学位論文要旨



No 118412
著者(漢字) 山口,真司
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,シンジ
標題(和) 電位依存性L型Ca2+チャネルのCa2+チャネルモジュレーターによる修飾機構の解明
標題(洋)
報告番号 118412
報告番号 甲18412
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1045号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 漆谷,徹郎
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 桐野,豊
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 松木,則夫
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

 電位依存性L型Ca2+チャネルは筋・神経細胞など興奮性細胞に存在し、興奮収縮連関を始め生体内において重要な役割を担っている。この電位依存性Ca2+チャネルは少なくとも4つのサブユニット、つまり、α1、α2/δ及びβサブユニットから構成されており、α1サブユニットがイオンの透過路である孔(ポア)を形成している(Fig.1)。このCa2+チャネルは電位に依存して開閉状態を遷移するが、その開閉の分子メカニズム(ゲーティング)は未解明である。抗高血圧薬等として臨床上頻用されるCa2+拮抗薬(アンタゴニスト)はこのα1サブユニットに結合し、そのゲーティングを修飾して不活性化状態へ遷移させることで作用を発現する。修飾メカニズムの解明は、Ca2+チャネルのゲーティング制御機構の解明につながる。私は以前、新規DHP作用部位としてSer1115を同定した。Ser1115はこれまでに決定された結合・作用部位とは異なる、ポア部位という特徴的な領域に位置していた。そこで本研究では、このSer1115の位置するリンカー部分に焦点をあて、Ca2+チャネルモジュレーターによるCa2+チャネル機能修飾における役割を明らかにすることを目的とした。

【方法・結果】

1.DHP系薬物によるCa2+チャネルの修飾作用

 DHPにはアンタゴニストの他に、電流増強作用を示すアゴニストも存在する。そこで、Ser1115を欠く変異Ca2+チャネルS1115AがCa2+チャネルアゴニストの作用も減弱しているかどうかをまず確認した。野生型Ca2+チャネル(rbCII)及びその点変異Ca2+チャネルをβ1a及びα2/δサブユニットを安定発現しているBHK6細胞に一過性に発現させ、whole-cell patch clamp法で解析した。S1115AはDHPアゴニスト、S-(-)-Bay k 8644及び非DHPアゴニスト、FPL-64176の増強作用がほとんどみられなかった(Fig.2)。Ca2+アゴニストはCa2+チャネルの平均開口時間を延長し、開口確率を増加させることで電流増強作用を示す。そこで、Ca2+アゴニストによるCa2+チャネルのゲーティングの修飾にSer1115がどのような役割を担っているのかを明らかにする目的で、S1115Aにおけるアゴニスト作用の欠如をsingle channel解析法で解析した。rbCIIはCa2+アゴニストにより開口確率、平均開口時間共に大きく増強されたが、S1115Aはほとんど増強されなかった(Fig.3)。

 Ser1115のわずか3残基下流にはCa2+選択性フィルターであるGlu1118が存在する。Ca2+アゴニストによる開口状態の安定化を考えた場合、イオン透過路のごく近傍を修飾することは合理的である。そこでこのSer1115周辺の領域にCa2+アゴニストとの結合の際Ser1115以外にも協調的に働くアミノ酸残基があると考え、アラニン置換スキャニングを行った。Ser1115よりさらに3残基上流に位置するPhe1112をAlaに置換したF1112Aは、verapamil、diltiazemのCa2+チャネル電流抑制作用がrbCIIと変わらなかったが、nitrendipineの作用が有意に減弱しており、さらにCa2+アゴニストの作用がほとんど見られなかった(Fig.2)。つまり、Phe1112もまた、Ser1115と同様にDHP類、特にCa2+アゴニストの作用発現に重要な役割を果たしている事を見出した。

