学位論文要旨



No 118462
著者(漢字) 樋野,公宏
著者(英字)
著者(カナ) ヒノ,キミヒロ
標題(和) 商店街と住民との協働による地域貢献事業の実施に関する研究
標題(洋)
報告番号 118462
報告番号 甲18462
学位授与日 2003.05.14
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5557号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小出,治
 東京大学 教授 大方,潤一郎
 東京大学 助教授 城所,哲夫
 東京大学 助教授 北沢,猛
 東京大学 助教授 小泉,秀樹
内容要旨 要旨を表示する

わが国の小売商店数は、昭和57年以降、一貫して減少を続けている。従業者規模別に見ると、中・大規模小売業が拡大しているのに対し、小規模小売業が大きく減少している。そのため、小規模小売業で構成される商店街の衰退状況は著しく、活性化の一方策として、希薄化した地域との繋がりを再構築する必要性が言われている。

一方で、高齢化の進むわが国では、今後も高齢者人口は2020年まで急速に増加すると推計されている。世帯構成別に見ると、「三世代世帯」の割合が低くなり、「単独世帯」と「夫婦のみの世帯」の割合が高くなってきている。高齢者は一般的に、住居を中心とした、徒歩によって移動可能な行動範囲(日常生活圏)で多くの生活時間を送るようになる。よって高齢者のみの世帯が増加する一方、身近な商店街の商店が店を閉め、車での買物を前提とする郊外の大型店が生き残れば、日常的な買物に不便を感じる高齢者が増加する可能性はきわめて高い。これは高齢者に限った問題ではなく、身体障害者、病弱な人、それらを抱えた家族、未就学児を抱えた母親、共働き世帯なども、高齢者と同様に買物弱者として想定される。一般に立地条件が良い商店街の小売機能を維持することが、買物弱者への対応策として効率的であろう。

近年、補助制度の充実とともに、宅配サービスを実施する商店街が増えている。これは、買物弱者への買物機会提供という商店街に求められる機能を強化すると同時に、商店街が地域との繋がりを再構築するための事業としても位置付けられる。営利企業にも宅配サービスに進出するものがあったが、その多くが撤退し、事業モデルとして成立しないとの見方が広がっている。商店街による宅配サービスも、補助金の終了とともに中止となる事例が多い。このような状況下で、商店街が宅配サービスを実施する意義を見出すとともに、継続的に実施するためのモデルを構築することが求められる。

そこで本研究は、商店街を単なる小売商業の集合体と捉えるのではなく、商店街が持つ非営利的な側面に着目する。そして、商店街が実施する宅配サービス事業について、(1)現状と課題の把握、(2)意義の考察、(3)継続的実施のための提案、を行なうことを目的とする。

本論文は6章から構成される。第1章では研究の背景と目的について述べた。

第2章「都市高齢者の買物行動と商店街宅配サービス」では、高齢者の買物行動の分析から、高齢者が買物に不便を感じる要因と、その不便さが高齢者の食生活に与える影響を明らかにし、宅配サービスの役割について考察した。

高齢者がふだん利用する店舗までの距離に対して感じている満足度を「距離満足度」と定義し、買物頻度、欠食率との関係を調べたところ、いずれとの間にも相関があった。そして高齢者へのヒアリング調査結果と合わせて、距離満足度が低い高齢者は、天候や体調などの要因が加わることで買物を控える可能性がより高く、それが欠食に繋がるのだと推察した。また、距離満足度が低い高齢者には、宅配サービスを利用したいと考える人が有意に多く、宅配サービスが高齢者の潜在化した買物需要に応える可能性があることを示した。

第3章「商店街宅配サービス事業の概括的状況」では、商店街宅配サービス事業についてその全国的な実施状況を把握し、利用者にとっての意味を考察するとともに、営利事業としての限界を示した。

商店街宅配サービス事業は、1980年代に中小小売業の情報化の立ち遅れへの危機感を背景とする販促手法として登場した。その後、補助制度が充実し始める1998年頃から実施商店街が増加し、2001年7月時点では実施経験のある66事例を確認できた。そのほとんどは多寡の差こそあれ中小商業の振興を目的とする補助金を受給して事業を開始したものである。一方で調査対象事例の1/3は調査時点で事業を中止していた。数事例の収支を見たところ、人件費、賃借費などの支出に見合うだけの利用件数が得られた事例はなく、商店街宅配サービス事業が営利事業として成立することは極めて困難であることが分かった。利用者へのアンケート、利用状況の分析から、利用者からの評価は総じて高いにも関わらず売上が伸び悩むのは、商店街宅配サービスを非常時や将来のためのセーフティネットとして必要と考えるだけで、実際にはあまり利用しない消費者が多いことが一因であることが分かった。このように商店街宅配サービスは、営利事業として成立することが困難だが、既存のサービスで対応できない買物弱者のニーズに応えるサービスであることを示した。

