学位論文要旨



No 118474
著者(漢字)
著者(英字) Pedro,Molina-Morales
著者(カナ) ペドロ,モリナ・モラレス
標題(和) マイクロ波放電型ホールスラスタの実験的研究
標題(洋) EXPERIMENTAL INVESTIGATION OF A MICROWAVE HALL THRUSTER
報告番号 118474
報告番号 甲18474
学位授与日 2003.06.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5564号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 教授 都木,恭一郎
 東京大学 助教授 小紫,公也
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景

ホールスラスタは電磁加速型の電気推進機のひとつである。ホールスラスタはイオンスラスタにくらべ効率が低い反面、イオン加速において空間電荷制限を受けないため電気推進機の中では比較的高い推力密度が得られるという利点を持つ。

ホールスラスタは、プラズマ生成部とイオン加速部を同一にするか、互いに独立させるかによってそれぞれ1段加速型、2段加速と呼ばれており、近年の研究では2段型の方が推進性能及び操作性の面で優れているという結果が得られている。

本研究ではマイクロ波の投入による効果を検討するため、マイクロ波イオン源を用いる二つの2段型ホールスラスタのプロトタイプ(プロトタイプI、II)を試作し、その作動点及びプラズマ特徴を調べた。さらに、マイクロ波投入によりプラズマの生成が容易になるため、Xe以外の推進剤(窒素、アルゴン)についても実験を行ない、これらの推進剤について将来的な利用可能性を検討した。

実験装置

まずマイクロ波伝送系について説明する。マグネトロンにより発振された周波数2.45GHzのマイクロ波は、導波管を通って共鳴器(キャビティ)内に入る.マイクロ波はプランジャー間で定在波となり、共鳴器内に蓄えられたマイクロ波電力は石英ガラスを通して加速チャンネルに導かれる。マイクロ波電力は非共鳴吸収と呼ばれるカットオフを伴うマイクロ波電界のプラズマへのしみこみを利用してプラズマへ吸収される。マイクロ波の整合はプランジャーを前後に動かしてキャビティの長さを変えることによって行う。実験において利用した共鳴モードは円筒モードTM011である。

プロトタイプIのホール加速部では、10 x 6.5 x 4mmのSmCo永久磁石によって100から1000Gの間で磁束密度が調節できる。このホール加速部は種々のマイクロ波型電離部に取り付けることが出来るよう、下流で磁気回路を構成しており,この点で従来型ホールスラスタと大きく異なる。加速チャネルの幅は6mm、長さは13mmとなっている。

プロトタイプII のホール加速部では、10 x 6.5 x 4mm(外部磁気ポール)と4 x 4 x 2mm(内部磁気ポール)の二組のSmCo永久磁石によって100から500Gまでの磁束密度調節ができる。このスラスタは従来型ホールスラスタと異なり、機械的な磁気回路を持たない。ここでは長チャネル、短チャネルの二つのコンフィギュレーションで実験を行った。長チャネルの幅は11mm、長さは24mm、短チャネルの幅は11mm、長さは12mmである。

実験結果

実験では主に推進剤としてキセノンを用い、流量は14sccm (プロトタイプ I) もしくは20sccm(プロトタイプ II)に設定した。プロトタイプIIでは推進剤としてアルゴン、窒素も用いた。1回の作動は10分程度行い、放電電圧、放電電流、イオン電流、フィラメント電子電流の測定を行った。加速効率、推進利用効率の評価には、ステンレス製のイオンコレクタ(500x500mm)を用いた。コレクタは推進機下流350mmに設置し、GNDに対して-30Vの電位を与えてイオンのみ捕集するようにした。プロトタイプIIでは単探針を用い空間電位、プラズマ密度、電子温度の分布を測定した。スペクトルアナライザーによって、放電電圧180V、230Vの設定で、放電電流のスペクトルを得た。

プロトタイプIは放電電圧150V以上では、マイクロ波を投入してもプラズマを維持できなかった。DCモードでの最高加速効率は14%で、マイクロ波モードでは16%であった。効率が低い理由として以下の原因が考えられる:

