No | 118453 | |
著者(漢字) | 野尻,剛史 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ノジリ,タケフミ | |
標題(和) | マトリックス・メタロプロテアーゼ-1,-3遺伝子多型と心筋梗塞罹患の相関研究 | |
標題(洋) | Genetic Variations of Matrix Metalloproteinase-1 and -3 Promoter Regions and their Associations with Susceptibility to Myocardial Infarction | |
報告番号 | 118453 | |
報告番号 | 甲18453 | |
学位授与日 | 2003.04.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2188号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 近年、個人個人の遺伝子多型に基づいた、<個別化医療(personalized medicine)>の必要性が唱えられている。糖尿病、高血圧、動脈硬化などの<ありふれた病気(common disease)>は、遺伝的背景が存在するものの、メンデルの法則に従わず、多数の遺伝子がその発症に関係すると考えられている。そのため多因子遺伝性疾患(polygenic disease)ともいわれる。したがって、予防医学的な観点からは、こうした疾患感受性に関わる遺伝子多型を多数解明することがまず必要である。 また、一つの薬剤を投与しても、そのレスポンスには個人差があり、また少なからず副作用の問題が存在する。こうした薬剤効果や副作用にも、遺伝子多型の関与が近年指摘されてきている。薬剤効果や副作用に関係する遺伝子多型が多数同定されれば、効率的な薬剤投与が可能となる。 こうしたゲノム医科学の発展には、患者の同意に基づいた遺伝子解析用検体の採取が必要であり、また、臨床情報を蓄積することも必要である。このような研究主旨に基づき、本院の循環器内科では、心臓カテーテル検査を施行した患者の末梢血より遺伝子解析用検体を採取保存し、またこれらの患者の臨床データを、データベースとして構築している。採取された遺伝子解析用検体は、循環器内科とは独立した医療情報部にて二重の乱数化処理を施すことにより、個人情報保護の徹底に努めている。私も循環器内科におけるデータベースの構築に従事してきた。 動脈硬化病変の形成に関わる生理活性物質のひとつとして、近年、matrix metalloproteinases (MMPs) の関与が指摘されている。MMPsは、コラーゲンをはじめとする細胞外マトリックス蛋白の分解作用を有する蛋白分解酵素であり、少なくとも15種類以上の類似遺伝子が遺伝子ファミリーを構成する。そのなかで、matrix metalloproteinase-1 (MMP-1) は細胞外マトリックスのなかで最もポピュラーな構成成分であるI型コラーゲンを分解する。一方で matrix metalloproteinase-3 (MMP-3) は、細胞外マトリックスの幅広い構成成分に対して分解活性を持つ。Matrix metalloproteinases (MMPs) は動脈硬化病変において発現が亢進することが知られている。動脈硬化病変は、マクロファージの泡沫化や血管平滑筋細胞の内膜への遊走により形成され、表面を繊維性被膜で被われている。PDGFやTNF-αなどの動脈硬化病変で発現が亢進するサイトカインは、マクロファージや血管平滑筋におけるMMPsの発現を亢進させることが知られている。発現が亢進したMMPsは血管平滑筋細胞の内膜への遊走を促進し、また、プラーク表面の繊維性被膜を分解することによりプラークの破綻(plaque rupture)を惹起することが示されている。動脈硬化病変プラークの破綻は、急性冠症候群(acute coronary syndrome)の病理学的機序の中心をなすことから、MMPsは心筋梗塞発症に深く関わっていることが推察される。 近年、MMP-1とMMP-3のプロモーター領域において、遺伝子発現の調節に影響を与える遺伝子多型が報告された。Rutter らは、MMP-1遺伝子の転写開始点から1607塩基上流に、グアニンの挿入欠損による1G/2G多型が存在することを報告した。