学位論文要旨



No 118402
著者(漢字) 竹中,圭
著者(英字)
著者(カナ) タケナカ,ケイ
標題(和) 新規ホスホリパーゼC(PLC)様蛋白、PLC-2のB細胞における役割
標題(洋) The role of a novel Phospholipase C like protein, PLC-L2, in B cell.
報告番号 118402
報告番号 甲18402
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1035号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 助教授 青木,淳賢
 東京大学 助教授 仁科,博史
内容要旨 要旨を表示する

<序>

 ホスホリパーゼC(PLC)は細胞外からの刺激に応答して、膜リン脂質であるホスファチジルイノシトール二リン酸(PIP2)を加水分解し、イノシトール三リン酸(IP3)とジアシルグリセロール(DAG)を産生する酵素で、各々カルシウム動員とプロテインキナーゼC(PKC)の活性化を引き起こす。現在、PLCは構造や活性化のメカニズムにより、β、γ、δ、ε、ζの5つのファミリーに分類される。本研究室で単離されたPLC-L2はPLC-δと構造上、高い相同性を持ちながら、加水分解活性に必須なアミノ酸が置換されているため活性を持たないユニークな蛋白であるが、その生理的な役割等は全く明らかにされていない。PLC-L2は当初、骨格筋に多い蛋白として同定されたが、B細胞、T細胞を含む血球系の細胞にも高い発現が見られる。血球系細胞、特にB細胞やT細胞では、γタイプのPLCがT細胞レセプター、B細胞レセプター(BCR)の下流で重要なシグナル伝達分子として機能している。これらのレセプターからのシグナルの強度は厳密に制御され、近年の遺伝子欠損マウスを用いた研究から、シグナルの乱れがしばしば免疫不全や自己免疫疾患を引き起こすことが明らかになってきている。PLC-L2がPLC活性を持たないこと、及びリンパ球に高い発現が見られるという事実から、PLC-L2もまた、リンパ球においてレセプターからのシグナルを何らかの形で制御している可能性が示唆された。本研究において、私はPLC-L2欠損マウスを作製し、PLC-L2の免疫系における生理的な機能、及び細胞内における機能の解析を行った。

<結果>

1 PLC-L2欠損B細胞の表現型

 相同組み換え法で作製したPLC-L2欠損マウスの免疫器官の解析を行った。胸腺、脾臓、骨髄、腹腔から細胞を単離し、各種表面抗原で染色したのちFACS解析した。脾臓におけるB細胞の発達をIgDとIgMの染色で調べたが、大差は認められなかった(データ本文中)。しかし、B220+/CD21intで分類される成熟B細胞上のCD23(図1a)及びCD24(データ本文中)の発現の減少が観察された。CD23やCD24の発現は、B細胞の活性化状態で変化するという報告があることから、PLC-L2欠損マウスの成熟B細胞が野性型とは異なった刺激感受性をもっている可能性が示唆された。また、骨髄内の脾臓から再循環している成熟B細胞(B220hi/IgM+)に軽度の減少が観察された(図1b)。一方、骨髄におけるB細胞の初期の発達(プロ-B細胞からプレ-B細胞、プレ-B細胞から未熟B細胞)には著変は認められず、PLC-L2は骨髄、脾臓を含めてB細胞の発達そのものには深く関与していないことが分かった。次に腹膜腔内に存在する胎児肝由来のB1細胞について調べた所、CD5+/IgM+のB-1a細胞が顕著に減少していた(図1c)。B-1細胞はCD5の発現の有無で、B-1aとB-1bに二分されるが、PLC-L2欠損マウスではB-1b細胞はほぼ、正常に存在していた(データ本文中)。

 以上のことから、PLC-L2欠損より通常のB細胞(B2細胞)の発達は正常に進むが、脾臓成熟B細胞の性質の変化が示唆された。また、PLC-L2がB-1a細胞の発達、あるいは維持に重要であることが明らかになった。

