学位論文要旨



No 118452
著者(漢字) 前野,貴美
著者(英字)
著者(カナ) マエノ,タカミ
標題(和) 高血圧症患者の外来診療における総合診療部と循環器内科の比較研究
標題(洋)
報告番号 118452
報告番号 甲18452
学位授与日 2003.04.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2187号
研究科 医学系研究科
専攻 社会医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大江,和彦
 東京大学 教授 永井,良三
 東京大学 教授 北村,聖
 東京大学 教授 吉田,謙一
 東京大学 助教授 熊野,宏昭
内容要旨 要旨を表示する

緒言

近年、人口の高齢化、疾病構造の変化に伴って医療の中心は感染症などの急性疾患から生活習慣病などの慢性疾患へとシフトしている。それに伴って、医療の評価においても死亡率や合併症の罹患率などの客観的な指標だけではなく、患者満足度やケアの継続性も重要な要素して注目されるようになっている。また、医療費の高騰が大きな社会問題となっており、質の高い医療を効率よく提供するための具体的方策が求められている。

一方、どの医療機関でも比較的自由にアクセスできるわが国の医療システムにおいては、プライマリ・ケア医と専門医のいずれも受診することが可能である。近年、プライマリ・ケアに対する関心が高まり、体系的なプライマリ・ケアの診療・教育・研究を行う部門として総合診療部を設置する病院が増加しているが、これまでわが国においては総合診療部と専門科の診療の評価は行われておらず、どのような場合にどちらが診療を担当すればより効率的で質の高い医療が提供できるのかという点については検討されていない。本研究は対象疾患として高血圧症を選択し、評価の指標として血圧値の変化、新たに発症した循環器関連合併症の罹患率、患者満足度、通院中断率を用いて、総合診療部と循環器内科における高血圧症患者の外来診療をさまざまな側面から比較し、両者の役割分担について検討することを第一の目的とする。また、生活習慣病の診療において極めて重要な要素であるケアの継続性に焦点を当て、高血圧症患者の外来診療において通院中断に関連する要因を検討することを第二の目的とする。

方法 研究および対象病院の概要

本研究は、研究Iおよび研究IIより構成される。研究Iは、(1)総合診療部と循環器内科における血圧値の変化、新たに発症した循環器関連合併症の罹患率および通院中断率の比較、(2)高血圧症患者の外来診療において通院中断に関連する要因について検討するための後ろ向きコホート研究である。研究Iでは患者満足度について検討することができないため、研究IIとして横断研究である患者満足度調査を行った。対象病院は総合診療部と循環器内科が設置されているK大学附属病院とした。高血圧症患者は本人の希望や受付を担当する看護婦の判断などにより、いずれかの診療科を受診する。

研究I 診療録調査

対象と方法

1997年4月1日から1998年3月31日にK大学附属病院総合診療部又は循環器内科を初診し、高血圧症と診断された20歳以上の外来患者を対象として、外来診療録調査を行った。調査項目は、対象者の属性、診療内容、臨床経過などである。各対象者について臨床経過を2年間調査した。調査期間は2000年4月から2001年5月である。

分析方法

血圧値の変化の比較については6カ月後の収縮期血圧値と初診時の収縮期血圧値の差を血圧値の変化とした。重症度を調整し総合診療部と循環器内科の血圧値の変化を比較するために、血圧値の変化を従属変数、初診時収縮期血圧値、初診時降圧薬内服の有無、診療科を独立変数として投入した重回帰分析を行った。

治療期間に新たに発症した循環器関連合併症の罹患率の比較については、1999WHO-ISHガイドラインに基づく循環器関連合併症(脳血管障害、心疾患、腎疾患、血管疾患)の罹患率を人年法で算出し、両科の罹患率の比較を行った。

通院中断率の比較および通院中断に関連する要因の検討には生存時間解析を用いた。両科の通院中断率を比較するために、通院中断をエンドポイントとする生存率曲線をKaplan-Meier法を用いて科別に作成しウイルコクソン検定を行った。通院中断に関連する要因を検討するため、初めにKaplan-Meier法およびCox比例ハザードモデルを用いた単変量解析を行い、通院中断と関連の見られる患者属性および診療の特徴を表す変数を選択した。次に診療科および単変量解析にて通院中断と関連の見られた変数を独立変数、通院中断をエンドポイントとして Cox 比例ハザードモデルに投入し、ステップワイズ法による変数選択を行った。

研究II 患者満足度調査

対象と方法

2000年1月1日から2001年3月31日にK大学附属病院総合診療部又は循環器内科を初診し、高血圧症と診断された20歳以上の外来患者を対象として、日本語版 Medical Interview Satisfaction Scale(MISS)(箕輪・他1995)を用いた患者満足度調査を行った。また、医師に対する全体的な満足度および継続受診意志についても質問した。調査は郵送法にて行い、回答の得られた対象者の診療録から、合わせて診療内容に関する情報を収集した

分析方法

得られた5段階の評価結果を、評価の高い順に5〜1点に変換して分析に用いた。尺度の信頼性をCronbachのα係数、妥当性については、MISSの得点と医師に対する全体的な満足度および継続受診意志との相関について検討した。

