学位論文要旨



No 118403
著者(漢字) 丹治,貴博
著者(英字)
著者(カナ) タンジ,タカヒロ
標題(和) Drosophila galactose-specific C-type lectinの感染防御への関与
標題(洋)
報告番号 118403
報告番号 甲18403
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1036号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 助教授 青木,淳賢
 東京大学 助教授 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

 我々脊椎動物の免疫系は、抗原特異性の高い獲得免疫と、それと比較して特異性の低い自然免疫とに大別される。自然免疫は獲得免疫が活性化される前の初期免疫応答に重要である他、獲得免疫の活性化にも必須であり、全ての動物種が有する、免疫系の根幹をなす重要なシステムであることが明らかとなってきている。

 無脊椎動物は獲得免疫を有さず、自然免疫のみで感染防御を行っている。その中でも地球上で最も繁栄している昆虫は自然免疫を独自に発達させており、その免疫系を解析することにより、自然免疫に関する新たな知見が得られると考えられる。

 免疫系は感染した病原体に応じて活性化するが、それには病原体の認識が重要である。昆虫において糖結合蛋白であるレクチンがその認識分子の候補として考えられている。これまでに同定されている昆虫レクチンの中には、病原体やその構成成分と結合するものや、感染時に発現が誘導もしくは増加するもの、昆虫の免疫担当細胞である体液細胞や、免疫応答として知られているphenoloxidaseを活性化するものが知られており、これらのレクチンが感染時に病原体の表面糖鎖を認識して、免疫系の活性化に寄与していると考えられている。しかし、その機能が遺伝学的に示された例はない。

 私は、昆虫レクチンの生体内機能を知ることを目的に研究を行った。当教室において遺伝学的解析が可能なショウジョウバエから精製されたgalactose-specific C-type lectin(Drosophila lectin)に着目した。このレクチンは、ガラクトースをハプテン糖とするCタイプレクチンであり、一次構造上、一つの糖認識ドメインとその両側の短い配列からのみ形成される。そして、一部N-glycosilationを受けている他、homotrimerを形成していることが示唆されている。このレクチンの遺伝子は幼虫から成虫にかけて常に発現しているものの、幼虫時において体表傷害時に発現量が増加することから、生体防御への関与が示唆されてきた。

 本研究において私は、Drosophila lectinが感染防御時の病原体の認識に機能する可能性を考え、細菌との相互作用を解析した。また、このレクチンの生体内機能を明らかにする目的で、この遺伝子を欠損したショウジョウバエ変異体を作製し、その個体における感染防御を解析した。

1,Drosophila lectinの発現解析

 Drosophila lectin遺伝子の発現組織を知る為に、ショウジョウバエ三齢幼虫の各組織を用いたRT-PCRにより遺伝子発現を解析した。その結果、クチクラ・筋肉、唾液腺、脂肪体、気管、成虫原基、脳、体液細胞と広汎な組織で遺伝子発現が検出された。

 また、Drosophila lectinはその一次構造から分泌蛋白であると考えられていたものの、証明はされていなかった。そこで、このレクチンの発現ベクターをショウジョウバエ由来培養細胞であるSchneider-2 cellにトランスフェクションし、発現するリコンビナントレクチンの局在を調べた。その結果、このレクチンは培養上清のみで検出され、分泌蛋白であることが確認された。

 Drosophila lectinが体液細胞や脂肪体で発現する分泌蛋白であることから、体液中に存在していると考えられる。このレクチンが結合する病原体が体腔中に感染した場合、感染した病原体に結合し機能する可能性が考えられる。

2,Drosophila lectinの細菌との相互作用

 これまでに同定されている昆虫の生体防御レクチンは、感染時の病原体の認識に働くと考えられている。そこで、Drosophila lectinも病原体の認識に機能する可能性を考え、細菌との相互作用を解析した。相互作用解析に用いる大量のレクチンの精製品を得る為に、ショウジョウバエ由来培養細胞であるSchneider-2 cellを用いて、レクチンの発現ベクターをトランスフェクションすることにより、恒常的にリコンビナントレクチンを分泌するstable cell lineを樹立した。そして、その培養上清からリコンビナントレクチンを精製した。この精製蛋白は、そのN末端アミノ酸配列がnativeのレクチンと完全に一致し、また一部糖鎖修飾を受けていることが明らかとなった。更に、nativeのレクチンと同様の赤血球凝集活性を持ち、その活性がハプテン糖であるガラクトースにより選択的に阻害されることを示した。従って、このリコンビナントDrosophila lectinを解析に用いて大きな支障はないと考え、以降の解析に用いることにした。

 次に、Drosophila lectinが病原体感染時の異物認識に機能する可能性を考え、結合する細菌があるか検索した。その結果、解析した細菌の内、大腸菌(K-12 W3110、K-12 594)及び、ショウジョウバエに自然感染することが知られている植物の病原体であるErwiniachrysanthemiとの結合が検出された。そして、グラム陽性菌も含め他の細菌との結合は検出されず、このレクチンが結合する細菌には高い選択性があることが明らかとなった。