 B細胞とは対照的に、PLC-L2欠損マウスにおけるT細胞の発達や、末梢でのT細胞の活性化状態は細胞表面抗原で調べた限り、正常であった(データ本文中)。以上の結果から、私はB細胞の細胞レベルでの機能を解析することにした。

2 PLC-L2欠損B細胞は刺激応答性が亢進する

 PLC-L2欠損B細胞の性質を調べるため、増殖性を検討した。同一の細胞集団で比較するため、選択的に回収した脾臓成熟B細胞を図にある各種刺激の存在下48時間培養し、培養時間最後の12時間でのチミジンの取り込みを調べた。PLC-L2欠損成熟B細胞では、特に抗-IgM抗体刺激に対して顕著に増殖応答の亢進が見られた(図2a)。また、抗-IgM抗体で、脾臓B細胞を刺激した際、リンパ球の活性化により発現が誘導されることが知られているCD69の発現を調べた所、PLC-L2欠損B細胞では、発現誘導が野生型B細胞に比べて速やかに起こった(図2b)。以上の結果はPLC-L2欠損B細胞がBCR刺激によって活性化を受けやすいことを示している。B細胞の重要な機能に、抗体を産生し、分泌することがある。PLC-L2欠損B細胞の抗体分泌能を調べるため、B細胞をLPSで刺激し、分泌されるIgG3量をELISA法で測定した所、PLC-L2欠損B細胞では、野性型に比べて分泌IgG3量の増加が見られた(図2c)。また、B細胞表面に現れるIgG3の量もPLC-L2欠損マウスで増加が認められた(データ本文中)。

 これらの結果から、PLC-L2欠損B細胞は活性化を受けやすく、PLC-L2が細胞レベルにおいて、B細胞の応答を負に制御していることが明らかになった。

 B細胞ではBCRの下流で、PLC-γ2がカルシウム動員を起こすことが知られている。そこで、細胞内での機能を調べる目的で、PLC-L2がBCR刺激後のカルシウム動員に与える影響を検討した。

3 PLC-L2欠損B細胞におけるカルシウムシグナルの亢進

 成熟B細胞を抗-IgM抗体で刺激した時のカルシウム動員について検討した所、PLC-L2欠損B細胞ではカルシウム動員の亢進が認められた(図3a)。カルシウム動員は、最初にIP3が細胞内の小胞体からカルシウム放出を起こし、続いて小胞体内のカルシウムが枯渇すると容量依存性のカルシウムチャンネル(SOCs)を介して、細胞外からカルシウムが流入することによって起こることが知られている。そこで、この亢進が細胞内か細胞外カルシウムのどちらの寄与によるのかを調べるため、B細胞を細胞外カルシウム非存在下で抗-IgM抗体刺激し、細胞内からのカルシウム動員を起こさせた後、細胞外にカルシウムを添加して細胞外からの流入を調べた。その結果、図3bに示すように、PLC-L2欠損B細胞では、細胞外からの流入の亢進が観察された。同様の現象は小胞体のカルシウムを枯渇させる試薬で刺激し、カルシウム流入を調べた時でも観察された(データ本文中)。

 以上のことは、PLC-L2が細胞外からのカルシウム流入を負に制御する機能をもつことを強く示唆している。次にPLC-L2欠損B細胞では、カルシウムの下流が亢進しているかを調べるため、カルシウム依存的に活性化し核移行することが報告されているNFATc1の核内の量を調べた。その結果、PLC-L2欠損B細胞では、野性型に比べBCR刺激により、核内のNFATc1の増加がみられカルシウムシグナルが亢進していることが明らかになった(データ本文中)。

4 PLC-L2欠損マウスの免疫応答

 こうしたB細胞の変化が個体レベルで、どういった変化をもたらすのかを次に検討した。定常状態での血中イムノグロブリン濃度をELISA法で測定し比較した結果、9-14週齢のPLC-L2欠損マウスではIgM、IgAは正常の範囲内だったが、IgG3には減少が見られた(図4a)。このIgG3の減少は腹膜腔内のB-1a細胞の減少を反映していると考えられる。しかしながら、加齢したPLC-L2欠損マウス(6-7ヶ月)では、IgMの軽度の増加が認められ(図4b)、同時に抗核抗原IgMも野性型に比べ多く検出された(データ本文中)。さらに、マウスをT細胞非依存性2型抗原であるTNP-Ficollで免疫し、それに対する応答を調べた所、PLC-L2欠損マウスでは野性型に比べ免疫応答の亢進が認められた(図4c)。

