学位論文要旨



No 118438
著者(漢字) 山元,進司
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,シンジ
標題(和) アフリカツメガエルのオーガナイザー特異的転写因子による頭部誘導因子 cerberus 遺伝子の発現制御機構
標題(洋) Regulation of the head-inducing factor gene cerberus by organizer-specific transcription factors in Xenopus
報告番号 118438
報告番号 甲18438
学位授与日 2003.04.07
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4396号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 平良,眞規
 東京大学 助教授 三谷,啓志
 東京大学 助教授 藤原,晴彦
 東京大学 教授 武田,洋幸
 東京大学 教授 多羽田,哲也
内容要旨 要旨を表示する

シュペーマンとマンゴールドによる両生類胚の原口背唇部の移植実験により発見されたオーガナイザーは、それ自身は脊索等の体軸中央の構造になるが、その周囲の組織に神経管、体節等を誘導し、完全な体軸形成を行う能力をもつ。したがってオーガナイザー形成の分子機構、およびその機能を担う分子の実体の解明は、脊椎動物の初期発生を理解するうえで重要な問題である。近年、特にアフリカツメガエル(Xenopus laevis)を用いた研究により、オーガナイザー形成に関わる転写因子や、その機能を担うシグナル分子が多数同定されその概要が明らかになりつつある。しかし、これらの因子がどのように相互作用することでオーガナイザー形成から誘導現象へ至るのかについての分子カスケードに関しては未だ十分には明らかにされていない。オーガナイザー特異的転写因子のうち Xlim-1はLIMホメオドメイン・タンパク質に属し、転写活性化因子であることが示されている。これまで、Xenopus や、マウスを用いた実験の結果から、Xlim-1はオーガナイザーのもつ機能のうち、特に頭部誘導能に関わっていることが示唆されており、このことから Xlim-1の標的遺伝子の中に頭部を誘導するシグナル分子が含まれていることが予想される。当研究室の日笠らによって行われた、活性化型 Xlim-1 (Xlim-1/3m) により発現が上昇する遺伝子のスクリーニングの過程で、頭部誘導活性をもつ分泌性因子である Cerbeus の遺伝子発現が、Xlim-1/3mにより活性化されることが示された。このことは、Xlim-1のもつオーガナイザー活性は cerberus 遺伝子の発現の活性化を介していることを示唆している。そこで、私は cerberus 遺伝子のプロモーター解析を行い、Xlim-1および他の転写因子により cerberus 遺伝子の発現がどのように制御されているかを調べることにより、オーガナイザー形成から頭部誘導に至る分子カスケードを明らかにできるのではないかと考え、本研究に着手した。

はじめに、cerberus 遺伝子が Xlim-1の直接の標的遺伝子であるか検討を行った。Xlim-1/3mとグルココルチコイド受容体のホルモン結合部位とのキメラ・タンパク質(デキサメサゾンの存在に応じて、機能を発揮する)を用いたところ、翻訳阻害剤の存在下でも Xlim-1/3mは cerberus 遺伝子の発現を活性化した。この結果は Xlim-1/3mが直接 cerberus 遺伝子を活性化し得ることを示している。また、in situ ハイブリダイゼーションにより、Xlim-1と cerberus の発現領域は、cerberus 遺伝子の発現が始まる初期原腸胚期においてオーガナイザー領域で重複していることが示された。これらの結果は cerberus が Xlim-1の標的遺伝子である可能性を支持した。

