学位論文要旨



No 118440
著者(漢字)
著者(英字) Panjaitan,Iskandar
著者(カナ) パンジャイタン,イスカンダル
標題(和) 1960-1990年代インドネシアの経済発展に対する農業部門の貢献 : 産業連関分析と価格の歪み分析
標題(洋) Contributions of Agriculture to Economic Development in Indonesia during 1960s-1990s : Input-output and Price Distortion Analyses
報告番号 118440
報告番号 甲18440
学位授与日 2003.04.10
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2640号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農業・資源経済学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 原,洋之介
 東京大学 教授 泉田,洋一
 東京大学 教授 岩本,純明
 東京大学 教授 池本,幸生
 東京大学 助教授 斎藤,勝宏
内容要旨 要旨を表示する

本論文の主題は、1960年代から90年代のインドネシアにおいて、農産物供給、資本・労働といった生産要素の移転ならびに農村市場の拡大といった点で、農業部門が同国の経済発展にどの程度寄与してきたかを、定量的に明らかにすることである。

本論文の第一番目の主題は、非農業部門とともに農業部門の成長パフォーマンスがそれによって強く影響された政府の開発政策の特徴をあきらかにすることである。具体的には、農業部門の経済パフォーマンスに対する開発政策の効果を評価するために、国内価格と為替レートの歪み分析をおこなった。この作業では、実質為替レートの歪みと農産物を含む貿易財の対非貿易財に対する相対価格の動きに焦点をあてた。

分析の結果、1960〜1990年の間に政府が実施した2つのタイプの開発政策が農業パフォーマンスを劇的に変化させたことが明らかになった。第1の政策は、一般的な貿易政策を含むマクロ経済政策である。この政策により国内の相対価格構造と交換レートの歪みがもたらされた。これらの歪みによって、非貿易財に対する農産物の相対価格が低下した。それと同時に貿易財のなかで、農産物の価格が、工業製品の価格に比べて相対的により大きく減少した。これらの歪みは、事実上「農業への間接税」であり、その税額は相当大きなものであった。更に為替レートの過大評価による歪みによる農業への間接税率は、工業部門の保護政策によってひきおこされた農業部門の間接的課税の影響よりも大きいことも、明らかになった。そして、マクロ政策によって引き起こされたこの歪みによって、農業部門の成長は、深刻な負の影響を受けたのである。

第2の政策は、農業への直接的な政策介入である。それには、国境での貿易障壁や政府機関による国内農産物の公的購入、農産物に関する補助金や農業への公共投資などが含まれている。しかし、農業部門へのこれらの政策は、農業部門内のサブ部門に関しては大きく異なっていた。国内価格と国際価格との価格差にはっきりと示されているように、食料穀物部門は政府によって強力に保護されてきた。しかし、エステート農園の農産物への政策は、保護ではなくそれを搾取するタイプの政策であった。

マクロ経済政策の農業に対する悪い経済的誘引を減少させるために、政府は少なくとも2つの政策を打ち出した。1つは、1978年、1983年、1986年に行ったルピアの切下げである。通貨のこの切下げは農業部門と農業関連部門の相対価格の引き上げをもたらした。一般的に、通貨の切下げは農業とその関連部門の相対価格を引き上げる効果をもたらすが、この3回に及ぶ通貨切下げではそれぞれ違った結果が見られた。例えば1978年の通貨切下げの場合、エステート作物の相対価格への効果は小さくかつ短期間しかその効果は持続しなかった。また政府は、オイルブーム時に石油産業から得られた利益を元に、農業に対する補助金や公共投資といった部門政策を打ち出した。このように、政府が農業パフォーマンスの改善のために経済的インセンティブを与えたことで、農業は国民経済全体の経済成長により寄与するが可能となった。

以上の事実を前提として、農業とその他の部門との相互連関を詳しく明らかにすることが、本論文の第2の主題である。この産業間の相互連関を分析しうる投入産出分析をおこなった結果、生産増加、所得向上、雇用創出という点で農業が、その他の部門の経済と深く相互連関し国民経済全体の成長に大きく貢献していることが明らかになった。この高い相互依存性は、以下の2つの指標によって明らかにされた。第1に、連関指標、乗数値、弾力性の水準といった指標から、農業が経済全体のなかで「鍵部門」であることが示された。第2には、影響分析において、農業分野が高い乗数を持ち、農業への最終需要の増加が生産、所得、雇用の面で大きく経済成長に寄与しうることが明らかとなった。

農業分野における5部門のうち、食用穀物生産部門のパフォーマンスは最も好ましいという結果が出ている。この部門の連関指標、乗数値、弾力性の水準の指数は高く、インドネシア経済に生産や所得、雇用をもたらしたことが窺われる。一方、漁業部門の投入産出分析指標は、農業分野で最低の値を示している。インドネシアは海水、淡水共に広大な領海をもつがまだ開発されていないため、その他の分野との相互依存が低いのである。

農業分野とその他の経済との密接な相互依存の存在は、政策立案に対して大層重要な示唆を与えてくれる。マクロ経済政策が為替レートや国内相対価格の構造を歪めるとき、農業部門は大きな影響を受ける。そのため、政府は農業の相対価格を歪めるような政策を避けるべきであるという示唆である。さらに、農業開発は経済成長に対して正の効果を与えることが証明されたのであるから、政府は経済開発計画アジェンダにおける農業開発の重要性を打ち出すべきである。以上が本論文の主たる政策的含意である。

