学位論文要旨



No 118445
著者(漢字) 高橋,由泰
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,ヨシヤス
標題(和) コンテンツフィンガープリンティング方式ならびにそれを用いた二次流通管理に関する研究
標題(洋)
報告番号 118445
報告番号 甲18445
学位授与日 2003.04.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5554号
研究科 工学系研究科
専攻 電子情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 教授 今井,秀樹
 東京大学 教授 安田,浩
 東京大学 教授 安達,淳
 東京大学 教授 相澤,清晴
 東京大学 助教授 苗村,健
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

インターネットの発展や,ディジタルカメラ,DVD(Digital Versatile Disc)などの情報・映像機器の普及により,静止画,動画,音声といったディジタルコンテンツの利用が急速に拡大している。そしてこの利用は,ただ単に制作者が作ったものを購入して楽しむという一次流通だけではなく,素材集のようにディジタルコンテンツを素材として自分のコンテンツに利用するという二次利用の形態に広がってきている.この結果,誰もが安価にディジタルコンテンツを作れるような環境が整いつつあり,それがまたディジタルコンテンツのさらなる流通を促すというような好循環のディジタルコンテンツ流通時代が今まさに到来しつつある.

しかしディジタルコンテンツ流通の本格的な成立のためには,著作権保護技術がまだ未整備のままである.情報のディジタル化により,原本とまったく同じディジタルコピーが安価に作成できるようになった現在,不正な二次流通を防ぐことは,クリエイタが安心してコンテンツを作成し,ユーザが安心してコンテンツを利用するためには不可欠なものとなっている.

近年,このような著作権保護技術として電子透かしに代表されるような,コンテンツにフィンガープリントを付ける技術が利用されるようになってきた。しかし,既存の技術では大人数に対応できないなどの問題があり,ディジタルコンテンツ流通の本格的な成立のためには新しいフィンガープリント付与技術が必要とされている

本論文では,大人数に対応できるなど,既存技術の欠点を克服した新しいフィンガープリント付与技術としてCoFIP(Content FIngerPrinting)方式を提案する.本方式は,原理的には静止画像,動画像,音響,テキスト,プログラム等さまざまなメディアに対応可能なフィンガープリンティング技術である.本方式の特長は,特にマルチキャストネットワーク等の放送型メディアや,CD,DVDといった蓄積型メディアによるコンテンツ配信と両立できるという点にあり,これは従来の電子透かしでは不可能であった特徴となっている.

CoFIP方式の提案

CoFIP方式の概要

現在フィンガープリンティング方式に要求されている条件は,

●コンテンツをひとつひとつ別の個体として認識できること

●実用時間内に情報を埋め込めること

●ユーザが悪意を持たずに行う攻撃に対し,十分な耐性を持っていること

●ユーザが悪意を持って行う攻撃に対し,十分な耐性を持っていること

●コンテンツの品質は十分に保てること

●実用時間内にコンテンツのフィンガープリントをチェックし,その購入者を特定できること

●大人数への配信に対応できること

●現在のネットワークで実現可能であること

である.既存方式では,この全ての要求条件をクリアしている既存方式は存在しないが,提案方式であるCoFIP方式は,この条件を全て満足しているという大きな特長がある.

コンテンツの流通モデル

CoFIP方式で対象とするコンテンツ流通は以下のように行われる.

まず,クリエイタがコンテンツを創造する.この時,CoFIP方式を考慮して創造する方式と,CoFIP方式を考慮せずに創造する方式がある.

次に,クリエイタはコンテンツをサーバに送る.サーバはコンテンツをCoFIP個体化方式で個体化可能形式に変換する.この形式では,コンテンツは暗号鍵の束で暗号化されており,復号鍵の束が存在しないとコンテンツを視聴することは不可能である.

サーバは個体化可能形式のコンテンツをユーザに送信する.この時の送信方法は,ユニキャスト通信,マルチキャスト通信,蓄積型メディア,放送などを採用できる.このような放送型送信方式を採れるため,大人数に対応可能である.

コンテンツは個体化可能形式になっており暗号化されているため,配布物だけを入手しても視聴できない.このため送信路は安全でない通信路を利用することができ,また蓄積型メディアを用いた場合も,無料で広く配布してもコンテンツの無料流出にはならない.