次に、cerberus 遺伝子のプロモーター領域を解析するため、Xenopus ゲノム・ライブラリーから cerberus 遺伝子の5'上流領域を含むクローンを単離し、翻訳開始のメチオニンから約2kb上流を含む領域、およびレポーター遺伝子として、ルシフェラーゼと enhanced green fluorescent protein (EGFP) を用いたレポーター・コンストラクトを作製した(-1938cer/Luc、-1938cer/EGFP)。まず、-1938cer/EGFPを胚の帯域全体に顕微注入し観察したところ、EGFPの発現は初期原腸胚期ではオーガナイザー領域で、後期原腸胚期においては前方内中胚葉領域で見られた。この発現パターンは cerberus Mrnaの局在パターンと類似していることから、この5'上流領域には cerberus 遺伝子の発現を時間的、空間的に制御する領域が含まれていることが示唆された。そこで、次にルシフェラーゼ・レポーター・コンストラクトを用いてプロモーター解析を行った。Xlim-1/3mに対する cerberus プロモーターの反応を検討したところ、1938bpプロモーター領域は Xlim-1/3mに反応し、この反応は415bpプロモー夕ー領域で十分であり、-219/-116領域、およびこの領域に存在する、3つの隣接したホメオドメイン・タンパク質の結合配列であるTAAT配列(3xTAATエレメントと命名)が必要であった。次に、胚の内在性因子に対する cerberus プロモーターの反応を調べたところ、1938bpプロモーター領域は、cerberus 遺伝子が発現している胚の背側において特異的に活性化され、その活性化は、Xlim-1/3mの場合と同様に415-bpプロモーター領域で十分であり、3xTAATエレメントが必要であった。また、Xlim-1の転写活性化領域と考えられるC末側をショウジョウバエ Engrailed の転写抑制領域に置換した、ドミナント・ネガティブ型の Xlim-1により、cerberus プロモーターの胚の背側での活性化は抑制され、この抑制は野生型の Xlim-1により回復した。さらに、ゲル・シフト・アッセイ(EMSA)により、Xlim-1/3mは3xTAATエレメントを含む cerberus プロモーター領域に結合することが示された。これらの結果は、cerberus 遺伝子が Xlim-1の標的遺伝子であることを強く示唆している。

一方、LIMホメオドメイン・タンパク質はLIMドメインを介して他の因子と相互作用し、標的遺伝子の転写を調節することが知られている。そこで、Xlim-1と協調的に作用し、cerberus 遺伝子の発現を活性化する因子の検討を行った。これまで、cerberus 遺伝子の発現は中胚葉誘導シグナル(Nodal/activin シグナル)と背側化シグナル(Wnt シグナル)により協調的に活性化されること、Xlim-1は中胚葉誘導シグナルの直接の標的遺伝子であることが示されていた。さらに本研究において、cerberus プロモーターは中胚葉誘導シグナルであるXnr1(Xenopus nodal-related 1) と背側化シグナルであるXwnt8により協調的に活性化されるが、この活性化には3xTAATエレメントが必要であること、および中胚葉誘導因子である activin による cerberus 遺伝子の発現の活性化には、タンパク質合成が必要であることが明らかとなった。これら結果は中胚葉誘導シグナルおよび背側化シグナルの標的遺伝子のホメオドメイン・タンパク質が Xlim-1と共に cerberus 遺伝子の発現の活性化に関与していることを示唆した。そこで、Xnr1とXwnt8シグナルの下流にある転写活性化型ホメオドメイン・タンパク質Xotx2、Mix.1 (Nodal/activinの下流) および Siamois(Wntの下流)に注目して検討を行った。その結果、アニマル・キャップ・アッセイにより Xlim-1はMix.1および Siamois と協調的に内在性の cerberus 遺伝子を活性化すること、レポーター・アッセイによりこの3者は cerberus プロモーターも活性化し、この活性化には3xTAATエレメントが必要であることが示された。また、LIMドメインに変異を導入した Xlim-1/3mでは、このプロモーターの協調的な活性化は起こらないことから、この協調性には Xlim-1のLIMドメインが必要であることが示された。さらに、Xotx2は、-95に存在するTAATCT配列を介してMix.1、Siamois と協調的に cerberus プロモーターを活性化することが示された。

これらの転写因子が果たして3xTAATエレメントに結合するか否かをEMSAで検討した。その結果、Xlim-1、Mix.1および Siamois は3者共存下でのみ3xTAATエレメントを含む領域(-151/-80)に複合体を形成して結合すること、およびこの複合体の形成には Xlim-1のLIMドメインが必要であることが示された。しかしXotx2、Mix.1、Siamois はそれぞれ単独で-151/-80領域に結合するが、複合体は形成しなかった。

以上の結果から、「オーガナイザーを形成する Nodal とWntのシグナルは Xlim-1、Xotx2、Mix.. 1、Siamois の発現を介することで cerberus 遺伝子を活性化し頭部誘導をもたらす」という、オーガナイザー形成から頭部誘導に至る誘導連鎖の遺伝子カスケードを描くことが可能となった。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は脊椎動物の初期発生における誘導連鎖の分子メカニズムを明らかにするため、シュペーマンオーガナイザーにおける頭部誘導因子 Cerberus の遺伝子発現に注目し、中胚葉誘導因子や背側化因子で直接発現誘導される転写因子 Xlim-1、Siamois、Xotx2、Mix.1による発現調節機構を、主にレポーター解析を用いて検討した結果について述べている。

