学位論文要旨



No 118413
著者(漢字) 六代,範
著者(英字)
著者(カナ) ロクダイ,ススム
標題(和) 抗癌剤に誘導されるAktの脱リン酸化を介したTRADDの発現機構
標題(洋)
報告番号 118413
報告番号 甲18413
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1046号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鶴尾,隆
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 助教授 内藤,幹彦
 東京大学 講師 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

 アポトーシスは核の凝集、断片化とそれに伴う細胞の縮小を特徴とする死の形態であり、この異常は生体の恒常性の破壊につながり、様々な疾病が誘発される。アポトーシスは細胞内シグナルにより誘導され、カスパーゼの活性化を伴い細胞内基質の切断を介して細胞を死に至らしめる。抗癌剤により誘導されるアポトーシスについて考えた際、抗癌剤は細胞の生と死のバランスを崩し、生存シグナルを不活性化することにより抗腫瘍効果を発揮する可能性が考えられる。そこで私は生存シグナルであるAkt経路に着目し検討を行った。AktはIGF-Iなどの成長因子により活性化されるセリン・スレオニンキナーゼであり、細胞の生存に関与する分子である。実際にAktは細胞質内においてBadやCaspase-9等のリン酸化を介して、様々なアポトーシス誘導刺激に対して抑制的に働くことが報告されている。また、同時に活性化されたAktは核内に移行してForkhead転写因子をリン酸化し核外へ移行させ、その転写活性を減弱させる事でもアポトーシスシグナルに拮抗することが報告されている。本研究において私は、Akt活性と抗癌剤耐性との相関関係について検討し、Akt-FKHRを介したTRADD発現上昇機構が抗癌剤の誘導するアポトーシスに寄与する可能性を見出したので以下に報告する。

1.抗癌剤耐性とAkt活性との相関

 ヒト肺癌細胞A549において数種類の抗癌剤処理により、カスパーゼの活性化を伴ってアポトーシスが誘導される。その際に生存因子であるAktのリン酸化が抑制され、Aktのキナーゼ活性が減少することを明らかにした(Fig.1A and B)。さらに同細胞において、カンプトテシン(CPT)の用量依存的にカスパーゼの活性化が認められたが、Aktの活性は用量依存的に減少していた。これらの結果より抗癌剤に誘導されるアポトーシスと、Aktのリン酸化及び活性の間に負の相関関係があることが示唆された。またカスパーゼの阻害剤Z-Aspを用いた検討により、Aktの活性減少はカスパーゼ活性化以前の現象であることが明らかとなった。さらにAktの活性減少が抗癌剤により誘導されるアポトーシスに関与することを検討するために、活性化体のAkt(Myr-Akt)をHT1080細胞に遺伝子導入し過剰発現させたところ、エトポシド(VP-16)に対して耐性を示すことが認められた(Fig.1C)。またPI3Kの特異的阻害剤LY294002(LY)によりPI3K-Akt経路を抑制することで抗癌剤によるアポトーシス効果が高まった。これらの結果より、抗癌剤により誘導されるAktの活性減少がHT1080細胞のVP-16感受性に深く関与することが明らかとなった。

2.PI3K-Akt経路の抑制によるTRADDの発現上昇

 Aktの活性減少によるアポトーシスの促進機構を検討するために、PI3Kの特異的阻害剤LY294002(LY)によりAkt経路を抑制した際の遺伝子発現量変化を。DNAマイクロアレイ法を用いて既知の4009遺伝子について解析を行った。その結果、PI3K-Akt経路の抑制に伴いTRADD(TNFR I associated death domain)遺伝子の発現が上昇することを見いだした。マイクロアレイのデータを確認するためにA549細胞およびHT1080細胞にLY処理を行った後、RT-PCR法にてTRADD mRNAの発現変化を検討した結果、TRADDの発現上昇が確認された(Fig.2A)。AktはPI3Kの主要な下流分子であると考えられていることから、AktがTRADD発現に関与する可能性についてWT-及びDN-Aktの遺伝子導入により検討したところ、WT-AktによってはTRADDの発現量に変化は見られなかったが、DN-Aktの遺伝子を導入したHT1080細胞においてmRNA及びタンパクのレベルでTRADDの発現上昇が認められた(Fig.2B)。

 Aktはその下流のForkhead転写因子FKHRをリン酸化することによって核外に移行させることで負に制御している。FKHRはAktの活性減少に伴い核内に移行し転写活性化することから、TRADD発現にFKHRが関与している可能性を考えその挙動を検討した。その結果、HT1080細胞にLY、VP処理を施すとAktのリン酸化体が減少するが、同様にFKHRのリン酸化体も減少し逆に転写活性は上昇していることが示唆された(Fig.2C)。FKHRを同細胞に遺伝子導入したところ、WT-FKHRによりmRNA及びタンパクのレベルでTRADDの発現上昇が認められた。しかしDNA結合能を欠いたミュータントH215R-FKHRによってはTRADDの発現上昇は認められなかった(Fig.2D)。これらの結果よりAktの活性減少に伴うFKHRの転写活性化によりTRADDの発現上昇が起こることが明らかになった。

