学位論文要旨



No 118388
著者(漢字) 藤井,邦彦
著者(英字)
著者(カナ) フジイ,クニヒコ
標題(和) ホストリエシンの触媒的不斉全合成 : ケトンの触媒的不斉シアノシリル化の実践的応用と触媒的アリル化の開発
標題(洋)
報告番号 118388
報告番号 甲18388
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1021号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴�ア,正勝
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 助教授 眞鍋,敬
 東京大学 助教授 金井,求
 東京大学 助教授 徳山,英利
内容要旨 要旨を表示する

(1)Fostriecinの触媒的不斉全合成

 Fostriecinは1983年Streptomyces pulveraceusの代謝産物より単離された抗腫瘍性活性天然物で、その活性はセリン/スレオニンプロテインホスファターゼ阻害作用に起因していると考えられている。他のセリン/スレオニンプロテインホスファターゼ阻害活性を持つ天然物と比較すると現在までにおいて最も高い選択的PP2A阻害作用を示す事からユニークな抗癌剤のリードとして注目されている。Fostriecinの化学構造は不安定なトリエン部位、不斉四置換炭素、リン酸部位を含む4つの不斉点を持つ化合物であり絶対、相対配置に関しては1997年にBogerらのグループによって決定され(1)、同グループによって2001年最初の全合成が達成されたのを皮切りに近年いくつかのグループによって全合成が報告されている(2)。筆者は類縁体合成も視野に入れすべての不斉点を触媒的不斉反応によって制御したFostriecinの全合成を目的として研究に着手した。

 逆合成経路をScheme1に示す。トリエン部分の構築は既知の中間体5に導いた後合成する事とした。11位の水酸基は野依還元によって、また9位の水酸基は当研究室で開発された直接的触媒的不斉アルドール反応(3)によって制御することとした。また5位の不斉点は触媒的不斉アリル化反応、8位の不斉は当研究室で開発されたケトンの触媒的不斉シアノシリル化反応(4)を用いる事で、全ての不斉点を触媒的不斉反応によって制御できると考えた。

 まずケトンのシアノシリル化反応の検討を行った。種々検討の結果、1級アルコールをベンジル基で保護した10を用いた時最も良い結果が得られた。反応条件の最適化を行った結果5mol%、48hで目的のシアノシリル化体11を85% eeで得る事に成功した(Table 2、entry 5)。絶対配置は既知のトリオールに変換後旋光度によってR体であることを確認した。11からp-ニトロベンゾイル体12に変換後、再結晶で単一のエナンチオマーを78%の収率で得る事に成功した。加水分解後、1級および3級の水酸基を保護したのちベンジル基の脱保護、酸化によってアルデヒド15を得た(Scheme 2)。15に対してAgF-tol-BINAP触媒を用いる山本尚らの条件を用いてアリル化を検討したところ反応はすみやかに完結し高いジアステレオ選択性(28:1)で目的のホモアリルアルコール16が得られた。得られた化合物16はカラムクロマトグラフィーによって単一のジアステレオマーとした。これをアクリロイル化ののち閉環メタセシスによってラクトン環を高収率で構築することに成功した。末端シリル基の脱保護および生じる水酸基を酸化することによってアルドール反応の基質である8を得た。

 次に8に対するアセチレンケトンの直接的触媒的不斉アルドール反応を当研究室で開発された第一世代および第二世代LLBを用いて反応を行ったところ、第一世代LLBを用いた時よりよい結果が得られた。触媒等の検討の結果、(S)-LLBを用いた時目的のsyndiolを3.6:1のジアステレオ比で得る事が出来た。これは第一世代LLBは脱プロトン化の後発生するより高い酸性度のフェノール性水酸基による、効率的なアルドール成績体のプロトン化によるレトロアルドールの抑制に起因していると考えている。選択性は低いもののアセチレンケトンを用いた初めての直接的不斉アルドール反応の例である。9位の立体化学は得られたアルドール成績体を23に変換したのちNOE観測によって決定した。

