学位論文要旨



No 118404
著者(漢字) 中西,民二
著者(英字)
著者(カナ) ナカニシ,タミジ
標題(和) 真核生物遺伝子翻訳終結因子GSPT/eRF3の機能と構造解析
標題(洋)
報告番号 118404
報告番号 甲18404
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1037号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 助教授 原田,繁春
 東京大学 講師 東,伸昭
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(1) 遺伝子翻訳終結とGSPT/eRF3

 タンパク質合成の最終段階は、ペプチジルtRNAのエステル結合加水分解と新生ポリペプチド鎖のリボソームからの解離からなる。この反応は解離因子(releasing factor: RF)と呼ばれる分子によって担われており、真核生物ではeRF1およびGSPT/eRF3の2分子が同定されている。eRF1は3種類すべてのストップコドンを認識し、リボソームによるペプチジルtRNAのペプチド結合加水分解を引き起こす。さらに、この加水分解は、eRF1がGTPaseであるGSPTと相互作用することでGTP依存的に進行することが知られている。

 近年GSPTが、mRNAの3'末端に位置するpoly-A RNAと相互作用するタンパク質、PABPと相互作用することが示された。PABPはmRNAの3'末端に位置するpoly-A RNAに結合することでmRNAの安定化に関与することが知られている。このことはGSPTが、翻訳終結反応に関与するとともにmRNAの安定性の制御にも関与していることを示唆する。しかし、GSPTのが有する立体構造およびPABPとの相互作用メカニズムについては不明の点が多く、またその機能発現メカニズムについて詳細も不明であった。そこで本研究では、主としてNMR法を用をもちいることでGSPTの立体構造およびPABPとの相互作用様式の解明を行った。

(2) GSPT-PABP相互作用解析

 GSPTは一次構造上、C末端領域には翻訳伸長因子であるeEF1Aと高度に類似したGTPaseドメイン(アミノ酸配列相同性>90%)を有しており、このCドメインを介してeRF1と相互作用する。一方で、N末端領域にはPABPと相互作用するNドメインが位置する。Nドメインは、既知のタンパクとは相同性が見られないことから新規フォールドを有すると考えられ、まず本研究ではNドメインの立体構造を解析することにした。

 GSPTは、これまでにヒトおよびマウスでGSPT1、GSPT2の2種類が存在することが知られている。そこでGSPT1およびGSPT2の大量発現系を構築し、得られたタンパク質を用いてNMRおよびCDによる解析を行った。その結果、GSPT1、GSPT2ともに、単独では一定の立体構造をとらないことが明らかとなった(図1参照)。さらにこれらアンフォールド状態にあるタンパクが、PABPとの相互作用活性を有することをSPR法により明らかにした。

 次に詳細なGSPTとPABPの相互作用様式をあきらにするため、それぞれの分子における相互作用領域の同定を行った。

 すでにyeast two-hybrid法によりGSPT結合領域として同定されていたPABPのC末端領域(アミノ酸番号371-636)と、その領域に含まれる構造ドメインPABC(アミノ酸番号541-623)からなるタンパクをそれぞれ調製し、GSPT Nドメインとの相互作用をSPR法により比較した。結果、それぞれの結合親和性は同程度であることが示され、GSPTはPABPに含まれるドメインPABCとのみ相互作用することが明らかとなった。

 また、GSPT側の結合部位は、GSPTにPABCを混合することで生じるGSPT側の化学シフト変化を指標として求めた。その結果、GSPTのアミノ酸番号64から94番の領域がPABCとの結合に関与していることが明らかとなった。また同時に、GSPTの一部のNMRシグナルのみが広幅化する現象も観測された。

