学位論文要旨



No 118391
著者(漢字) 山下,徹
著者(英字)
著者(カナ) ヤマシタ,トオル
標題(和) (-)-Eudistomin Cの全合成
標題(洋)
報告番号 118391
報告番号 甲18391
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1024号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 夏刈,英昭
 東京大学 助教授 金井,求
 東京大学 助教授 徳山,英利
内容要旨 要旨を表示する

 【序】Eudistomin類は1984年、Rinehartらのグループによってカリブ海のホヤ群Eudistoma olivaceumより単離された化合物である1(Figure1)。これらの化合物は強い抗ウイルス作用を有し、近年社会的不安を引き起こしているエイズを始めとしたウイルス病の特効薬として注目を集めている。構造上の特徴として、芳香環部の置換基、テトロヒドロ-β-カルボリン骨格、それに続くN、S、Oの三つのヘテロ原子を含む歪んだ七員環、即ちオキサチアゼピン骨格が挙げられる。中でも、(-)-Eudistomin C(1)は芳香環ブロミドとフェノール性水酸基を有していること、活性が最も強いことなど合成化学的・生化学的にも興味深く、多くの合成研究がなされているが2、今までに類を見ないヘテロ環の構築は困難を極めている。そこで、誘導体合成を視野に入れた(-)-Eudistomin C(1)の全合成研究に着手した。

 【逆合成解析】(-)-Eudistomin C(1)の全合成研究を行うにあたって以下のように逆合成解析を行った。オキサチアゼピン環はa部で切断すると、Oのアルキル化と同時にNからの環化が進行することが分かっている。そこでb部で切断し、環化をチオール2で行うものとする。チオール2はメチルチオメチルエーテル3から導くこととした。3はインドールユニット4とGarnerアルデヒドとのPictet-Spengler反応によりアミン部位の不斉中心を利用して、二つの連続する不斉を構築するものとした(Scheme1)。

 【結果・考察】まず始めにモデル基質での検討を行った。N-ヒドロキシフタルイミドに対し水素化ナトリウムを塩基としてメチルチオメチルクロリドを作用させ、メチルチオメチルエーテル5とした。続いてヒドラジンで処理してフタロイル基を除去し、そのまま系中にo-NsCl加えてヒドロキシルアミン6を結晶として得た。次に、光延反応を用いてインドリルエタノール7に6を導入してインドール8を高収率で得ることができた。続いてBoc基とNs基を除去してPictet-Spengler反応前駆体9とした(Scheme2)。

 次に、Garnerアルデヒドを用いたジアステレオ選択的Pictet-Spengler反応の検討を行った(Table1)。まず、TFAを酸触媒として溶媒効果を検討してみたところ、塩化メチレン、アセトニトリル等の極性溶媒では望みとは逆の立体選択性を示すことが分かった。唯一、トルエンを用いた場合のみ1:1の選択性であった。そこで溶媒をトルエンに固定して、酸による立体選択性の向上を試みた。初めに、種々ルイス酸を試みたが、いずれも満足のいく結果が得られなかった。そこで、ブレンステッド酸を検討した結果、ジクロロ酢酸で8:1、クロロ酢酸で10:1と良好な立体選択性を与えることが分かった。

 Pictet-Spengler反応の後、インドールの窒素原子をACE(α-chloroethoxycarbonyl)基3で保護して10を得た。10をSO2Cl2で酸化すると、クロル体11へと速やかに変換された。しかし11は比較的不安定であったので、単離精製することなくチオ酢酸を作用させ、チオアセテート12を高収率で得ることができた。最後にアセトニドの除去、生じた一級水酸基のメシル化を経て環化前駆体13を合成した(Scheme3)。

 13をメタノール中K2CO3存在下加熱還流すると、アセチル基が除去されるとともに環化反応が速やかに進行し、オキサチアゼピン体15を良好な収率で得ることができた。この際、チオホルムアルデヒドが脱離してヒドロキシルアミン16となった後、Oからの環化反応が進行して五員環化合物17を与えるのではないかと危倶したが、チオール14はPTLCによる速やかな精製により単離も可能な程度安定な化合物であった。またここで注目すべきは、環化と同時にACE基も除去される点である(Scheme4)。