 23から野依還元によって97/3のジアステレオ比で目的とする立体のアルコール体24を得た。これをカラムクロマトグラフィーによって単一のジアステレオマーとした。9位および11位の相対配置はNOE観測によって天然物と同一の相対配置を持つことを確認した。24をTBS保護、ヨウ素化、cis還元を経て既知の中間体6の合成に成功した。6から既知の合成ルートに従って得られた化合物5は、そのNMRチャートが報告されたものと完全に一致し、全ての立体化学が天然物と同一である事を確認した。5からStillecouplingによりトリエン部位を構築し、Fostriecinの全ての炭素を有する保護体25に導いた。

 立体異性体合成の第一歩として中心金属をチタンからガドリニウムに変えて反応を行った。その結果90% eeでチタン触媒を用いた時とは逆の絶対配置を持つシアノシリル化体を得ることが出来た(Scheme 4)。触媒量の検討等を行った後、この反応を用いて類縁体合成を行っていく予定である。

(2)触媒的アリル化反応の開発

 カルボニル化合物に対するアリル化反応は合成中間体として非常に有用性の高いホモアリルアルコールを合成する最も重要な炭素-炭素結合形成反応の1つである。現在様々なアリル金属試薬が用いられている中、アリルシランはその安定性の高さおよび毒性の低さから理想的な反応剤と言える。Fostriecin合成においても5位不斉炭素を構築するためにアルデヒドの触媒的不斉アリル化を用いている。しかしながら反応性の低いアリルトリメチルシランを求核剤としたアルデヒドの触媒的アリル化反応はそれほど報告例は多くない。この炭素-炭素結合形成反応を促進する独自の不斉触媒を開発する目的で検討を開始した。今回筆者は金属のルイス酸性をリガンドによって向上させるという新しい考え方を用いてアリルシランを用いた触媒的アリル化反応を開発した(5)。金属とリガンドがコンプレックスを形成する事によって金属が一義的にsp3混成をとり、金属の空軌道が固定されることに起因するルイス酸性の向上を期待した。さらにリガンド上に電子求引基を導入することによって金属上のカチオン性が高まりルイス酸性が増すと考え3配位型リガンド26を設計、合成した。種々の金属を用いて検討したところMe3Alと26から調製される触媒27を用いた時ベンズアルデヒドのアリルトリメチルシランによるアリル化反応が進行した。それに対してジオメトリーコントロールのない触媒28を用いても反応が進行しなかった。分子軌道計算から27の最も安定な構造においてアルミニウム原子上に大きなLUMO係数が存在することが示唆され、この立体電子効果により触媒のルイス酸性が増加していると考えられる。条件の最適化によりMe3Alに対して少過剰のリガンドを必要とする事が分かった。最適化条件下での結果をTable 3に示す。考えられる触媒サイクルのモデルをScheme 5に示す。少過剰のリガンドがアルコキシドをプロトン化しAl-O結合が開裂する事によって触媒が再生していると考えられる。今後この考え方をもとに不斉触媒開発へと展開して行く予定である。

