学位論文要旨



No 118399
著者(漢字) 佐相,薫葉子
著者(英字)
著者(カナ) サソウ,カヨコ
標題(和) マウスS-IIと相互作用する新規転写活性化因子FESTAの同定と解析
標題(洋)
報告番号 118399
報告番号 甲18399
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1032号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 助教授 青木,淳賢
 東京大学 助教授 仁科,博史
内容要旨 要旨を表示する

 S-IIはRNAポリメラーゼIIの転写活性を促進する因子として、エールリッヒ腹水癌細胞から精製された転写促進因子で、in vitroでRNA polymerase IIに直接結合する。また、RNAポリメラーゼIIを活性化し、鋳型遺伝子上での転写中断を解除することから、主に転写の伸長段階で働く、転写伸長因子であると考えられている。 S-IIの最も興味深い特徴の一つとして、すべての臓器に発現するS-IIの他に、特定の臓器にだけ発現する組織特異的なS-IIが存在することが挙げられ、これまでに精母細胞特異的に発現するSII-T1と、腎臓や肝臓などに特異的に発現するSII-K1が単離されている。各S-IIは約300のアミノ酸からなり、大きく3つのドメインに分けて考えられる。

 1つ目はC末端側の領域で、S-IIサブタイプ間、あるいは種を越えてもよく保存された一次配列を持つ領域。2つ目はN末端側の領域で、やはり種を越えて保存された領域が含まれる。3つ目は、上の二つの領域に挟まれる中間部の領域である。 各ドメインの機能として、C末端側の領域については転写促進活性に必要不可欠な領域であることが示されている。また、N末端側の保存領域を含む領域は、ホロ酵素と結合することが報告されている。中間部の領域は、サブタイプ間で相同性が低い領域であることから、組織特異的な転写調節に働くドメインではないかと考えている。

 以上、S-IIに組織特異的サブタイプが存在するという知見、S-IIの各ドメインの機能に関する知見、および、S-II遺伝子欠損酵母やES細胞が通常条件下で増殖可能であるが、特異な条件下で致死になるという知見から、生体内でS-IIは特異的遺伝子の転写制御に必要な因子ではないかと考えられた。

 しかしながら、すべての細胞に存在し、試験管内でRNA polymerase IIに直接結合するS-IIが、特定の遺伝子の転写促進を行う分子機構は不明である。そこで私は、S-IIは組織特異性、時期特異性などの発現の特異性を持つ別の転写因子と協調的に働くことにより、転写促進因子として機能するのではないかと考えた。本研究では、この仮説の検証を目的として、マウスS-IIと相互作用する組織特異的転写因子を同定、解析した。

1.S-IIの相互作用因子FESTAの単離

 S-IIのN末端側領域をbaitとして、Yeast two-hybrid法により、マウス腎臓cDNAライブラリーから相互作用因子の同定を試みた。

 β-Galactosidase活性を有するコロニーとして結合陽性のコロニーを同定、ライブラリー由来プラスミドを抽出、結合陽性因子のcDNA配列を解析した結果、結合陽性のクローンのうち独立な二つのクローンが機能未知の同一の新規因子であることが判明した。これらをclone 1および、clone 2とした。これら二つのcDNAクローンは、ORFの3'側に翻訳終止コドンおよびpoly(A)付加シグナルを含んでいた。この因子をFESTA(Factor interacting with Ehrlich S-II is a TranscriptionalActivator)と名付けた。

 また、EST cloneデータベースの検索から、clone 1、2とは異なる5'側末端側配列を持つクローンが見出された。このクローンはFESTA遺伝子を構成する7つのexonのうちexon 4以外を全て含み、clone 1と同じ読み枠で翻訳され、C末端側の131アミノ酸の配列においてはclone 1と一致するような262アミノ酸からなる蛋白をコードしていた。このEST cloneからの産物をFESTA-L、clone 1からの予想産物をFESTA-Sとした。また、このような5'側末端側配列を持つクローンでexon 4をもつクローンは見出されなかった。Genomic southern blot解析からFESTAは単一遺伝子であることが判明しており、これらの異なる5'末端配列を持つクローンはそれぞれ、単一遺伝子から生じたアイソフォームであると考えられる。

