学位論文要旨



No 118458
著者(漢字) 松本,昌子
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,アキコ
標題(和) 閉塞性動脈硬化症患者における自覚的健康状態質問票の開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 118458
報告番号 甲18458
学位授与日 2003.04.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2193号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 數間,惠子
 東京大学 教授 花岡,一雄
 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 助教授 川久保,清
 東京大学 助教授 横山,和仁
内容要旨 要旨を表示する

緒言

閉塞性動脈硬化症 (ASO : arteriosclerosis obliterans) のQOL (Quality of Life) は、健康関連QOL尺度によって測定・解釈・比較されるようになった。一方で、それらの測定結果が種々の臨床指標で示される状態と乖離しているという指摘があり、ASO 患者の健康障害への反応性、重症度分類そのものの妥当性について疑義が生じた。従来、ASO 患者への様々な治療は歩行機能の改善や特定の症状からの開放をもたらすと考えられてきたが、症状や障害とQOLとの関連は明らかでなく、測定結果の利用にも制約があった。わが国においては、ASO 患者の自覚する症状や障害・困難を査定及び記録するための科学的かつ妥当な方法はなく、信頼できる測定用具を用いて療養の意思決定やその評価を行った報告は極めて少なかった。

本研究の目的は、ASO患者の自覚する症状や障害・困難とQOLとの関係を明らかにすること、並びにASO患者が自覚している特有の症状及び健康障害を捉えることができ、種々の臨床指標との併存妥当性が確保された患者立脚型質問票を開発することである。この論文は3部より成り、文献レビュー、項目選定、計量心理学的検証の順に示している。

末梢動脈に閉塞性病変のある患者の査定方法(総説)

目的

ASO 患者の疾病重症度として妥当な臨床指標の選択に関する資料を得るとともに、既存の健康関連 QOL 尺度で測定される ASO 患者の健康状態と査定上の問題を総括すること。

方法

WHO/Rose Questionnaire、PAVK-86 (Patienten mit Arteieller Verschlub Krankheit)、CLAU-S (Claudication Scale)、SF-36 (Medical Outcome Study Short Form-36) などの疾患特異的・健康関連QOL尺度17種類と、これらの質問票と同時に用いられたABI(Ankle-Brachial pressure Index)やトレッドミル歩行検査などの各種検査方法による臨床指標について文献レビューを行った。

結果及び考察

SF-36をはじめとする健康関連QOL尺度で測定されるASO患者のQOLは健康な人と比べて全般的に低く、特に痛みや身体機能で有意に低いが、必ずしも精神的側面や役割機能が低下しないのが特徴的であった。血行再建術では種々の健康関連QOL尺度で示されるQOLの術後短期における向上がめざましく、特に移動能力や痛みの下位尺度での改善が著明だが、その後一年を経過するうちに他の運動療法や血管形成術と類似したカーブで徐々にQOL全体が低下していく傾向が明らかとなった。

本研究では、ASO 患者に特異的な健康状態質問票の開発における課題への方策を次のように考えた。基準となる指標として、比較可能性の高い健康関連QOL尺度であるSF-8(試用)、重症度分類として近年妥当性が示された客観的検査法である近赤外線分光法 (NIRS: Near-infrared Spectroscopy) における回復時間 (RT: Recovery Time) を利用すること。重症度との乖離を防ぐため、PAVK-86をはじめとしてこれまで末梢血管障害患者に用いられ検索可能であった全ての項目を基に、臨床的整合性を考慮して構成概念を調整し、これに従って患者の回答と意見を得ること。質問票の計量心理学的検証では、ASO 患者の代表的なサンプルを利用することを重視し、一定期間に当該施設に新規に登録された患者のすべてを調査対象とすることである。

閉塞性動脈硬化症患者の自覚的健康状態と項目選定

目的

ASO患者の自覚症状・健康障害・QOLについて幅広く調査すること。ASO患者で観察される広汎な健康障害とASO及びSF-36によるQOLとの関連から、QOLに影響を及ぼすようなASO患者に特有の症状を捉えるのに有用な項目を選定すること。

方法

PAVK-86及び関連の深い併存症についての健康障害質問票の項目をもとに、1あしの症状、2痛みと症状、3痛みに伴う動作の困難、4跛行距離、5病気に対する不安など15領域を臨床上の意義を考慮して構成し、ASO患者特異的質問票案(121項目)を作成した。2001年6月の8調査日に東京大学医学部附属病院血管外科外来及び入院中の23人の患者を対象にSF-36併せて用い自記式を基本としつつ面接により調査を実施し、診療録・診療情報端末を通じて治療・背景情報を収集した。

