学位論文要旨



No 118465
著者(漢字) 砂田,香矢乃
著者(英字)
著者(カナ) スナダ,カヤノ
標題(和) 酸化チタン光触媒の抗菌作用に関する研究
標題(洋)
報告番号 118465
報告番号 甲18465
学位授与日 2003.05.14
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5560号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 教授 藤嶋,昭
 東京大学 教授 渡部,俊也
 東京大学 教授 浜窪,隆雄
 東京大学 助教授 浅沼,浩之
内容要旨 要旨を表示する

緒言

酸化チタンは、酸化物半導体のひとつであり、そのバンドギャップ以上の光のエネルギーを吸収すると、価電子帯の電子が伝導帯へ励起され、電子−ホール対が生成する。その電子・ホールは、それぞれ表面に拡散し、表面の吸着物質と酸化・還元反応を行う。特に、酸化チタンのホールは、オゾンなどの酸化剤よりも酸化還元電位が深い位置にあるため、強い酸化力を有している。この酸化力を活かし、水や大気といった環境中にある汚染物質を分解して環境浄化に利用しようという研究がなされてきた。その中で、特別な光源を用いるのではなく、太陽光や室内光などの生活空間にある少量の紫外線のもとで、酸化チタンを担持した材料で、日常生活で気になる臭いや菌などの分解ができないものかと考えられた。そこで、ガラスやタイルに酸化チタン薄膜が担持され、生活空間の紫外光強度のもとで、防臭・防汚・抗菌効果の評価が行われ、その効果が確認された。

一方、MRSAやレジオネラ菌による院内感染問題、あるいは大腸菌O157などによる食中毒問題を背景にして、抗菌効果を付与した製品が多く上市され、酸化チタン薄膜を担持した抗菌タイルも注目を浴びたが、この酸化チタン薄膜の光触媒反応による抗菌効果のメカニズム、特に殺菌過程はいまだに明らかになっていない部分が多い。安全性の確認や他の抗菌剤との差別化などのために、その殺菌過程を解明することは必要で重要なことと考えられる。また、生活空間にある微弱な紫外線のもとでの光触媒反応が、抗菌効果に果たしている役割を明らかにすることは、酸化チタン薄膜材料の利用のうえで必須のことと考えられる。そこで、本論文では、酸化チタン薄膜材料の光触媒による抗菌効果を、抗菌評価対象菌である大腸菌細胞の生存率変化、細胞表層変化やその反応種などの面から調べ、殺菌過程を明らかにしようと試みた。

大腸菌細胞の表層構造変化からみた酸化チタン薄膜の抗菌活性とその殺菌過程

実験方法

酸化チタン薄膜は、 SiO2コートしたソーダライムガラス(SLG)をチタニウムイソプロポキシド溶液(NDH510C,日本曹達製)に浸漬し、引き上げて成膜した(ディップコ−ト法)。成膜後、500℃で1時間焼成させた。この操作を4回繰り返して、約0.4μmの膜厚の透明な酸化チタン薄膜を得た。

抗菌評価は、大腸菌(IFO 3301株)の生存率変化を調べることにより行った。すなわち、前培養後の大腸菌を2×105CFU/mLの生菌数が得られるように滅菌水で希釈し、その菌液を0.15mL、TiO2コートガラス上に滴下した後、Blacklight(15W)を上から照射し(紫外光強度は1mW/cm2)、一定時間光照射後回収し、平板培養を行い、24時間後形成されたコロニー数をカウントすることにより生存率を求めた。殺菌過程を明らかにするために、スフェロプラストを作製し、その細胞に対する抗菌評価も行い、また、細胞表層成分であるLPS (Lipopolysaccharide)、並びにペプチドグリカンの抗菌評価中の濃度変化も調べた。

実験結果並びに考察

酸化チタン薄膜が担持してあるガラスに大腸菌の菌液を滴下し、暗所に放置した場合と担持していないガラス(SLG)に菌液を滴下し、光照射した場合の大腸菌の生存率は、両者ともほとんど100%を保った。それに対し、酸化チタン薄膜に菌液を滴下し、光照射した場合の生存率は、急激に低下した(図1)。この結果は、酸化チタン自体には抗菌性がないこと、光触媒反応によって抗菌効果が得られることを示した。また、初発菌濃度を高くした場合の生存率変化も図1に示した。どの場合も、その生存率変化は、2段階であることを示している。すなわち、光照射を始めた反応初期と光照射し続けた反応後期とでは死滅速度定数;kが異なる結果が得られた。抗菌評価の対象としている大腸菌は、グラム陰性菌であるが、グラム陽性菌や酵母などの光触媒反応による殺菌においては、その生存率変化は、1段階であることが知られている。そこで、このような生存率変化の違いは、細菌の最表層構造に起因するものではないかということから、細胞壁のペプチドグリカンと外膜を欠いたスフェロプラストを作製し抗菌試験を行った。その結果(図2)から光照射をし始めた反応初期に死滅速度定数の小さい領域がみられる原因の一つは、大腸菌の細胞壁のためであることがわかった。すなわち、細胞壁成分が、光触媒反応によって生成した活性種をトラップし、そのため死滅させるために必要な細胞質膜に活性種が到達せず、光照射初期に死滅速度定数の小さい領域が存在すると示唆された。この細胞壁成分が活性種をトラップしていることは、細胞壁構成成分である、LPSやペプチドグリカンの濃度変化からも支持された。以上の結果から、酸化チタン薄膜光触媒反応による大腸菌の殺菌過程(図3)は、第1段階として、細胞外膜の部分分解(図3(b))、第2段階として、細胞質膜の構造変化・機能破壊(図3(c))であることが明らかとなった。