コンテンツ視聴希望者は,サーバに対しコンテンツ視聴希望を連絡する.必要ならばここで課金が行われる.サーバはコンテンツ視聴希望者に対し,復号鍵の束を送信する.これらの通信は,ユーザとサーバ間で1対1で行われ,安全な通信である必要がある.

コンテンツ視聴希望者は,送られた復号鍵の束を用いてコンテンツを個体化可能形式から個体化形式に変換して視聴する.変換されたコンテンツは個体化されており,各視聴者毎に人間には気づかない程度に異なっている.

CoFIP方式におけるフィンガープリントの原理

CoFIP方式における個体化の原理は以下の通りである.

ディジタルコンテンツをオブジェクトに分割する.

各オブジェクト毎に複数の異片を用意する.

各異片を,それぞれ別の透かしを入れるなどの方法で特徴を付ける.

各異片をそれぞれ別の暗号鍵で暗号化する.

個体化可能形式のコンテンツをユーザにマルチキャストや,蓄積型メディアといった形態で送付する.

視聴希望のユーザは,センターに復号鍵を要求する.

センターは,各オブジェクトの複数の異片のうち,ただ一つの異片しか復号化できないよう,復号鍵をユーザに送付する.

ユーザは,受け取った復号鍵で復号できた異片をあつめ,再構成してコンテンツを視聴する.

このとき,再構成されたコンテンツは復号鍵で制御できる.よって再構成されたコンテンツのオブジェクト部分の特徴のパターンがユーザと一対一対応するようセンターが復号鍵を送付することで,コンテンツにフィンガープリントを入れたことになる.

つまり,CoFIP方式はコンテンツのフィンガープリントとして,各異片の組み合わせを用いる方式である.

CoFIP方式による静止画像の著作権管理技法

本章では,CoFIP方式に基づく静止画像用CoFIP方式の実装と,これによる静止画像の著作権管理技法について述べる.

静止画像では画像の切り貼りなどの操作が起こりやすい.これがCoFIPオブジェクトの欠落を招かぬよう,オブジェクト分割を周波数領域で行うことで,簡単な切り貼りではCoFIPオブジェクトが欠落しないようになっている.

オブジェクト分割はウェーブレット変換を用いて画像を周波数領域に展開した後,周波数係数をオブジェクトに分割するという方法で行った.また,このオブジェクトからの異片作成法は,周波数係数に電子透かしを挿入するという方法で行った.

評価はS/N比による評価や主観評価,それに耐性評価としてStirMarkベンチマークによる評価を行った.この結果,静止画像用CoFIP方式は,静止画像用フィンガープリント付与技術として十分な品質,耐性を持つことを確認した.

CoFIP方式による動画像の著作権管理技法

本章では,動画像におけるCoFIP方式の適用について考察する.動画像では,静止画像とは異なり,時間軸方向にも画像が存在するため,より多くの情報やオブジェクトを設定できる可能性があるが,一方で時間軸を利用して簡単にコンテンツを切り貼りできるため,切り貼りに対する対処が必要となる.CoFIP方式はオブジェクト毎の異片の組み合わせによってコンテンツにFIPを付与する技術であるため,切り貼りには原理的に弱く,これへの対処は必須となっている.

本章では,時間軸方向を用いてオブジェクト分割を行った場合に必要となる,対結託攻撃耐性を強化するために必要な冗長性についての見積もりを行った.この結果,必要となる冗長性を要求条件内で実現することは困難であることを示し,時間軸方向を用いたオブジェクト分割が難しいことを示した.よって本章ではこれらを考慮し,動画像用のCoFIP方式として,静止画分割法を提案し,この評価実験を行った.この結果,本方式が品質,耐性面で優れた方式であることを示した.

CoFIP方式による音響の著作権管理技法

本章ではCoFIP方式を音響に適用する方式を提案する.CoFIP方式を音響に適用する際に求められる要求条件としては,CoFIP方式での要求条件に加え,

●MP3圧縮等で,異片の特徴が欠落しないこと

●CoFIP方式を意識しないで制作された既存音源にも対応可能なこと

がある.これを実現するために,本章ではDCTを用いた周波数領域でのオブジェクト分割,異片作成法を提案した.そして本章は,情報量増加を元データの1.35倍にとどめながら,品質,耐性を持ったCoFIP方式を実現できることを示した.