 この結果をふまえて、(-)-Eudistomin C(1)の全合成に着手した。文献既知4のニトロアニリン18に対し、Sandmeyer反応を行いアミノ基をヨード基に変換した後、ニトロ基を還元、続いてトリフルオロアセチル化によりアニリドを結晶として得た。続いてアルコール19との光延反応によりインドール前駆体20とした後、Macorらの分子内Heck反応を用いたインドール合成法5を用い、良好な収率でインドール21を得た。次に、光延反応によってヒドロキシルアミン6を導入した後、Boc基とNs基を脱保護してインドールユニット23を合成することができた。23におけるPictet-Spengler反応はモデル基質の時と同様に、ジクロロ酢酸を触媒として用いることで、11:1のジアステレオ選択比でβ-カルボリン体を得ることができた。さらに、インドールの窒素原子をACE基で保護して24とし、24をSO2Cl2で酸化してクロル体へと導いた後、単離精製することなくチオ酢酸を作用させてチオアセテートヘと変換した。続いてアセトニドの除去、一級水酸基のメシル化を経て、環化前駆体25を得た。25の環化反応は、メタノール中K2CO3存在下加熱還流すると速やかに進行し、同時にACE基も除去され、オキサチアゼピン体26を良好な収率で得ることができた。最後にBBr3によりBoc基の脱保護とメチルエーテルの切断を行い、(-)-Eudistomin C(1)の全合成を完了した(Scheme5)。

 【誘導体合成】ここで確立した新規オキサチアゼピン環形成法を用いて誘導体合成を行った。当研究室でその全合成が達成された(-)-vindolineの中間体276に対し、ラジカル環化反応を行うことでインドール28を得た。先と同様の工程を経てオキサチアゼピン体29とし、フェノール性水酸基にアルキル化を行い誘導体30を合成した。また、29をトリフラート化して31へと変換し、鈴木-宮浦カップリング反応や一酸化炭素挿入反応を行うと、それぞれ対応する32,33が得られた(Scheme5)。このことは、初期段階で高度に官能基化された基質を用いることなく合成終盤に様々な官能基が導入でき、幅広い誘導体合成が可能であることを示唆している。

【参考文献】

1)a)Rinehart,K.L.,Jr.;Kobayashi,J.;Harbour,G.C.;Hughes,R.G.,Jr.;Mizsak,S.A.;Scahill,T.A.J.Am.Chem.Soc.1984,106.1524;b)Rinehart,K.L.,Jr.;Kobayashi,J.;Harbour,G.C.;Gilmore,J.;Mascal,M.;Holt,T.G.;Shield,L.S.;Lafargne,F.J.Am.Chem.Soc.1987,109,3378.

2)Nakagawa,M.;Liu,J.-J.;Hino,T.;Tsuruoka,A.;Harada,N.;Ariga,M.;Asada,Y.J.Chem.Soc.,Perkin Trans.1.2000,3477.

3)Olofson,R.A.;Martz,J.T.;Senet,J.-P.;Piteau,M;Malfroot,T.J.Org.Chem.1984,49,2081.

4)Kauffman,J.M.;Litak,P.J.Heterocyclic Chem.1995,32,1541.

5)Macor,J.E.;Oglivie,R.J.;Wythes,M.J.Tetrahedron Lett.1992,32,8011.

6)Kobayashi,S.;Peng,G.;Fukuyama,T.Tetrahedron Lett.1999,40,1519.

Figure1

Scheme1

Scheme2

(a)NaH,DMF;MTMCl,Nal,95%;(b)H2NNH2・H2O,THF;NsCl,Py,50%;(c)6,PPh3,DEAD,PhH,quant.;(d)Me2S,TFA,CH2Cl2,82%;(e)PhSH,K2CO3,DMF,98%.

Table1

Scheme3

(a)Garner's aldehyde,cat.ClCH2CO2H,toluene,80%(10:1 dr);(b)n-BuLi,THF,-78℃;ACECl,91%;(c)SO2Cl2,CH2Cl2,-78℃ to rt;AcSH,i-Pr2NEt,79%;(d)80% AcOH,THF,80℃,73%;(e)MsCl,i-Pr2NEt,CH2Cl2,90%.

