No | 118392 | |
著者(漢字) | 山田,健 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤマダ,ケン | |
標題(和) | デュオカルマイシン類の不斉全合成 | |
標題(洋) | Enantioselective Totel Synthesis of the Duocarmycins | |
報告番号 | 118392 | |
報告番号 | 甲18392 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 博薬第1025号 | |
研究科 | 薬学系研究科 | |
専攻 | 分子薬学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【第一章・序論】Duocarmycin類は、1980年代後半から1990年代前半にかけて、協和発酵工業のグループによって単離・構造決定された抗腫瘍性抗生物質であり1,2,DNAの配列特異的なアルキル化によってその機能を発現する非常に興味深い化合物である。中でも最も複雑で不安定な構造を有する1については、これまでに二例の全合成が、比較的合成の容易な類縁体2については、五例の全合成がそれぞれ報告されている3,4。しかしながらいずれの合成法に於いても、シクロプロパン部位に反映される立体の導入を効率よく高い選択性で行うことは困難であった。また、いずれも1及び2を含むduocarmycin類の一般的合成法としては開発されていない。このような背景の中で我々は、課題となる立体制御を当研究室で開発された手法を応用して行い、1の収束的な不斉全合成を達成した。また、共通の鍵中間体を用いた2の効率的な全合成にも成功し、本合成経路の柔軟性を実証した。さらに、duocarmycin類に顕著なインドリン及びインドール骨格の一般的合成法として、ヨウ化銅を用いる新規芳香族アミノ化反応を見いだした。 【第二章・Duocarmycin Aの合成戦略と鍵反応の開発】まず1の逆合成解析を以下のように行った。最も不安定であるシクロプロパン部位は最終工程にて導入するとしてaで切断した(Scheme1)。また、インドールカルボン酸部位3の導入も合成の終盤で行うこととすれば、当面の合成目標は三環性骨格4となる。次に、A環を芳香族アミノ化反応によってcで切断すれば、必要な側鎖はリチオ化したインドリン6のキラルなアズラクトン5に対する位置選択的な付加反応によって導入できると考えた。さらに、芳香族アミノ化反応によって6をdで切断し、7とした。鍵となるベンジル位の立体制御は、不斉補助基を有するニトロオレフィン8に対するヨウ素選択的にリチオ化したトリハロ芳香環9のジアステレオ選択的付加によって行えると考えた。 本合成戦略で一つの鍵を握るのは芳香族アミノ化反応であった。しかしながら、芳香環上に二つのブロモ基を有する10の環化反応は困難を極めた(Scheme2)。すなわち、パラジウム触媒を用いたアミノ化反応の典型的な条件5で10の環化を試みたところ、脱ブロモ体12などが生じ、所望の生成物11は低収率にとどまった(entry1)。そこで種々条件を検討した結果、ヨウ化銅を添加剤として加えた際に劇的な反応速度の向上と脱ブロモ体の抑制が認められた(entry2)。さらに、ヨウ化銅と酢酸セシウムのみでも同様の反応が進行した(entry3)。なお、本反応の基質一般性については別途報告している6。最終的に、1及び2のアリール・窒素結合部位はすべて本アミノ化反応によって構築することができた。 【第三章・Duocarmycin A及びSAの全合成】インドリン中間体6を合成するにあたり、まず13より六工程で9を合成した(Scheme3)。次に、過去の合成例では困難であったベンジル位の立体制御を試みた。すなわち、当研究室で開発された手法7によって9をヨウ素選択的にリチオ化し、これをキラルなニトロオレフィン8へと共役付加させたところ、10:1のジアステレオ選択性で望みの立体を有する付加体15を得ることが出来た。続いて、アセトニドの除去とジオールの切断を経てニトロアルコール16を高い光学純度で得た。次に、ニトロ基を選択的に還元した後に、ノシル化を経てベンジルアミン7へと導き、DMSO溶媒中、触媒量のヨウ化銅を作用させて前述のアミノ化反応を行った。最後に、一級水酸基を保護して1と2に共通する鍵中間体6を得た。 続いて、銅による芳香族アミノ化反応を応用したインドールカルボン酸部位の合成を検討した(Scheme4)。まず、市販のアルデヒド17をブロモ化した後に、Horner-Emmons反応によってデヒドロアミノ酸部位を立体選択的に導入し環化前駆体19とした。続いて、DMSO溶媒中ヨウ化銅と酢酸セシウムを作用させると、望みのアミノ化反応が室温で進行し、ほぼ定量的にインドール20を得ることができた。