学位論文要旨



No 118446
著者(漢字) 仲村,亮正
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,アキマサ
標題(和) 微量光合成色素の計測化学的研究
標題(洋)
報告番号 118446
報告番号 甲18446
学位授与日 2003.04.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5555号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡辺,正
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 小宮山,眞
 東京大学 教授 荒木,孝二
 東京大学 教授 長棟,輝行
内容要旨 要旨を表示する

光合成反応中心複合体は高効率の光→化学エネルギー変換系であり、反応機構・複合化過程の解明は人工的な光エネルギー変換デバイス設計に有用と考えられるが、分子レベルの描像には未知な部分が多い。反応中心では微量のクロロフィル(Chl)a誘導体が重要な機能を担う。光化学系(PS) I反応中心P700の近傍にChl aのC132位異性体Chl a' が存在することは従来の研究からわかっているが、分子数も機能も未解明で、生合成の有無も明らかではない。光合成系に存在する微量のChl a異性体はChl aの転化により生体外で生成しやすいため、従来は正確な分析が困難だった。本論文は、微量光合成色素の定量手法を確立し、Chl a' の分子数・存在部位・機能・生合成経路の解明を目的としたもので、全6章から成る。

第1章では光合成明反応全般について概説し、本研究の目的と意義を述べた。

第2章では以降の研究の基礎となる高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いる微量光合成色素の分析法について検討した。まず、逆相HPLCでChl a', フェオフィチン(Pheo)a, PS I二次電子受容体フィロキノン(PhQ)を分離できる条件を確立し、それを用いて抽出時のChl aの変性を検討した。その結果、従来の抽出法ではChlのエピマー化が進み、得られるChl a'/Chl a比は生体内の値を反映していないと結論した。アセトン/メタノールに光化学系標品を加えて抽出する方法では抽出時のChlのエピマー化もほとんど進まないことを示し、主要な機能分子を変性なく定量的に抽出できる条件を確立した。

第3章では好熱性ラン藻Thermosynechococcus elongatus, ラン藻 Synechocystis sp. PCC6803, 緑藻 Chlamydomonas reinhardtii, ホウレンソウから種々のPS I標品を調製し、第2章のHPLC・色素抽出条件でChl a' と二次電子受容体PhQ(PS Iあたり2分子)を定量し、分光学的に定量した反応中心P700量との比較から、PS IにおけるChl a' の分子数および存在部位を確定した。

まず、種々のPS I標品中のP700濃度を正確に定量するため、界面活性剤がP700の明暗差スペクトルにおよぼす影響を検討し、800 nm近辺のP700+・ に由来する吸収帯は界面活性剤の影響を受けないことを明らかにした。

次にPhQ, Chl a' の同時HPLC定量と、分光法によるP700定量を行った。ラン藻T. elongatus, S. PCC6803 のチラコイド膜、PS I 三量体から抽出した色素のHPLC分析、P700濃度との比較からChl a'/PS I = 1という量論比を得た。ホウレンソウのPS I-LHC Iでも同様の結果となった。C. reinhardtiiでは、ラン藻やホウレンソウで見られたPhQがHPLC検出できなかったものの、Chl a'/P700比はほぼ1となった。改良HPLC条件でPS I-LHC Iを分析したところ、極性の高いPhQ誘導体(PhQ')がP700あたり2分子存在すると判明し、C. reinhardtiiのPS IではPhQ' が二次電子受容体となっている可能性を初めて指摘した。

Chl a'の存在部位を解明するため、S. PCC6803のPS I三量体、ホウレンソウのPS I-LHC Iから強い界面活性剤処理により周辺サブユニット、アンテナChl a を除いたPS I コア標品を調製し、色素組成を検討したところ、Chl a'/P700 比は1となった。以上から、S. PCC6803, ホウレンソウでも1分子のChl a' がPsaA/B複合体コア部分に存在するとわかった。

Chl a' の存在部位をより明らかにするため、凍結乾燥チラコイド膜を水飽和ジエチルエーテルで処理し、アンテナ色素を減らした試料の色素組成を調べた。ジエチルエーテルの水飽和度を増していくと、ホウレンソウチラコイド膜のChl a/P700比は、Chl a'/P700比が約1のまま15程度まで減少した。以上の結果から、1分子のChl a' がP700のごく近傍に存在すると判明した。これらの結果は、P700がChl aとChl a' のヘテロ二量体であるという最近のT. elongatus PS I三量体のX線結晶構造解析の結果と完全に一致し、種々の光合成生物のもつPsaAタンパク質アミノ酸配列の比較から、すべての酸素発生型光合成生物のP700が1分子のChl a' を含むと結論した。

第4章では光化学系形成過程におけるChl a'/Chl a比の変化を逆相HPLCで調べ、Chl a' の生合成を検討した。生合成の中間段階で生じるC173イソプレノイド側鎖の異なるChl類(側鎖がGG, DHGG, THGG, Pの分子)の分離条件を検討し、Chl a, Chl bのGG〜P誘導体とChl a' を分離でき、これらを高感度に検出可能なHPLC条件を初めて開発した。オオムギ黄化葉の緑化過程における色素組成と絶対量の変化を追跡したところ、光照射によってChl類の合成が始まり、15分でChl a' の蓄積が確認された。Chl a', Chl a蓄積量の追跡から、光化学系形成の初期ではChl a' とChl aの合成速度が異なることを見出した。Chl a' / Chl a比は光照射15分から1時間にかけて増加し、成熟葉中の定常値の約2倍で最大となった後、アンテナ色素Chl bの増加とともに定常値へ向けて漸減するという特徴的な変化を示すことが明らかとなった。以上の結果からChl a' の生合成が初めて実証された。