 分子の特定の領域にのみ観測されるシグナルの広幅化は、化学交換現象の存在を示すものである。このことと、PABC結合領域(アミノ酸番号64から94の領域)に見られた配列パターン([AxxFxP])の重複から、GSPTにはPABC結合配列が2個含まれることが考えられた。そこで、重複した配列パターンのうち一方のみを含むフラグメントを調製しPABCとの相互作用を観測した。結果、調製した2個のフラグメントがそれぞれPABC結合活性を示した。つまり、GSPTには2個のPABC認識部位があると結論づけた(表1参照)。さらに、GSPT結合状態におけるPABCのNMRシグナルの線幅の解析から、1分子のGSPTに対し2分子のPABCが相互作用することを示した。

 次に、GSPT-PABC複合体における、PABC側の相互作用界面を同定するため、15N標識したPABCに対し非標識GSPTフラグメント(GSPT1(64-82)およびGSPT1(79-94))を添加し、1H-15N HSQCスペクトルで観測される化学シフト変化を調べた。結果、PABCのhelix1からhelix2のリンカー領域およびhelix3、5を中心に化学シフト変化が観測された。とくにhelix3と5からなる領域は、PABC分子表面上でくぼみが形成されており、この領域にGSPTが埋没する形で相互作用すると考えられた(図2参照)。

 同様にして15N標識したGSPT1(64-82)を用いることで、複合体中のGSPT分子を観測した。結果、単独では非常に限定された領域に分布していた主鎖アミドプロトンの化学シフトが、PABCとの複合体の形成に伴い、その分布が大きく広がった(図3参照)。これは、PABCと結合することで、単独ではアンフォールド状態にあったGSPTが高次構造形成を起こしたことを示すものである。そこで、さらに複合体状態のGSPT分子内NOEを観測し、複合体中のGSPTにベータターン構造が形成されていることがあきらかにした。

図1: GSPTのNドメインは、溶液中で一定の立体構造をとっていない。

(A)GSPT1 Nドメインの1H-15N HSQCスペクトル。アミドプロトンの化学シフトが非常に限定された領域に分布している。(B)Aと同一サンプルのCDスペクトル。2次構造の存在を示すスペクトルパターンは得られない。

表1.GSPTに含まれるPABC認識配列とPABCの親和性

PABC認識領域を含むフラグメントGSPT1(51-102)および、重複した配列パターン[AxxFxP]のうち一方のみを含むフラグメント(GSPT1(64-82)、GSPT1(79-94))とPABCの解離定数。重複した認識配列は、それぞれ独立にPABCと結合する。

図2. PABC分子上のGSPT結合部位

(A)GSPT1(64-82)結合にともなうPABCの主鎖アミドプロトンの化学シフト変化。Δδ=((ΔδHN)2+(ΔδN/5)2)1/2にしたがって求めた。(ΔδHN、ΔδNは、それぞれアミドプロトン、アミド窒素の化学シフト変化値に対応。)(B)GSPT1(79-94)結合にともなうPABCの化学シフト変化。(C)PABC分子表面にAで得られた結果をマッピングした図。図中で分子の右下に位置するPABC分子表面のくぼみに、GSPTが埋没する形で結合すると考えられる。色づけは、図中の分類に従った。

図3. GSPTは、PABC結合にともない高次構造形成をする。

15Nで均一に安定同位体標識したGSPT1(64-82)と非標識PABCとの複合体の1H-15N HSQCスペクトル(赤)とGSPT1(64-82)単独のスペクトル(黒)の重ね合わせ。シグナルに対応するアミノ酸残基をラベルした。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、4章からなる。第1章は序章である。第2章では、真核生物遺伝子翻訳終結因子GSPT/eRF3の溶液中での立体構造およびPABP(poly-A RNA結合タンパク質)との相互作用の解析について述べられている。第3章では、高分子量タンパク質複合体の相互作用界面を同定する方法の開発について述べられている。第4章は終章である。 GSPT/eRF3は、真核生物の遺伝子翻訳終結反応において中心的役割を果たすタンパクであり、同じく翻訳終結因子であるeRF1と相互作用することで、リボソームからの新生ポリペプチド鎖の解離反応を引き起こす。GSPTは、同時にPABPとも相互作用することが知られている。PABPはmRNAの3'末端に位置するpoly-A RNAと相互作用することでmRNAの安定化に関与する。このことは、GSPTが翻訳終結と同時にmRNAの制御にも関与していることを示唆するものである。しかし、GSPTの機能発現メカニズムについては、明らかにされていない点が多い。