最後に、後のカップリングに備え、20を酸クロリド3へと変換した。 次に、Duocarmycin A(1)のA環部位導入に必要であった光学活性なアズラクトン5の合成を行った(Scheme5)。まず、マロン酸ジメチルをオキシム化した後に、水素添加によってアミンヘと還元し、これをCbz基で保護した。次にジエステルをメチル化して四級炭素を構築し、豚肝臓リパーゼ8(PLE)を用いたメソ体22のエナンチオ選択的な加水分解によって23を光学活性体として得た。続く脱水反応は、トリホスゲンを用いると定量的に進行し、所望のアズラクトン5を与えた。 A環の構築にあたり、まずインドリン6をリチオ化し、アズラクトン5を加えると、位置選択的な付加反応が進行した(Scheme6)。続いてDMF溶媒中NBSを作用させると、インドリン24の五位選択的なブロモ化反応が進行し、環化前駆体を与えた。これをDMSO溶媒中ヨウ化銅と酢酸セシウムで処理すると、室温にてアミノ化反応が進行し、定量的に4を得ることができた。なおこの環化反応は、パラジウム触媒を用いた場合にはほとんど進行しなかった。次に、インドリン窒素を脱保護して得られた25を、酸クロリド3によってアシル化し、26とした。続いて、TBS基をメシル基へと変換後、接触還元にてベンジル基とCbz基を同時に除去して27とした。最終工程であるシクロプロパン環の構築は、塩基としてNaHやDBUを用いる例3が報告されているが、この基質においては、アセトニトリル溶媒中で炭酸セシウムを用いた場合に最も良い収率で反応が進行した。なお、得られた(+)-duocarmycin A(1)の各種スペクトルデータは、文献値と一致している。 (+)-Duocarmycin SA(2)の合成は、1との共通中間体であるインドリン6より行った(Scheme7)。まず、6をn-BuLiでリチオ化した後にヨウ素で処理してヨード体28とした。続いてデヒドロアミノエステル29とのHeck反応を行ったところ、良好な収率で30を得ることができた。このカップリング体に対し、DMF溶媒中NBSを作用させると、位置選択的なブロモ化反応が進行し、環化前駆体を与えた。鍵となる銅を用いた芳香族アミノ化反応は室温にて速やかに進行し、定量的に環化体31を与えた。この鍵中間体を、1の場合と同様に、七工程を経て2へと導くことができた。こうして得られた(+)-duocarmycin SA(2)の各種スペクトルデータは文献値と良い一致を示している。 【結論】本研究では、1の合成に於いて過去の合成例では達成されなかった二つの離れた不斉中心の完全な立体制御に成功した。さらに、その合成戦略の柔軟性を利用して、共通の鍵中間体6から2の合成を容易に達成することができた。また、Duocarmycin類に顕著なインドリン及びインドール骨格の効率的な構築法として、ヨウ化銅を用いた芳香族アミノ化反応を見いだした。本反応は1及び2に存在する全てのアリール・窒素結合の構築に適用され、その有用性が実証された。 【参考文献】1)Duocarmycin A:a)Takahashi,I.;Takahashi,K.;Ichimura,M.;Morimoto,M.;Asano,K.;Kawamoto,I.;Tomita,F.;Nakano,H.J.Antibiot.1988,41,1915;b)Yasuzawa,T.;Iida,T.;Muroi,K.;Ichimura,M.;Takahashi,K.;Sano,H.Chem.Pharm.Bull.1988,36.3728.2)Duocarmycin SA:a)Ichimura,M.;Ogawa,T.;Takahashi,K.;Kobayashi,E.;Kawamoto,I.;Yasuzawa,T.;Takahashi,I.;Nakano,H.J.Antibiot.1990,43,1037;b)Yasuzawa,T.;Saitoh,Y.;Ichimura,M.;Takahashi,I.;Sano,H.J.Antibiot.1991,44,445.3)Duocarmycin A:a)Fukuda,Y.;Itoh,Y.;Nakatani,K.;Terashima,S.Tetrahedron 1994,50,2793;b)Boger,D.L.;McKie,J.A.;Nishi,T.;Ogiku,T.J.Am.Chem.Soc.1996,118,2301.4)Duocarmycin SA:a)Boger,D.L.;Machiya,K.J.Am.Chem.Soc.1992,114,10056;b)Muratake,H.;Tonegawa,M.;Natsume,M.Chem.Pharm.Bull.1998,46,400 and references