学位論文要旨



No 118473
著者(漢字) 各務,聡
著者(英字)
著者(カナ) カカミ,アキラ
標題(和) 液体推進剤を用いたパルス型プラズマスラスタに関する研究
標題(洋)
報告番号 118473
報告番号 甲18473
学位授与日 2003.06.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5563号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 都木,恭一郎
 東京大学 助教授 津江,光洋
 東京大学 助教授 小紫,公也
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景

宇宙開発の高効率化,コストダウン化により,人工衛星のマイクロ化や大型構造物の超軽量化が積極的に行われようとしている.それらの推進システムには付加価値が高く,比推力が大きい小型の電気推進機が必要不可欠である.

PPT(Pulsed Plasma Thruster)は,小型・軽量,高信頼性という優れた長所を持っていることから有力な小型電気推進機の候補であり,各国で研究開発が進められている.その一方で,PPTの主流である固体推進剤PPTには解決すべき問題点がある.第1にコンタミネーションの問題である.固体推進剤PPTの唯一の推進剤であるテフロンは,コンタミネーションの原因となる炭素とフッ素からなる物質である.フッ素や炭素は,太陽電池パネルや観測用の光学系に影響を与えることが懸念されており,また,炭素が電極やテフロンの表面に付着することによってPPTが暴走することも報告されている.これまで代替推進剤の研究も行われたが,推進性能や耐環境性の観点からテフロンが最もよいとされており,現在に至ってもなおテフロンが推進剤として利用されている.

第2 に推進剤供給の問題がある.PPTを繰り返し作動させるとテフロンは均等に消費されずに中心部がくぼむように消費されていく.すると,推進剤とプラズマの距離が変化するためにミスファイアが起きる.また,推進剤表面におけるアブレーションによって推進剤を供給しているため,推進剤供給量が変化し推進性能の低下する可能性がある.

研究目的

以上のような背景を鑑み,本研究では液体推進剤を使用したPPT(以下,液体推進剤PPT)を提案する.低コンタミネーションが期待できる液体推進剤を噴射器によって供給し,コンタミネーションや推進剤供給の問題に対処するのである.気体を推進剤として用いても,コンタミネーションや推進剤供給の問題に対処できるが,気体貯蔵用の耐圧容器が必要となり重量増加につながるため,小型・軽量が求められるPPTには不向きである.また,気体の拡散速度の関係からマイクロ秒の応答時間をもつバルブが必要となり推進剤供給系が複雑化する.それに対し液体は,貯蔵容器の耐圧は蒸気圧程度でよく,液体が気化するのにミリ秒程度の時間を要することから気体用噴射器ほどの厳しい応答時間が求められない.以上のような理由で本研究では液体を利用すること至った.

液体推進剤PPTは,適量の液体を噴射器によって放電チャネル内に供給し,噴射された推進剤をイグナイタにより点火し,推進剤をプラズマ化して推力を得るのである.すなわち,推進剤供給も放電もパルス的に行うのである.PPTの亜種として,推進剤を定常的に供給し,高い繰り返し周波数でパルス放電を行う推進機が研究されているが,推進剤利用効率の関係から放電の繰り返し周波数が高くならざるを得ないため,低電力化が難しい.一方,液体推進剤PPTは,推進剤供給と放電がともにパルス動作なので任意の時間間隔で作動させることができ,消費電力を変化させても推進性能は一定のままである.また,推力レベルを繰り返し周波数で制御できる,すなわち推力のディジタル制御が可能になるため,宇宙機の推力制御システムを小型化することもできる.

このように液体推進剤PPTは,固体推進剤PPTの長所と液体推進剤の長所をあわせ持つことができる推進機であるといえる.

本研究は,マイクロスラスタの実現を目指し,低コンタミネーションが期待できる水や低級アルコールを推進剤として利用したときに液体推進剤PPTが作動することを実証し,液体推進剤PPTが十分な比推力や推進効率を持ち合わせた推進機であることを示すことを目的とする.

液体推進剤PPT用噴射器

液体推進剤PPT用の噴射器には下記の4つの性能が求められる.(1)小型・軽量,(2)低リーク流量,(3)微少量の推進剤供給,(4)推進剤供給に要する時間(以下,噴射時間)が十分に短い.(1)(2)は自明である.(3)はPPTのように低消費電力の推進機において必要不可欠な条件である.効率と比推力の定義式から必要な噴射量を算出すると,20 Jクラスの液体推進剤PPTでは40μgの推進剤を噴射する必要がある.(4)は推進剤利用効率に影響する.真空中に噴射された推進剤は,放電チャネル外に向かって飛行すると同時に気化するため,噴射時間が長くなると,推進剤が放電により加速される前に放電チャネル内から流出してしまうからである.