オーガナイザー形成から神経誘導に至る誘導連鎖の分子カスケードは未だ充分には明らかにされていないことより、神経誘導を担うと考えられている分泌性因子の遺伝子発現の調節機構を理解することは重要である。そこでオーガナイザー特異的転写因子 Xlim-1の活性化型変異体 Xlim-1/3mにより発現上昇する頭部誘導因子 Cerberus の遺伝子発現調節機構を解析した。

まず Xlim-1/3mによる内在性 cerberus 遺伝子の活性化について検討したところ、Xlim-1/3mによる cerberus の発現上昇は翻訳阻害剤の存在下でも認められた。このことは Xlim1/3mは他の転写因子の合成を介さず直接 cerberus 遺伝子を活性化できることを示している。また Xlim-1と cerberus の発現領域は、初期原腸胚期においてオーガナイザー領域で重複していたことから、cerberus が Xlim-1の標的遺伝子である可能性が支持された。そこで cerberus のゲノム遺伝子をクローニングし、構造と転写開始部位を決定したのち、約2kbの5'プロモーター領域をレポーター遺伝子につないだコンストラクトを作成しプロモーター解析を行った。その結果、cerberus レポーター遺伝子は内在性の cerberus 遺伝子と同様なオーガナイザーでの発現を示し、かつ Xlim-1/3mにより活性化された。このオーガナイザー領域での発現と Xlim-1/3mに対する反応性はどちらの場合も415bpプロモーター領域で十分であり、-219/-116領域およびこの領域に存在する連続した3つのTAATエレメント(3xTAATエレメントと命名)が必要であった。さらに、ドミナント・ネガティブ型 Xlim-1の Xlim1-enRにより背側でのレポーター遺伝子の活性化は抑制され、これは野生型の Xlim-1により回復したことより、内在性因子による cerberus レポーター遺伝子の活性化には Xlim-1の関与が考えられる。これらの結果から、cerberus 遺伝子の発現がオーガナイザー領域で Xlim-1により直接活性化されることが示唆された。しかし Xlim-1の活性化制御因子と考えられているLIMドメイン結合因子Ldb1との共発現では Xlim-1は内在性 cerberus 遺伝子およびそのレポーター遺伝子を活性化することができなかった。そこで cerbeus 遺伝子の活性化には Xlim-1と協調的に働く他の因子の存在が予想された。

一方、オーガナイザーを形成するシグナルである Nodal シグナル(内中胚葉を誘導する)とWntシグナル(背側化する)によって cerberus レポーター遺伝子は活性され、その活性化には3xTAATエレメントが必要であった。そこで Nodal シグナルの標的遺伝子Xotx2、Mix.1とWntシグナルの標的遺伝子 Siamois が、Xlim-1と協調的に働く転写因子である可能性が考えられた。この点を検討した結果、これら4つの転写因子により協調的に内在性の cerberus 遺伝子が活性化されること、レポーター遺伝子の協調的な活性化には3xTAATエレメント、および Xlim-1のLIMドメインが必要であることが示された。Xotx2は、-95に存在するTAATCT配列を介してMix.1、Siamois と協調的に cerberus プロモーターを活性化した。DNAエレメントへの転写因子の結合を検討したところ、Xlim-1、Mix.1および Siamois は3者共存下でのみ3xTAATエレメントに複合体を形成して結合すること、およびこの複合体の形成には Xlim-1のLIMドメインが必要であることが示された。これらの結果から、Xlim-1、Mix.1、Xotx2、Siamois は Nodal、Wntシグナルの下流で cerberus 遺伝子の発現を直接活性化していることが示唆された。

以上のように本研究により、オーガナイザーを誘導する Nodal とWntのシグナルは Xlim-1、Xotx2、Mix.1、Siamois の発現を介することで cerberus 遺伝子を活性化し頭部誘導をもたらすという、オーガナイザー形成から頭部誘導に至る誘導連鎖の遺伝子カスケードのモデルが示唆された。

なお、本論文は日笠弘基、小野裕史、平良眞規との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析と検証を行ったもので、論文提出者の寄与は十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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