therein;c)Fukuda,Y.;Terashima,S.Tetrahedron Lett.1997,38,7207.5)Wolfe,J.P.;Rennels,R.A.;Buchwald,S.L.Tetrahedron 1996,52,7525.6)Yamada,K.;Kubo,T.;Tokuyama,H.;Fukuyama,T.Synlett 2002,231.7)Kurokawa,T.Ph.D.Dissertation,The University of Tokyo,Tokyo,2001.8)Ohno,M.;Otsuka,M.Org.React.1989,37,1. Figure1.Structures of the Duocarmycins Scheme1.Retrosynthetic Analysis for Duocarmycin A Scheme2.Aryl Amination-Palladium vs.Copper Reagents- Scheme3.Synthesis of the Key Indoline Intermediatea aReagents and conditions:(a)MsCl,Et3N,CH2Cl2,0℃ to rt,3h,88%;(b)H2(1400psi),Ra-Ni,EtOAc,rt,24h,quant.;(c)Br2,MeOH-CH2Cl2(1:1),0℃ to rt,30min,87%;(d)NaNO2,H2SO4,CH3CN-H2O(1:1),0℃,20min;then KI,0℃ to rt,96%;(e)KOH,CH2Cl2-MeOH(4:1),rt,5min,quant.;(f)BnBr,K2CO3,DMF,rt,1h,88%;(g)n-BuLi,toluene,-78℃;then 8 in toluene,20min,58%;(h)AcOH-H2O(1:4),reflux,3h,quant.;(i)H5IO6,THF,0℃,5min;then NaBH4,MeOH,-78 to 0℃,90%(>98%ee);(j)(i)Fe,FeCl2,1N HC1,EtOh,reflux,2h;(ii)o-NsCl,NaHCO3,CH2Cl2-H2O,rt,5min;(k)BnBr,K2CO3,DMF,rt,1h;then PhSH,rt,1h,74%(3steps);(1)CuI(10mol%),CsOAc(1.4eq),DMSO,rt,24h,67%;(m)TBSCl,imid,DMF,rt,10min,quant. Scheme4.Synthesis of Indolecarboxylic Acid Moietya aReagents and conditions:a)Br2,AcOH,CH2Cl2,0℃,45min,87%;b)18,TMG,CH2Cl2,rt,3d,97%;c)CuI(1.5eq),CsOAc(7eq),DMSO,rt,24h,98%;d)H2,Pd-C,EtOAc-EtOH,rt,3h,99%;e)KOH,MeOH,reflux,1h,89%;f)SOCl2,toluene,60℃,20min. Scheme5.Synthesis of Chiral Azlactonea aReagents and conditions:(a)NaNO2,AcOH,0℃ to rt,4h;(b)H2(1400psi),Pd-C,EtOH,rt,12h,91%(2steps);(c)CbzCl,pyr,CH2Cl2,0℃,5min,96%;(d)MeI,MeONa,MeOH,50℃,2h,76%;(e)PLE,acetone-H2O,pH7.5-8.5,rt,3d,quant.(94%ee,>98%ee after recrystallization);(f)triphosgene,Et3N,EtOAc,rt,5min,quant. Scheme6.Synthesis of(+)-Duocarmycin Aa aReagents and conditions:(a)n-BuLi,THF,-78℃;then 5 in toluene,-78℃,50min,75%;(b)NBS,DMF,rt,5min,91%;(c)CuI(2eq),CsOAc(5eq),DMSO,rt,3h,quant.;(d)TrocCl,NaHCO3,CH3CN,70℃,2h,70%;(e)Zn,KH2PO4,THF-H2O(5:1),rt,1h,69%;(f)3,pyr,CH2Cl2,0℃,10min,90%;(g)TBAF,THF,rt,30min,76%;(h)MsCl,pyr,0℃,10min,88%;(i)H2,Pd-C,EtOAc-EtOH,rt,8h,87%;(j)Cs2CO3,CH3CN,rt,30min,77%. Scheme7.Synthesis