項目選定の条件は、有症割合が高いこと、症状の程度が強いこと、患者評定にばらつきのあることとした。項目評定と QOL とのピアソン相関係数や、選定・構成された下位尺度でのクロンバックαを資料とし、患者の意見を考慮しつつ、項目・回答様式・下位尺度の項目構成を調整し、専門家グループでの合意が得られることで内容妥当性を確認した。

結果及び考察

SF-36で測定されるQOLは、日本国民基準値との比較において、いずれの下位尺度においてもASO患者でQOLが低いという結果であった。体の痛みや身体機能での低下は、末梢血管障害患者で示された他の結果とほぼ同様であったが、心の健康・社会的生活機能の低下は著しく、従来、心理側面は比較的良好な状態で保たれるとする報告と反する結果となった。

下肢症状に関連する項目では、「歩いている途中で、足が痛くなる」はすべての患者に自覚され、程度も強く評定された。腰掛けている、横になって寝転んでいるなどの安静やごく軽度の労作の状態にあっても、30%以上の者で何らかの障害が自覚され、無症候とはならなかった。心理的側面に関連する項目では、患者は痛い時だけの問題や病気とは関係のないことと捉え、ASO に関連する健康障害と判断することは困難であると考えられたため、多くの項目を削除した。

ASOのための自覚的健康状態質問票(7下位尺度(37項目))〔I広汎な症状(17)II跛行距離(5)III移動に伴う痛み(4)IV社会的役割(3)V治療に対する満足(2)VI病気への不安(4)VII全般的健康度(2)〕と、日常生活動作に伴う困難(16)、属性(8)、SF-8(試作) (8)という部分に調整され、I〜VIIにおけるクロンバックαは0.61〜0.87となった。選定された項目は、ABI・NIRS-RTとの相関は得られなかったが、QOLに影響を及ぼすようなASO特有の症状項目を選ぶ事を重視し内容妥当性を優先した。

第3部 閉塞性動脈硬化症患者のための自覚的健康状態質問票の計量心理学的検証

目的

作成された質問票の計量心理学的検証

方法

ASO患者のための自覚的健康状態質問票(7下位尺度37項目)、SF-8(試作)を用いて、2000年1月〜2001年6月に当該診療科外来を新規に受診した患者及び調査時点で入院待機中の患者で、ASO診断及びその疑いで登録された連続する250人を対象とし、149人(59.6%)から回答を得た。診療録・診療情報端末を通じて治療・背景情報を収集した。このうち無作為に抽出された22人に対して2週間後を目途に再テストを実施した。手順に従って、信頼性・妥当性を検討した。

結果及び考察

回収された患者のうち、ASO が除外された者、脊柱管狭窄症併存患者、全ての病歴が追跡困難であった者を除き、分析対象患者は100人となった。本質問票が想定した7下位尺度(37項目)のそれぞれでのクロンバックαは0.77〜0.9以上で、良好な内的一貫性が得られた。再現性は、14人について2回の調査のピアソン相関係数で検討した。V治療に対する満足、VI病気への不安、VII全般的健康については関連が弱く再現性が十分支持されたとはいえないが、I広汎な症状のうちASO関連項目、II跛行距離はきわめて良好、III移動に伴うあしの痛み、IV役割機能では良好な内的一貫性が確認された。

収束及び弁別妥当性は、項目-下位尺度ピアソン相関係数によって検討した。概ね下位尺度との関連は良好であったが、I広汎な症状のうちのASO関連項目とIII移動に伴うあしの痛みは明確には弁別されなった。第2部での患者意見で示されたように、痛みが動作に伴ったものである場合が多く、分離して測定することは困難であり患者自身にも独立した認知はない可能性が考えられた。基準関連妥当性は、SF-8(試作)の相応する下位尺度とのピアソン相関係数によって検討した。概ね良好な結果が得られたが、V治療に対する満足は、相関の符号も一致せず、これに含まれる2項目がQOLと相応する関係がないことが伺われた。これらの下位尺度の因子妥当性を探索的因子分析によって検討したところ、想定の構成概念とは大きく違わないこと、臨床的意義と乖離させないことを考慮して、想定の項目-下位尺度構成にしたがって算出した下位尺度合計評定を因子得点とみなして分析に用いた。