 薬物の作用発現において、結合することが見かけ上の作用と一致するとは限らない。そこで、DHP作用部位と同定したPhe1112及びSer1115が結合部位かどうか判断するために、DHPアンタゴニスト、[3H]PN200-110を用いた結合実験を行った。rbCIIとのKd値の比較から、F1112A、S1115Aはそれぞれ6倍、165倍の結合親和性の低下を示した(Table.1)。一方で、nitrendipineの濃度作用曲線におけるIC50値の比較から、F1112A、S1115Aにおける作用の強度低下は約5倍、39倍であり(Fig.4)、これらの変異Ca2+チャネルにおけるDHPアンタゴニストの作用の減弱は、結合親和性の低下を反映したものであった。

 DHPアゴニストにおいてもDHPアンタゴニスト同様に結合親和性が低下していることが予想されるが、Ca2+電流増強作用がほとんどなかったことから、結合親和性の低下のみでは説明できない可能性がある。そこで、二重変異Ca2+チャネル(F1112A/S1115A)を作製し、Ca2+アゴニストの作用を検討した。もしF1112A及びS1115Aでは単純にCa2+アゴニストの親和性が低下しただけと仮定すると、F1112A/S1115Aにおいて、Ca2+アゴニストはごく弱い増強作用を示すか、まったく作用がないはずである。F1112A/S1115Aにおいて、予想に反し、S-(-)-Bay k 8644及びFPL-64176によりDHPアンタゴニストと同様のCa2+チャネル電流遮断作用が見られた(Fig.2)。single channelレベルでもCa2+アゴニストのCa2+チャネル電流増強作用は完全に消失していたため、開口状態の安定化が全く発現出来ていない、といえる。また、同一の構造式を持ち、立体異性体の関係にあるアゴニスト(S-(-)-Bay k 8644)・アンタゴニスト(R-(+)-Bay k 8644)の作用を比較すると、F1112A/S1115Aにおいて両者は共に同程度のCa2+電流遮断作用を示した(Fig.5)。つまり、F1112A/S1115Aはアゴニスト・アンタゴニストの区別がつかなくなったといえる。また、DHPアゴニストによりアンタゴニスト様作用がみられていることから、DHPアゴニストの結合親和性は、DHPアンタゴニストと同程度保持されていることが予想された。以上の結果から、両アミノ酸はDHP類の結合親和性を定める部位であると同時に、Ca2+アゴニストによる電流増強作用に必須の部位であると結論付けた。

2.Ca2+チャネルアゴニストの作用点に関する検討

 Ca2+アゴニストは、Ca2+チャネル電流の電流電圧曲線を負電荷側へシフトさせることから、Ca2+チャネルの電位感受性を変化させている可能性がある。Ca2+チャネルにおける電位の感知は、電位センサーであるS4が担う。そこで、S4の動きに由来するgating chargeに対するCa2+アゴニストの作用を測定することで、Ca2+アゴニストがS4の動きを修飾しているか、ひいてはCa2+チャネルの電位感受性を変化させているかどうかを検討した。Ca2+チャネルの開口ステップに関わるgating chargeのon成分は、FPL-64176の有無で全く変化がなく、大きさ、減衰速度ともに完全に一致した。即ち、Ca2+アゴニストはCa2+チャネルの電位感受性を変化させないことが示された。

 また、受容体結合実験の報告で、選択性フィルターへのCa2+の結合がDHPの結合に必要である可能性が示唆されてきた。そこで、選択性フィルターがCa2+アゴニストの作用点かどうかを、透過イオンを変化させることで間接的に検討した。透過イオンをBa2+及びNa+にした場合でも、rbCIIはFPL-64176によって大きく同程度に増強され、S1115Aは全く増強されなかった。よって、Ca2+アゴニストの作用は透過イオンには依存せず、また、変異による親和性の変化も透過イオンには依存しなかった。

 以上のことから、Ca2+アゴニストは電位センサーや選択性フィルターに対する作用はなく、あくまで開口確率増強・時間延長作用によってCa2+電流増強作用を奏功すると結論づけた。