先述の4条件を満たす噴射器は存在しないため,高速の噴射器(以下,FGI,Fast Gating Injector)を試作し,液体推進剤PPT用の噴射器が実現可能であることを示した.この噴射器は,応答速度を短くするために応答時間が3 msのアクチュエータを搭載した遮断弁型の噴射器である.

水,メタノール,エタノール,ブタノール,エチレングリコールを推進剤としたとき,FGIによって真空中に推進剤を噴射することが出来た.噴射量は,アクチュエータに印加する電圧を調節することによって 3μgから120μgの範囲で可変であった.また,ショットごとの噴射量のばらつきは小さく噴射は安定していた.このときの消費電力は充電エネルギーの4%に抑えることができた.

噴射器の重量に注目すると,重量はタンク込みで約300 gであった.PPT用のコンデンサの重量が400 gであるから妥協できる範囲であろう.近年,小型化の技術が発展しており, MEMS(Micro Electro Mechanical System)のようなマイクロファブリケーション技術を応用すればさらなる軽量化は可能であろう.

1000フレーム/秒の高速度カメラを用いて噴射された推進剤を観察し噴射時間を測定した.噴射時間は3μg噴射したときに1 msであったが,噴射量と共に増加し120μgの推進剤を噴射したときに4 msであった.推進剤が気化する時間と比較することによって噴射時間を評価すると,真空環境下において液体推進剤がどのように質量が変化するかを計算した.推進剤として期待される水と低級アルコールの場合,噴射されてから1ms経過したときには推進剤の90%が液体として残っており,噴射後10ms経過しても80%以上の推進剤が液体のとしてのこっていた.この結果から1〜4msという噴射時間は十分に短いといえよう.

以上のように液体推進剤PPT用噴射器の条件を満たしており,液体推進剤PPT用の噴射器は実現可能であるといえる.

液体推進剤PPTの推進性能

液体推進剤PPTの性能を測定するために,20Jの液体推進剤PPTの試作機を製作した.推進剤を供給してからイグナイタを作動させたところ,イグナイタを作動させてから約20μs後に主放電が誘起され液体推進剤PPTが作動した.精製水,メタノール,エタノール,ブタノールのいずれを推進剤としたときでも,充電エネルギーが1〜20 J ,噴射量が3〜60μgの範囲でミスファイアなく放電が誘起された.すなわち,液体推進剤PPTは固体推進剤PPTと同じエネルギー及び噴射量で作動することが示されたといえる.

液体推進剤PPTが十分な推進性能を持っているかを評価するために,ねじり振り子式のスラストスタンドを製作した.このスラストスタンドを用いて,水や低級アルコールを推進剤として充電エネルギーや噴射量を変化させて推力を測定した.推進剤,充電エネルギー,噴射量によらず,推力は安定して発生しており,ショットごとの推力のばらつきは推力の平均値の9%程度であった.推力の特性に注目すると,噴射量を一定にしたとき推力は充電エネルギーに比例していたが,充電エネルギーを固定して,噴射量を変化させても推力はほとんど増加しなかった.このことから,液体推進剤PPTは固体推進剤PPTと同じく電磁加速型の推進機であるといえる.

推力が上記のような特性を持つことから,本研究で得られた最高の推進性能は,充電エネルギーが20 J,噴射量が3μgの時に得られ,比推力が4300秒で推進効率が13%であった.20Jクラスの固体推進剤PPTの比推力が800秒,推進効率8%程度であることを考えると,試作機の性能は十分に従来のPPTに匹敵するといえよう.

また,推進剤を精製水,メタノール,エタノール,ブタノールに変えても推進性能はほとんど変化しなかった.従って,ミッションの要求に応じて推進剤を自由に選択することができる.すなわち,低コンタミネーションが必要となる光学測定を行うミッションでは水を推進剤として利用し,逆に多少のコンタミネーションが許されるミッションで,小型軽量化が求められる場合は,凝固点がきわめて低いメタノールを推進剤にすることが考えられる.

結論

マイクロスラスタを実現するために,液体推進剤を用いたPPT ,「液体推進剤PPT 」を提案した.液体推進剤PPT の試作機を用いてその作動試験を行ったところ,充電エネルギー・推進剤消費量が固体推進剤PPT と同じレベルで液体推進剤PPTが作動することが確認された.また,得られた推進性能は固体推進剤PPTを上回るものであった.

低級アルコールから水にいたるまで,様々な推進剤で作動した.水や低級アルコールは,毒性がなく貯蔵しやすいのみならず,反応性も強い原子を含まないことから,低コンタミネーションが期待できる.特に,水は炭素原子すらも含まないため,固体推進剤PPT のように電極やテフロン推進剤表面に炭素が付着することがなく,暴走しない安定な推進機になることが期待できる.また,充電エネルギーが同じ場合,推進剤の種類によって推進性能が変化しなかったことから,推進剤をミッションにあわせて自由に選択できる.