結論

本論文では,メディアに依存せずに使える新しいフィンガープリント付与技術としてCoFIP方式を提案した.本方式は放送型ネットワークや蓄積型メディアとともに使うことができるという大きな特長を持っている.本論文ではこの方式に基づき,静止画像用,動画像用,音響用の各CoFIP方式の実装を行い,それぞれ品質,耐性が優れていることを示した. この結果,従来不可能であった,100万人への放送の画面を全て各視聴者毎に少しずつ異なった画像にするなどのアプリケーションが可能となった.このためCoFIP方式は,ディジタルコンテンツの不正二次流通の問題を解決する手段として有望であることを示した.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「コンテンツフィンガープリンティング方式ならびにそれを用いた二次流通管理に関する研究」と題し、今後のディジタルコンテンツ流通の実現のための不正二次流通防止技術について検討を行ったものであり、7章から構成されている。

第1章「序論」では、本論文の背景として、ディジタルコンテンツの利用が急速に拡大し、ディジタルコンテンツ流通時代がまさに到来しつつあるが、その本格的な成立のためには、アクセス保護、送受信データ保護、不正二次流通防止の3点が重要であるものの、前2者に比べて不正二次流通防止技術の開発が遅れていることを述べ、フィンガープリント付与によりこれを解決しようとする本論文の位置づけを示している。

第2章「ディジタルコンテンツの著作権保護に関する現状と既存研究」では、ディジタルコンテンツの著作権保護に関する現状として、社会要因、著作権侵害例、著作権法などについて述べた後、著作権侵害を防ぐための既存技術として、暗号、電子透かし、そしてフィンガープリント付与技術に関する既存技術を紹介している。

第3章「不正二次流通抑制のためのCoFIP方式の提案」では、まず、ディジタルコンテンツの大量同時配信環境における要求条件を整理し、既存技術では満足できないことを述べた後、CoFIP方式を提案し、その期待される効果について述べている。特に、CoFIP方式では、大量同時配信のディジタルコンテンツに対して、少ない情報量の増加でフィンガープリントを付与できることを示している。

第4章「CoFIP方式による静止画像の著作権管理技法」では、CoFIP方式を静止画像に適用する方法に関して、まずオブジェクト分割法と異片作成法について考察を行い、ウェーブレット係数法が最適であるとしている。次いで静止画像用CoFIP方式の特性について、演算量の考察により,実用時間内にフィンガープリントの埋め込みおよび検証ができることについて述べ、また情報量の増加は、個体化数100万では13%、個体化数10億では55%で済むことを示している。さらに提案方式をパーソナルコンピュータ上に実装し、フィンガープリントを埋め込んだコンテンツの品質が十分確保されることや、StirMarkベンチマーク攻撃に対して十分な耐性を持つことを示している。

第5章「CoFIP方式による動画像の著作権管理技法」では、CoFIP方式を動画像に適用する方法に関して、まず,動画像では静止画像とは異なり、ストリーミング配信への対応が必要であることを述べ、その要求条件を満足するように動画像用CoFIP方式を設計して、情報量の増加が57%で済むことを示している。また、提案方式をUNIX上に実装して、その動作を検証している。

第6章「CoFIP方式による音響の著作権管理技法」では、CoFIP方式を音響に適用する方法に関して、まず、音響においては、ディジタル化が早かったことから、既存音源への対応が要求されていることを述べ、その要求条件を満足するオブジェクト分割法として、DCT法を用い、オブジェクトの欠落時にコンテンツの品質が劣化するようなオブジェクト分割を行っている。提案方式の期待される特性としては、データ量の増加が35%で済むとしている。また、提案方式をUNIX上に実装し、フィンガープリントを埋め込んだコンテンツの品質や埋め込み時間が、要求条件を満たしていることを示している。

第7章は「結論」であり、本論文の成果ならびに残された課題を整理している。

以上のように、本論文は、ディジタルコンテンツの大規模かつ円滑な二次流通のために必要となる、二次流通の著作権管理を目的としたCoFIP (Content FIngerPrinting) と呼ばれる新しいフィンガープリント付与原理を提案し、静止画像、動画像、音響の3つのメディアに対してその具体的な実現法を示して、実装を通じてその有用性を明らかにしたものであって、電子情報工学上貢献するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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