学位論文要旨



No 118466
著者(漢字) 野口,寛
著者(英字)
著者(カナ) ノグチ,ヒロシ
標題(和) 酸化チタン光触媒を利用した高効率水処理システムの研究
標題(洋)
報告番号 118466
報告番号 甲18466
学位授与日 2003.05.14
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5561号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 教授 藤嶋,昭
 東京大学 助教授 岸本,昭
 東京大学 講師 荒巻,俊也
 東京大学 講師 大越,慎一
内容要旨 要旨を表示する

序論

光触媒を利用した水処理の研究は、過去約25年の間に数多くの研究者によって手がけられてきたが、その実用化状況ははかばかしくない。その主な原因は浄化速度が遅いことにある。酸化チタンを利用した光触媒反応では非常に強い酸化力を得ることができるが、同じような酸化力はオゾン促進酸化法などの従来法で得ることができる。光触媒による水処理の実用化のためには、従来法にない特徴づけが必要となる。光触媒反応の特徴づけのひとつとして還元反応の利用がある。本研究では、オゾン処理過程で生成する臭素酸イオンを対象に、光触媒処理の適用を試みた。光触媒による臭素酸イオンの分解試験の報告例があるが、実用のためには分解速度の向上が不可欠とされている。そこで、分解速度向上のために、光触媒材料の改良と反応装置の応用の両面から検討した。2つ目の応用として、海水殺菌への光触媒処理の適用性について検討した。(1)光触媒担持セラミック多孔体の応用、(2)システム最適化の2点から高効率化を試みた。

臭素酸分解のための光触媒材料の設計I:酸化チタン光触媒の擬ベーマイトによる表面修飾

光触媒による臭素酸イオン分解速度向上の第1の検討として、表面電荷操作による吸着性の向上について検討した。市販の酸化チタン光触媒を用いて臭素酸イオンの分解速度へのpHの影響について調べた結果から、光触媒の表面電荷が臭素酸イオンの吸着性および分解速度の影響因子となっていることが明らかとなった。pH制御により臭素酸イオンの分解速度が向上できるが、コスト面で問題がある。そこでpH調整なしに分解速度を向上させるために、酸化チタン光触媒を擬ベーマイトで表面修飾し、表面電荷の制御を試みた。化学沈殿法を用いて酸化チタン光触媒上に擬ベーマイトを担持した。表面被覆率と等電点の測定結果から、酸化チタン光触媒上に担持した擬ベーマイト表面の等電点は7.2となった。擬ベーマイト量とともに中性溶液中での臭素酸イオンの吸着量は増加し、分解速度が上昇した。これらのことから、酸化チタンよりも等電点の高い物質を表面に担持することで、pH制御なしに臭素酸イオンの分解速度を向上できることが明らかとなった。擬ベーマイトは絶縁体であるので、酸化チタン光触媒で発生した励起電子と臭素酸イオンが反応するためには、酸化チタン表面と擬ベーマイト表面を混在させることが必要である。活性サイトと吸着性のバランスから擬ベーマイト量に最適が存在すると考えられたが、擬ベーマイト量に最適値は存在せず、一定量以上では分解速度は飽和する傾向があった。表面修飾酸化チタンでは最大で酸化チタンの2.2倍の分解速度を得た。

臭素酸分解のための光触媒材料の設計II:固体酸量の操作

光触媒による臭素酸イオン分解速度向上の第2の検討として、固体酸量の操作による表面反応速度の向上について検討した。酸化チタン光触媒をシリコン含有アルミニウム水酸化物(または酸化物)で表面修飾し、シリコン混合比、焼成温度をパラメータとして固体酸量の制御を試みた。シリカ混合比の影響では、擬ベーマイト相とアモルファス相が混在する条件で固体酸量が最大となった。このとき臭素酸イオン分解速度が最大となり、固体酸量の分解速度への影響が示唆された。また、熱処理温度についても最適値が存在し、300〜350℃の温度で分解速度は最大となった。Bronsted酸量が最大となる条件で分解速度が最大となると考えられた。表面修飾酸化チタン光触媒では最大で酸化チタンの2.4倍の分解速度の向上効果を得ることができ、固体酸量の制御によって分解速度が向上できることが示唆された。

臭素酸分解への光ファイバー反応装置の応用

光触媒による臭素酸イオン分解速度向上の第3の検討として、光ファイバー反応器を利用して有効反応面積の拡大による分解速度の向上の可能性について検討した。有効容積当たりの最大吸着量を吸着容量と定義し、吸着等温線からその値を求めた。光ファイバー反応器の臭素酸イオンに対する吸着容量は、ハニカム反応器の5倍、懸濁系の140倍となった。光強度に対して分解速度が変化しなくなる物質拡散律速域で最大分解速度を求めた結果では、光ファイバー反応器ではハニカム反応器の12倍、懸濁系85倍となった。吸着量と分解速度に相関が見られたことから、光ファイバー反応器では、吸着容量が大きく、かつ各面に光が届くような構造となっているため、高い処理性能が得られていると考えられた。さらに、量子効率の一定条件で処理速度を比較した結果、光ファイバー反応装置では懸濁系の8分の1、懸濁系の49分の1まで処理時間を短縮できることが明らかとなった。臭素酸イオン分解速度向上について検討した3つの項目では、固定化および反応器構造の工夫による有効反応面拡大の効果が最も大きく、桁レベルで処理速度を改善できることが明らかとなった。