第4章「ボランティア活用事例に見る商店街宅配サービス事業の意義と課題」では、非営利の地域福祉サービスとして宅配サービスを実施すべきとの考えのもと、ボランタリーな労働力を活用する事例の実態分析から、宅配サービスの意義と課題について考察した。

第3章では、商店街内外のボランタリーな労働力を活用する事例が13例見られた。このうち8事例について実態分析を行ない、その意義と課題について考察した。商店街宅配サービス事業の意義として、宅配サービス事業の実施が、高齢社会における小売店や商店街の役割を考え直す契機となっている点、高齢者にとって近隣ネットワークを構築する役割も果たしている点を挙げた。このような取り組みが地域から評価され、それが実施側の士気にも繋がっている。課題としては、多くの事例が商工会議所主導で、商業者の意識が伴わなかった点、地域住民の協力を得るために自治体のコーディネーターとしての協力が求められる点を挙げた。

第5章「地域における労働力の所在と活用可能性」では、商業者と地域住民の協働を前提に、ボランタリーな労働力確保の可能性について検討した。

宅配サービスが地域にとって必要なサービスであれば、商業者だけでなく地域住民も協力して実施していくことが望ましい。しかし、一般的にこのような地域活動への参加において、最大の阻害要因となるのが時間的制約である。そこで、商業者と地域住民の「時間」に着目した。地域活動一般について、商業者、地域住民ともに参加してもよいと考える時間量(Tb)と実際の時間量(Ta)には開きがあり、(ΣTb−ΣTa)を潜在化した時間量として概算すると、商業者1人あたり月に64.9分、地域住民では110.2分であった。Tbについて、商業者、地域住民ともに短い時間での参加を望む者が多く、細切れな労働力を受け入れられる地域活動が少ないことが労働力が潜在化する一因と考え、宅配サービス事業の配達業務のような専門性を必要としない業務への活用を提案した。

また、商業者の31.7%、地域住民の13.3%が、宅配サービス事業に協力すると回答した。属性別には、商業者には小売業者、地域住民には主婦の協力者が多く、他業種と比べて危機的状況にあるが、地域活動に参加可能な時間量が多い小売業者と、地域内で過ごす時間が長く、地域課題が見えやすい主婦を宅配サービス事業の担い手として活用することを提案した。

第6章「地域住民と協働して行なう商店街宅配サービス事業」では、商店街宅配サービスの可能性を検討し、本研究で得られた知見をまとめた。

まず商店街宅配サービスの可能性を検討するため、第2章の高齢者買物行動調査の結果から、中板橋商店街の宅配エリア内の買物不便者数を665人と推計し、これらに週に3.87回(高齢者の平均買物頻度)のサービスを行なうことを目標とし、必要な時間量を2278時間/月と概算した。次に第5章で求めた潜在時間量と宅配事業に協力意志を持つ者の割合から、商店街全体で宅配事業に拠出可能な時間量、地域全体で宅配事業に拠出可能な時間量をそれぞれ137.1時間/月、12348.4時間/月と概算した。以上から、(1)商店街全体で宅配事業に拠出可能な時間量が100%集まっても、週3.87回の宅配サービスを約6%の買物不便者にしか行なうことができない、(2)地域全体で宅配事業に拠出可能な時間量のうち18.4%が集まれば、全ての買物不便者に週3.87回の宅配サービスを行なうことができることを示した。

結論として、これまでに得られた知見のなかで、商店街宅配サービス事業の意味と課題をまとめ、提案を行なった。提案は、以下の2点に集約される。

商業者と地域住民がそれぞれの実情に応じた分担で業務を行なうことで、商店街宅配サービスは地域にとってより有益で、継続的実施が可能なサービスとなり得る。地域住民の協力の獲得をあきらめている商店街が多いと考えられるが、自治体の協力を得ながら積極的に呼びかけ、商店街宅配サービスを地域福祉サービスの一環として、地域住民と協働して実施すべきである。

商業者、地域住民ともに短い時間なら地域活動に関われるという者が多い。細切れな労働力をつなぎ合わせる「ワークシェアリング」の方式で、宅配サービス事業の集荷・配達業務を行なうべきである。特に、小売業者、主婦などがその担い手として期待される。