3.FKHRによるTRADD発現の制御

 FKHRがTRADD遺伝子を直接転写促進することで発現上昇に関与する可能性を検討するため、TRADDのプロモーター上におけるFHRE(Forkhead transcription factor-responsive element)配列を検索した。その結果、TRADDのIntron 1部位にFHRE配列と非常に高いホモロジーを有する箇所が一カ所以上存在することが確認された(Fig.3A)。FKHRがTRADDプロモーター上のFHRE配列と結合することを確認するために、このFHRE配列を含むDouble stranded oligonucleotidesを作製し、EMSA assayを行った。WT-FKHRを過剰発現させたHT1080細胞の核抽出タンパクを用いて、FHRE配列と共にインキュベートした結果、FKHR-Oligonucleotides複合体の存在が認められた。しかしDNA結合能を欠いたミュータントH215R-FKHRを導入した核抽出タンパクにおいてはこの複合体は確認されなかった(Fig.3B)。さらにTRADDの発現上昇におけるFKHRの関与を検討するために、TRADD遺伝子のFHRE配列をLuciferase遺伝子上流に1つ、または2つ組み込んだレポータープラスミド(x1、x2)を用いて転写活性を測定したところ、WT-およびAAA(active)-FKHRとともに293T細胞に導入することでルシフェラーゼ活性の上昇が認められた(Fig.3C)。VP-16はAktの活性を抑制しFKHRを活性化することから、VP-16によるFKHRを介したTRADD遺伝子発現への影響を検討した。レポータープラスミド(x2)をHT1080細胞に導入後、VP-16処理したところ内在性のFKHRによりルシフェラーゼ活性の上昇が認められた(Fig.3D)。これらの結果よりTRADD遺伝子の発現はAkt-FKHRにより制御されており、FKHRがTRADD遺伝子のプロモーター部位に存在するFHRE配列に結合し転写誘導することで、TRADDの発現上昇が起こることが明らかとなった。

4.TRADDの発現上昇に伴う抗癌剤感受性の上昇

 TRADDは腫瘍壊死因子TNF経路に関与する分子であり、TNF receptorとCaspase-8によるDISC複合体の形成においてアダプターとして働く分子である。これまでにTRADDは、IRやUV照射時に誘導されるアポトーシス進行時に発現が上昇することが知られており、またその過剰発現によりアポトーシスを誘導することが報告されている。これらの遺伝子導入体にVP-16処理を行うとWT-、Δ306-TRADDはさらにアポトーシスの進行が認められるのに対し、Δ301-、Δ296-TRADDはVP-16に対して耐性を獲得することが認められた(Fig.4A and B)。これはΔ301-、Δ296-TRADDはDeath domainが不完全であるためにDISC複合体を形成することが出来ずVP-16に対して耐性を示すようになったと考えられる。これらの結果より、抗癌剤によるAkt経路の抑制に伴ってTRADD遺伝子の発現が上昇することが、アポトーシスの進行に寄与していることが示唆された。

まとめ

 本研究において私は、Aktの活性と薬剤感受性との間に負の相関関係があることを明らかにした。またAktの活性減少は、細胞が抗癌剤に対して感受性を示す際に見いだされることから、Aktの活性は抗癌剤と細胞の組み合わせによる抗腫瘍効果を検討する上で、一つの指標となる可能性を示唆するものである。さらにAktの活性減少により下流のForkhead転写因子FKHRが転写活性化を起こし、TRADDの発現上昇を促進するというTRADDの発現機構を明らかにし、抗癌剤により誘導されるTRADDの発現上昇がアポトーシス進行に深く関与していることを明らかにした。

参考文献

Rokudai,S.,Fujita,N.,Kitahara,O.,Nakamura,Y.,and Tsuruo,T.Involvement of FKHR-Dependent TRADD Expression in Chemotherapeutic Drug-Induced Apoptosis Mol. Cell Biol.22, 8695-8708, 2002.

Fig.1 抗癌剤耐性とAkt活性の相関

Fig.2 LY及びFKHRによるTRADDの発現上昇

Fig.3 TRADDのFHRE配列と転写活性

Fig.4 Mutant TRADDによるVP-16耐性化

Fig.5 Akt-FKHRを介したTRADDの発現とアポトーシスヘの寄与

審査要旨 要旨を表示する

 アポトーシスは核の凝集、断片化とそれに伴う細胞の縮小を特徴とする死の形態であり、この異常は生体の恒常性の破壊につながり、様々な疾病が誘発される。抗癌剤により誘導されるアポトーシスについて考えた際、抗癌剤は細胞の生と死のバランスを崩し、生存シグナルを不活性化することにより抗腫瘍効果を発揮する可能性が考えられる。そこで生存シグナルであるAkt経路に着目して検討を行った。AktはIGF-Iなどの成長因子により活性化されるセリン・スレオニンキナーゼであり、細胞の生存に関与する分子である。実際にAktは細胞質内においてBadやCaspase-9等のリン酸化を介して様々なアポトーシス誘導刺激に対して抑制的に働くことが報告されている。また、同時に活性化されたAktは核内に移行してForkhead転写因子をリン酸化し核外へ移行させ、その転写活性を減弱させることでもアポトーシスシグナルに拮抗することが報告されている。本研究では、Akt活性と抗癌剤耐性との相関関係について検討し、Akt-FKHRを介したTRADD発現機構、およびTRADD発現上昇が抗癌剤の誘導するアポトーシスに関与する可能性について検討した。