3.DHP結合モデルに向けて

 Ca2+アゴニストの作用発現に対し、Phe1112及びSer1115の何が重要かを明らかにするため、Ser1115をAsp、Thr、Valに、Phe1112をTyrに置換してCa2+アゴニストの作用を検討した。Ser同様、水酸基を持つS1115Tのみわずかではあるが有意にS-(-)-Bay k 8644による増強作用が見られた(Fig.6)。つまりSer1115のなかでも、極性や物理的な大きさではなく水酸基が、Ca2+チャネルアゴニストの作用発現に必須である事が明らかになった。一方F1112Yは、S-(-)-Bay k 8644とR-(+)-Bay k 8644の作用が共にrbCIIと同等に保存されていたが、FPL-64176の作用はF1112Aと同等まで減弱していた(Fig.6)。この結果から、FPL-64176とBay k 8644の作用の違いは、その構造に基づくものと想定された。さらに、これまでの結果から推定されるDHP結合モデルを提唱した(Fig.7)。

【まとめ】

 私は、L型Ca2+チャネルのポアを構成すると推定されているIIIS5-S6リンカーに位置する二つのアミノ酸、Phe1112及びSer1115がDHP類の作用・結合部位であり、かつCa2+アゴニストの作用発現に必須の部位であることを初めて明らかにした。Ca2+アゴニストは、ポアのごく近傍を修飾することでポアの開口状態を安定化し電流増強作用を示すという新たなモデルを提示した。このことは、Ca2+チャネルの開口状態、ひいては開閉メカニズムと薬物によるその修飾機構の解明に新たな知見を与えるものである。

Fig.1(A,B)Schematic drawing of L-typeCa2+ channel α1 subunits.

Fig.2(A,B)Insensitiveness of Ca2+channel currents through F1112A, S1115A,and F1112A/S1115A to S-(-)-Bay k 8644.

Fig.3 Insensitiveness of unitary Ca2+ channelcurrents through S1115A to S-(-)-Bay k 8644.

A. Schematic single channel traces. B. Meanopen time distribution.

Table.1 Effects of alanine mutations on the binding of [3H] PN200-110.

Fig.4 Concentration response curvefor nitrendipine.

Fig.5

A. Typical current traces elicited by test pulses from holding potential of -50mV. B. Ca2+ channel currents through FS-AA were not enhanced but inhibited by Ca2+ agonistas a Ca2+ antagonist. *p<0.05 vs. rbCII.

Fig.6 Effects of S-(-)-Bay k 8644(1μM, A, C), FPL-64176 (1μM, B),and R-(+)-Bay k 8644(1μM, D) on mutant Ca2+ channels. *p<0.05

Fig.7 Possible orientation of DHPagonist, S-(-)-Bay k 8644 in L-typeCa2+ channel α1C subunit.

A. Top viewof DHP binding pocket. B. Side view ofDHP binding pocket.

Lipkind GM and Fozzard HA,BIOCHEMISTRY vol. 40, p6786-6794,2001 より改変

審査要旨 要旨を表示する

 電位依存性L型Ca2+チャネルは筋・神経細胞など興奮性細胞に存在し、興奮収縮連関を始め生体内において重要な役割を担っている。このCa2+チャネルは電位に依存して開閉状態を遷移するが、その開閉の分子メカニズム(ゲーティング)は未解明である。近年、Ca2+チャネルの進化上の祖先といわれ、よく似た構造をとるK+チャネル(KcsA)のポア部分の結晶構造解析がなされ、イオン透過の概念が得られた。おおまかな構造についてはCa2+チャネルにあてはめることができるが、Ca2+チャネルのイオン選択フィルターの相違や電位依存性などはKcsAチャネルとは異なるため、Ca2+チャネルの構造の対比には限界がある。Ca2+チャネルは臨床上重要なターゲットであり、抗高血圧薬・抗不整脈薬として頻用されるCa2+拮抗薬(アンタゴニスト)、そしてその誘導体であるCa2+チャネルアゴニストは、そのゲーティングを修飾することで作用を発現すると考えられている。薬物によるゲーティング修飾メカニズムの解明は、Ca2+チャネルのゲーティング制御機構の解明につながることが期待される。