第5章では、順相HPLCによる光化学系形成過程の追跡から、第4章の逆相HPLC分析では不明だったPheo aの生合成とChl a' のGG~THGG異性体の有無を検討した。Pheo a, Chl a', Pchl, Chl aのGG, DHGG, THGG, P異性体、計16種類を短時間に分離できる順相HPLC条件を初めて確立した。この条件を用いて短時間光照射した黄化葉の色素組成を計測し、Chl a', Pheo aのGG-THGG異性体を検出することに初めて成功した。Chl a' のGG-P異性体の存在比はChl aとほぼ同じだったが、Pheo aではGG-P異性体の存在比がChl aとは異なることがわかった。Pheo a, Chl a' のGG-P異性体の存在比から、Pheo a, Chl a' の生合成経路について論じた。

第6章では以上の結果を総括し、今後の展望について述べた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,未解明部分の多い光合成分子機構のうち,反応中心近傍に検出される微量色素(PS IIのフェオフィチンPhe a,PS IのクロロフィルChl a')の機能,なかでもChl a' (Chl aのC132立体異性体)の分子数・存在部位・生合成経路の解明を目的としたもので,全六章からなる。

第1章では光合成の研究について概説し,本研究の目的と意義を述べている。

第2章では,微量色素を精密定量するための高速液体クロマトグラフィー(HPLC)手法を検討している。抽出条件,溶離液組成,カラム材質などを詳細に検討した結果,分子変性を極限まで抑制しつつChl a', Phe a, PS Iの二次電子受容体フィロキノンPhQを短時間で分離・定量できる逆相HPLC条件を確立し,以後の計測化学的検討の基礎としている。

第3章では,好熱性ラン藻Thermosynechococcus elongatus, ラン藻 Synechocystis sp. PCC6803, 緑藻 Chlamydomonas reinhardtii, ホウレンソウから調製した種々のPS I標品につき,HPLC計測によるChl a' およびPhQ(2分子 / PS I)の量と,分光学的計測による反応中心P700量との比較から,PS IにおけるChl a' の分子数と存在部位・機能を解明する実験について述べている。

まず,PS I標品の調整に必須となる界面活性剤処理がP700の明暗差スペクトルにおよぼす影響を調べ,P700+・に由来する800 nm近辺の吸光係数は界面活性剤の影響を受けないことを明らかにしている。

PhQ・Chl a' の同時HPLC定量と,分光学的なP700定量より,ラン藻T. elongatus, S. PCC6803 のチラコイド膜およびPS I 三量体,ホウレンソウのPS I-LHC Iから抽出した色素のHPLC分析,P700定量をもとに,Chl a'/P700 = 1という量論比を得ている。C. reinhardtiiもChl a'/P700比は約1となったが,副産物として,C. reinhardtiiのPS I二次電子受容体がPhQ(従来の定説)ではなく,極性の高いPhQ誘導体であることを初めて実証している。

次に,S. PCC6803のPS I三量体,ホウレンソウのPS I-LHC Iを界面活性剤処理して周縁タンパク質,アンテナChl a を大幅に除去したPS I 標品の色素組成を計測し,Chl a'/P700 = 1を得て,PsaA/B複合体コアが1分子のChl a' を持つと結論している。さらには,凍結乾燥チラコイド膜を水飽和ジエチルエーテルで処理し,アンテナ色素をChl a/P700 = 10〜15程度まで減らした試料の計測より,やはりChl a'/P700比が約1であることを確認している。

これらは,P700がChl aとChl a' のヘテロ二量体であるというT. elongatus PS I三量体のX線結晶解析結果(Jordanら,2001年)と完全に一致し,種々の光合成生物のもつPsaAアミノ酸配列の比較から,あらゆる酸素発生型光合成生物のP700が1分子のChl a' を含むと推定している。

第4章はChl a' の生合成解明に関する。中間段階で生じるC173イソプレノイド側鎖の異なるChl類(側鎖がGG, DHGG, THGG, Pの分子)の分離条件を検討し,Chl a, Chl bのGG〜P誘導体とChl a' を分離・検出できる逆相HPLC条件を確立したのち,オオムギ黄化葉の緑化過程における色素組成と絶対量の変化を追跡している。Chl a' / Chl a比が光照射15分から1時間にかけて増加し,成熟葉中の定常値の約2倍で最大となったのち,アンテナ色素Chl bの増加とともに定常値へ向けて漸減するという特徴的な変化を示すことより,Chl a' の生合成を初めて実証している。

第5章では,順相HPLCによる光化学系形成過程の追跡から,逆相HPLCでは不明だったPhe aの生合成と,Chl a' のGG〜THGG異性体の有無を検討した。Phe a, Chl a', Pchl, Chl aのイソプレノイド異性体(計16種類)を短時間に分離できるHPLC条件を確立し,短時間光照射した黄化葉の色素組成計測により,Chl a', Phe aのGG〜THGG異性体を初めて検出している。Chl a' のGG〜P異性体存在比はChl aとほぼ同じだが,Phe aのGG?P異性体存在比がChl aとは異なることをもとに,Phe aとChl a' の生合成経路につき論じている。

第6章では以上の結果を総括し,今後の展望を述べている。

以上要するに本研究は,天然の高効率光エネルギー変換系である光合成の分子メカニズムに関し,高性能の計測化学的手法開発を基礎に,反応中心近傍における微量色素の存在サイトと機能の解明を格段に進めたものであり,計測化学,生体機能化学,植物生理学の進展に資するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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