Cu/TiO2薄膜の微弱光下での抗菌活性とその殺菌過程

実験方法

Cu/TiO2薄膜は、2−1で作製した酸化チタン薄膜上に、酢酸銅水溶液を用いて光析出法により作製した。また、抗菌評価は、大腸菌(IFO3301株)と銅耐性大腸菌(53TNE007株)をそれぞれ用いて、微弱光(蛍光灯)下で行った。

実験結果並びに考察

酸化チタン薄膜光触媒による抗菌活性は、屋外の紫外光レベルである1mW/cm2では、すみやかな抗菌活性を示すが、屋内の紫外光レベル(1μW/cm2)では、大腸菌を対象とした場合、その殺菌に1日ちかい時間がかかってしまう。また、暗所下では、抗菌活性は得られない。そこで、酸化チタン薄膜上に抗菌金属である銅を担持した材料(Cu/TiO2)が開発された。この薄膜の抗菌活性について検討したところ、銅を担持したことで、暗所下での抗菌活性も得られた。また、銅耐性大腸菌を用いて抗菌評価を行ったところ(図4)、生存率低下が認められ、光触媒反応による抗菌活性と銅イオンのもつ抗菌活性の両方が作用して、抗菌効果が得られていることが明らかとなった。また、このCu/TiO2薄膜の殺菌過程は、酸化チタン光触媒のみの殺菌過程と同様であった。すなわち、酸化チタン光触媒反応によって生成する活性種が大腸菌外膜にまずトラップされ、外膜を部分分解する。部分分解されると外膜の透過性が変化し、銅イオンがターゲットである細胞質膜に達し、抗菌作用を現す。以上の結果から、酸化チタン薄膜上に銅を担持した材料は、微弱光下でも光触媒反応が効果的に働き、その光触媒反応と銅の抗菌効果が足し合わされて抗菌活性を示すということが明らかとなった。

酸化チタン薄膜上で生成する活性種と抗菌活性

実験方法

抗菌活性をもたらす活性種を明らかにするために、Fenton反応によって生成する・OHと光触媒反応によって生成する・OHの濃度・抗菌活性を比較検討した。Fenton反応(H2O2 + Fe2+ → Fe3+ + OH- + ・OH)は、過酸化水素、1mM (NH4)2 Fe(SO4)2 により起こさせ、大腸菌の菌液(2×105CFU/mL)と接触させた。その際、過酸化水素は0.001mMになるように5分毎に系に加えるようにFenton反応を改良した。一定時間(15分)接触後サンプリングし、適宜希釈後、抗菌評価によるときと同様に平板培養によるコロニー形成から生存率を算出した。・OHの濃度は、Coumarinを蛍光プローブとして用いて、生成する蛍光性の物質(7-Hydroxycoumarin)の460nmでの蛍光強度(332nmで励起)を測定することにより定量した。Fenton反応開始2分後の7-hydroxycoumarinの量を定量した。

実験結果並びに考察

光触媒反応によって生成する・OHは、連続的に産生されていることに着目して、Fenton反応を改良して・OHがある間隔をおいて連続的に生産されるように設計した。そのようなFenton反応を大腸菌の懸濁液中でおこすと、大腸菌は殺菌されることがわかった(図5)。また、その際に生成した・OHをクマリンを蛍光プローブとしてトラップし濃度を求めると、光触媒反応によって生成する・OHの濃度とほぼ同じレベルであった。このことから、酸化チタン薄膜光触媒反応による抗菌活性に大きく関与している活性種は、・OHであることが示唆された。さらに、その・OHは、低濃度であっても、連続的に生産されていることが抗菌活性発現に必要であることもわかった。このことは、ある濃度以上なければ抗菌活性を示すことができない他の抗菌剤とは違い、ある時間連続して光を照射しておけば、抗菌活性が得られるという抗菌剤としてのひとつの利点を示している。

まとめ

酸化チタン薄膜光触媒の抗菌作用について、その殺菌過程・関与する活性種を明らかにした。また、実際の実用化のレベルで使われているCu/TiO2薄膜の微弱光下での抗菌活性および殺菌過程についても明らかにした。その結果、酸化チタン薄膜光触媒のもつ抗菌活性は、他の抗菌剤とは違い、室内光など日常の生活レベルにある紫外線が連続的に照射されていれば、発現することが明らかとなり、非常に抗菌剤として適していることが示された。それは、酸化チタンが吸収するフォトン1つ1つのエネルギーが少量でも連続して細菌をアタックできるためと示唆された。