以上、地域住民と協働して行なう商店街宅配サービス事業は、商店街衰退と高齢化という地域が抱える課題を総合的に捉え、住民の主体的な活動を誘発し、生活環境の向上を目指す活動であった。これは、地域の各主体がそれぞれの役割を果たす「自律した市民社会」に向かう一歩と言える。行政にはこのような商店街の非営利的な活動を支援することが望まれる。全国に15000以上を数える商店街が地域の核となって住民、自治体とともに地域課題の解決を目指すことは、豊かな地域づくりに大いに資するものである。本研究では、宅配サービス事業を通じてその可能性の一端を示すことができたと考える。

審査要旨 要旨を表示する

近年、全国的に商店街の衰退状況は著しく、活性化の一方策として希薄化した地域との繋がりを再構築する必要性が言われている。一方で高齢化の進むわが国では、今後特に高齢者のみの世帯の割合が高くなることが予想されている。こうして高齢者のみの世帯が増加する一方、身近な商店街の商店が店を閉め、車での買物を前提とする郊外の大型店が生き残ることで、買物弱者の増加が懸念される。

本研究は、商店街が持つ非営利的な側面に着目し、買物弱者への対応策として期待される商店街宅配サービス事業について、現状と課題の把握、意義の考察、継続的実施のための提案、を行なうことを目的としている。

近隣商業の衰退と高齢化の進展という現代都市が抱える問題を総合的に捉え、商業団体とその近隣住民の非営利活動による解決を提案している点において、本研究が今後の市民主体の都市づくりに与える示唆は大きい。その意味で本研究は高く評価される。

論文は6章から成っている。

研究の背景と目的を述べる第1章に続いて、第2章では、高齢者の買物行動を調査し、ふだん食料品の買物に利用する店舗までの距離に対して不満を感じている高齢者の存在を明らかにし、その主観的満足度が高齢者の買物行動、食生活に与える影響を明らかにした上で、宅配サービスが高齢者の潜在化した買物需要に応える可能性があることを示している。

第3、4章は、研究の主対象である商店街宅配サービス事業の事例分析を通じた考察である。

まず、第3章では、商店街宅配サービス事業についてその全国的な実施状況を把握するとともに、営利事業としての限界を示している。商店街宅配サービス事業は、1998年頃から実施商店街が増加している一方で、調査事例の約1/3が事業を中止していた。商店街宅配サービス事業が、地域から高く評価されているにも関わらず利用件数が伸び悩むのは、商店街宅配サービスを非常時や将来のためのセーフティネットとして必要と考える者が多いことが一因であるとし、営利事業としては困難でありながらも、既存サービスで対応できない買物弱者から必要とされているサービスであることを明らかにしている。

第4章では、非営利の地域福祉サービスとして宅配サービス実施すべきとの考えのもと、ボランタリーな労働力を活用する8事例の実態分析から、宅配サービスの意義と課題について考察している。意義としては、宅配サービス事業の実施が高齢社会における小売店や商店街の役割を考え直す契機となっている点、高齢者にとって近隣ネットワークを構築する役割も果たしている点を挙げている。課題としては、とりわけ、地域住民の協力を得るために自治体がコーディネーターとしての役割を果たす必要である点などを挙げ、商店街と地域住民との協働に向けた示唆を行なっている。

第5章では、商業者と地域住民の協働を前提に、ボランタリーな労働力確保の可能性について検討している。商業者および地域住民に対するアンケート調査の結果から、地域活動に参加してもよいと考える時間量と実際の時間量の乖離の一因として、多くの者が短い時間での参加を望んでいるにも関わらず、細切れな労働力を受け入れられる地域活動が少ないこと挙げ、宅配サービスへの活用を提案している。また、宅配サービスへの協力意向を持つ者の割合が高い小売業者と主婦を宅配サービス事業の担い手として活用することを提案している。

最終の第6章は全体のまとめであり、商業者と地域住民がそれぞれの実情に応じた分担で業務を行なうことで、商店街宅配サービスは地域にとってより有益で、継続的実施が可能なサービスとなり得ることを強調し、宅配サービス事業以外でも商店街が地域の核となって住民、自治体とともに地域課題の解決を目指していくいことを提言している。

このように、本論文は公益的な意義を有する商店街事業として宅配サービス事業を取り上げ、地域に存する各主体が協働して地域課題に取り組むことの必要性と可能性を論じ、商業活性化施策のあり方についても提言を行なっている。これらの知見は、わが国の商店街活性化施策にとって有益なものであり、今後の市民主体の都市づくりに一定の貢献をなし得る。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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