学位論文要旨



No 118457
著者(漢字) 河野,由理
著者(英字)
著者(カナ) カワノ,ユリ
標題(和) 病院勤務看護師における職業性ストレス要因と心理的および身体的症状の関連
標題(洋) Associations of Job Stress Factors with Psychological and Somatic Symptoms in Japanese Hospital Nurses
報告番号 118457
報告番号 甲18457
学位授与日 2003.04.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2192号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菅田,勝也
 東京大学 教授 久保木,富房
 東京大学 助教授 佐々木,司
 東京大学 助教授 錦戸,典子
 東京大学 助教授 山崎,喜比古
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

近年、一般企業労働者において、慢性的な職業性ストレス要因が健康に及ぼす影響が報告されており、個別の対応と並行して、予防的対策として職場環境に起因する職業性ストレス要因を軽減することの重要性が議論されている。ILO の報告書によれば、看護職はストレスの高い職業に挙げられており、看護職における職業性ストレス要因と心身の健康、および職務満足感などの関連も報告されている。しかしながら、先行研究はストレス要因や症状が限定されているものが多く、適性などの仕事に関連した個人の特性を検討している研究は少ない。また、看護職を対象とした職場環境への介入およびその効果評価に関する報告や、多様な部署の特徴を考慮して具体的な職業性ストレス要因を明らかにした研究はほとんどない。

そこで本研究は、病院勤務看護師を対象として、仕事の適性度を含む職業性ストレス要因を多軸的に測定し、多様な心理的および身体的症状との関連を明らかにすることと、さらに調査結果を部署単位でフィードバックした上で、看護師における部署別の特徴をふまえた具体的なストレス要因を詳細に記述することを目的とした。

方法

2002年8月に、名古屋市近郊にある、急性期の入院患者が多い4病院に勤務する常勤の看護職1,882名を対象に、無記名自記式質問紙調査を実施した。調査は書面で無記名性およびプライバシーの保護を説明後、参加の同意の得られた対象者に対して行い、1,737名(92.3%)から回収した。調査項目全てに回答の得られた1,599名(男性48名、女性1,551名)のデータを解析した。対象者の平均年齢は、31.4歳(SD=8.8、範囲20-62)であり、既婚者は530名(33.1%)、看護師の資格を有する者は1,511名(94.5%)、交替勤務者は1,194名(74.7%)であった。

本研究では、職業性ストレス簡易調査票(下光ら、2000)を使用して、職業性ストレス要因(仕事の量的および質的負担、職場の対人関係、職場環境、仕事のコントロール、技術の活用度、仕事の適性度、上司、同僚、および家族や友人からの支援)、および心理的、身体的症状(活気、イライラ感、疲労感、不安感、抑うつ感、心理的症状[活気以外の4尺度の合計から、活気のスコアを引いたもの]、および身体愁訴)を測定した。各尺度の信頼性、因子妥当性、および基準関連妥当性は報告されている。

次に2002年9月に各部署の看護師長に対して、それぞれの部署および病院の結果を、各ストレス要因と心理的、身体的症状に関する説明、およびストレス軽減のためのアドバイスとともに報告した。さらに参加の同意の得られた4病院の72名の看護師長を対象に自記式質問紙調査を実施し、看護師における具体的なストレス要因を調査した。

統計解析の有意水準は1%(両側検定)とした。

結果

職業性ストレス要因のうち、仕事の質的負担および同僚からの支援は、それぞれ仕事の量的負担および上司からの支援と中等度の相関が認められたため(それぞれr=0.56, r=0.46)、以下の解析から除外した。年齢、性、婚姻状態、資格、勤務形態および部署を調整した重回帰分析の結果、病院勤務看護師において、仕事の量的負担は、疲労感、不安感、心理的症状および身体愁訴に対して最も関連が大きく、イライラ感および抑うつ感にも関連していた。仕事のコントロールは、不安感に対して最も関連が大きく、活気の低下、疲労感、抑うつ感および心理的症状に対しても関連が認められた。仕事の適性度は、活気の低下、抑うつ感および心理的症状に対して最も関連が大きく、イライラ感および疲労感にも関連していた。職場の対人関係は、イライラ感に対して最も関連が大きく、抑うつ感および心理的症状にも関連が認められた。上司、家族や友人からの支援は、活気の低下に関連していた。