MISSの得点と関連のある要因の影響を調整し両科のMISSの得点を比較するために、MISSの得点を従属変数、診療科およびMISSの得点と関連の見られる患者属性および診療の特徴を独立変数として投入した重回帰分析を行った。

結果

研究I 診療録調査

総合診療部と循環器内科における患者属性および診療の特徴の比較

対象者は総合診療部51名、循環器内科91名、合計142名であった。患者属性では、初診時血圧値、1999WHO-ISHガイドラインに基づく高血圧症の重症度分類に有意差は認められなかったが、循環器内科は初診時に降圧薬を内服中の患者が多かった。総合診療部は75%、循環器内科は50%の患者が併存疾患を有しており、総合診療部は循環器内科と比較して併存疾患を有する患者の割合が高く、1人あたりの併存疾患数も循環器内科が0.73疾患に対して総合診療部は1.37疾患と総合診療部の方が多かった。診療内容では、循環器内科は総合診療部と比較して降圧薬を処方された患者の割合が高く、薬剤の選択にも異なる傾向が認められた。総合診療部は栄養士による食事指導の導入が多かった。治療期間中、両科の患者にさまざまな領域にわたる新たな問題点が生じていた。

血圧値の変化の比較

6ヶ月間の収縮期血圧の変化を算出できた対象者は60名であった。血圧の変化は総合診療部が22.5mmHg(n=19)、循環器内科が23.6mmHg(n=41)で、有意差は認められなかった(P=0.85)。初診時収縮期血圧値および初診時降圧薬内服の有無を調整しても、診療科で血圧値の変化に有意差は認められなかった。

新たに発症した循環器関連合併症の罹患率の比較

治療期間に総合診療部は心疾患が2例、血管疾患が1例、循環器内科は脳血管障害が1例発症した。循環器関連合併症の罹患率は総合診療部が6.8ケース/100人年、循環器内科が1.1ケース/100人年で、総合診療部の循環器関連合併症の罹患率は循環器内科と比較して有意に高かった(χ=2.18 p=0.029)。総合診療部で新たに循環器関連合併症が発症した患者の心血管リスクはいずれも高リスクまたは超高リスクであり、重症度の高い患者であった。

通院中断率の比較および通院中断に関連する要因の検討

通院中断率の推定値は、総合診療部が通院1年後で38.2%、通院2年後で50.8%、循環器内科は通院1年後で28.2%、通院2年後で33.7%となり、有意差は認められなかった(p=0.13)。両科の患者全体での通院中断率の推定値は、通院1年後が32%、2年後が40%であった。通院中断と関連する要因についてCox比例ハザードモデル(ステップワイズ法)を用いて検討した結果、診療科と通院中断との関連は有意にならなかった。年齢、喫煙と通院中断との関連が認められ、通院中断のハザード比(95%信頼区間)は、年齢が0.97(0.94-0.99)、喫煙が2.06(1.02-4.15)であった。

研究II 患者満足度調査

対象者は総合診療部67名、循環器内科37名、合計104名であった。有効回答率は総合診療部56.1%、循環器内科67.6%、全体で60.0%であった。分析には有効回答者の評価結果を用いた。日本語版MISSの各尺度のCronbachのα係数は0.90-0.93であった。日本語版MISSの得点と医師に対する全体的な満足度、継続受診意志との相関係数はそれぞれ0.62、0.77であった。日本語版MISSの平均得点(5点満点)は、総合診療部が4.14点、循環器内科が3.89点で、有意差は認められなかった(p=0.14)。重回帰分析の結果においても、診療科と日本語版MISSの得点の関連は有意にはならなかった。

考察

総合診療部と循環器内科の比較では、両科の患者属性や診療内容が異なることが示された。対象患者の血圧値の変化に有意差は認められなかったが、新たに発症した循環器関連合併症の罹患率は総合診療部で有意に高く、総合診療部で循環器関連合併症が発生した患者はいずれも重症度の高い患者であった。対象患者数および観察期間が十分でなく、また本研究では対象患者に発症した循環器関連合併症のすべてを捉えることができていない可能性はあるが、重症度の高い患者については専門医の介入により患者の予後を改善できる可能性が示唆された。一方、対象者の半数以上が併存疾患を有しており、継続的な診療を提供する過程においてさまざまな領域にわたる問題点が発生していたことから、診療の質の向上には高血圧症自体の診療を向上させると同時に、併存疾患や新たに生じる問題点にも適切に対応する必要があると考えられ、総合診療部が果たす役割も大きいと考えられる。同一疾患でも疾患の重症度や併存疾患の有無、併存疾患の種類などにより、患者のケアにおいて両科に求められる役割が異なると考えられ、今後さらに詳細な検討をする必要があると考えられた。患者満足度および通院中断率については診療科による差は認められなかった。患者満足度については診療科以外の要因が影響している可能性も考えられた。