 以上のことから、PLC-L2欠損マウスでは、個体レベルにおいても、B細胞が活性化を受けやすいことが明らかになった。

<考察とまとめ> 本研究において、私は、PLC-L2がB細胞の刺激応答性を負に制御していることを明らかにした。PLC-L2が欠損すると、脾臓のBCR刺激による成熟B細胞の増殖能が亢進し、カルシウム流入も亢進する。PLC-L2欠損マウスではT細胞非依存性の免疫応答が亢進し、加齢によるIgMの増加が観察された。以上の結果は、PLC-L2が主にBCRの下流でB細胞の活性化を負に制御していることを示すと共に、PLC-L2が刺激応答の閾値を下げ、B細胞の過剰の活性化を防ぐことでB細胞の恒常性の維持に効いている可能性を示唆している。また、通常のB細胞と異なり腹膜腔内B-1a細胞は、予想外に減少していた。この結果は、PLC-L2がB-1a細胞の維持、あるいは発達にも関与していることを示している。

 B細胞の応答性を負に制御する機構として抑制性の細胞膜上レセプターが、蛋白質ホスファターゼであるSHP、あるいはリン脂質ホスファターゼであるSHIPを活性化して、負のシグナルを伝えることがよく知られている。これらの経路に関与する分子の欠損マウスの表現型と、PLC-L2欠損マウスの表現型の間には相違点も見られることから、PLC-L2が既知の抑制メカニズムとは異なった別の経路に位置している可能性がある。実際、細胞内の機能として、PLC-L2は細胞外からのカルシウム流入を抑制することが考えられ、PLC-L2がB細胞における新規な抑制分子として機能していると考えられる。

 今後、B細胞でのPLC-L2の結合蛋白の探索等により、PLC-L2の細胞内でのより詳しい機能が明らかになると思われる。また、PLC-L2のホモログであるPLC-L1とPLC-L2との二重欠損マウスを解析することにより、PLC-L2の恒常性の維持や免疫寛容におけるより詳細な役割についての知見が得られると考えられる。

図1 免疫器官のFACS解析

脾臓細胞(a)、骨髄細胞(b)、腹膜腔細胞(c)を図に示してある各種抗体で染色し、FACS解析を行った

図2 PLC-L2欠損B細胞では刺激応答性が亢進する

a 48時間、B細胞を刺激し最後の12時間のチミジンの取り込みを調べた

b B細胞を抗IgM抗体で6時間刺激し、CD69の発現を比較した

c B細胞をLPSで刺激し、分泌されるIgG3量をELISAで比較した

図3 PLC-L2欠損B細胞におけるカルシウムシグナルノ亢進

a B細胞を抗IgM抗体で刺激し、細胞内カルシウム動員を比較した

b B細胞でのカルシウム流入を比較した

図4 PLC-L2欠損マウスの免疫応答

a 9-14週令のマウスの定常状態の血中イムノグロブリン量を調べた

b 加齢した(6-7ケ月)マウスの血中IgM量を調べた

c T細胞非依存性抗原で免疫した時の免疫応答を比較した

審査要旨 要旨を表示する

 ホスホリパーゼC(PLC)は細胞外からの刺激に応答して、膜リン脂質であるホスファチジルイノシトール二リン酸(PIP2)を加水分解しイノシトール三リン酸(IP3)とジアシルグリセロール(DAG)を産生する酵素で、各々カルシウム動員とプロテインキナーゼC(PKC)の活性化を引き起こす事が知られている。近年、PLC-dと構造上高い相同性を持ちながら加水分解活性を持たない新規PLC様蛋白質、PLC-L2が同定された。PLC-L2は当初、骨格筋に多い蛋白として報告されたが、B細胞、T細胞を含む血球系の細胞にも高い発現が見られる。しかしながら、現在までPLC-L2の生理的な役割や細胞内での機能について全く明らかにされていなかった。本論文の研究では、PLC-L2が活性を持たない事と免疫器官に高い発現が見られることに着目し、PLC-L2欠損マウスを作製し個体及び、細胞レベルの解析を行うことで、PLC-L2がB細胞の刺激応答性を負に制御する分子であることを明らかにしている。