インパルスビットは,充電エネルギーにのみ依存し,液体推進剤噴射量やイグナイタ遅延時間を変化させてもほとんど変化しなかった.

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)各務聡提出の論文は「液体推進剤を用いたパルス型プラズマスラスタに関する研究」と題し、6章からなっている。

宇宙開発の高効率化、コストダウン化により、人工衛星のマイクロ化や大型構造物の超軽量化が積極的に行われようとしている。いずれの場合にもそれらの推進系は付加価値の高い、比推力の大きな電気推進システムの搭載が必要となってくる。電気推進といっても従来型のものではなく、出力、大きさともにマイクロ化されたものが必要になってこよう。衛星のマイクロ化の場合には無論のこと、構造物の軽量化の際にも柔軟構造による振動等を抑えるために複数の箇所にマイクロ推進機をつけた分散系推進システムが必要である。

電気推進では、これまで推進剤を推進機内へ導入する際、気体もしくは固体として供給していた。しかしながら、出力を極めて低く抑えようとすると、推力の発生はパルス化せざるをえず、プラズマの生成、加速のための放電はマイクロ秒からミリ秒程度の極めて短パルスの繰り返しモードになってくる。このような場合、気体による供給は拡散に関する問題と時間的応答性の点から極めて難しく、また固体による供給では放電による固体表面のアブレーションによる方式を用いるため、放電が終了した後も推進剤が過剰に供給されるという事態が生じ、推進剤の内プラズマになるのはほんの一部であり、必要な比推力、効率が得られにくい。

このような点から、本研究では液体を推進剤とするパルス型プラズマスラスタを提案し、その液体の噴射過程やプラズマ化される様子を観察してその物理現象を調べるとともに、あらたに開発した微少推力の測定可能なスラストスタンドを用いて、推進性能の算出を行い、比推力、効率ともに十分に持ち合わせたマイクロ電気推進機の実現を目的としている。

1章は序論であり、本研究の背景を述べ、研究の目的と意義を明確にしている。

2章は、液体推進剤パルス型プラズマスラスタの作動原理と長所を従来の固体推進剤の推進機と比較しながら詳述している。

3章は、本研究で使用した実験装置について述べている。実験系は、放電用の電源系、噴射器用電源系、噴射器とイグナイタの作動タイミングを制御する回路系、微少推力測定用スラストスタンドなどを示している。

4章は、液体推進剤パルス型プラズマスラスタの実現に必要不可欠な噴射器について検討している。液体推進剤パルス型プラズマスラスタを実現するためには、小型・軽量、低消費電力、微少量の推進剤供給、短時間における噴射という5つの条件を満たす噴射器が必要となる。本研究では、様々な種類の噴射器を試作し、その結果、これらの条件を満足する高速アクチュエータを用いた遮断弁型の噴射器の開発に成功した。

5章は、液体推進剤パルス型プラズマスラスタの試作機を用いて作動実験ならびに推力測定の実験を行った結果について述べている。作動実験により、充電エネルギー・推進剤消費量共に、固体推進剤とほぼ同じレベルで液体推進剤を用いたスラスタが作動することが確認された。また、イグナイタで消費された電力は充電エネルギーの5%程度に抑えることが出来た。水や低級アルコール(メタノール、エタノール、ブタノール)を推進剤とした場合、ミスファイアすることなくパルス放電を発生することが出来た。低級アルコールは炭素の含有率が低い上に、ハロゲンのような反応性の強い原子が含まれていない。水に至っては炭素すら含まないため、液体推進剤パルス型プラズマスラスタが低コンタミネーションの推進機として大いに期待できよう。推進性能は推進剤の種類によって変化しなかったことから、ミッションの要求に合わせて自由に選択することができる。

一方推進性能に関しては、充電エネルギーを20 Jにしたときに比推力4300秒、推進効率13%となった。20 Jの固体推進剤パルス型プラズマスラスタの比推力が800秒、推進効率が8%程度であることから、推進性能においても固体推進剤パルス型プラズマスラスタを上回ることが示された。

6章は、結論であり本研究において得られた結果を要約している。

以上を要するに、従来のパルス型プラズマスラスタの長所と液体推進剤の持つ長所を兼ね備えた推進機を提案し、低コンタミネーションが期待できる水を推進剤としてパルス型プラズマスラスタの作動を実証するとともに、推進性能の点においてこれまでのものを上回る性能が得られることを示したのであり、その成果は宇宙推進工学上貢献するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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