光触媒を利用した海水殺菌システムの構築I:酸化チタン光触媒担持セラミック多孔体の応用

光触媒を利用した海水殺菌システムの高効率化の試みとして、酸化チタン光触媒担持セラミック多孔体の利用について検討した。酸化チタン光触媒担持セラミック多孔体を組み込んだ光触媒反応器の特性評価を行った。過酸化水素の吸着および分解を指標として評価試験を行った結果、光触媒担持セラミック多孔体は、光ファイバー反応器やハニカム反応器の場合と同様に、懸濁系に比べて高い吸着容量および処理速度を示し、選れた処理特性を有することが明らかとなった。光ファイバー反応器と比較して、装置化やスケールアップが容易な点で優れると結論した。

光触媒を利用した海水殺菌システムの構築II:システム最適化

光触媒担持セラミック多孔体を組み込んだ光触媒処理装置を用いて、実海水を対象として殺菌試験を行い、紫外線殺菌、過酸化水素、光触媒の組み合わせた最適処理法の検討を行った。漁港内に実証プラントを設置し、ろ過→光触媒、ろ過→紫外線殺菌→光触媒、ろ過→過酸化水素→光触媒処理、ろ過→紫外線→過酸化水素過酸化→光触媒等について比較検討した結果、ろ過→紫外線→過酸化水素過酸化→光触媒の組み合わせで光触媒処理の処理時間を最も短くすることができ、一日当たりの処理水量が最も多くできることが明らかとなった。さらに、6日間に渡る連続処理試験を実施し、安定した処理効果が得られることを確認した。これらの結果から、光触媒を利用した海水殺菌システムの有用性を示すことができた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は7章より構成されており、酸化チタン光触媒を利用した水処理システムについて、対象物質の選定、光触媒材料の設計およびシステム化の3つの観点から高効率化を検討している。

第1章で水処理分野の現状と光触媒の応用研究状況について説明があり、研究の方向づけがなされている。2章〜4章では、酸化処理副生成物のひとつである臭素酸の分解システムについて取り上げ、2章と3章では反応促進のための光触媒材料の設計を扱い、4章ではシステム化の検討について述べている。5章と6章では海水殺菌への光触媒の応用について述れ、5章では固定化光触媒材料によるシステム化の検討、6章では他の処理法との組み合わせなどによる高効率化について述べている。最後の章では、全体の総括と研究に関する将来の展望を述べている。

第1章は、序論である。光触媒を利用した水処理システムの研究および実用化状況について説明し、光触媒処理システムの実現には特徴づけが重要なことを説明している。対象物質の選定が最初の検討で重要なことを示し、光触媒の応用として、臭素酸イオンの分解および海水殺菌への応用の重要性について説明している。

第2章では、光触媒による臭素酸イオン分解速度向上の第1の検討として、表面電荷操作による吸着性の向上について述べている。化学沈殿法を利用して、数十ナノメートルの酸化チタン粒子上にさらに小さな擬ベーマイト粒子を担持した表面修飾光触媒材料の作製したことを報告している。酸化チタンよりも高い等電点をもつ擬ベーマイトで表面修飾することによって、中性溶液中で触媒表面の正電荷が増加し、臭素酸イオンの吸着性が向上した結果、分解速度が向上することを実証している。この結果は、水処理プロセスにおいて、pH操作なしに光触媒材料の改質によって臭素酸イオンの分解速度を向上できることを示している点で重要な意味を持つ。

第3章では、臭素酸イオンの分解速度をさらに向上するために、表面の固体酸量の制御について検討した結果が述べられている。擬ベーマイトにシリコンを混合することで、固体酸量の向上を図っている。シリコン混合擬ベーマイトで表面修飾した酸化チタン光触媒では、シリコン混合比と熱処理温度に最適値が存在することを明らかにしている。固体酸量と分解速度の相関関係から、固体酸量が分解速度の支配因子になっていることを示し、また、熱処理温度と分解速度の関係からBroensted酸が臭素酸イオンの分解速度に関与することを考察している。これらの結果は、光触媒の表面修飾によって表面反応の速度を制御できることを明らかにし、反応速度の向上法として新たな指針を提供する点で重要な成果である。

第4章では、海水殺菌への光触媒応用のために、酸化チタン光触媒担持セラミック多孔体の利用について検討した結果が述べられている。酸化チタン光触媒担持セラミック多孔体を組み込んだ光触媒反応器の特性評価を行い、過酸化水素の吸着および分解を指標として評価試験を行った結果、光触媒担持セラミック多孔体が高い吸着容量および処理速度を示すことを実証している。

第5章では、光触媒担持セラミック多孔体を組み込んだ光触媒処理装置を用いて、実海水を対象として殺菌試験を行った結果について述べている。紫外線殺菌と過酸化水素、光触媒の組み合わせた最適処理法の検討を行い、ろ過→紫外線→過酸化水素過酸化→光触媒の組み合わせが最も効果的であると結論している。さらに、6日間に渡る繰り返し処理試験を実施し、安定した処理効果が得られることを実証している。これらの結果は、実環境水を対象に実用的な処理規模で処理システムが構築できることを示し、また安定な処理が実現できることを示す結果を示している。光触媒を利用した水処理システムにおいて、高効率化によって実用レベルの処理が可能なことを実証している点で重要な意味をもつ。

第7章では、本論文の総括によって独自性のある成果が得られたことを示しており、今後、発展性が高いことを述べている。

以上のように、本論文では、酸化チタン光触媒を利用した水処理システムにおいて、対象物質の選定、光触媒材料の設計およびシステム化の3つの観点から高効率化のための指針が提案されており、今後の学際領域の発展に大きく寄与するものと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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