 まず、PLC-L2欠損マウスの各免疫器官をFACS解析することにより、B細胞に表現型の変化を見出している。すなわち骨髄、脾臓でのB2細胞の発達はPLC-L2欠損マウスでは正常に進むが、骨髄内の脾臓から再循環してくる成熟B細胞数の減少と、脾臓の成熟B細胞上のCD23、CD24の発現強度の減弱を観察している。これらの結果からPLC-L2がB2細胞の発達ではなく、脾臓の成熟B細胞の機能に関与していることが示唆される。また、PLC-L2欠損マウスでは腹膜腔内のB-1a細胞が著明に減少しており、このことからPLC-L2はB2細胞とは異なり、B2細胞とは由来を異にするB1細胞の発達、もしくはその維持に重要であると指摘している。

 以上の知見に基づいてB細胞のin vitroの刺激応答性について検討を行い、PLC-L2欠損成熟B細胞が野性型細胞に比べて抗IgM抗体に対して顕著に増殖反応をすることを示している。さらに、抗IgM抗体での刺激によりリンパ球の活性化マーカーであるCD69の発現誘導がPLC-L2欠損B細胞では、野性型に比べ速やかに起こることを示し、これらの結果から、PLC-L2欠損B細胞は抗IgM抗体刺激、つまりB細胞レセプター(BCR)の刺激による活性化を受けやすいと考えられる。また、PLC-L2欠損B細胞では野性型に比べ、LPS刺激によるIgG3の産生量も増加していることを明らかにし、以上の結果から、PLC-L2がB細胞の活性化を負に制御する分子であると指摘している。

 次に、PLC-L2の細胞内での分子レベルでの機能を明らかにする目的で、PLCとの関連からBCR刺激によるカルシウム動員に対するPLC-L2の影響を、PLC-L2欠損成熟B細胞と野性型細胞におけるカルシウム動員を比較することで検討している。その結果、PLC-L2欠損成熟B細胞では野性型に比べ、細胞外からのカルシウム流入が亢進していることを見出し、PLC-L2が細胞外からのカルシウムの流入を負に制御する分子であると考察している。

 最後に、以上で見られたB細胞の細胞レベルの変化がマウス個体レベルでどの程度、生理的な変化をもたらすのかを検討している。若い世代では、血清中のIgMは変化しないが、加齢によりPLC-L2欠損マウスではIgMが野性型に比べ、増加していることを見出し、その原因をB1細胞ではなく、脾臓B細胞が活性化を受けやすいためと考察している。さらに、T細胞非依存性抗原で免疫したときのIgM、IgG1、IgG3の産生量が、野性型に比べて有意に増加していることも示している。以上の結果から、PLC-L2は個体レベルにおいてもB細胞の活性化を負に制御する分子であると指摘している。

 本論文の研究では、生化学的、細胞生物学的、及び生理的に全く機能が不明であった新規PLC様蛋白、PLC-L2の機能がB細胞の増殖や抗体産生を負に制御することであることを、細胞レベル、個体レベルの解析を通じて初めて明らかにしている。さらに、PLC-L2が細胞外からのカルシウム流入を抑制することで、既知の抑制経路とは異なったメカニズムでB細胞の活性化の閾値を上げ、B細胞の恒常性の維持に重要であるとの知見を得ている。よって、本論文の成果は、免疫寛容や免疫恒常性といった免疫学一般のみならず、B細胞のシグナル伝達に対しても寄与が大きいと考えられることから、博士(薬学)の学位の授与に価すると判定した。

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