審査要旨 要旨を表示する

ある国の経済発展において、農業部門はどういう貢献をなしうるのか。この問題は、経済学が誕生して以来多くの論者がとり扱ってきた問題である。そして、現在もなお、発展途上国の経済開発戦略のなかで農業をどう位置づけるかに関して、必ずしも一致した見解は存在していない。最先端技術を応用して「規模の経済」が発揮できる工業部門こそが、経済発展を先導しうるのであり、農業部門は国民経済全体の発展において受身の役割しか果たしえないといった見解は、未だに有力であり続けている。

本論文が、対象としているインドネシアにおいても、特に1970年代以降石油収入の増加もあって、輸入代替工業化戦略が経済発展の最重要課題として設定されてきた。この開発戦略のなかで、輸入財であった米の増産政策は採用されたが、それ以外の例えば大半の輸出農産物は政策的には省みられなかった。つまり、インドネシアの開発政策は、「工業優先論」ないし「農業受身論」として性格づけうるものであったといえるのである。

本論分は、1960-90年代のインドネシアを対象として、以上のような農業軽視論が果たして妥当な見解であったのかどうかの検討に挑戦したものである。特に、副題に示されている、国内価格構造分析や産業連関分析を通して、農業部門が同国の経済発展にどの程度寄与してきたかを数量経済学的に明らかにして、農業部門が国民経済全体の発展にどの程度貢献してきたかを探っている点が、本論文の核である。

以上のような問題意識の提示と論文の課題・方法の説明をおこなった第1章に続けて、第2章は、1960年代以降のインドネシアの経済発展を、政府のマクロ経済政策・開発政策の変遷ならびに農業・工業部門の成長パフォーマンスの視点から、展望している。この導入にあたる2つの章に続いて、第3章では、食料・原料農産物の供給、非農業財への市場の提供、ならびに労働・資本といった生産要素の非農業部門への供給といった側面で、農業部門が国民経済全体の成長にどの程度貢献したかが、社会勘定マトリックス等を利用した数量経済分析を通して明らかにされている。特に資本供給の面で、農業部門が、国民経済の成長に有意味な貢献を果たしてきたことが明らかにされている。

そして第4章で、マクロ政策・工業化政策が農業パフォーマンスを劇的に変化させたことが、国内相対価格構造の時系列的変化の分析によって、明らかにされている。貿易政策を含むマクロ経済政策が農業部門の成長パフォーマンスに与えた影響を、数量経済分析を通して明らかにしている点が、この分析の大きな貢献となっている。輸入代替的工業化戦略にむけてインドネシア政府が採用したマクロ経済政策によって、為替レートに大きな歪みがもたらされ、それに起因して非貿易財そして工業製品に対する農産物の相対価格が低下した。この歪みは、事実上「農業への間接税」であり、その税額は相当大きなものであった。更に為替レートの過大評価による歪みによる農業への間接税率は、工業部門の保護政策によってひきおこされた農業部門への間接的課税の影響よりも大きかった。また、1978、83、86年と3度おこなわれたルピアの切下げによって、農業とその関連部門の相対的価格がはっきりと上昇し、農業部門の成長パフォーマンスが好転した。以上が、この分析の主要な事実発見である。このような事実確認を通して、農業部門の他部門に対する相対的価格の時系列的変化の要因としてマクロ経済政策そのものが重要であったこと、ならびにその影響で農業部門の経済パフォーマンスが直接的に影響を受けてきたこと、この2点を本章は明確に実証しているのである。

続く第5章では、農業とその他の部門との相互連関が、産業連関分析によって明らかにされている。この分析によって、農業部門は生産増加、所得向上、雇用創出といった側面で国民経済全体の成長に大きく貢献しうる潜在力を保持していることが、的確に摘出されている。前方・後方連関や所得・雇用乗数、さらに所得・雇用弾力性といった指標の計測によって、農業が経済全体のなかで「鍵部門」であることがはっきりと示されている。また、シュミレーション分析によって、農業への最終需要の増加が生産、所得、雇用の面で大きく国民経済全体の成長に寄与しうることも明らかにされている。

農業分野とその他の経済との密接な相互依存の存在は、政策立案に対して大層重要な含意をもつ。マクロ経済政策が為替レートや国内相対価格の構造を歪めるとき、農業部門は大きな影響を受けるため、政府は農業の相対的価格を歪めるような政策を避けるべきである。さらに、農業開発は種々の連関を通して国民経済全体の成長に対して正の効果を与えうるので、政府は開発政策の立案に際して農業軽視論を見直すべきである。このような政策的含意が最終の第6章で議論されている。

以上のように本論文は、為替レート政策といったマクロ政策の影響ならびに非農業部門との産業連関といった側面から農業部門の経済成長パフォーマンスを分析することで、農業経済分析の領域を拡大させることに成功しており、アジア途上国農業発展論に対して、学術上・政策応用上両面で貢献するところが少なくない。よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

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