学位論文要旨



No 118454
著者(漢字) 川崎,裕史
著者(英字)
著者(カナ) カワサキ,ユウシ
標題(和) 酸化ストレスによる精巣特異的シャトリング蛋白テスミンの核外輸送制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 118454
報告番号 甲18454
学位授与日 2003.04.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2189号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 助教授 本間,之夫
 東京大学 講師 鈴木,崇彦
 東京大学 講師 吉村,浩太郎
 東京大学 講師 引地,尚子
内容要旨 要旨を表示する

テスミン遺伝子 (a testis-specific metallothionein(MT)-like protein) は精巣特異的に精子形成の早期より発現する遺伝子として1999年に見出された。その後、研究の進展から、テスミン蛋白は定常状態においてパキテン期からザイゴテン期の精母細胞の細胞質に蓄積するが、低用量のカドミニウム投与試験によって、細胞質から核内へ移行して、そのまま核内蓄積し、一定時間後に細胞質に再局在をすることが明らかとなった。このことは、テスミンが低用量カドミウム投与で発生した酸化ストレスで核−細胞質間を往復(シャトリング)する蛋白である可能性を示している。細胞の核へ転写因子や調節因子が規則正しく調節されて移動することの生物学的意義は、遺伝子発現の的確な制御あるいは環境の変化に対して正確な応答を行うことにある。ある一定の大きさ以上の蛋白の核内移行、もしくはシャトリングのメカニズムは、その特異的核移行因子や核外移行因子との相互作用する能力によって決定され、核外移行配列 (nuclear export signal, 以下 NES) 及び核移行配列(nuclear localization signal, 以下 NLS)というシグナルが重要とされる。NES 配列は蛋白を核外に移行させることに関与し、Crm-1/exportin-1 が主要な NES の受容体であることが知られている。Crm-1/exportin-1 と GTPase の一種である Ran と GTP との三者が結合した RanGTP-Crm-1/exportin-1 複合体は NES を有する蛋白を核膜孔を通して核外へ搬出する。この NES を介した蛋白の輸送は酵母から哺乳類まで高度に保存された普遍的な機能であり、疎水性アミノ酸残基が特徴的に配列された典型的な短い NES 配列が数多く報告されている。HIV の ReV/Rex 蛋白、MAP kinase 等、多くの蛋白がこの典型的な ReV/Rex タイプの NES を有し、ロイシンに富んだ四つの疎水性残基が特徴的に配列されている。一方で、近年、酸化ストレスに応答して核内蓄積する転写因子群の配列中にシステインを含み、疎水性アミノ酸残基が特徴的に配列されていない非典型的な NES 配列が報告されるようになってきた。これらの NES の特徴として酸化ストレスに直接応答し、その配列中のシステインが他の疎水性残基同様、核外移行に重要な働きをする。このような酸化−還元反応(reduction-oxidation, redox, 以下レドックスと略)、に依存して制御される NES を持ち、シャトリングする蛋白として酵母の転写因子である分裂酵母の Yap−1, 出芽酵母の Pap-1 が知られている。両者は、細胞内のレドックス状態を感知し、シグナル伝達系転写因子を仲介して細胞増殖や様々な形質転換に関与すると考えられている脊椎動物の Activator protein-1(AP-1)転写因子のホモログである。分裂酵母と出芽酵母という遺伝的に非常に離れた酵母間で同様なレドックス制御が存在し、更に実験的に、この酵母の非典型的な NES が哺乳動物細胞中でも機能することから、哺乳動物細胞でも同様な酸化ストレス応答性 NES の存在が示唆されている。しかし、現在のところ、酵母より高等な真核生物において酸化ストレス応答性 NES の報告例はまだない。