【参考文献】(1) Boger, D. L.; Hirota, M.; Lewis, B. M. J. Org. Chem. 1997, 62, 1748-1753. (2) (a) Boger, D. L.;Ichikawa, S.; Zhong, W. J. Am. Chem. Soc. 2001, 123, 4161-4167. (b) Chavez, D. E.; Jacobsen, E. N. Angew. Chem. Int.Ed. 2001, 40, 3667-3670. (c) Reddy, Y. K.; Falck, J. R. Org. Lett. 2002, 4, 969-971. (d) Miyashita, K.; Ikejiri, M.;Kawasaki, H.; Maemura, S.; Imanishi, T. Chem. Commun. 2002, 742-743. (e) Wang, Y.-G.; Kobayashi, Y.; Org. Lett.2002, 4, 4615-4618. (f) Esumi, T.; Okamoto, N.; Hatakeyama, S. Chem. Commun. 2002, 3042-3043. (g) Fujii, K.; Maki,K.; Kanai, M.; Shibasaki, M. Org. Lett. 2003, 5, ASAP. (3) (a) Yoshikawa, N.; Yamada, Y. M. A.; Das, J.; Sasai, H.;Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 1999, 121, 4168-4178. (b) Yamada, Y. M. A.; Yoshikawa, N.; Sasai, H.; Shibasaki, M.Angew. Chem. Int. Ed. 1997, 36, 1871-1873. (4) (a) Hamashima, Y.; Kanai, M.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2000,122, 7412-7413. (b) Hamashima, Y.; Kanai, M.; Shibasaki, M. Tetrahedron. Lett. 2001, 42, 691-694. (5) Kanai, M.;Kuramochi, A.; Fujii, K.; Shibasaki, M. Synthesis 2002, 1956-1958. Another approach toward allylation : Yamasaki, S.;Fujii, K.; Wada, R.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2002, 124, 6536-6537.

Table 1

Scheme 1

Table 2

Scheme 2

Table 3

Scheme 3

Scheme 4

Table 3

Scheme 5

審査要旨 要旨を表示する

 藤井邦彦は、抗癌剤リード化合物であるFostriecin(1)の触媒的不斉全合成を独自のルートにより達成するとともに、この合成プロジェジュトから問題点として抽出されてきた、現在の有機合成化学においても完全には克服されていない、アリルシランを用いたアルデヒドの不斉アリル化に展開可能な触媒を新しい概念から創製することに成功した。

(1)Fostriecinの触媒的不斉全合成

 Fostriecinは1983年Streptomyces pulveraceusの代謝産物より単離された抗腫瘍性活性天然物で、その活性はセリン/スレオニンプロテインホスファターゼ阻害作用に起因していると考えられている。他のセリン/スレオニンプロテインホスファターゼ阻害活性を持つ天然物と比較すると、現在までにおいて最も高い選択的PP2A阻害作用を示す事からユニークな抗癌剤のリードとして注目されている。藤井邦彦は、類縁体合成も視野に入れすべての不斉点を触媒的不斉反応によって制御したFostriecinの全合成を目的として研究に着手した。最初の不斉点構築となる8位の不斉四置換炭素を、当研究室で開発した触媒的不斉シアノシリル化反応をケトン2に適用して、良好な収率、エナンチオ選択性で3を得る事に成功した。また立体異性体合成を視野に入れ、中心金属をチタンからガドリニウムに変えて反応を行った結果、90% eeでチタン触媒を用いた時とは逆の絶対配置を持つシアノシリル化体4を得ることに成功した。その後、ラクトン環上5位の不斉点を山本尚らのAgF-tol-BINAP触媒を用いて不斉アリル化をおこなうことで高選択的に(28:1)で制御し、直接的触媒的不斉アルドール反応の基質である13へと導いた(Scheme2)。続いて、9位の不斉点を制御するため13に対するアセチレンケトンの直接的触媒的不斉アルドール反応の検討を行った。その結果、当研究室で開発した第一世代LLBを用いて反応を行った時、目的のsyn-diolを3.6:1のジアステレオ比で得る事が出来た。選択性は低いものの、アセチレンケトンを用いたアルドール反応はレトロアルドールが速く一般的なリチウムエノラートを用いる反応等では合成できないことから、最初としては許容範囲内の結果であると考えられる。本反応は、アセチレンケトンを用いた初めての直接的不斉アルドール反応の例である。

 11位の不斉点を野依還元によって97/3のジアステレオ比で制御したのち、Scheme4に従い既知の中問体17へと変換することに成功した。17から既知合成ルートに従ってFostriecinの全ての炭素を有する保護体19に導いた。現在、天然物への変換を検討中である。

