1)をコードすることも明らかにし、さらにgra-ORF 5、6が翻訳共役している状態の方がgra-ORF 6単独よりDNPA生産性が高いことも見出した。

 以上、DHGRA生合成遺伝子中gra-ORF6がRED2をコードし、3位の立体化学制御に必須であることを初めて明らかにしたことにより、RED1・RED2というアミノ酸一次配列上有意な相同性を示さない二つの酵素が、同一化合物を基質とし同一部位を立体化学が逆になるよう還元するという、構造多様性を特徴とする放線菌二次代謝産物の生合成において極めて稀で興味深い例を提示した。

【4.Biotransformationによるアナログ基質還元】

 RED1・RED2をコードする遺伝子を特定できたので、続いて両酵素の特性について生化学的に検討した、先述のpRM5を応用しRED1・RED2それぞれを発現するS.coelicolor CH999の形質転換体を作成した。また両酵素の本来の基質であるbicyclic intermediateは単離不能なため、これに代わるアナログ基質を合成し形質転換体の液体培養に供した結果、RED1はアナログ基質を還元するのに対しRED2は還元しないことが明らかとなった。このことは、RED1はRED2同一化合物を基質とするものの、その基質特異性は大きく異なることを示唆すると判断した。

【5.Homology modelingによる3次元構造予測】

 RED1、RED2の基質特異性について考察するに当たり、両酵素の3次元構造をhomology modeling法(FAMS)により予測したところ、RED1はヒト心臓由来L-3-hydroxyacyl-CoA dehydrogenaseを、RED2は真菌由来trihydroxynaphthalene reductaseをそれぞれ鋳型とする3次元モデルを得ることができた。アミノ酸一次配列上有意な相同性を示さないRED1、RED2両酵素は、得られた3次元モデルも大きく異なり、さらに基質結合部位と思われる空間について、RED1は比較的大きいがRED2は小さいと予想され、この差が両酵素の基質特異性の差を反映していると推測した。また活性発現に重要と考えられる残基(L-3-hydroxyacyl-CoA dehydrogenaseのH158、E170、trihydroxynaphthalene reductaseのS164、Y178、K182)がRED1、あるいはRED2のそれぞれにおいてもよく保存されていることも判明した。

【6.大腸菌発現系の構築】

 両酵素の特性をより直接的に解析するため、RED1・RED2それぞれを大腸菌で発現することに成功した。そしてbiotransformationで用いたアナログ基質を利用しin vitro assay系を構築し還元活性を検討した結果、biotransformationの結果と同様、RED1からは還元活性を検出できたが、RED2から検出することはできなかった。このことから、RED1・RED2の基質特異性は大きく異なると判断した。

 また還元活性を検出できたRED1について検討を進めたところ、基質であるbicyclic intermediateは従来考えられていたような酵素結合型ではなく、free acidの状態で還元される可能性が高いことを新たに見出し、生合成酵素間の基質チャネリングに関する新たな知見を得ることができた。さらにsite directed mutagensisによりHis129、Glu141が確か活性発現に必須であることを明らかにし、homology modelingで得られた3次元モデルを支持する結果を得た。

 以上本研究は、DHGRA生合成遺伝子中gra-ORF6がRED2をコードすることを初めて同定したことによりその生合成経路の一部を実験的に明らかにしたうえで、RED1・RED2というアミノ酸一次配列上有意な相同性を示さない二つの酵素が、同一化合物を基質とし同一部位を立体化学が逆になるよう還元するという、構造多様性を特徴とする放線菌二次代謝産物の生合成において極めて稀で興味深い例を提示したものである。さらに両酵素は同一化合物を基質とするもののその基質特異性は大きく異なり、またRED1については基質がfree acid体で反応している可能性が高いという新しい知見は、今後生合成酵素間の基質チャネリング機構の解明、さらには新規非天然型抗生物質生産系の開発に重要なものであり、今後の天然物化学、応用微生物学の進展に寄与するところが大きく、博士(薬学)の学位に相応しいものと認めた。

Fig.1 Proposed Biosynthetic Pathway of Act and DHGRA

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