1.抗癌剤耐性とAkt活性との相関

 ヒト肺癌細胞A549において数種類の抗癌剤処理により、カスパーゼの活性化を伴ってアポトーシスが誘導される。その際に生存因子であるAktのリン酸化が抑制され、Aktのキナーゼ活性が減少することを明らかにした。さらに同細胞において、カンプトテシン(CPT)の用量依存的にカスパーゼの活性化が認められたが、Aktの活性は用量依存的に減少していた。これらの結果より抗癌剤に誘導されるアポトーシスと、Aktのリン酸化及び活性の間に負の相関関係があることが示唆された。Aktの活性減少が抗癌剤により誘導されるアポトーシスに関与することを検討するために、活性化型Myr-AktをHT1080細胞に遺伝子導入し過剰発現させたところ、エトポシド(VP-16)に対して耐性を示すことが認められた。これらの結果より、抗癌剤によるアポトーシスの誘導にはPI3K-Aktによる生存シグナルの伝達経路の抑制が関与することが明らかになった。

2.PI3K-Akt経路の抑制によるTRADDの発現上昇

 Aktの活性減少によるアポトーシスの促進機構を検討するために、PI3Kの特異的阻害剤LY294002(LY)によりAkt経路を抑制した際の遺伝子発現量変化をcDNAマイクロアレイ法を用いて既知の4009遺伝子について解析を行った。その結果、PI3K-Akt経路の抑制に伴いTRADD(TNFR I associated death domain)遺伝子の発現が上昇することを見いだした。マイクロアレイのデータを確認するためにA549細胞およびHT1080細胞にLY処理を行った後、RTPCR法にてTRADD mRNAの発現変化を検討した結果、発現上昇が確認された。Akt下流の転写因子であるForkhead転写因子FKHRはAktの不活性化に伴い活性化することから、TRADD発現にFKHRが関与している可能性を考え、遺伝子導入による検討を行った。その結果、WTFKHRによりmRNA及びタンパクのレベルでTRADDの発現上昇が認められた。一方でDNA結合能を欠いたミュータントH215R-FKHRによってはTRADDの上昇が認められなかった。これらの結果よりTRADDの発現機構においてはAktにより負の制御を受けるFKHRが関与することが明らかになった。

3.FKHRによるTRADD発現の制御

 FKHRがTRADD遺伝子を直接転写することで発現上昇に関与する可能性を検討するため、TRADDのプロモーター上におけるFHRE(Forkhead transcription factor-responsiveelement)配列を検索した。その結果、FHRE配列と高いホモロジーを有する部位がTRADDのIntron 1上に一カ所以上存在することが確認された。EMSA法により、TRADDのFHRE配列はWT-FKHRを過剰発現させたHT1080細胞の核抽出物とFKHR-DNA複合体を形成することが確認された。さらにTRADDの発現上昇におけるFKHRの関与を検討するために、TRADD遺伝子のFHRE配列をLuciferase遺伝子上流に組み込んだレポータープラスミド(x2)を用いて転写活性を測定したところ、WT-およびAAA(active)-FKHRとともに293T細胞に導入することでルシフェラーゼ活性の上昇が認められた。VP-16はAktの活性を抑制しFKHRを活性化することから、VP-16によるFKHRを介したTRADD遺伝子発現への影響を検討した。レポータープラスミド(x2)をHT1080細胞に導入後、VP-16処理したところ、ルシフェラーゼ活性の上昇が認められた。これらの結果よりTRADD遺伝子の発現はAkt-FKHRにより制御されており、FKHRがTRADD遺伝子のプロモーター部位に存在するFHRE配列に結合し転写誘導することで、TRADDの発現上昇が起こることが明らかとなった。

4.TRADDの発現上昇に伴う抗癌剤感受性の上昇

 TRADDは腫瘍壊死因子TNF経路に関与する分子であり、TNF receptorとCaspase-8とのDISC複合体形成においてアダプターとして働く分子である。これまでにTRADDは過剰発現によりアポトーシスを誘導することが報告されている。Deathドメインを欠いたミュータントTRADDを遺伝子導入し過剰発現させたHT1080細胞はエトポシド耐性を獲得することが認められた。これらの結果より、抗癌剤によるAkt経路の抑制に伴ってTRADD遺伝子の発現が上昇することが、アポトーシスの進行に寄与していることが明らかになった。

 以上、本研究では、Aktの活性減少と薬剤感受性との相関関係を明らかにし、Aktの活性が抗癌剤の感受性を検討する上で一つの指標となる可能性を示した。さらにAkt-FKHRを介したTRADDの発現機構を解明し、TRADDの発現上昇が抗癌剤によるアポトーシスに寄与することを明らかにした。これらの成果は生命薬学における新たな興味深い知見であり、博士(薬学)の学位に値するものと判断した。

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