目的と方法

テスミンの配列中に、シャトリング機構に重要な NES, NLS 等のシグナル配列を検索してみると、NES 候補配列が2つ見つかった(図A)。このことから、テスミンはその NES を介して核外搬出されることが予想された。そこで、本研究では、第一章において、遺伝子工学的手法を用いて、これらNES候補配列が実際に機能しているか否か、また、どのアミノ酸残基が重要な働きをしているかの検討を行なった。第二章では、テスミンの核内蓄積現象と酸化ストレスとの関係を解析する目的で、in vitro と in vivoの両面から検討を行なった。

培養細胞 COS 細胞を用い、オワンクラゲの緑色発光物質を改変した Green Fluorescence Protein (GFP) で標識したテスミンおよび各種欠失配列、点突然変異配列(図 B, C)を導入したテスミンを発現させた後、NES の受容体である Crm-1/exportin-1 の特異的阻害剤である leptomycin B (LMB)で処理を行ない、その発現蛋白の細胞内局在を検討した。

ICRマウスおよび Balb/c マウスの二種のマウスの陰嚢部皮下に酸化剤を注射した後の精母細胞内テスミンの局在変化を免疫組織化学的に検討した。 精巣細胞の処理方法として、ICRマウスの場合はインプリンティングで採取した後、空気乾燥を行ない、Balb/cマウスの精巣は凍結乾燥した後、薄切を行なった。

第一章で同定した機能的 NES 配列を GFP で標識した融合蛋白を培養細胞内で発現させた後、酸化剤処理を行ない、その細胞内局在を検討した。

テスミン自体の酸化ストレスへの対応を検討するため、GFPで標識した全長テスミンの融合蛋白を培養細胞内に発現させた後、酸化剤と種々の容量の還元剤を同時に添加し、その細胞内局在を検討した。また、標識をしていない全長テスミンを培養細胞内に発現させ、酸化剤処理後、免疫組織化学的手法により、その細胞内局在を検討した。

結果と考察

テスミンのC末端にある典型的 NES 配列を含む25アミノ酸残基が機能的 NES 配列(以下 NESテスミン)であることが判明した(図B)。また、NESテスミン配列の点突然変異の解析により、テスミンの核外輸送が古典的な4つのロイシン等の疎水性配列による制御のみならず、配列中の458番目のシステインならびにその周辺の電荷アミノ酸残基による制御の二重制御を受けていることが判明した(図C)。

二種のマウスの精母細胞内において、酸化剤処理により、パキテン期の精母細胞の核内に強く蓄積するテスミンが認められた。

「酸化ストレスの4時間の暴露」という処置が「核膜孔の機能不全」などの2次的影響を細胞に与え、結果的にいくらかの蛋白を素通りさせてしまった可能性も否定はできないものの、酸化ストレスの暴露前後における NESテスミンと NESReVの核内蓄積の変化を比較した結果、酸化剤処理により、NESテスミンの核内蓄積は陰性対照である NESReV と比較して明らかに増大した。したがって、NESテスミンがレドックス感受性である可能性が示唆された。

GFP で標識した全長テスミンの培養細胞の核内に蓄積する割合は、還元剤処理により、濃度依存的に阻害された(図D)。また、標識をしていない全長テスミンは、酸化剤処理により、大半の細胞の核内に強く蓄積していた。

in vivo の実験結果とも突き合せて考察すれば、in vitro の実験系で証明した NES を用いたシャトリング機構が in vivo における酸化ストレス応答に一役買っている可能性は高いと考えられ、精母細胞におけるテスミンのレドックス感受性核内蓄積および分子生物学的核−細胞質間シャトリング機構のモデルを提示した。すなわち、定常状態ではテスミンは常に核内に輸送されているが、同時に核外にも輸送されているために、そのバランスで核内のテスミンは比較的低濃度に保たれていると考えられる。しかしながら、酸化ストレスにより、後者の核外輸送が特異的に阻害されるとテスミンは核内に蓄積すると考えられる。レドックス制御を受けるNESを持つ蛋白は、現在のところ、酵母では2, 3知られているものの、高等真核生物においてはまだ見つかっていない。したがって、このテスミンは高等真核生物におけるレドックス制御を受けるNESを持つ蛋白としてはじめての報告例となる。テスミンのホモログはNESテスミンと高い相同性を示すことから、酸化ストレスがNES機能を阻害する分子機構は、他の動物種にも広く共通する分子機構であると考えられる。