(2)触媒的アリル化反応の開発

 カルボニル化合物に対するアリル化反応は合成中間体として非常に有用性の高いホモアリルアルコールを合成する最も重要な炭素-炭素結合形成反応の1つである。現在様々なアリル金属試薬が用いられている中、アリルシランはその安定性の高さおよび毒性の低さから理想的な反応剤と言える。今回藤井邦彦は、金属のルイス酸性をリガンドによって向上させるという新しい考え方を用いてアリルシランを用いた触媒的アリル化反応を開発した。金属とリガンドがコンプレックスを形成する事によって金属が一義的にsp3混成をとり、金属の空軌道が固定されることに起因するルイス酸性の向上を期待した。さらにリガンド上に電子求引基を導入することによって金属上のカチオン性が高まりルイス酸性が増すと考え3配位型リガンド20を設計、合成した。種々の金属を用いて検討したところMe3Alと20から調製される触媒21を用いた時ベンズアルデヒドのアリルトリメチルシランによるアリル化反応が進行した。それに対してジオメトリーコントロールのない触媒22を用いても反応が進行しなかった。分子軌道計算から21の最も安定な構造においてアルミニウム原子上に大きなLUMO係数が存在することが示唆され、この立体電子効果により触媒のルイス酸性が増加していると考えられる。条件の最適化によりMe3Alに対して少過剰のリガンドを必要とする事が分かった。最適化条件下での結果をTable1に示す。考えられる触媒サイクルのモデルをScheme5に示す。少過剰のリガンドがアルコキシドをプロトン化しAi-O結合が開裂する事によって触媒が再生していると考えられる。

 以上の点から、本研究は薬学における有機合成の進歩に貢献しうるもとの判断し、藤井邦彦が博士(薬学)受与されるにふさわしいものと判断した。

Scheme1

Scheme2

Reagents and Conditions: (a) 6NHCl/EtOH,60℃, 83 %; (b) DIBAL, CH2Cl2, -78℃ to 0 ℃; (c) NaBH4, MeOH, 93 % (2 steps): (d)p-NO2C6H4COCl, py, CH2Cl2, 100%, then recryst from hexane/CH2Cl2, 78%; (e) K2CO3, MeOH, 100%; (f) TIPSCl, imidazole,DMF, 96%; (g) MOMCl, /Pr2NEt, CH2Cl2, 88%; (h) LIDBB, THF, -78 ℃, 73%; (i) TPAP, NMO, CH2Cl2, 87%; (j) AgF (20 mol %),(R)-tol-BINAP (20 mol %), CH2=CHCH2Si(OMe)3, MeOH, -20℃ 80%; acryloyl chloride, Et3N, CH2Cl2, 85%; (l) (Cy3P)2RuCl2(=CHPh(15 mol %) CH2Cl2,reflux, 94%; (m) 3HF・Et3N,THF, 93%; (n) DMP,CH2Cl2, 85%

Scheme3

Scheme4

reagents and conditions:(a) 2,2-dimeihoxypropane, PPTS, acetone, 80% (b) Noyori's catalyst (10 mol %)-KOH(10 mol %),/PrOH, 49% dr=97 3; (c) TBSOTf, 2,6-lutidine, CH2Cl2,-78℃,73%; (d) NIS, AgNO3, acetone, 88%; (e) o-(N02)C6H4SO2N=NH, Et3N,THF-/PrOH,40%; (f)1M HCl aq. in MeOH,47%; (g) TBSOTf, 2,6-lutidine,CH2Cl2,-78℃;TESOTf,-78 ℃ to -10℃, 52%; (h) 1 M HCl aq.-THF-CH3CH3CN(1:3:6),-10℃ 52%; (i) PdCl2(CH3CN)2,(Z, E)-Bu3SnCH=CHCH=CHCH2OTBDPS, DMF, 85 %

Table1

Scheme5

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