 本論文第1章(序章)に続く第2章では、まずNMR法を用いたGSPTタンパク質N末端ドメインの立体構造解析について述べている。CDおよびNMRスペクトルの解析から、GSPTのNドメインは溶液中では一定の立体構造をとらないことが示された。さらに、この構造がPABPとの複合体の形成に伴っても、その立体構造におおきな変化が生じないことを明らかにした。

 論文提出者はさらに、GSPTおよびPABPにおける相互作用領域の同定をおこなった。PABPにおける相互作用領域は、C末端側に位置する約80アミノ酸残基から構成される構造ドメインPABCに対応し、GSPTにおける相互作用領域はN末端側の30アミノ酸残基からなる一次配列であることが明らかになった。GSPTにおける相互作用領域は、すでに同定されていたPABC結合タンパク質にみられるPABC認識配列よりも、より広範囲に及んでいることが明らかとなった。また、同定された領域に着目し、他の生物種のホモログとの配列比較から、この領域には重複した配列のパターンが含まれていることが認められ、それぞれの配列のみのフラグメントがPABCと相互作用することを示した。さらに、NMR解析により1分子のGSPTに対し2分子のPABCが相互作用することが明らかとなった。この研究は、初めてGSPTとPABPの相互作用メカニズムを明らかにした点で、意味深い。

 次に、GSPTとPABCの複合体のNMR解析を行っている。まず、GSPTに含まれる2個のPABC認識配列が、それぞれPABC分子上の同一の面を介して相互作用することが示されている。さらに、結合状態のGSPTフラグメントを選択的に観測することで、非結合状態でアンフォールド状態にあったGSPTが結合状態でβターン構造を形成していることが明らかとなった。

 以上の研究結果をふまえた上で、GSPTとPABPが相互作用するメカニズムがmRNA分解のサイクルと関係しているとの考察を行っている。また、GSPTのNドメインのアンフォールド状態に着目し、mRNA上でのGSPTおよびPABPの位置関係との関連についても指摘している。

 第3章では、高分子量タンパク質複合体の分子間界面を同定する新規NMR測定法の開発を行っている。これは、論文提出者がすでに開発を行った交差飽和法をより高分子量の分子へと適用できるように改良を行った研究である。従来の方法では、複合体状態にある分子を直接観測するため、観測可能な分子量に限界があった。

 方法の開発にあたり、複合体の分子量が164kDaを超えるプロテインAのBドメイン(FB)とマウスIgG1からなるFB-IgG複合体を取り上げている。まず、観測側の分子を2Hと15Nで均一に安定同位体標識をおこない、さらに非標識のIgGと混合しサンプルを調製している。このとき、2分子間の相互作用が弱いことから、過剰量のFBを添加することで選択的に非結合状態にあるFB分子のみを観測できるような条件を見いだしている。この条件のもと交差飽和実験を行い、非結合状態のFB分子において交差飽和の影響が保持されていることを示している。またこのとき得られた結合界面は、すでに明らかとなっている結合界面と一致することからこの方法の妥当性を示している。これまで、分子量が100kDaを超えるような分子複合体の結合界面を原子レベルで同定された報告の例はない。したがって、この結果およびこの方法が汎用性に富む原理に基づくことは、特筆すべき成果である。

 以上の研究は、すべて論文提出者が主体となって行ったものである。これらの研究成果は、遺伝子翻訳終結メカニズムの解析、またタンパク質相互作用解析において有益な知見を与え、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認められる。

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