学位論文要旨



No 118398
著者(漢字) 佐々木,紀彦
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,ノリヒコ
標題(和) ヒト単球・マクロファージ様細胞株におけるヘパラナーゼの局在性について
標題(洋)
報告番号 118398
報告番号 甲18398
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1031号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 助教授 漆谷,徹郎
 東京大学 講師 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

 ヘパラナーゼは、高転移性メラノーマ細胞に同定され、ヘパラン硫酸を比較的大きな断片に切断するエンドグルクロニダーゼである。ヘパラン硫酸は、これがコア蛋白質に結合したプロテオグリカンとして細胞膜表面や基底膜などの細胞外マトリックス(ECM)に存在し、これらの構造の維持に必須である。基底膜は、IV型コラーゲン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカンなどが主体となった網目構造から構築されており、ヘパラン硫酸プロテオグリカンは、基底膜のバリア機能の発揮に重要な構成成分である。さらに、増殖因子、サイトカイン、ECM構成分子、酵素類などと相互作用し、増殖因子、サイトカイン、酵素などの活性を制御し、細胞の接着、認識、遊走を調節している。ヘパラン硫酸分解活性(ヘパラナーゼ活性)は、転移性悪性細胞や白血球の局所への浸潤時の基底膜の分解に重要であると考えられており、これまでに様々な悪性細胞の転移性との相関が報告されている。血中の単球や好中球などの免疫細胞は、分化や活性化に伴い、ローリング、接着、血管外遊走を経て、局所へと浸潤し、炎症や血管新生などの応答の引き金となる。また、この過程で、これらの細胞は、内皮細胞下の基底膜を通過しなければならない。従って、免疫細胞においてもヘパラナーゼ活性と浸潤性との相関が考えられる。しかし、実際に免疫細胞において、そのヘパラナーゼの浸潤への関与および制御機構については不明であり、制御機構を解明することは、将来的に慢性炎症などの過剰な免疫細胞の浸潤抑制を狙った抗炎症物質や免疫抑制物質の開発につながると思われる。

 私は、修士課程において、単球・マクロファージのモデルとして白血病細胞株を用い、分化段階におけるヘパラナーゼ活性の制御について検討した結果、転写およびプロセシングレベルでの変化は認められないが、分化誘導に伴い、ヘパラナーゼ活性が細胞外で検出されることを発見した。これは、分化誘導に伴ったヘパラナーゼの局在が変化したものと考えられ、細胞の浸潤に関係すると予想された。そこで私は、単球・マクロファージの局所への浸潤がヘパラナーゼによって制御されうるかを解明することを目的に、マクロファージの分化に伴うヘパラナーゼの局在性変化を決定している分子機構について検討した。

【第1章】

 へパラナーゼの局在性および浸潤への関与について

 修士課程において用いたヒト単球・マクロファージ様細胞株U937について、へパラナーゼの局在性を検証するため、まずPMA処理による分化誘導を行い、その前後において、抗ヒトへパラナーゼモノクローナル抗体を用い、細胞免疫染色を行った。細胞内では分化誘導前後いずれにおいてもヘパラナーゼの局在が確認されたが、分化誘導後において細胞表面への局在が確認された(Fig.1)。フローサイトメトリー解析においても同様に分化誘導後に細胞表面での局在が確認され(Fig.1)、分化誘導に伴って、へパラナーゼの一部が細胞表面に再分布することが示された。

 次に、分化誘導に伴って細胞表面発現したヘパラナーゼの浸潤への関与について検証するため、再構成基底膜(マトリゲル)への浸潤アッセイによりへパラナーゼ活性阻害物質(抗ヒトへパラナーゼモノクローナル抗体)の効果について検討した。分化誘導に伴って亢進した浸潤能が、抗体の添加により特異的に抑制され、すなわち、分化誘導に伴って発現したヘパラナーゼが浸潤に関与することが示唆された。

 へパラナーゼの細胞表面への再分布のメカニズムについて検証するため、分化誘導に伴うヘパラナーゼの細胞表面へのtraffickingについて検討した。細胞内分子の細胞表面への輸送に関わる微小管をノコダゾール処理にて破壊した結果、分化誘導に伴うヘパラナーゼの細胞表面への発現が阻害され、細胞外のへパラナーゼ活性も検出されなかった。すなわち、分化誘導に伴うヘパラナーゼの細胞表面への輸送が微小管に担われ、活性を発揮するのに細胞表面への再分布が必要であることが示された。