 次に、FESTAが転写の場である核内でS-IIと相互作用する因子であるかを知る目的で、核局在能を有するか解析した。培養細胞にFESTAおよびS-IIを発現させ、蛍光抗体法により細胞内局在を解析した結果、FESTAはS-IIと同様に核質に局在することが判明した。

 FESTAの発現組織を知る目的で、clone 1とclone 2で共通な部分の塩基配列をプローブとし、マウスの各組織から抽出したRNAを用いてNorthern Blot解析を行った。その結果、腎臓特異的に1kbのサイズのバンド、脾臓に1.4kbのサイズのバンドが検出された。以上の結果から、S-IIに相互作用する新規因子FESTAは組織特異的な核内因子であり、異なる発現パターンをもつ二種類のアイソフォームが存在することが判明した。

2.FESTAとS-IIの結合領域の解析

 S-IIとの結合に必要なFESTAの領域を知るため、また、FESTA-LがS-IIと結合するか否かを知る目的で、N末端側領域やC末端領域を欠損したFESTAの部分欠損変異体を作製し、GST融合S-IIとの結合の有無をGST pull-down assayにより解析した。大腸菌に発現させ、精製したGST-SII蛋白とin vitro転写・翻訳により合成して放射標識したFESTAの各コンストラクトをそれぞれ試験管内で混合した。GSTと結合するbeadsを用いてGST-S-II蛋白とそれに結合する蛋白を沈降した。沈降物を電気泳動により分離、放射活性を検出し、各FESTAが沈降されたか否かを解析した。その結果、FESTA-L、FESTA-SおよびFESTA DNはbeadsによる沈降物中に検出されたが、FESTA DNCは検出されなかった。したがって、FESTADNCが欠損するC末端領域が結合に必要であると結論した。

3.FESTAの転写活性化能の解析

 FESTAが転写因子であるS-IIに結合すること、さらにある種の転写活性化因子に特徴的な領域を持つことからFESTAも転写因子として機能する可能性が考えられた。そこで、転写活性化能を有するか否か解析する目的で、FESTAとGAL4のDNA結合ドメインの融合蛋白、および、GAL4結合配列を転写制御領域にもつルシフェラーゼ遺伝子をレポーター遺伝子としてレポーターアッセイを行った。レポーター遺伝子のベクターとFESTA-GAL4融合蛋白発現ベクターの両者をNIH3T3細胞に導入したところ、GAL4のDNA結合ドメインのみを発現する空ベクターを導入した場合に比べ、約20倍までルシフェラーゼの活性が上昇した。また、GAL4の結合配列を除いたレポーター遺伝子を導入した場合には、ルシフェラーゼ活性の上昇は見られなかった。以上の結果は、FESTA依存にレポーター遺伝子の発現が上昇したことを示し、FESTAが転写活性化能を有することが判明した。

4.FESTAの転写活性化ドメインの解析

 FESTAの転写活性化ドメインを同定する目的で、FESTA-L、FESTA-S、FESTADNおよびFESTA DNCとGAL4 DNA結合ドメインの融合蛋白発現ベクターを作製し、各コンストラクトの転写活性化能を解析した。その結果,FESTA-Lは空ベクターに比べて約5倍、FESTAおよびFESTA DNでは約20倍にルシフェラーゼ活性を上昇させた。FESTA DNCによる上昇は約5倍であった。

 以上の結果は、FESTAのセリンに富む領域からC末端にわたる領域が転写活性化ドメインであることを示す。さらに、C末端領域を欠損したFESTA DNCは、FESTAおよびFESTA DNに比べ転写活性化能が大きく低下した。以上の結果から、FESTAのC末端領域は高いレベルの転写活性化に必要であることが判明した。

5.S-II遺伝子欠損ES細胞を用いたFESTAの転写活性化能の解析

 これまでの結果から、FESTAのC末端領域がS-IIとの結合、および、高いレベルの転写活性化に必要であることが判明した。そこで、FESTAによる高いレベルの転写活性化には、S-IIとの相互作用が必要であるという可能性について検証するため、S-IIを欠損する細胞では野生型細胞に比べて、FESTAの転写活性化能が低下するか否かを解析した。