NESテスミンは線虫、ショウジョウバエを初め、動物ゲノム全域にわたり高い相同性を持つ典型的NESのコンセンサス配列(NES-2)を持つ。テスミンのC末端側181-468aa.配列中、NESテスミンの各部位を中性アミノ酸に置換し、その核外搬出能力を段階別に分類し検討した。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はマウス精母細胞核−細胞質間を往復するシャトリング蛋白テスミンの生理学的機能解明の一環として、そのシャトリング機構を調べるため、遺伝子工学的手法(デリーションミュータントの作成と細胞導入)を用いてシャトリング機能を担う配列を同定し、さらに、動物実験および細胞実験にて、酸化ストレス投与後のテスミンの細胞内局在変化の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

テスミン分子内に、他のシャトリング分子と相同性を示した核外移行因子と想定される2ケ所の配列を検索によって探し当て、この配列が、真に核外移行に関与しているかを、テスミンおよび各種欠失配列、点突然変異配列を導入したテスミンを GFP で標識し、培養細胞に発現させた後、leptomycin B 処理を行ない、その発現蛋白の細胞内局在を検討した。その結果、テスミンのC末端にある典型的NES配列を含む25アミノ酸残基が機能的NES配列(以下NESテスミン)であり、他の1箇所は関与しないことが示された。

NESテスミン配列の中のアミノ酸を中性アミノ酸に置換する点突然変異の解析により、テスミンの核外輸送には、古典的な4つのロイシン等の疎水性配列のみならず、配列中の458番目のシステインならびにその周辺の電荷アミノ酸残基が重要である事が示され、このシステインが細胞の酸化−還元状態を感知し、細胞内局在を変化させているという可能性が考えられた。

細胞実験において、GFPで標識したNESテスミンが発現した培養細胞に酸化ストレスを与えた結果、NESテスミンの核内蓄積が示された。「酸化ストレスの4時間の暴露」という処置が「核膜孔の機能不全」などの2次的影響を細胞に与え、結果的にいくらかの蛋白を素通りさせてしまった可能性も否定はできないものの、酸化ストレスの暴露前後における NESテスミンの核内蓄積の変化を検討した結果、ジエチルマレイン酸処理により、NESテスミンの核内蓄積は陰性対照である NESReV と比較して明らかに増大した事が示された。したがって、NESテスミンがレドックス感受性である可能性が考えられた。

細胞実験において、全長テスミンの酸化ストレスに対する反応を検討した結果、GFP で標識した全長テスミンは培養細胞に発現した後、酸化剤処理によって核内蓄積する割合は、同時に添加した還元剤の濃度に依存して阻害された。また、標識をしていない全長テスミンは、培養細胞内に発現した後、酸化剤処理によって、大半の細胞の核内に強く蓄積したことが免疫組織学的解析によって示された。このテスミンの核内蓄積は、先に示された核外移行因子のシステインの酸化-還元状態認識による機能変化に基づくものと推論された。

ホモロジー検索の結果、テスミンのホモログは NESテスミンと高い相同性を示したことから、酸化ストレスが NES 機能を阻害する分子機構は、他の動物種にも広く共通する分子機構である可能性が考えられた。

以上、本論文は精巣特異的シャトリング蛋白テスミンにおいて、遺伝子工学的手法による解析により、現在のところ高等真核生物においては、まだ見つかっていないレドックス制御を受けるNESの存在を指摘し、実際に、マウス精母細胞内における酸化ストレスによるテスミンの細胞内局在変化を示す結果を得ている。本研究はこれまで未知に等しかった、精巣における酸化ストレスによるシグナル伝達、男性生殖細胞の分化の解明にも貢献する可能性も考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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