2G allele は転写因子のets-1による調節を受け、1G allele よりも高い転写活性を有する。一方で Henney らは、MMP-3のプロモーター領域において、転写開始点から1171塩基上流にアデニンの挿入欠損による5A/6A遺伝子多型が存在し、レポーターアッセイにより、5A allele が 6A allele よりも高い転写活性を有することを報告した。 そこで私は、これらのMMP遺伝子多型が本邦において冠動脈疾患とりわけ心筋梗塞と相関し、有用な遺伝子マーカーとなりうるかにつき、患者対照比較研究を行った。 疾患群として、当院循環器内科に入院した320人の冠動脈疾患(coronary artery disease; CAD)の患者を用いた。このうち164人は心筋梗塞(myocardial infarction; MI)の既往を有する患者であった。対照群としては、朝日成人病研究所の外来に通院する患者で、運動負荷試験により冠動脈疾患が除外された335人の群を用いた。遺伝子のタイピングは蛍光プローブを用いて解離温度の差異を検出するmelting curve analysis法にて行った。 その結果、まずMMP-3 5A/6A多型に関しては、5A allele の頻度はMI群のほうが対照群と比較して有意に高率であった (MI vs control 0.18 vs 0.12; P<0.05)。また、5A allele の保有者率の比較(5A/5A, 5A/6A vs 6A/6A)においても、MI群の方が対照群よりもより高率であった (MI vs control 33% vs 23%; P<0.05)。しかしながら、MIの既往のないCAD患者群(non-CAD group)を対照群と比較すると、アリル頻度、genotype ともに有意差は認められなかった。さらに冠危険因子を独立変数として多変量解析を行ったところ、5A allele の保有はMIの罹患に関して独立した危険因子であった(相対危険度1.67; 95%信頼区間1.02〜2.74; P<0.05)。こうした傾向を確認するために、心臓血管研究所より302人の心筋梗塞の患者をrecruitし、同様の結果を確認した。 一方で、MMP-1 1G/2G多型は、アリル頻度、genotype ともに疾患群と対照群の比較で有意差が認められなかった。 ところで、MMP-3とMMP-1はともに、第11番染色体長腕22領域に存在することが知られている。しかも両者の距離はおよそ40KB〜50KBと、ほぼ近傍に存在する。そのため、MMP-3 5A/6A多型とMMP-1 1G/2G多型の間には連鎖不平衡が存在することが予想された。そこで私はこれらの多型の組み合わせ解析を行ったが、予想どおり、MMP-3 5A alleleとMMP-1 1G alleleの間に強い連鎖不平衡が認められた(連鎖不平衡係数は、対照群、MI群でそれぞれ、0.84、0.91、0.97)。さらに、これらの遺伝子多型の連鎖に基づいてハプロタイプ解析を行ったところ、5A-1GハプロタイプはMI群の方が対照群よりも統計的有意差を持って高頻度であった(MI vs control 0.17 vs 0.11; P<0.01)。したがって、5A-1Gハプロタイプは、心筋梗塞罹患に関して、有用な遺伝子マーカーとなることが示唆された。 MMP-3 5A/6A遺伝子多型の5A alleleがMIの罹患と関係するという私の結果は、神戸大学によりなされた本邦における先行報告と一致するものである。一方で、今回の私の検討では、5A allele はnon-MI CADとの相関は認められなかった。なぜ、5A allele はMIのみと相関し、non-MI CADとは相関しないのであろうか? MMP-3はヒトの動脈硬化で発現が亢進し、プラークの破綻との関連が示唆されている。5A allelle は 6A alleleよりも転写活性が高いので、5A alleleがMIの発症と関連することは論理的整合性がある。一方で、MMP-3ノックアウトマウスをアポEノックアウトマウスと交配させた最近の報告によれば、むしろコントールマウスに比べて動脈硬化病変が進行しており、動脈硬化の大きさという点についてみれば、従来の考え方と異なり、むしろMMP-3によって動脈硬化が縮退することが指摘されている。