イオン損失1:下流磁気回路の軟鉄表面へのイオン損失

イオン損失2:内部ポール上流壁面へのイオン損失

磁束密度が低いため、イオンビームの拡散損失の割合が大きい.推進剤供給ポートの数が不十分であったため、空間的に一様な放電が得られなかった。

つぎに、プロトタイプIIの長チャネルコンフィギュレーションで、Xe20sccmで実験を行った。マイクロ波モードで作動させた場合、低い電圧でも作動させることができる。キセノンより電離電圧が高いアルゴンの場合、マイクロ波を投入すると、加速効率が上がる。

一番性能が良好だったスラスタはプロトタイプIIの短チャネルコンフィギュレーションである。この実験結果より次のことが分かった:

300Wのマイクロ波を導入する場合、DCモードと比較してイオン電流が増加し加速効率は約15%向上する。マイクロ波モードで作動させた場合、作動範囲が広がり、低電圧でも作動可能となる。すなわちマイクロ波を導入することで、イオン生成効率を向上させることができる。さらにマイクロ波電力を大きくすることによって、イオン生成効率も増加することが明らかになった。

低放電電圧もしくは高放電電圧で作動させた場合、マイクロ波の影響が明確に現れた(Microwave-dominant mode)。80Vから130Vまでの中間作動領域ではマイクロ波を導入しても、比較的低いイオン電流及び加速効率しか得られない(DC-dominant mode)ことが分かった。

推進剤としてアルゴン、窒素を使用した場合、マイクロ波を導入するとイオン電流、加速効率及び推進剤利用効率が向上することが確認された。

プロトタイプIIの長チャネルコンフィギュレーシでは、DCモードと比較してマイクロ波は上流から導入されるため、以下の理由により性能が改善されると考えられる:

上流側でマイクロ波によって生成されるプラズマの容積が比較的大きい。

マイクロ波によって電子温度が上がるため、電離が促進される。つまり生成された電子が上流に拡散する前に中性粒子を電離する。

シングルプローブの測定結果によって、マイクロ波モードでスラスタのアノード付近において電子温度、プラズマ密度共に比較的高い二つのピークが検出された。このことから、マイクロ波によるイオン生成領域と円周方向にドリフト運動を行う電子によるイオン生成領域の二つのプラズマ生成領域が存在することが分かった。

スペクトルアナライザーの測定結果によって、マイクロ波モードで操作した場合振動は10 50 kHz (low-frequency oscillations) に抑えられる。これはイオンが二つの領域で生成されるためである。

マイクロ波の投入による効果を検討する冷たい均一プラズマモデルを提案した。解析結果から、磁場がない場合のプラズマ表皮厚さは4mmから12mm、40Gでは16mmとなることがわかった。

結論

マイクロ波放電型ホールスラスタの二つのプロトタイプを試作した。プロトタイプIでは高イオン損失や最適化されていない磁力線形状のため、マイクロ波を投入したときの加速効率は16%程度であった。プロトタイプIIの長チャネルコンフィギュレーションではアルゴンにおいてのみマイクロ波を投入した場合加速効率が10%向上した。プロトタイプIIの短チャネルコンフィギュレーションが最も高性能であった。キセノンの場合、DCモードと比較してマイクロ波モードでは加速効率が15%増加することが分かった。アルゴンと窒素の場合においても、マイクロ波を投入すると加速効率が増加することが分かった。シングルプローブの測定結果により、加速チャネルにおいて二つのイオン生成領域があることが分かった。この新しい電離構造のため電離振動は減少した。

マイクロ波により電子にエネルギーが供給され、プラズマ生成が促進されるというメカニズムにより推進性能の改善が行われ、特にアルゴンや窒素という将来的な推進剤について効果が著しいとわかった。

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)モリナ・モラレス ペドロ提出の論文は「EXPERIMENTAL INVESTIGATION OF A MICROWAVE HALL THRUSTER」(マイクロ波放電型ホールスラスタの実験的研究)と題し,本文7章から成っている。