通院中断に関連する要因について検討したところ、診療科を含めたケアの要因よりも、若年、喫煙といった患者自身の特性と通院中断との関連が認められた。高齢者の通院中断が少ない理由として、若年者に比べて時間的に余裕があることや、併存疾患や合併症を有する可能性が高く継続通院の必要性が高くなること、疾患の認識の違いなどが考えられる。喫煙者については、非喫煙者に比べて健康管理に対する関心の低い者が多い可能性が考えられる。通院中断を減少させるためには、通院中断のリスクが高い患者に対して、治療の必要性や継続診療の重要性などについてより重点的な教育を行うなどの対応が必要であると考えられた。

結論

一大学病院の総合診療部および循環器内科の初診の高血圧症患者を対象として、高血圧症の外来診療における総合診療部と循環器内科の比較を行った。総合診療部では幅広い領域の併存疾患を有する患者の診療を行っていた。診療内容では、総合診療部が患者のライフスタイルの介入を試みている傾向が認められ、循環器内科は降圧薬を処方した割合が高く、薬剤の選択にも両科で異なる傾向が認められた。両科ともに治療期間中にさまざまな領域にわたる新たな問題が発生していた。血圧値の変化に有意差は認められなかったが、総合診療部で新たに発症した循環器関連合併症の罹患率が有意に高く、総合診療部で循環器関連合併症が発生した患者はいずれも重症度の高い患者であった。患者満足度、通院中断率には両科で有意差は認められなかった。

高血圧症の外来診療において通院中断に関連する要因を検討したところ、若年者、喫煙と通院中断の関連が示された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、高血圧症患者の外来診療における総合診療部と循環器内科の役割分担について検討するため、評価の指標として血圧値の変化、新たに発症した循環器関連合併症の罹患率、通院中断率、患者満足度を用いて両科の診療の比較を試みたものであり、以下の結果を得ている。

初診時と6カ月後の収縮期血圧値の差を血圧値の変化として両科を比較したが有意差は認められなかった。重症度を調整するため、血圧値の変化を従属変数、初診時収縮期血圧値、初診時降圧薬内服の有無、診療科を独立変数として投入した重回帰分析を行ったが、診療科で血圧値の変化に有意差は認められなかった。両科における1999WHO-ISHガイドラインに基づく循環器関連合併症(脳血管障害、心疾患、腎疾患、血管疾患)の罹患率の比較を行った結果、罹患率は総合診療部が6.8ケース/100人年、循環器内科が1.1ケース/100人年で、総合診療部の循環器関連合併症の罹患率は循環器内科と比較して有意に高かった。総合診療部で新たに循環器関連合併症が発症した患者の心血管リスクはいずれも高リスクまたは超高リスクであり、重症度の高い患者であった。以上より、重症度の高い患者については専門医の介入により患者の予後を改善できる可能性が示唆された。

両科の通院中断率を比較するために、通院中断をエンドポイントとする生存率曲線をKaplan-Meier法を用いて科別に作成しウイルコクソン検定を行ったが、両科の通院中断率に有意差は認められなかった。通院中断に関連する要因を検討するため、診療科および単変量解析にて通院中断と関連の見られた変数を独立変数、通院中断をエンドポイントとしてCox比例ハザードモデルに投入し、ステップワイズ法による変数選択を行った結果、診療科と通院中断との関連は有意にならなかった。年齢、喫煙と通院中断の関連が認められ、通院中断のハザード比は、年齢が0.97、喫煙が2.06であり、診療科を含めたケアの要因よりも、若年、喫煙といった患者自身の特性と通院中断との関連が示された。

日本語版 Medical Interview Satisfaction Scale(MISS)(箕輪・他1995)を用いて両科の患者満足度の比較を行った結果、日本語版MISSの平均得点(5点満点)は、総合診療部が4.14点、循環器内科が3.89点で、有意差は認められなかった。MISSの得点と関連のある要因の影響を調整し両科のMISSの得点を比較するために、MISSの得点を従属変数、診療科およびMISSの得点と関連の見られる患者属性および診療の特徴を独立変数として投入した重回帰分析を行ったが、診療科と日本語版MISSの得点の関連は有意にはならなかった。

総合診療部は75%、循環器内科は50%の患者が初診時に併存疾患を有しており、継続的な診療を提供する過程において両科の患者にさまざまな領域にわたる問題点が発生していることが明らかにされた。診療の質の向上には高血圧症のみならず、併存疾患や新たに生じる問題点にも適切に対応する必要があると考えられ、総合診療部が果たす役割も大きいと考えられた。

わが国の総合診療部は全国的に広がりを見せており、生活習慣病をはじめとする日常的な疾患の診療に大きな役割を担うようになってきている。しかし、これまで我が国では総合診療部と専門科の診療を比較する研究は行われておらず、両科の役割分担については検討されていなかった。本研究は、頻度の高い生活習慣病である高血圧症について、循環器関連合併症の罹患率、通院中断率、患者満足度などの指標を用い、さまざまな角度から両科の診療を評価した我が国で初めての研究である。本研究は、我が国の医療サービスの供給体制における両科の役割分担について検討する上で重要な示唆を与える独創的な研究であり、学位の授与に値するものであると考えられる。

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