 U937細胞は、PMA処理によってマクロファージ様に分化すると接着性を持つようになる。上記のように分化誘導に伴ってヘパラナーゼが細胞表面に再分布した後、接着に伴って経時的に表面の1ヶ所に集積(キャップ)することが細胞免疫染色にて観察された(Fig.2)。接着に伴うヘパラナーゼの集積が、遊走方向に関係するのか検討するため、PMA処理後のU937細胞に遊走因子であるN-formyl-L-methionyl-L-leucyl-L-phenylalanine(fMLP)の濃度勾配を持つ環境下に置いて、免疫染色を行った。その結果、接着に伴い集積したヘパラナーゼは遊走方向に向くことが示された(Fig.3)。細胞表面に発現したヘパラナーゼが、浸潤および遊走先端にてマトリックス中のヘパラン硫酸の分解に関与することが示唆された。

【第2章】

 へパラナーゼの集積部位について

 第1章において、分化誘導によって細胞表面に発現したヘパラナーゼが、接着に伴い集積し、遊走先端に局在化することがわかった。そこで、この集積を制御する機構について検討することにした。そこでまず、細胞表面分子の集積には、細胞内骨格系が関与していると考え、細胞内骨格系の関与について検証した。細胞内骨格系であるF-actinについてサイトカラシンD処理にて再構成を阻害した結果、接着に伴うヘパラナーゼの集積が阻害された。すなわち、接着に伴うヘパラナーゼの集積に細胞内骨格系が関与することが示された。

 細胞膜の微小部位、すなわちマイクロドメイン(ラフト)は、細胞表面の部位特異的な分子の分布を制御しており、接着に伴うヘパラナーゼの集積に関わっている可能性が考えられた。メチルβシクロデキストリン(MβCD)処理によりコレステロールを除去させることでマイクロドメインを破壊した結果、接着に伴うヘパラナーゼの集積が抑制された(Fig.4)。そこで、へパラナーゼの集積にマイクロドメインが関与している可能性が高いと判断した。次に、へパラナーゼのマイクロドメインへの局在について検証するため、マイクロドメインのマーカーとしてGM1ガングリオシドを指標に細胞免疫染色を行った結果、へパラナーゼの集積部位とマイクロドメインの集積部位が一致することがわかった(Fig.5)。さらに、1% Triton X-100処理した分化後のU937細胞のホモジェネートについてショ糖密度勾配遠心を行うと、ショ糖濃度低密度画分にマイクロドメインが回収され、ウェスタンブロット解析を行った結果、活性型のへパラナーゼがこの画分に検出された。すなわち、細胞活性化後のへパラナーゼの集積部位がマイクロドメインであることが示された。  さらに、マイクロドメインの遊走における役割について検証するため、分化後のU937細胞のマイクロドメインをMβCDにて破壊すると、fMLPの濃度勾配に基づく遊走が阻害された。すなわち、浸潤および遊走時の先端へのヘパラナーゼの局在化に対するマイクロドメインの関与が示唆された。また、β1、α5、α6インテグリン、MT1-MMP(膜型マトリックスメタロプロテアーゼ)についてもヘパラナーゼと共に細胞表面の1ヶ所に集積し遊走方向に向くことがわかった。これらの分子は、ヘパラナーゼと共に浸潤先端で協同的に機能する可能性が高く、共に集積するのは、脂質マイクロドメインに親和性を有するためか、あるいはこれらの膜蛋白質同士が会合しやすい性質を持つためと考えられる。

【まとめ】

 今回、単球・マクロファージ系の細胞において、分化誘導に伴ってヘパラナーゼが細胞表面に再分布すること、およびマイクロドメインに局在することが初めて示された。この細胞の基底膜への浸潤がヘパラナーゼを阻害することによって制御できる可能性が示唆された。今後は、実際に末梢血単球・マクロファージにおいてどのようにヘパラナーゼの発現が制御されているのか検証する必要がある。ヘパラン硫酸を分解する酵素であるヘパラナーゼは今のところ1種類しか発見されておらず、マクロファージおよびその類縁の細胞の局所への浸潤がヘパラナーゼにより制御されうるとすれば、炎症阻害物質および免疫抑制物質開発の有用なターゲットとなりうるであろう。

