No | 118450 | |
著者(漢字) | 橋本,優子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ハシモト,ユウコ | |
標題(和) | 為替レートとマクロ経済に関する研究 | |
標題(洋) | Essays on Exchange Rates and Macroeconomics | |
報告番号 | 118450 | |
報告番号 | 甲18450 | |
学位授与日 | 2003.04.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(経済学) | |
学位記番号 | 博経第169号 | |
研究科 | 経済学研究科 | |
専攻 | 現代経済専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 金融取引における技術革新や規制緩和によって、国際資本市場の統合が急速に進むなか、1990年代以降、数度にわたる大規模な通貨危機がおきている。なかでも、1997年のアジア通貨危機では、それまでの通貨危機においてleading indicatorとされてきた経常収支赤字などのマクロ経済指標の悪化(first generation model)が事前に観測されなかったことが特徴である。アジア通貨危機を始めとする近年の通貨・経済危機に関する研究は、短期資本流出(capital flight)や銀行部門の不良化などに焦点が置かれている。すなわち、危機の発生は投資家の期待の変化に原因があるとする議論である。一方で、M2や外貨準備高などのマクロ指標が、危機前の時期に正常ではなかったことも事実である。マクロファンダメンタルズと危機の発生に対する期待形成を切り離して考えるべきではない。 この論文の目的は2点にまとめられる。第一に、通貨危機に至るプロセスの実証的な検証および危機の背景となるマクロ経済の検討である。危機以前のアジア諸国におけるマクロファンダメンタルズの推計と、危機発生のタイミングをブラウン運動に従う確率モデルを用いて分析し、投資家による将来の通貨価値下落予想に与えるマクロ経済の役割を明らかにする。 第二に、アジア通貨危機や欧州通貨統合を契機に注目されている、最適通過圏構想について、サーチ理論を用いてモデル展開を行う。サーチ理論での交換媒体としての貨幣の使用が、取引コストを低め交換の効率性を高めることを通貨選択の理論に応用している。同一地域での共通通貨の利用は、取引コストだけでなく、為替レート変動による通貨価値の大きなvolatilityや不確実性、危機に見舞われた国とそれ以外の国での通貨価値の差による交易条件の変化などを回避することができるため、今後、アジア共通通貨圏(円圏)などの議論に応用できるモデルである。 論文は4つの章からなる。 第1章 Introduction 第2章 Macroeconomics and High Interest Rates in Asia before 1997 第3章 An Empirical Test of Likelihood and Timing of Speculative Attacks:The Case of Malaysia and Singapore 第4章 Economic Characteristics Allowing the Coexistence of International Currency and Local Currency Introduction 通貨危機の発生とその影響に関する議論の中での本研究の役割、および各章の要約をまとめる。 Macroeconomics and High Interest Rates in Asia before 1997 第2章では、通貨危機以前のアジア4カ国(インドネシア、韓国、フィリピン、タイ)におけるマクロ経済ファンダメンタルズ関係をVector Autoregressive (VAR)モデルを用いて検証する。90年代に通貨危機に直面した新興市場経済の諸国では、従来の通貨危機で問題とされた政府の財政収支やマクロ経済の安定性という問題はそれ程深刻ではなかく、むしろ、大量の資本流入を目的とした金融政策(高金利)が主な問題とされている。 分析の結果、各国で国内利子率の上昇(対外金利差の拡大)が為替レートやGDP成長率、経常収支-GDP比率の自国マクロ経済ファンダメンタルズに有意かつ長期的な効果を持つことが明らかとなる。国内利子率の上昇に対する影響は必ずしも一様ではないものの、低インフレ率かつ低財政赤字の新興市場経済諸国にとって、外国先進諸国に比べた高利子率のコストは、それらから受ける便益よりも大きいことが明らかとなる。