看護師長を対象とした記述調査から、看護師における部署別の特徴をふまえた詳細なストレス要因が明らかになった。看護師の仕事の量的負担が非常に大きいことについては、スタッフ人員に対して仕事量が多すぎることが各部署に共通して挙げられた。この具体的な要因として、急性期病院の特徴である患者の入退院が多いこと、日常生活全般のケアが必要な患者が多いこと、特に2〜3名での夜勤の負担が大きく、夜勤回数が多いことや、新人の指導、および看護師の役割が多いことが挙げられた。一方、病欠や産休によるスタッフ不足も挙げられた。

仕事の質的負担についても、看護師は他専門職よりも非常に大きかったが、これに影響する要因は、重症である、緊急性が高い、または合併症のある患者に対する治療の介助、症状の管理、および日常生活全般のケアが多いことが全ての部署に共通し、部署別では、小児または高齢の患者への対応が挙げられた。また、多様な疾患の患者が入院することや、新しい知識や技術の習得を自己で行うことも挙げられた。外来では、入院期間の短縮のために、重症の患者や外来化学療法を行う患者が多いことであった。

仕事のコントロールの低さに影響する要因は、人員不足のため、各看護師の業務量が非常に多くなること、経験のある看護師の不足、および検査や治療の介助の時間が決められていることが各部署に共通していた。手術室の看護師においては、患者と接する機会が非常に少なく、治療の介助が主であるため、他部署よりもコントロールが低いことが特徴的であった。

職場の対人関係では、医師との協力関係が全ての部署に共通する要因であった。上司からの支援に影響する要因は、多忙であること、看護師長が管理するスタッフの人数が多いこと、および一人の看護師長が2部署以上を兼任するために、スタッフとのコミュニケーションが不足することが各部署に共通していた。また、看護師長の経験不足のため、専門技術に関するサポートができないことも挙げられた。同僚からの支援については、経験のあるスタッフからの支援の不足が挙げられた。

考察および結論

本研究の結果から、看護師における職業性ストレスに対する対策として、仕事量に合った人員および経験のある看護師を配置し、各部署においてより効率的に業務を行う方法を工夫することや、病欠や産休による人員不足への対応が必要であると考えられた。特に、新しい知識や技術を習得する機会を設けることや、看護師に対するコンサルテーションを行うことは、仕事の質的負担の軽減に寄与すると考えられた。また、患者の治療やケアにおいて医師や他の医療専門職と協力関係を築くために、定期的に話し合う機会をもつことは重要であると思われた。上司や同僚からの支援に対しては、看護師長の異動の際にその専門領域を考慮することや、各部署において中堅のキャリアの看護師がスタッフを支援できるように、経験のある看護師の実践能力および指導能力を高める教育を行うことが必要であると考えられた。一方、手術室の看護師に対して、手術前の患者訪問のような業務を考慮することによって、仕事のコントロールを高めることが重要であると思われた。

結論として、急性期病院の看護師において、仕事の量的負担、仕事のコントロールおよび仕事の適性度は、上司からの支援よりも、心理的症状への影響が大きいことが示唆された。職場の対人関係は、イライラ感、抑うつ感および心理的症状に影響していた。上司、家族および友人からの支援は、活気に対して重要であると考えられた。これらの慢性的な職業性ストレス要因は、身体的症状よりも心理的症状に対して関連が強いことが示された。配属先の決定の際に看護師の仕事の適性を考慮し、個々の看護師の目標を支援することなどによって、働きがいを高めることが必要であると考えられた。また、仕事の量的負担を軽減すること、仕事のコントロールを高めること、および職場の対人関係を改善することは、看護師のメンタルヘルスに寄与する可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は, 病院勤務看護師を対象として、仕事の適性度を含む職業性ストレス要因を多軸的に測定し、多様な心理的および身体的症状との関連を明らかにした。さらに調査結果を部署単位でフィードバックした上で、看護師における部署別の特徴をふまえた具体的なストレス要因を詳細に記述することを試みた。本研究では、大都市部近郊にある4つの急性期病院の常勤看護職を対象として、無記名自記式質問紙調査を実施した。職業性ストレス要因、および心理的/身体的症状の測定には、信頼性および妥当性が示されている職業性ストレス簡易調査票(下光ら, 2000)を使用した。ストレス調査終了後、各部署および病院の結果を、それぞれの看護師長に対してフィードバックし、さらに各部署における具体的なストレス要因について記述調査を行った。主要な結果は下記の通りである。

急性期病院の看護師は、他の専門職よりも仕事の量的および質的負担が非常に大きく、仕事のコントロールが低かった。一方、仕事の適性度、上司、同僚、家族や友人からの支援は、他の専門職と同様であった。また、看護師は他の専門職よりも、疲労感、不安感、および抑うつ感が非常に高く、イライラ感および身体愁訴が高かった。看護師は他の女性専門職よりも活気が低かった。