 野生型ES細胞および、S-II遺伝子欠損ES細胞に、GAL4融合FESTAの発現ベクターとレポーターベクターを導入し、ルシフェラーゼアッセイを行った。その結果、野生型ES細胞とS-II遺伝子欠損ES細胞のそれぞれに、S-IIと相互作用するコンストラクトであるFESTA DNを導入して転写活性化能を比較した結果、S-II遺伝子欠損ES細胞におけるFESTA DNの転写活性能は野生型細胞に比べ、約2/3に減少した。この結果は、S-IIの欠損により、FESTAの転写活性化能が低下したことを示唆し、FESTAの高いレベルの転写活性化能の発現には、S-IIとの相互作用が必要であるという仮説を支持する。

 本研究において私は、腎臓と脾臓において発現する新規核内因子FESTAを同定した。さらに、FESTAは転写活性化能を有することを示し、FESTAによる高いレベルの転写活性化にはS-IIとの相互作用が必要であることを示唆した。本研究により、S-IIが他の転写活性化因子の転写活性化ドメインと直接相互作用することにより、転写活性化に寄与することが初めて示された。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、真核細胞の転写伸長因子S-IIと相互作用する転写因子FESTAに関する分子生物学的研究の成果を述べたものである。真核細胞においてメッセンジャーRNAの前駆体は、RNAポリメラーゼIIにより合成される。この酵素の活性調節は、真核細胞の発生・分化を理解する上できわめて重要である。S-IIは、当初マウスの腹水ガン細胞において、RNAポリメラーゼIIの活性を促進するタンパク質として同定され、精製された。マウスには、すべての臓器に発現するS-IIのほかに、精母細胞特異的に発現するSII-T1と、腎臓・肝臓で発現するSII-K1というサブタイプが存在する。申請者は、これらのS-IIサブタイプの間で相同性が低い、N末端側の領域が組織特異的な転写因子との相互作用であると考え、イースト2ハイブリッド法により検索した。その結果、申請者は、自らがFESTAと命名した新規転写因子を発見した。

 ESTクローンデータベースを検索することにより、申請者は、FESTAには、FESTA-LとFESTA-Sという2つのサブタイプが存在することを明らかにした。さらに、申請者は、Northernブロット解析により、FESTAは腎臓及び脾臓において異なるサイズのRNAとして発現されていることを明らかにした。

 さらに申請者は、FESTAのいろいろな部分欠損変異体を分子生物学的手法を駆使して作成し、S-IIとの結合の有無を解析した。その結果、FESTAのC末端領域がS-IIとの結合に必要であることが明らかになった。さらに申請者は、FESTAが転写因子であるか否かを、FESTAとGAL4DNA結合ドメインとの融合蛋白について、GAL4結合配列を転写制御領域にもつルシフェラーゼ遺伝子によるレポーターアッセイを実施した。その結果、レポーター遺伝子のベクターとFESTA-GAL4融合蛋白発現ベクターの両者をNIH3T3細胞に導入した場合、GAL4のDNA結合ドメインだけを発現する空ベクターを導入した場合に比べ、約20倍までルシフェラーゼの活性が上昇することが判明した。また、GAL4の結合配列を除いたレポーター遺伝子を導入した場合には、ルシフェラーゼ活性の上昇は見られなかった。これらの結果は、FESTAが転写活性化因子として細胞内で機能することを示唆している。さらに申請者は、FESTAの転写活性化ドメインを同定するため、いろいろなFESTAの部分欠損変異体を分子生物学的手法により構築し、それらの転写活性化能を比較した。その結果、FESTAのC末端領域が、転写活性化に重要な役割を果たしていることを明らかにした。

 次に申請者は、野生型ES細胞および、S-II遺伝子欠損ES細胞に、GAL4融合FESTAの発現ベクターとレポーターベクターを同時に導入し、ルシフェラーゼアッセイを行った。その結果S-II遺伝子欠損ES細胞においては、FESTAの転写活性化能が低下することを示唆する結果を得た。

 申請者の研究は、腎臓と脾臓において発現する、転写伸長因子S-IIと相互作用する新規の転写因子、FESTAを発見し、その性質を検討した。この研究は、転写制御の解明に貢献するものであり、分子生物学、生物系薬学の発展に寄与するところが大きい。そこで、本審査委員会においては、申請者が博士(薬学)の称号を授与されるにふさわしいと判定した。

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