学位論文要旨



No 118468
著者(漢字)
著者(英字) Mohammad,Habiby Kermany
著者(カナ) モハマッド,ハビビ ケルマニ
標題(和) ラット脳幹病変が聴性脳幹反応及びその両耳干渉に及ぼす影響についての研究
標題(洋) Effects of the brainstem lesions on auditory brainstem evoked potentials and binaural interaction in rat
報告番号 118468
報告番号 甲18468
学位授与日 2003.05.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2196号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 花岡,一雄
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 助教授 山岨,達也
 東京大学 助教授 伊良皆,啓治
 東京大学 講師 川原,信隆
内容要旨 要旨を表示する

聴性脳幹反応(ABR)は聴覚路の神経活動の評価のための最も有用な検査法の1つである。ABRの短い潜時(数ミリ秒)はこれが聴覚路のうち末梢神経系及び脳幹に起源を持つことを示している。ABRが脳幹聴覚路の電気的活動に由来することは明白であるが、ABRの波形の各成分をそれぞれ単一の脳幹部位と対応させることは出来ていない。

両耳聴に関与するニューロンである上オリーブ複合体およびその吻側の聴覚伝導路は、ネコのABRにおいてP3、P4およびN4の各波の起源と信じられており、また下丘が4波及び5波の起原であると提唱されている。

Jewett は、猫において気導音刺激を用いたABR(AC-ABR)で両耳干渉成分が存在する証拠を1970年に初め報告した。この報告では、ABRの両耳干渉成分は、両耳刺激で記録されたABRの波形から左右の単耳刺激で得られたABRの波形の和を引いた差の波形として表された。両耳干渉成分は聴覚路の神経活動の内で両耳同時に刺激されることに直接関連する反応と考えられている。脳幹の神経核における両耳干渉作用はABRの成分のいずれかに反映されていることがすでに示されている。

本研究ではまず、Wistar 係ラット (n=24) を用い、脳幹および中脳の聴覚伝導路の各部位に病変を作成し、病変作成の前後で両耳刺激および左右耳の単耳刺激によるABRを記録した。単耳刺激(クリック音)によるABR記録では6つの陽性ピーク(P1〜P6)と5つの陰性ピーク(N1〜N5)が刺激の提示から10ミリ秒の間に見られた。病変作成前のABR両耳干渉成分は単耳刺激のABRのP4からP6の潜時に相当して出現する2つの2相性の波(P1-N1とP2-N2)からなっていた。

定位脳手術を用いた破壊前後のABRの変化は以下の通りである。

下丘間の切断では、両耳干渉成分のN1からP2の振幅の増大を認め、単耳刺激のABR波形ではP4からP6の振幅と潜時の増大を認めた。

正中矢状面の完全な切断では、両耳干渉成分の各ピークは平坦化した。単耳剌激のABR波形ではピーク3以降の反応が消失した。

両側の下丘の切除では、単耳刺激のABR波形のP6のピークが平坦化し、両耳干渉成分のうちP2-N2の振幅が低下した。

本実験の結果は、下丘の病変ではP6のピークの平坦化が生じることを示している。正中矢状面の切断による単耳刺激ABR波形の変化が小さいことは、これらの波が脳幹の交叉線維に起原するものではないと解釈できる。P6の振幅、潜時は下丘および下丘間の交連線維に依在していると考えられるが、これは下丘から内側膝状体に至る全ての聴覚伝導路はこの下丘間の交叉を通過するためであると考えられる。

また本研究の結果は両耳干渉成分は聴覚伝導路の個々の部位に起原を持つと解釈できる。破壊実験の結果からは両耳干渉成分は両耳から入力を受ける上オリーブ複合体のニューロンに依存していることを示唆している。中脳から脳幹にいたる正中矢状面の切断ではすべての遠心性線維が切断され、そのため両耳干渉成分が消失すると考えられる。この結果は両耳干渉成分が上オリーブ複合体の抑制ニューロン、特に外側上オリーブ核に存在する contralateral inhibition に関与するニューロンに由来することを間接的に示している。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はラットを用い、脳幹病変が聴性脳幹反応及びその両耳干渉に及ぼす影響を検討することにより両耳干渉成分の起原の解明を試みたものであり、下記の結果を得ている。

本研究ではまず、Wistar 系ラット (n=24) を用い、脳幹および中脳の聴覚伝導路の各部位に病変を作成し、病変作成の前後で両耳刺激および左右耳の単耳刺激によるABRを記録した。単耳刺激(クリック音)によるABR記録では6つの陽性ピーク(P1〜P6)と5つの陰性ピーク(N1〜N5)が刺激の提示から10ミリ秒の間に見られた。病変作成前のABR両耳干渉成分は単耳刺激のABRのP4からP6の潜時に相当して出現する2つの2相性の波 (P1-N1とP2-N2) からなっていた。

定位脳手術を用いた破壊実験前後のABRの変化は以下の通りである。

下丘間の切断では、両耳干渉成分のN1からP2の振幅の増大を認め、単耳刺激のABR波形ではP4からP6の振幅と潜時の増大を認めた。

正中矢状面の完全な切断では、両耳干渉成分の各ピークは平坦化した。単耳刺激のABR波形ではピーク3以降の反応が消失した。

両側の下丘の切除では、単耳刺激のABR波形のP6のピークが平坦化し、両耳干渉成分のうちP2-N2の振幅が低下した。

本実験の結果は、下丘の病変ではP6のピークの平坦化が生じることを示している。正中矢状面の切断による単耳刺激ABR波形の変化が小さいことは、これらの波が脳幹の交叉線維に起原するものではないと解釈できる。P6の振幅、潜時は下丘および下丘間の交連線維に依存していると考えられるが、これは下丘から内側膝状体に至る全ての聴覚伝導路はこの下丘間の交叉を通過するためであると考えられる。

また本研究の結果は両耳干渉成分は聴覚伝導路の個々の部位に起原を持つと解釈できる。破壊実験の結果からは両耳干渉成分は両耳から入力を受ける上オリーブ複合体のニューロンに依存していることを示唆している。中脳から脳幹にいたる正中矢状面の切断ではすべての遠心性線維が切断され、そのため両耳干渉成分が消失すると考えられる。この結果は両耳干渉成分が上オリーブ複合体の抑制ニューロン、特に外側上オリーブ核に存在する contralateral inhibition に関与するニューロンに由来することを間接的に示している。

以上、本研究ではラット脳幹病変が聴性脳幹反応及びその両耳干渉に及ぼす影響を検討し、両耳干渉成分の起原について重要な示唆を与える幾つかの知見を得た。本研究は今後の聴覚研究において両耳聴のメカニズムの解析に関する重要な基礎データを提供すると思われる。よって本研究は学位の授与に値するものと考えられる。

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