ホールスラスタは,円環状のプラズマ加速部に半径方向の外部磁場と軸方向電界によって周方向のホール電流を誘起させ,外部磁場との相互作用による電磁加速を行う電気推進機である。1,000秒から2,000秒の比推力範囲において,比較的高い推進効率(エネルギー変換効率)を発生することと,空間電荷制限電流則を受けず推力密度を高めて小型軽量化が計れるなどの利点を有するため,人工衛星の軌道保持や姿勢制御,軌道間遷移といった地球近傍ミッションの推進装置として適し,現在,最も注目されている推進機である。

ホールスラスタには,ひとつのアーク放電によりプラズマ生成とホール加速を行う1段加速型と呼ばれるものと,それぞれ独立したふたつのアーク放電により生成と加速を行う2段加速型と呼ばれるものがある。これまでの研究によれば,理論上は2段型の方が推進性能の面で優れていると報告されているが,過去の多くの実験では必ずしも2段加速型の方が高い推進性能が得られるというわけではなく,むしろ効率面で劣るという報告が多かった。この原因として,2段型の場合にはふたつのアーク放電が存在することで,アーク放電間の干渉の存在やそれぞれに適した磁場強度や磁気形状が異なり磁気回路の最適化が困難になったことによるものと思われる。

上記の観点から,著者は,プラズマ生成にアーク放電に代わってマイクロ波放電を用いた,他では例をみない2段加速型のホールスラスタを考案し,スラスタから発生する推力の測定を中心とした実験を行った。マイクロ波の投入による効果を検討するため,2つの2段型ホールスラスタのプロトタイプを試作し,推進性能やプラズマ特性を調べた。さらに,ホールスラスタで通常用いられるキセノン以外の窒素,アルゴンなどの推進剤についても実験を行い,これらの推進剤について将来的な利用可能性を検討した。

第1章は序論で,本研究の背景を述べ,マイクロ波を用いた2段加速型ホールスラスタの設計方針をプラズマ加速理論によって説明するとともに、その特徴や優位性を述べ,本研究の目的と意義を明確にしている。

第2章では,実験装置とプラズマ計測の方法について記述している。実験に用いた真空チェンバーからマイクロ波放電やアーク放電のための電源システム,プラズマ診断のための計測システムとデータ処理方法に至るまでを詳述している。

第3章では,マイクロ波放電によるプラズマ生成に関して説明している。マグネトロンにより発振されたマイクロ波は導波管を通って共鳴器内に入る。マイクロ波はプランジャー間で定在波となり,マイクロ波エネルギーが共鳴器内に蓄えられプラズマ生成部に導かれる。生成されたプラズマはホール加速部でイオン加速を受け推力発生の源となる。

第4章では,プロトタイプIのホールスラスタに関する実験を行った結果について述べている。このスラスタのホール加速部は種々のマイクロ波放電型プラズマ源に適合できるように磁気回路を下流側においた構造になっている。作動実験の結果,マイクロ波放電によってホール加速部上流で充分なプラズマ密度が得られたが,ホール加速部壁面へのイオン損失の割合が大きくマイクロ波放電による推進性能の向上はみられなかった。

第5章では,イオン壁面損失の低減を重点におき,加速チャンネルの形状の最適化と磁場強度の調整機能を持ったプロトタイプII のホールスラスタを設計し,その作動実験を行った結果について述べている。その結果,広範囲の作動領域において安定した放電作動が確保されると同時に,マイクロ波放電によって生成されたプラズマイオンが効率よく加速部に導かれ,推進性能の向上がみられた。特にキセノンに比べて電離しにくいアルゴン,窒素などの推進剤を使用した場合,大幅に性能向上することが確認された。

第6章では,マイクロ波の投入によるプラズマ生成の促進とスラスタ形状の最適化をはかるため,電子とイオンの熱運動を考慮した無衝突プラズマモデルを提案している。本モデルによる解析結果は実験結果と比較的よい一致を示し,理論的に裏付けるものとなった。

第7章は結論であり,本研究で得られた結果を要約している。

以上要するに,本論文ではマイクロ波を用いた2段加速型ホールスラスタを提案し,それによる推進性能の向上や多様な推進剤を利用できることを示したものであり,その成果は宇宙推進工学上貢献するところが大きい。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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