金融当局は、他の要素にも増して、国内利子率の絶対的かつ(対外との)相対的な水準の両方に注意を払う必要があることが導かれる。 An Empirical Test of Likelihood and Timing of Speculative Attacks:The Case of Malaysia and Singapore 第3章では、1997年に生じたアジア通貨危機における投機的アタックの背景を、マレーシアとシンガポールを例に分析をおこなう。一般的には、通貨価値の下落の確率はM2の外貨準備高に対する比率にセンシティブである。この研究では、吸収壁付ブラウン運動を用いて理論モデルを構築し、実際のデータによって投機アタックの確率を推計する。将来の通貨下落予想をforward premiumで計測する。M2と外貨準備の比率がブラウン運動過程に従っているという仮定のもとで、この比率の閾値に近づくこと(すなわち、拡張的金融政策あるいは外貨準備高の減少)が、市場の通貨下落期待を引き起こす枠組みとなっている。 分析の結果、通貨下落の確率がマレーシアでは高く推計される。特に、危機の波及直前の1997年9月には1ヶ月先の下落予想確率がはねあがることが推計される。この結果からはさらに、拡張的な金融政策と外貨準備の周期的な減少が、通貨価値の下落を引き起こすプレッシャーとなることが導かれる。 Economic Characteristics Allowing the Coexistence of International Currency and Local Currency 第4章では最適通過圏構想について、サーチ理論を用いてモデル展開を行う。アジア通貨危機や欧州通貨統合を契機に、地域経済圏での共通通貨の使用が、経済発展の重要な鍵としてクローズアップされている。そもそも、交換媒体としての貨幣の使用は、取引コストを低め、交換の効率性を高めることにあるのだが、同一地域での共通通貨の利用は、取引コストだけでなく、為替レート変動による通貨価値の大きなvolatilityや不確実性をも回避することが出来るからである。 従来の最適通過圏の理論では、マッチング確率が取引コストや取引に携わる人口に依存するモデルとなっている。本文では、取引に関わるagentの期待形成が通貨選択に関係するモデルを試みる。具体的には、2大貿易圏からなる世界を想定する。barter取引と貨幣の選択という仮定をはずし、財の交換には貨幣が介在する。かつ、地域内だけで通用する通貨と全世界で通用する通貨の2種類が存在する。このとき、通貨を保持する人口の大きさなどに依存することなく、価値がより高いとみなされた通貨が取引媒介すなわち国際通貨として使用される。 以上 | |
審査要旨 | 論文の内容の要約 橋本氏の博士論文は,国際通貨制度に関する理論的・実証的研究である。実証研究は,1997 年の東アジア通貨危機に焦点を当てている。その一つは,この通貨危機までの期間について,東アジア各国で採用された高金利政策が,マクロの諸変数に及ぼした影響を時系列分析の手法を使って検討している。もう一つの実証分析では,1997 年の通貨危機の引き金が何であったのかを,理論モデルと計量分析を密接に組み合わせて分析している。理論研究は,ある地域の通貨が,他の地域でも流通する可能性を,貨幣理論の最新モデルを駆使して検討している。 論文は4 つの章からなる。 Introduction この章は,通貨危機の発生とその影響に関する議論の中での本研究の役割,および各章の要約である。 Macroeconomics and High Interest Rates in Asla before1997 第2 章では,通貨危機以前(1983 年第1 四半期から97 年第2 四半期)のアジア4 カ国(インドネシア,韓国,フィリピン,タイ)のそれぞれについて,マクロ経済ファンダメンタルズ関係をVector Autoregressive(VAR)モデルを用いて検証している。VAR モデルに含まれる変数は,その国の対円実質為替レート,日本と比較した実質金利格差(国内実質金利から日本の実質金利を引いたもの),GDP 成長率,経常収支・GDP 比率,の4 つである。97 年の東アジア通貨危機の文献によると,通貨危機に直面した諸国では,従来の通貨危機で問題とされた変数− 政府の財政収支やインフレ− という問題はそれ程深刻ではなく,むしろ,大量の資本流入を目的とした金融政策(高金利)が主な問題とされている。この章の分析の中心は,この高金利政策が,マクロファンダメンタルズに対して及ぼした影響である。 