Scheme4

Scheme4

(a)NaNO2,H2SO4,CH3CN;Kl;(b)Fe,FeCl2,1N HCl,EtOH;(c)TFAA,Py,CH2Cl2,62%(3steps);(d)HOCH2CH=CHCH2OTBS(19),DEAD,PPh3,PhH,90%;(e)Pd(OAc)2,BnEt3NCl,Et3N,DMF,66%;(f)Boc2O,DMAP,CH2Cl2;(g)CSA,MeOH,97%(2steps);(h)NsNHOMTM(6),DEAD,PPh3;(i)Me2S,TFA,CH2Cl2,97%(2steps);(j)PhSH,K2CO3,DMF,94%;(k)Garner's aldehyde,Cl2CHCO2H,toluene;(l)n-BuLi,THF;ACECl,89%(2steps),11:1 dr;(m)SO2Cl2,CH2Cl2,-78℃ to rt;AcSH,i-Pr2NEt,CH2Cl2,95%;(n)80% aq.AcOH,THF,61%;(o)MsCl,i-Pr2NEt,CH2Cl2,98%;(p)K2CO3,MeOH,reflux,65%;(q)BBr3,CH2Cl2,78%.

Scheme5

(a)Bu3SnH,A1BN,CH3CN,reflux;HCl;(b)allyl bromide,K2CO3,TBAl,acetone,reflux;(c)TMSCl,Nal,CH3CN;(d)Tf2O,pyridine,CH2Cl2;(e)ArB(OH)2,Pd(PPh3)4,NaHCO3,dioxane/H2O,reflux;(f)CO,PdCl2(dppf),Et3N,MeOH/DMF,80℃.

審査要旨 要旨を表示する

 Eudistomin類は1984年、Rinehartらのグループによってカリブ海のホヤ群Eudistoma olivaceumより単離された化合物である。これらの化合物は、N、S、Oの三つのヘテロ原子を含む歪んだ七員環であるオキサチアゼピン環を有し、生理活性として強い抗ウイルス作用や抗腫瘍作用を示すことから、多くの今成化学者達が効率的合成ルートの探索を行ってきている。しかしながら、今までに類を見ないヘテロ環の構築は困難を極めており、効率的で大量合成に適したオキサチアゼピン環形成法とそれに含まれる二つの不斉中心の構築法は未だ開発されていない。そこで山下は誘導体合成を視野に入れた(-)-eudistomin C(1)の全合成を達成すべく検討を行った。

 まず、インドールユニット2に対し、o-ニトロベンゼンスルホニル基(Ns基)で活性化されたヒドロキシルアミンユニット3を光延反応で導入して4を定量的に得ている(Scheme1)。続いてNs基とBoc基の脱保護の後、Pictet-Spengler反応によって5とGarnerアルデヒド6を縮合した。この反応は、一般的な条件を用いると逆の立体選択性を与えることがわかり、立体制御が困難であったが、山下はトルエン中、ジクロロ酢酸を酸触媒とする条件を用いることで、望みの立体を有する化合物を選択的に得られることを見いだした。次にインドールの窒素原子を保護して8とした後、塩化スルフリルで処理してメチルチオメチルエーテル部位を酸化してクロロメチル体へと導いた。このクロロメチル体を単離精製することなくチオ酢酸を付加させて9へと導いた。この一連の反応により形式上、メチル基をアセチル基へと変換することに成功した。次にアセトニドの除去、生じた一級水酸基のメシル化を行って環化前駆体10とした後、メタノール中、K2CO3存在下加熱還流してアセチル基の脱保護を行うと同時に環化反応が進行して、望みのオキサチアゼピン体を収率よく得ることができた。最後にBoc基の脱保護とメチルエーテルの切断を行うことで(-)-eudistomin C(1)へと変換した。この合成ルートにより、既知のアニリンから18段階、通算収率8.3%という高収率で立体選択的全合成を達成することができたことは注目に値する。

 更に、ここで確立した合成ルートを類縁体合成に適用した(Scheme2)。既知のイソニトリル11から14段階でオキサチアゼピン環を有する類縁体12へと導いた。12に対して様々な官能基変換を行い、多彩な置換基を有するeudistomin類縁体を合成することができた。

 以上のように、山下は医薬化学的に非常に興味深い(-)-eudistomin Cの効率的全合成を達成し、さらに類縁体合成にも成功している。従って、薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

Figure1

Scheme1

Scheme2

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