審査要旨 要旨を表示する

 「ヒト単球・マク口ファージ様細胞株におけるヘパラナーゼの局在性について」と題する本論文は、ヘパラン硫酸特異的なエンドベータ-グルク口ニダーゼであるヘパラナーゼの、マクロファージ様に分化させたヒト白血病細胞の表面における分布状態を明らかにし、分布状態が決定されるメカニズム及び分布の細胞交通制御における意義を提案するものである。ヘパラナーゼは、約20年前に肺に転移性を有するメラノーマ細胞が産生する酵素として同定され、この細胞がヘパラン硫酸を含むプロテオグリカンを主要な構成成分とする組織基底層を通して浸潤する能力を持つことに関係する重要な分子として注目されていた。しかし、この酵素が、脈管系と組織と縦横に往来する細胞である免疫系の細胞の移動に寄与するかどうかに関しては、知見が少なかった。本論文で学位申請者は、組織間を移動する免疫細胞であるマクロファージのモデルとなる培養細胞が移動する際に、細胞の先端部の表面にヘパラナーゼが局在化することを示し、さらにこの局在化が細胞膜マイクロドメインとの親和性による事を強く示唆する知見を得た。

 「ヘパラナーゼの局在性および浸潤への関与について」と題する第1章では、ヒト単球・マクロファージ様細胞株であるU937細胞にフォルボールエステル処理によって分化が誘導されると、ヘパラナーゼが細胞表面に移動するという、学位申請者が修士課程在学中に生化学的な方法で得た結果から予測していた現象が、抗ヒトヘパラナーゼモノクローナル抗体を用いて確証された。さらに、分化誘導に伴うヘパラナーゼの細胞表面への輸送は微小管に担われていることが示された。分化したU937細胞は接着性を持つようになるが、ヘパラナーゼは細胞の接着に伴って再分布し、細胞表面の1ヶ所に集積することが示された。方向性を持って遊走している細胞におけるヘパラナーゼの集積を観察すると、遊走先端がヘパラナーゼの集積部位であることが示された。すなわちマクロファージ様細胞においては、分化誘導によって細胞表面に発現したヘパラナーゼが接着に伴って遊走先端に集積し局在化すること、さらにこの細胞表面のヘパラナーゼはこの細胞が細胞外マトリクスに浸潤するために必須であることが示された。

 「ヘパラナーゼの集積部位について」と題する第2章においては、マクロファージ様細胞の接着と遊走に伴うヘパラナーゼの浸潤先端への集積のメカニズムに関する研究成果が述べられている。先ず、この集積には細胞内骨格系が関与していること、マイクロドメインが関与していることを、免疫染色などの結果から示した。さらに、細胞を破砕してショ糖密度勾配遠心によって分画することによって、低密度画分にマイクロドメインが回収され、活性型のヘパラナーゼがこの画分に検出されることが、ウェスタンブロット解析によって示された。分化させたU937細胞のマイクロドメインを破壊すると走化的な遊走が阻害され、浸潤および遊走時の浸潤先端へのヘパラナーゼの局在化にマイクロドメインが積極的に関与することが示唆された。インテグリンや膜型マトリックスメタロプロテアーゼがヘパラナーゼと共に細胞表面の1ヶ所に集積し遊走方向に向くことから、ヘパラナーゼがこれらと共に脂質マイクロドメインに親和性を有するためと考えられた。

 以上のように、単球・マクロファージ系の細胞において、分化誘導に伴ってヘパラナーゼが細胞内から細胞表面に移動すること、細胞接着に伴って細胞表面の一端に再分布すること、この部分が移動中の細胞の浸潤先端であること、及びこの特異な分布がマイクロドメインヘの親和性によるらしいことが初めて示された。また、この細胞の基底膜への浸潤がヘパラナーゼを抗体によって阻害することで抑制できる可能性が示唆された。ヘパラン硫酸を比較的大きな断片に分解する酵素は、今のところ1種類のヘパラナーゼしか発見されていない。マク口ファージおよびその類縁細胞の局所への浸潤がヘパラナーゼ活性を制御することによって達成され、炎症の阻害や免疫抑制を通して、新しい創薬の可能性が開けると期待された。よって本研究を行なった佐々木紀彦は、博士(薬学)の学位を得るにふさわしいと判断した。

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