私が今回行った患者対照比較試験においても、MMP-3が動脈硬化病変の大きさの進行よりもむしろ、プラークの破綻を介したMIの発症に関係する可能性を示唆していると考えられる。 つぎに、今回の私の検討では、MMP-1プロモーター1G/2G多型は、CADやMIの罹患と相関を示さなかった。2G allele は1G alleleよりも高い転写活性を有し、欧米や本邦の患者対照研究において、悪性腫瘍の罹患や進行と相関が示されている。従って、MMP-1は動脈化病変よりもむしろ、悪性腫瘍罹患と関係するものと考えられる。 最後に、今回私は、MMP-3の5A alleleとMMP-1の1G alleleが、本邦人において、強い連鎖不平衡を形成することを見いだした。MMP-3とMMP-1は第11番染色体において、その間の距離が40〜50KBと極めて近傍に存在するため、これらの遺伝子多型が連鎖不平衡を形成することは妥当と考えられた。むしろ興味深いことは、MMP-3プロモーターの高い転写活性と関係する5A alleleが、MMP-1プロモーターの低い転写活性と関係する1G alleleと連鎖不平衡を形成することである。このことから、MMPsの発現バランスは、全体として調節を受けるメカニズムが働いてきた可能性があることが推察される。また、ハプロタイプ解析を行った結果、5A-1GハプロタイプがMI罹患の有用なマーカーとなることが認められた。第11番染色体長腕22領域にはMMP遺伝子が多数存在し、遺伝子クラスターを形成しているため、5A-1GハプロタイプはMI罹患に関係する他のMMP遺伝子多型とも連鎖している可能性があり、今後の検討が必要である。 以上、私が行った患者対照研究の結果、第1に、MMP-3 5A/6A多型の5A alleleが心筋梗塞罹患の独立した危険因子となりうること、第2に、MMP-3 5A/6A多型の5A alleleがMMP-1 1G/2G多型の 1G alleleと強い連鎖不平衡を形成すること、また第3に、5A-1Gハプロタイプが心筋梗塞罹患に関して有用な遺伝子マーカーとなりうることが示唆された。 | |
審査要旨 | 本研究は、マトリックス・メタロプロテアーゼ-1および-3の遺伝子多型に着目し、本邦における心筋梗塞罹患感受性について患者対照相関研究を行ったものである。マトリックス・メタロプロテアーゼは、動脈硬化病変においてプラークの破綻と関係することが近年指摘されている遺伝子であり、下記の結果を得ている。 164人の心筋梗塞の既往を有する群と335人の心血管病の既往のない群の比較を行った結果、マトリックス・メタロプロテアーゼ-3(MMP-3)プロモーターの5A/6A多型の5A alleleが心筋梗塞の罹患と有意に相関することが示された。この相関は、冠動脈危険因子とは独立したものであった。この傾向を確認するため、他施設より302人の別の心筋梗塞群をrecruitし、同様の結果を確認した。 マトリックス・メタロプロテアーゼ-1プロモーターの1G/2G多型(MMP-1)と心筋梗塞の間に有為な相関は認められなかった。 MMP-1 1G/2G多型とMMP-3 5A/6A多型の間に、強い連鎖不平衡が認められた(連鎖不平衡係数>0.80)。MMP-1とMMP-3は第11番染色体上で極めて近傍に存在するため、この連鎖不平衡は妥当であると考えらえた。 上記の連鎖不平衡を利用してハプロタイプ解析を行ったところ、5A-1Gハプロタイプと心筋梗塞罹患の間に、有意な相関が認められた。 以上、本論文は動脈硬化病変のプラークの破綻に関係するマトリックス・メタロプロテアーゼ(MMPs)の遺伝子多型に着目し、MMP-3 5A/6A多型の5A alleleが心筋梗塞の罹患と相関すること、MMP-3 5A/6A多型とMMP-1 1G/2G多型の間に強い連鎖不平衡が認められること、5A-1Gハプロタイプが心筋梗塞罹患と相関することを示している。特に、これらの遺伝子多型について心筋梗塞罹患との相関についてハプロタイプ解析を行い、其の有用性を示したことは、本邦のみならず世界的にも初めての報告である。本研究は、5A-1Gハプロタイプが心筋梗塞罹患を予想するための臨床的に有用な遺伝子マーカーとなることを示した臨床的価値の高い論文であり、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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