部署別の比較において、外来の看護師は病棟、ICU、手術室よりも、仕事の量的および質的負担が小さかった。一方、ICU の看護師は病棟および手術室よりも、仕事の質的負担が大きかった。手術室の看護師は病棟、ICU、外来よりも、仕事のコントロールおよび仕事の適性度が低かった。外来の看護師は病棟、ICU、手術室よりも心理的/身体的症状が低かった。これらの結果から、病棟およびICUの看護師においては、交替勤務であることと、仕事の量的および質的負担が大きいことが、心理的/身体的症状に影響していると考えられた。一方、手術室の看護師に対しては、仕事のコントロールおよび仕事の適性度の改善が重要であると思われた。

年齢、性、婚姻状態、資格、勤務形態および部署を調整した重回帰分析の結果、看護師において、仕事の量的負担は、疲労感、不安感、心理的症状および身体愁訴に対して最も関連が大きく、イライラ感および抑うつ感にも関連していた。仕事のコントロールは、不安感に対して最も関連が大きく、活気の低下、疲労感、抑うつ感および心理的症状に対しても関連が認められた。仕事の適性度は、活気の低下、抑うつ感および心理的症状に対して最も関連が大きく、イライラ感および疲労感にも関連していた。職場の対人関係は、イライラ感に対して最も関連が大きく、抑うつ感および心理的症状にも関連が認められた。上司、家族や友人からの支援は、活気の低下に関連していた。仕事の量的負担、仕事のコントロールおよび仕事の適性度は、上司からの支援よりも、心理的症状への影響が大きいことが示唆された。

このように慢性的な職業性ストレス要因は、身体的症状よりも心理的症状に対して関連が強いことが示された。配属先の決定の際に看護師の仕事の適性を考慮し、個々の看護師の目標を支援することなどによって、働きがいを高めることが必要であると考えられた。また、仕事の量的負担を軽減すること、仕事のコントロールを高めること、および職場の対人関係を改善することは、看護師のメンタルヘルスに寄与する可能性が示唆された。

看護師長を対象とした記述調査から、看護師における詳細なストレス要因が明らかになった。各部署に共通して挙げられたストレス要因には、仕事の量的および質的負担があり, その原因としてスタッフ人員に対して仕事量が多すぎること、および病欠や産休による人員不足が考えられた。また、各看護師の業務量が非常に多くなること、および経験のある看護師の不足が仕事のコントロールの低さに影響すると考えられた。

職場の対人関係では、医師との協力関係が全ての部署に共通する要因であった。また、看護師長が専門技術に関するサポートができないことや、一人の看護師長が管理するスタッフの人数が多いこと、および2部署以上を兼任することが、上司からの支援に関連すると思われた。同僚からの支援については、経験のあるスタッフからの支援の不足が挙げられた。

部署別の特徴として、入院期間の短縮のために、重症の患者や外来化学療法を行う患者が多くなることが外来看護師の質的負担に関連すると思われた。手術室の看護師においては、患者と接する機会が非常に少なく、治療の介助が主であるため、他部署よりもコントロールが低いことが特徴的であった。

看護師における職業性ストレスに対する対策として、各部署に仕事量に合った人員および経験のある看護師を配置し、より効率的に業務を行う方法を工夫することや、病欠や産休による人員不足への対応が必要であると考えられた。特に、新しい知識や技術を習得する機会を設けることや、看護師に対するコンサルテーションを行うことは、仕事の質的負担の軽減に寄与すると考えられた。また、医師や他の医療専門職と、患者の治療やケアについて定期的に話し合う機会をもつことは重要であると思われた。上司や同僚からの支援に対しては、看護師長の異動の際にその専門領域を考慮することや、各部署において経験のある看護師の実践能力および指導能力を高める教育を行うことが必要であると考えられた。一方、手術室の看護師に対しては、手術前の患者訪問のような業務を考慮することによって、仕事のコントロールを高めることが重要であると思われた。

以上、本研究は、病院勤務看護師における職業性ストレス要因を多軸的に測定し、それらが身体的症状よりも心理的症状と関連が強いことを明らかにした。また、部署別の特徴をふまえた具体的なストレス要因を詳細に記述した。本論文において広範かつ詳細に示された看護職の職業性ストレス要因、およびそれらと症状との関連は、医療機関で働く看護職のストレス対策に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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