抗菌評価結果

Spheloplast を用いた抗菌評価結果

酸化チタン薄膜上での殺菌過程

銅耐性菌を使っての抗菌評価

Designed Fenton 反応での生存率変化

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、7章より構成されており、酸化チタン薄膜光触媒による抗菌活性について、基礎的に、統一的に検討している。

第一章は、酸化チタン光触媒による抗菌性の今までの研究から本論文の方向づけが成され、それに続く五つの章で具体的な研究成果が示されている。最後の章では、全体の総括がなされ、酸化チタン光触媒による抗菌活性の特徴が述べられている。

第一章は序論であり、酸化チタン薄膜光触媒による抗菌性が実際の「抗菌タイル」として製品化されていて、有効性は十分に認められているが、安全性の確認のために、そのメカニズムや殺菌過程など基礎的なことを調べる必要性から本論文の研究の動機づけがなされている。

第二章では、酸化チタン薄膜光触媒の抗菌活性を評価する方法の確立がなされている。新規な材料であるためその評価方法も存在していなかったため、本論文の基礎をなす評価方法が新規に開発され確立された。

第三章においては、第二章で確立された評価方法を用いた抗菌評価の結果から、その殺菌過程が、評価の対象とした細菌の細胞表層構造とを関連させて明らかにされている。評価の結果である生存率変化は、速度定数の異なる2つの一次反応で近似でき、2段階の反応であることを示した。この特徴と細菌細胞の表層構造の濃度変化が対応していたことから、酸化チタン薄膜光触媒による殺菌過程の第1段階は、細胞外膜の部分分解、第2段階は、外膜の部分分解からの透過性変化による活性種の細胞質膜への攻撃としている。細胞質膜が活性種によって構造破壊・機能低下を起こし、抗菌活性が得られるとしている。ターゲットである細胞質膜へ活性種がどのように至るかを示した点と生存率変化の特徴と対象とした細菌の細胞構造を考え合わせたところに新しい視点が伺える。

第四章においては、暗所下や微弱光下においても抗菌効果を示すように開発された酸化チタンと銅を組み合わせた薄膜の有用性が明らかにされ、この薄膜の殺菌過程を酸化チタン薄膜のみの場合の殺菌過程と比較検討している。暗所下や微弱光下における抗菌活性はもちろんのこと、銅耐性菌を用いて微弱光下における抗菌活性が確認されたことから、微弱光における酸化チタン光触媒の効果も明らかにされている。また、このことから、酸化チタンと銅を組み合わせた薄膜が、一般的な抗菌剤と違い、微弱光下において耐性菌に対しても有効な抗菌剤であることを示している。この銅耐性菌を用いた抗菌評価は、ユニークな視点で行われたと判断できる。殺菌過程については、銅耐性菌を用いた生存率変化が、酸化チタン薄膜単独の場合と同様な変化を示したことから、殺菌過程を推論し、それの検証実験を行っている。すなわち、第1段階は、酸化チタン薄膜単独の場合と同様に、外膜の部分分解による活性種の透過性変化としている。第2段階も同様に、細胞質膜の構造破壊・機能低下としているが、その活性種は、酸化チタン薄膜単独の場合が活性酸素であるのに対し、銅と組み合わせた薄膜の場合は、銅イオンであるとしている。このように、酸化チタン薄膜単独と酸化チタン+銅薄膜の殺菌過程を統一的に示した点が評価される。

第五章では、抗菌活性をもたらす活性種について、光触媒反応で生成する活性種と試薬により試験管のなかで生成する活性種と、その濃度・細菌に対する抗菌活性を比較検討し、抗菌活性をもたらすメインの活性種を明らかにしている。酸化チタン薄膜上で生成する活性種についての量子収率が既知であるので、その収率で生成したひとつの活性種(ヒドロキシラジカルあるいはスーパーオキシド)が試験管中でも細菌を殺菌するかについて検討している。その結果、ヒドロキシラジカルが少量でも連続的に生成していることが酸化チタン薄膜光触媒による抗菌活性をもたらすことが明らかにされた。

第六章については、今までの研究結果から明らかになった酸化チタン薄膜光触媒による抗菌活性を他の抗菌剤と比較し、酸化チタン光触媒による抗菌効果の特徴が多機能性にあるとしている。

最後の第七章は結論であり、酸化チタン薄膜光触媒による抗菌活性がまとめられ、今後の展望について述べている。

以上のように、本論文では酸化チタン薄膜光触媒による抗菌作用について基礎的に統一的に調べられ、光触媒の抗菌活性を利用した製品化されている物に対しての評価方法やその有効性を示すとともに、さらなる酸化チタンを用いた抗菌製品の材料設計の指針が得られている点で、材料化学をはじめ、それに関連する学際領域の発展に寄与しうるものと認められる。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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