 また、Drosophila lectinが三量体を形成していることから、結合する細菌を凝集する可能性が考えられた。そこで大腸菌を凝集するか調べた結果、このレクチンが結合する大腸菌を特異的に凝集することが明らかとなった。レクチンが細菌を凝集することにより、感染防御に有利に働く可能性が考えられた。

 次に、Drosophila lectinが、結合する細菌に対する感染防御に繋がる反応に影響を与えるか解析した。体液細胞由来の培養細胞mbn-2 cellへの大腸菌のassociationにこのレクチンが影響を与えるか調べた結果、このレクチンが結合する細菌のmbn-2 cellへのassociationを特異的に促進することが示された。レクチンが細菌を凝集することによって、免疫細胞表面の細菌に対する受容体に結合する細菌の量を増加させていると考えられる。そして、その結果起こる貪食等による菌の排除が効率的に行われる可能性がある。

3,Drosophila lectin遺伝子欠損変異体における感染防御

 Drosophila lectinが感染防御に関与するか知る目的で、この遺伝子を欠損したショウジョウバエ変異体を作製し、その個体における感染防御を解析することにした。

 Drosophila lectin遺伝子欠損変異体の作製には、Drosophila lectin遺伝子の27kb下流に5Pエレメントが挿入されたライン、P{EP}EP(2)1173を用いた。Pエレメントが転移する際、元々挿入されていた位置近辺に高い確率で転移するlocal transpositionという現象を利用して、Drosophila lectin遺伝子の6.4kb下流にPエレメントが転移したラインを得た。次に、Pエレメントが転移する際、隣接するゲノム配列を巻き込んで挿入部位から脱落するimprecise excisionという現象を利用して、Drosophila lectin遺伝子を含むPエレメント挿入部位周辺約9.6kbが脱落したライン、E136を樹立した。

 この変異体において、大腸菌W3110に対する感染防御能に影響があるか調べた。ショウジョウバエ幼虫に大腸菌を感染させた後の体内の菌数の変動が、変異体において影響を受けているか調べた結果、感染初期の大腸菌に対する感染防御能が低下していることが示された。また、この表現型はDrosophila lectin遺伝子の導入により回復したことから、Drosophila lectin遺伝子の欠損が原因であると考えられた。

 次に、この変異体において細菌感染後の抗菌ペプチド遺伝子の発現誘導に影響があるか調べた結果、発現量の減少は認められなかった。従って、Drosophila lectinは抗菌ペプチド遺伝子の発現誘導に関わるシグナル伝達経路は活性化しないことが示唆された。おそらく抗菌ペプチドとは異なるメカニズムで感染防御に寄与しているものと思われる。先に述べたリコンビナントレクチンとmbn-2 cellを用いた解析から、Drosophila lectinが体液細胞による貪食等の細胞性免疫応答を促進している可能性が考えられる。

 また、E136において認められた感染防御能の低下が、Drosophila lectinと結合する細菌に選択的であるか知るために、Drosophila lectinとの結合が検出されない大腸菌R1F470を用いて同様の解析を行ったところ、W3110を用いた時と同様感染防御能が低下していることが示された。Drosophila lectin単独では結合しなくても他の因子が共存することにより結合している可能性が考えられる。

4,総括と展望

 本研究において私は、Drosophila lectinが大腸菌等の一部のグラム陰性細菌と結合すること、大腸菌を凝集し、免疫細胞へのassociationを促進することを示し、Drosophila lectinが病原体の認識に働く可能性を提示した。そして、この遺伝子を欠損したショウジョウバエ変異体を作製し、その個体を用いた解析から、このレクチンが大腸菌に対する感染防御に関与することを示唆した。本研究により、昆虫レクチンの感染防御への関与が初めて遺伝学的に示唆された。

 今後、更にこの変異体における感染防御応答の解析を進めることにより、Drosophila lectinがどのようなメカニズムで感染防御時に機能しているのかが明らかになると考えられる。また、このレクチンが結合する細菌表面の糖鎖の同定が今後の課題である。

審査要旨 要旨を表示する

 申請者は、センチニクバエで見いだされたガラクトースをハプテン糖とするレクチンのショウジョウバエにおけるホモローグの感染防御における役割について、生化学的並びに分子遺伝学的方法を用いて検証した。

 すでに、センチニクバエの体液中に、ガラクトースをハプテン糖とするレクチンが見いだされている。このレクチンは感染時に病原体の表面糖鎖を認識して免疫系の活性化に寄与していると考えられているが、遺伝学的な立証はされていなかった。申請者は、遺伝学的解析が可能なショウジョウバエにこのレクチンのホモローグが存在することに着目し、このレクチン遺伝子を欠損した変異体の作成とその表現系の解析を試みた。その結果申請者は、このレクチン(Drosophila lectin)がショウジョウバエの大腸菌による感染において機能していることを示す遺伝学的証拠を得た。また、申請者は、精製されたDrosophila lectinと細菌との相互作用についても生化学的解析をおこなった。