この種の分析での定石どおり,まず各変数について,単位根の検定を行い,定常・非定常変数の識別がなされる。次に,非定常変数の間に共和分の関係がないかの検討がなされる。どの国についても,変数間の共和分関係がないので,非定常の変数については一次定差をとることにより,4 変数すべてが定常なVAR モデルに変換がなされる。このシステムについて,インパルス・レスポンス分析により,対円金利格差の予期せざる変動が,他の3 つの変数にどのような動学的影響を及ぼしたかが分析される。 分析の結果,各国で対円金利差の拡大が為替レートやGDP 成長率,経常収支・GDP 比率に有意かつ長期的な効果を持つことが明らかとなる。国内利子率の上昇に対する影響は必ずしも一様ではないものの,低インフレ率かつ低財政赤字の新興市場経済諸国にとって,外国先進諸国に比べた高利子率のコストは,いままで考えられていたより大きいことが明らかとなる。 An Empirical Test of Likelihood and Timing of Speculative Attacks:The Case of Malaysia and Slngapore 第3 章では,通貨に対する投機的アタックが発生する確率がどのような変数に依存しているかを,1997 年に生じたアジア通貨危機について研究している。分析には月次データを用いるので,対象の国はマレーシアとシンガポールに限られる。最近の研究では,M2 の外貨準備高に対する比率が投機的アタックが発生の先行指標とされるが,これらの研究は東アジア通貨危機を対象としていない。また,今までの分析では危機の発生をダミー従属変数としたプロービットを用いていたが,この章の分析では,forward premium を従属変数とする。これはforward premium に,市場による将来の通貨下落予想が反映されているからである。M2 と外貨準備の比率がブラウン運動過程に従っており,ある上限を超えると通貨の切り下げがおこなわれるという理論のもとで,通貨の切り下げの確率がM2 と外貨準備の比率と国内利子率の非線形関数として導かれる。この関数を,forward premium を従属変数として非線形回帰の手法により推定する。forward premium としては,1ヶ月,3ヶ月,6ヶ月先のレートを用いる。 推定された関数を用いて,1ヵ月後,3ヵ月後,6ヵ月後の通貨切り下げの確率を計算できる。この計算の結果,マレーシアについては,推定確率は1997 年に急激に上昇することがわかった。シンガポールについては,このような上昇は1997 年には観察されない。その理由は,マレーシアの切り下げがシンガポールより先行したため,M2 と外貨準備の比率の上限値が1997 年に低下し,それを考慮に入れない推定確率が過小になっていることが考えられる。 Economic Characteristics Allowing the Coexistence of International Currency and Local Currency 第4 章では,ある地域の通貨が,他の地域でも流通しうるかどうかを,貨幣理論で最近広く用いられるようになったランダム・マッチング・モデルを用いて理論的な分析をしている。このモデルでは,2 つの地域(R とW と呼ぶ)があり,R としては東アジア,W としてはおそらく米国をイメージしている。したがってW の通貨はドル,R の通貨は円と解釈できる。いずれの地域も多数の個人(論文ではこの個人を国と解釈している)から成り,各個人は,自分の生産する財をドルか円に交換し,さらにその通貨により自分の望む財を買うことにより効用を得る。このモデルで定常均衡とは,財と通貨の交換が自発的に行われ,かつ各地域について,分布(すなわち,財を保有する個人の割合,円を保有する個人の割合,そしてドルを保有する個人の割合)が一定になる状態である 各個人がこの定常均衡で想定されているような交換を自発的に行う条件は,動的計画法(dynamic programming) の重要な分析道具であるベルマンの方程式から導出している。また,上記の定常分布が存在する条件は,想定された交換から得られるマルコフ推移行列により導出する。この章の焦点は,W の地域の個人がドルだけと財を交換するが,R の地域の個人が円ともドルとも財を交換するような定常均衡である。モデルのパラメーターがどのような値をとれば,このような条件をみたす定常均衡が存在するかについて検討がなされている。円の供給が十分大きく,地域間の取引費用が十分小さく,財の数が十分大きく,そしてドルの総供給のうち地域R で保有されるシェア(論文ではm*w)が十分小さければ,あるn(ここにn は,地域R の相対的なサイズ)についてある区間があり,そこでは上記の均衡はただ一つ存在することが示される。 