of (+)-Duocarmycin SAa aReagents and conditions:(a)n-BuLi,THF,-78℃;then I2,97%;(b)29,Pd(OAc)2,P(o-tolyI)3,Et3N,CH3CN,90℃,4h,72%;(c)NBS,DMF,rt,5min,82%;(d)CuI(2eq),CsOAc(xs),DMSO,rt,10min,quant.;(c)TrocCl,NaHCO3,CH3CN,70℃,20min,77%;(f)Zn,KH2PO4,H2O-THF(5:1),rt,1h,58%;(g)3,pyr,CH2Cl2,0℃,10min,83%;(h)TBAF,THF,rt,30min,85%;(i)MsCl,pyr,0℃,l0min,88%;(j)H2,Pd-C,EtOAc-EtOH,rt,10min,81%;(k)Cs2CO3,CH3CN,rt,1h,92%. | |
審査要旨 | Duocarmycin類は、協和発酵工業のグループによって単離・構造決定された抗腫瘍性抗生物質であり、DNAの配列特異的なアルキル化によってその機能を発現することが知られている(Figure1)。なかでも最も複雑な構造を有するduocarmycin A(1)は、合成目標分子としても興味深い構造を有しており、過去の合成例からも、シクロプロパン部位に反映される立体を効率よく高い選択性で導入することが困難であると判断される。山田は、当研究室で開発された手法を応用して課題である立体制御を行い、1の効率的な全合成を達成した。また、duocarmycin類に特徴的なインドリン及びインドール骨格合成法を模索した結果、ヨウ化銅を用いた新規芳香族アミノ化反応を見出した。さらに、共通の中間体を用いた2の全合成にも成功し、広範な誘導体合成にも応用可能であることを実証した。 既に本研究室では2,6-ジブロモヨードベンゼン誘導体をトルエン溶媒中-78℃にてn-ブチルリチウムで処理すると、ヨウ素選択的にリチウム・ハロゲン交換反応が進行し、続いてニトロオレフィンと反応させると高収率で共役付加が進行することが見出されていた。山田はこの知見をもとに、p-ニトロフェノールより6工程で合成した3をヨウ素選択的にリチオ化し、続いて不斉補助基を有するニトロオレフィン4へと付加させることによって、10:1のジアステレオ選択性で望みの付加体5を得た(Scheme1)。 続いて5工程を経て付加体5を6へと変換し、分子内芳香族アミノ化反応を検討した。この際、パラジウムを用いた条件では脱ブロモ体の生成などが伴い、環化体を収率よく得ることができなかった。そこで種々検討を行った結果、ヨウ化銅と酢酸セシウムを用いればアミノ化反応が室温で進行し、ブロモ基を全く損なうことなく良好な収率にて7を与えることを見いだした。 このアミノ化反応は、duocarmycin類の下部インドールユニット11の合成にも適用されている Duocarmycin A(1)のA環部位導入に用いるユニットとして、山田はアズラクトン15を設定した。まず、マロン酸ジメチル12より合成したメソ体のジエステル13を、PLEを用いてエナンチオ選択的に加水分解して14を得た後に、トリホスゲンによる脱水反応を行いアズラクトン15を合成した(Scheme3)。これに対して、リチオ化したインドリン16を付加させ、必要な官能基全てを備えた側鎖を一挙に導入した。さらに、位置選択的なブロモ化反応によって得られた17に対し、ヨウ化銅を用いたアミノ化反応を適用してA環の構築を短工程にて完了し、18を得た。続いて、下部ユニット11とのカップリングを経て1の全合成を達成した。さらに、インドリン16より得られる21とデヒドロアラニン22とのHeck反応を鍵としたduocarmycin SA(2)の全合成にも成功している(Scheme4)。 以上のように、山田はduocarmycin類の効率的な全合成経路を確立し、共通のインドリン中間体16より種々の類縁体を効率的かつ立体選択的に合成する道を開いた。また、その過程に於いて見いだされた銅を用いる芳香族アミノ化反応は、多くの場面でパラジウム触媒を用いる同様の反応に対し相補的な役割を果たすこと、またその反応条件が極めて穏和で官能基共存性に優れていることなどからも、生理活性天然物合成および医薬品創製の分野に於けるアリール・窒素結合の有用な合成法として汎用されることが期待される。従って、薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。 Figure1 Scheme1 Scheme2 Scheme3 Scheme4 | |
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