 まず最初に申請者は、このレクチン遺伝子の発現をRT-PCR法により解析した。その結果この遺伝子は、ショウジョウバエ三齢幼虫のクチクラ・筋肉、唾液腺、脂肪体、気管、成虫原基、脳、体液細胞と広汎な組織で発現していることが明らかとなった。また、申請者は、培養細胞であるSchneider-2 cellにトランスフェクションし、発現するリコンビナントレクチンが培養上清に検出され、分泌蛋白であることを示した。この結果から申請者は、このレクチンは病原体が体腔中に感染した時に、病原体に結合し機能する、という仮説を提唱した。

 生化学的解析を行うために申請者は、Schneider-2 cellを用いて、レクチンの発現ベクターをトランスフェクションすることにより、恒常的にリコンビナントレクチンを分泌するstable cell lineを樹立した。そして、その培養上清からリコンビナントレクチンを精製した。この精製蛋白は、そのN末端アミノ酸配列がnativeのレクチンと完全に一致し、また一部糖鎖修飾を受けていることが明らかとなった。更に申請者は、nativeのレクチンと同様の赤血球凝集活性を持ち、その活性がハプテン糖であるガラクトースにより選択的に阻害されることを示した。

 次に申請者は、Drosophila lectinが病原体感染時の異物認識に機能する可能性を考え、このレクチンに結合する細菌を検索した。その結果、大腸菌(K-12W3110、K-12 594)及び、ショウジョウバエに自然感染することが知られている植物の病原体であるErwiniachrysanthemiとの結合を検出した。グラム陽性菌も含め他の細菌との結合は検出されず、このレクチンは細菌に対して高い選択性を示すことが分かった。

 また、申請者は、このレクチンが大腸菌を凝集させる活性を示すことを明らかにした。この結果から申請者は、レクチンによる細菌の凝集が、感染防御に有利に働く可能性を提唱した。さらに申請者は、レクチンが細菌を凝集し、免疫細胞表面の細菌に対する受容体に結合する細菌の量を増加させている可能性を指摘している。

 ショウジョウバエを用いた遺伝学的解析として、申請者この遺伝子を欠損したショウジョウバエ変異体を作製し、その個体における感染防御を解析した。Drosophila lectin遺伝子欠損変異体の作製には、Drosophila lectin遺伝子の27kb下流にPエレメントが挿入されたライン、P{EP}EP(2)1173を用いた。Pエレメントが転移する際、元々挿入されていた位置近辺に高い確率で転移するlocal transpositionという現象を利用して、Drosophila lectin遺伝子の6.4kb下流にPエレメントが転移したラインを得た。次に、Pエレメントが転移する際、隣接するゲノム配列を巻き込んで挿入部位から脱落するimprecise excisionという現象を利用して、Drosophila lectin遺伝子を含むPエレメント挿入部位周辺約9.6kbが脱落したライン、E136を樹立した。

 申請者は、この変異体において、大腸菌W3110に対する感染防御能に影響があるか調べた。ショウジョウバエ幼虫に大腸菌を感染させた後の体内の菌数の変動が、変異体において影響を受けているか調べた結果、感染初期の大腸菌に対する感染防御能が低下していることが示された。また、この表現型はDrosophila lectin遺伝子の導入により回復したことから、Drosophila lectin遺伝子の欠損が原因であると考えられた。

 次に、この変異体において細菌感染後の抗菌ペプチド遺伝子の発現誘導に影響があるか調べた結果、発現量の減少は認められなかった。従って、Drosophila lectinは抗菌ペプチド遺伝子の発現誘導に関わるシグナル伝達経路は活性化しないことが示唆された。おそらく抗菌ペプチドとは異なるメカニズムで感染防御に寄与しているものと思われる。Drosophila lectinが体液細胞による貧食等の細胞性免疫応答を促進している可能性が考えられる。

 また、E136において認められた感染防御能の低下が、Drosophila lectinと結合する細菌に選択的であるか知るために、Drosophila lectinとの結合が検出されない大腸菌R1F470を用いて同様の解析を行ったところ、W3110を用いた時と同様感染防御能が低下していることが示された。Drosophila lectin単独では結合しなくても他の因子が共存することにより結合している可能性が考えられる。

 申請者の研究は、Drosophila lectinが大腸菌等の一部のグラム陰性細菌と結合して菌を凝集し、免疫細胞へのassociationを促進することを示し、Drosophila lectinが病原体の認識に働く可能性を提示した。そして、この遺伝子を欠損したショウジョウバエ変異体を作製し、その個体を用いた解析から、このレクチンが大腸菌に対する感染防御に関与することを示唆した。本研究により、昆虫レクチンの感染防御への関与が初めて遺伝学的に示唆された。

 本研究は、生物系薬学、生化学、分子生物学の各分野に対する貢献が大である。したがって、本審査委員会は、申請者が博士(薬学)の称号を授与されるにふさわしいと判定した。

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