論文の講評 第2 章は,東アジア諸国の高金利(日本と比較して)の,今まで注目されていなかった効果を厳密に統計的に検証した論文として評価できる。高金利を求めて流入した資本が,一斉に流出したことにより東アジア通貨危機が発生したことは,よく知られているが,この高金利がGDPの成長率や経常収支に負の効果を及ぼしていたという指摘は重要であると思われる。また,単位根の検定,共和分の存在の検討といった,最近の計量分析手法を取り入れて実証を行っていることも評価できる。ただし,2.2 節でおこなわれている,推定するVAR システムの理論的導出は,必ずしも説得的でない。また,議論の焦点である金利の変化が外生変数なのか内生なのかという点について,VAR の変数の順序を変えることにより検討すべきだったし,VAR の導出の出発点となったモデルが,既存の開放経済モデルとどのような関連があるのかについての議論が欠けているように思われる。 第3 章は,通貨危機を予測するモデルを構築するという,極めて野心的・実際的な課題に取り組み,一定の成果をあげた研究として評価ができる。通貨危機の決定要因に関する今までの研究は,通貨切り下げの事例を主にヨーロッパ・南アメリカから集め,単にプロービット分析を適用していた。このような手法を東アジアに応用することは,通貨切り下げの事例が少ないため,不可能である。第3 章では,forward premium を従属変数とすることにより,この問題を解決している。これは橋本氏のオリジナルなアイデアではないが,このアイデアが東アジア通貨危機に応用できることに気がついたのは,彼女の貢献である。ただし,推定する関数形の理論的導出において,M2 の対準備比率の導入の仕方は説得的だが,国内の利子率の導入の仕方には,理論的にもう一工夫あってもよいと思われる。M2の対外貨準備残高が実際にBrownian Motion であるかどうかの検討もしてほしかった。また,せっかくforward premium について,1ヶ月もの,3ヶ月もの,6ヶ月もののデータを用いているのだから,この3 つに対応する方程式を同時に推定することも可能であったはずである。シンガポールについては,サンプル期間では実際に切り下げがなかったにもかかわらず,forward premium が変動している。この変動は,切り下げの期待によるものでなく,資本取引に規制があったかもしれない。この点も検討されるべきである。 第4 章は,橋本氏が,最新の計量分析手法を駆使した実証分析ばかりでなはく,純粋な理論分析も行う能力があることを示すものとして評価できる。国際通貨制度について理論的に導かれた結論(ドルが国際通貨として他の地域で流通するユニークな均衡が存在すること)は明快である。ただし,この理論分析には,いくつかの問題がある。第一に,橋本氏のランダム・マッチング・モデルでは,純粋戦略だけが考慮されており,混合戦略は排除されている。また,財と財との交換(バーター)も考慮されていない。これらの仮定を設けていることは,論文では述べられていない。第二に,他の地域が保有するドルのシェア(上記のm*w)は,厳密にはモデルのパラメーターではない。第三に,ドルが国際的に流通する均衡が存在する条件は,m*w が小さく財の数が大きいことであるが,この条件が,東アジア,南アメリカ,東ヨーロッパのような地域で,最近の経済発展の結果成立しやすくなったと解釈するのは,無理(とくに,Matsuyama, K., N. Kiyotaki, and A. Matsui, ”Toward a Theory of International Currency”, Review of Economic Studies, 1993) との関連が明らかにされていない。均衡がユニークであることは,橋本氏の貢献であるように思われる。第五に,東南アジアで各国の通貨や円でなくドルが貿易取引で使われている事実をモデル化するためには,橋本氏の論文のように2 国モデルでなく,第3 国を導入することが必要となる。 論文審査の結論 本論文の第2 章と第3 章は,すでにレフェリージャーナルに掲載が決定していることからわかるように,近年盛んに実証研究が進んでいる東アジア通貨危機の文献への貴重な貢献と考えられる。理論的な分析をおこなった第4 章は,それ自身では一流のレフェリージャーナルに掲載可能だとは思われないが,実証分析を補完する章として有用である。以上の理由により,この審査委員会は,本論文を博士(経済学)の学位を授与するにふさわしいと全員一致で判断した。 | |
UTokyo Repositoryリンク |