 山口真司の研究は、dihydropyridine(DHP)系薬物によるL型Ca2+チャネル修飾機構の解明を通じ、Ca2+チャネルのゲーティング制御機構を明らかにすることを目的としている。新規DHP結合・作用部位の同定を試み、また、Ca2+チャネルアゴニストの作用と結びつけることで、Ca2+チャネルのゲーティングに対する関与を検討したものである。

1.新規DHP結合・作用部位の同定

 山口はまず、α1サブユニットIIIS5-S6リンカーに位置するSer1115がDHPアンタゴニストの作用発現に重要な役割を担う事をwhole-cell patch-clamp法を用いて明らかにした。さらに、このSer1115周辺のIIIS5-S6リンカー領域においてアラニン置換スキャニングを行うことで、Ser1115の3残基隣に位置するPhe1112もまた、DHPアンタゴニストの作用部位であると同定した。Phe1112及びSer1115は、Ca2+チャネルにおいて非常に保存度が高く、非L型Ca2+チャネルにおいても保存されていた。次に、[3H](+)PN200-110を用いた結合実験と、電気生理学的実験における点変異Ca2+チャネル(F1112A、S1115A)のDHPアンタゴニストの電流抑制作用の減弱は、その結合親和性の低下を反映したものであることを明らかにした。DHPの結合には、比較的Ser1115の寄与が大きかった。一方、Ca2+チャネルアゴニスト、FPL-64176の作用を、whole-cell patch-clamp法及びsinglechannel recording法を用いて確認したところ、F1112A、S1115Aともに、電流増強作用はほとんどみられなかった。特に、Ca2+チャネルアゴニストによる平均開口時間延長作用がほとんどみられなかった。

2.Ca2+チャネルアゴニストによる修飾メカニズムの検討

 もし、F1112A及びS1115Aにおけるアゴニストの作用低下が結合親和性にのみ依存している、と仮定すると二重変異Ca2+チャネル、F1112A/S1115Aにおいて、アゴニストはごく弱い増強作用を示すか、まったく作用がないはずである。この仮定に基づいて山口は,二重変異Ca2+チャネル、F1112A/S1115Aにおけるアゴニスト作用を測定した。Ca2+チャネルアゴニストによる電流増強作用は完全に消失し、逆に電流抑制作用が見られた。single channel recording法による測定においても、平均開口時間延長作用は全く確認されなかった。このことから、F1112A及びS1115AにおけるCa2+チャネルアゴニストの作用減弱はアンタゴニストの場合とは異なり、結合親和性の低下にのみ基づくわけではなく、その開口状態安定化作用を発現しづらいことに起因することを明らかにした。即ち、Ca2+チャネルアゴニストにとって、Ca2+チャネルの開口状態の安定化の実現は、IIIS5-S6リンカー、つまり、ポア部分との相互作用に基づくことを意味する。また、これら二つのアミノ酸における点変異実験から、Ser1115のなかでもその水酸基が、Phe1112においてはその芳香環が、Ca2+チャネルアゴニストの作用発現に重要な役割を果たすことを明らかにした。最後に、これまで同定されたDHP結合部位及びその結合モデルに基づき、新たなDHP結合モデルを提唱した。

 以上のように山口は、L型Ca2+チャネルのポアを構成するIIIS5-S6リンカーに位置する二つのアミノ酸、Phe1112及びSer1115がDHP類による結合・作用部位であること、及び、Ca2+チャネルアゴニストの作用発現に必須の部位であることを初めて明らかにした。さらにCa2+チャネルアゴニストは、ポアのごく近傍を修飾することでポアの開口状態を安定化しうる、という新たなモデルを提示した。

 本研究は、Ca2+チャネルの開口状態、ひいては開閉メカニズムの解明に新たな知見を与えるものであり、Ca2+チャネルのゲーティング制御機構の解明につながる。さらには次世代のL型あるいはその他のサブタイプ特異的なCa2+チャネルモジュレーターの開発につながるものと考えられる。故に、チャネルの構造生物学の進展に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を受けるに値すると判断した。

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