回答により分類される3群(なし・非定型的間歇性跛行・定型的間歇性跛行)の跛行では、これに応じて自覚的健康状態及びSF-8(試作)、ABIが有意に低下し(一元配置分散分析)、NIRS-RT も延長する傾向が認められた。対象患者では、本質問票で測定される健康状態が悪いほどSF-8(試作)で測定されるQOLが低下することが示された。下肢症状についての評定を用いて患者を2群に分類すると、軽症群では重症群に比べて、SF-8(試作)、本質問票の下位尺度、ABI、NIRS-RTが良好となる傾向はあったが、その併存性は明確ではなかった。V治療に対する満足については、種々の信頼性・妥当性が確認できず・逆転尺度を含むこと、ASO患者の健康状態の構成概念とすることに改善の必要があると考えられた。

結論

ASO患者の健康障害を捉えられる患者立脚型質問票を開発するため、パイロットスタディーを経て作成された7下位尺度37項目からなるASO患者のための自覚的健康状態質問票を用いて調査し、脊柱管狭窄症併存者を除いたASO患者100人から得られた回答をもとに計量心理学的検証を行った。SF-8(試作)、NIRS-RTを外的基準として、下位尺度V治療に対する満足を除いて、概ね本質問票の信頼性・妥当性が確認された。今後の利用では、ASO患者の自覚的健康状態の構成概念の変更と、その解釈に注意が必要である。

ASO では、これまで妥当な患者立脚型指標がなく、客観的疾病重症度が普及していなかったために、患者の状態を適正に査定できず、看護や治療の評価が困難であった。本質問票を用いた測定は、患者の健康状態を健康関連QOL尺度で測定されるQOLや客観的検査法で測定される疾病重症度と関連させて査定する資料となる。患者立脚型指標は跛行を本態とするようなASOの場合、客観的検査法と並んで療養上の意思決定の資料の一部として重要であり、この利用がASO患者の療養において大いに期待されているため、信頼性・妥当性の根拠を一層補強する必要もある。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、閉塞性動脈硬化症 (ASO: arteriosclerosis obliterans) による機能的な疾病重症度と患者の主観的な健康障害を捉えられる患者立脚型質問票を開発するために、文献レビュー、パイロットスタディー及びこれらによって調整された「ASO患者のための自覚的健康状態質問票」を用いた調査結果に基づいて計量心理学的検証を行い、以下の知見を得ている。

PAVK-86によれば、包括的健康関連QOL尺度におけるQOLあるいは健康状態を加味して、末梢動脈の閉塞性病変のある患者の疾患特有の健康障害を反映することが可能であるが、Fontaine 分類やトレッドミル歩行距離以外の客観的指標による疾病重症度との関連が実証されておらず、特に、血管造影の結果と相応しないことが明らかにされているため、新しい質問票の開発には、客観的検査法として近年妥当性の示されたNIRS-RTを利用することが有用であると示された。

ASO患者23人における、網羅的項目リストへの回答、面接とNIRS-RT、包括的健康関連QOL尺度との関連の検討により、7下位尺度37項目からなる「ASO患者のための自覚的健康状態質問票」が作成された。

連続するASO患者100人における計量心理学的検証では、本質問票を構成する7下位尺度のうち、I広汎な症状、III移動に伴う痛み、IV役割機能、V病気への不安、VII全般的健康度の内的一貫性、収束及び弁別妥当性が概ね確認された。一方で、V治療における満足は、種々の検討で良好な結果は得られなかったため、回答様式、構成概念から除外するなどの改善が必要であると考えられた。

本質問票で評定されたASO患者の健康障害は、SF-8(試作)で測定されるQOLと強い関連があり、症状が広範且つ強くなるほど健康障害は広範囲に障害されることが示された。回答により分類される3群(なし・非定型的間歇性跛行・定型的間歇性跛行)の跛行では、これに応じて自覚的健康状態及びSF-8(試作)、ABIが有意に低下し、NIRS-RTも延長する傾向が認められた。ASO関連項目の合計評定(症状得点)の中央値により患者を2群に分類すると、軽症群は重症群に比べて本質問票下位尺度、SF-8(試作)が有意に良好で、ABI、NIRS-RTも良好であり、併存妥当性が示された。

パイロットスタディー及び本調査で観察されたASO患者の健康障害は、無症候性のもの、移動時に発現するもの、下肢に限局するもの、安静時にも自覚があるものがあり、症状が強ければ健康障害は下肢に限局せず、広汎に健康障害が及ぶことが示された。

以上により、本研究において開発された「ASO患者のための自覚的健康状態質問票」を用いた測定によって得られる疾病特有の症状や健康障害の程度は、疾病重症度や QOL との関連を有し、跛行という主観的病態を本態とする ASO の患者の査定及び療養上の意思決定において有用な資料となることが示唆される。また、ASO 患者の自覚する症状・健康障害を記述した基礎的な成果として重要であると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク