学位論文要旨



No 118475
著者(漢字) 李,白滔
著者(英字) Li,Baitao
著者(カナ) リ,ハクトウ
標題(和) 固体触媒を用いるヒドロホルミル化反応に関する研究
標題(洋) Study on the Hydroformylation over Solid Catalysts
報告番号 118475
報告番号 甲18475
学位授与日 2003.06.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5565号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 水野,哲孝
 東京大学 助教授 堤,敦司
 東京大学 助教授 岸本,昭
 東京大学 講師 引地,史郎
 東京大学 教授 藤元,薫
内容要旨 要旨を表示する

緒言

大気浄化の観点から燃料油、特に軽油を使用するディーゼルエンジンの排気ガス(炭化水素、一酸化炭素、粒子状物質、スモーク等)の中で、粒子状物質の低減化は社会的急務となっている。ガソリン燃料においてはメタノール、ブタノールなどの含酸素燃料の添加が試みられ、実用化されている。含酸素化合物は一般にオクタン価が高くオクタンブースターとして知られている。一方含酸素化合物をディーゼルエンジンに供給した場合にはセタン価の向上よりも排気ガスのクリーン化に寄与するようであり、特にジメチルエーテル (DME) を燃料とすると粒子状物質はいかなる運転条件においてもほとんど生成しない。また油脂をメタノールで処理して得られる脂肪酸のメチルエステルはNOx、特に粒子状物質の生成が通常のディーゼル燃料の1/3程度であると言われている。含酸素燃料の利用が考えられており、高級アルデヒド、アルコールおよびエステル、エテールなどの含酸素化合物についての研究が興味を持たれている。

本研究の目的では、合成ガスからクリーンなディーゼル燃料を合成するFischer-Tropsch反応について研究を進めており、反応生成物中に含まれるC4-C10の1-オレフィン類をヒドロホルミル化により含酸素燃料へ転換する固体触媒プロセスの基礎を確立することを目指している。ヒドロホルミル化は、不飽合結合を含む炭素数nのアルケンと合成ガスから炭素数n+1のアルデヒドを合成する反応のことであり、工業的には均一系触媒(コバルトやロジウム錯体)を用いて、423K、20-30MPa程度の条件で行われている。しかし、このプロセスは高圧を必要とすること、生成物と触媒の分離が容易でないこと、貴金属の損失などの欠点があり、低圧下での不均一系プロセスの開発が求められている。

本研究では、活性炭担持コバルトあるいはロジウムの触媒を用いて、低圧下でスラリー相中での1-ヘキセンなど中級オレフィンをモデル原料としたヒドロホルミル化反応を実施した。均一系触媒は高活性であるが、低圧で不溶性の固体に分解してしまい、不安定である。そこで、触媒を安定化させるため担持触媒とし、分解物も担体上に沈着することを期待した。すべての触媒は含浸法により調製した。反応条件、溶媒などの効果を明らかにするとともに添加物効果、安定性等についても検討し、固体化の効果を明らかにすることを目的とした。

担持コバルト触媒

403K、3.0MPa、6hの条件下で溶媒を用いない場合には1-ヘキセン転化率は0.3%であり、ヒドロホルミル化は進行せず、生成物は全て2-ヘキセンであった。炭化水素溶媒やTHFでは反応を促進させることができなかった。CH3OHを溶媒に用いると反応が促進され、1-ヘキセンの転化率は47.9%になった (Table 1)。高い活性を示すアルコールではプロトンが存在しており、有効な活性点HCo(CO)xの生成に有利であると考えられている。COの転化率の経時変化から、反応初期の誘導期は、メタノールと合成ガスにより触媒表面の酸化物が還元されるために生じるものと考えられる。反応条件は触媒活性に影響も調べた。低温高圧になるほど、副反応である異性化反応が減少している。これはこの条件で触媒表面上の活性サイトにCO分子が優先的に吸着して、CO挿入が起こりやすくなるためと考えられる。1-へキセンの他、2-ヘキセン、1-ヘプテン、1-オクテンなどのオレフィンも十分反応することを確かめた。

コバルト触媒への微量貴金属添加の効果

コバルト触媒の活性を更に高めるため、微量の貴金属Ru (0.5 wt%) をコバルト触媒と同時に含浸した。温度403K、圧力3.0MPa、H2/CO=1/1の反応条件下で、無水メタノールを溶媒とした場合、n-octaneを溶媒とした場合に比べ、1-ヘキセンの転化率は極めて高い活性を示した (Table 2)。特に少量のRuの添加することによって、反応初期の誘導期は短くなり、COの転化率も高くなった。H2吸着 (ASAP) 分析からRuはコバルトのH2吸着量を高めると分散度を向上させることが明らかにされた。Ruを添加した触媒では還元過程において、水素のspillover効果によって、表面不鈍化処理の触媒上の酸化コバルトが金属状態へと還元されるのを促進した。

担持ロジウム触媒

403K、3.0MPaの条件下ロジウム触媒の活性は無極性炭化水素溶媒(n-octaneなど)を用いた場合、1-ヘキセンの転化率は高く、望ましい生成物である含酸素化合物の収率も高い。生成物の経時変化から反応初期では異性化反応は優先的に行い、ヒドロホルミル化反応は反応進行とともに徐々に主として進んでいくことが解った。同じロジウムの担持量時、活性炭はシリカよりヒドロホルミル化に高活性を示した。また、内部オレフィンを原料とした場合にも、直鎖アルデヒドの生成を含めたヒドロホルミル化が生成することを認めた。これは次の平衡が存在していると考えられる。

内部オレフィン→外部オレフィン→C7-aldehyde

触媒の安定性と寿命

活性種の安定性を調べるために、使用後の触媒を使い、連続運転を行った。ロジウム触媒の活性は少しずつ低下したということが分かった。ICP、CO-TPD、透過型電子顕微鏡 (TME) などの分析結果よりすごく小量の活性種が溶液の中に溶けることが解った。シリカ担持触媒は活性の劣化が著しく、2回目の活性テストにより失活した。反応後の金属の粒子は反応前より大きくなって存在していた。これは小さい粒子は最初的に溶液に溶け、大きい粒子が触媒表面に残っている原因であると考えられる。

結論

低圧で固体触媒を用いてヒドロホルミル化反応を行った。

1)活性炭担持コバルト触媒は6.0MPa以下での活性を示さなかったが、アルコールを溶媒とした場合は高い含酸素化合物の収率を得ることができた。更に少量の貴金属Ruを加えることで触媒の性質が大きく変化した。これは貴金属がコバルトの還元を促進したためである。

2)ロジウムは1wt%以下の活性炭担持において無極性炭化水素溶媒の中で優れた成績を示した。担体としては活性炭が適している。内部オレフィンは外部オレフィンを経由し、直鎖アルデヒドを与えた。

3)金属の粒子が小さくなるほど、溶液に溶けやすいことが分かった。

4)活性炭担持コバルトあるいはロジウムは寿命にある程度問題を残すものの固体触媒として液相で十分活性を示すことが分かった。

Hydroformylation of 1-hexene in various solvents over 10wt%/A.C.

The effect of Ru-added catalyst on the hydroformylation of 1-hexene

CO conversion vs. time on stream over during consecutive runs(1 wt% Rh/A. C; 3.0 MPa, 403 K)

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、固体触媒(活性炭担持コバルトあるいはロジウムの触媒)を用いて、低圧下でスラリー相中での1-ヘキセンなど中級オレフィンをモデル原料としたヒドロホルミル化反応を固体触媒を用いて行い、反応条件、溶媒などの効果を明らかにするとともに添加物効果、安定性等についても検討した結果をまとめたもので、全5章より構成されている。

第1章は序論であり、ヒドロホルミル化反応の研究の背景および関連触媒の状況をまとめている。その中で、均一系触媒は高活性であるが、低圧で不溶性の固体に分解してしまい不安定であることから、触媒安定性向上の観点から担持触媒の導入が望ましいことを記し、本研究の目的が固体触媒を用いた低圧下での不均一系反応プロセスの開発であることを述べている。

第2章では、担持コバルト触媒を用いるヒドロホルミル化反応を検討している。403 K、3.0 MPa、6 hにおいて溶媒を用いない場合、1-ヘキセン転化率は0.3%で生成物は全て2-ヘキセンであり、ヒドロホルミル化反応は進行しなかった。炭化水素やTHF溶媒中でも反応は進行しなかったが、アルコールを溶媒に用いることで反応は進行し、1-ヘキセンの転化率は47.9%にまで向上した。このようなアルコールによる反応の促進効果はアルコールにより触媒表面のコバルト酸化物が還元されるためと推定された。さらに、反応条件の触媒活性に与える影響についても検討した結果、低温高圧になるほど、副反応である異性化反応が抑制されることが明らかとなった。これは触媒表面上の活性サイトにCO分子が優先的に吸着し、金属-炭素結合へのCO挿入が起こりやすくなるためと推定された。微量のRu (0.5wt%) を添加すると、反応誘導期は短縮し、COの転化率も向上した。Ruは水素の spillover 効果により酸化コバルトの金属コバルトへの還元を促進しているものと推定される。さらに1-ヘキセンの他、2-ヘキセン、1-ヘプテン、1-オクテンなどのオレフィンでもヒドロホルミル化反応が進行することが確認された。

第3章では、担持ロジウム触媒を用いるヒドロホルミル化反応を検討している。無極性炭化水素溶媒(n-octane など)を用いた場合、ロジウム触媒は1-ヘキセンのヒドロホルミル化反応に対し高転化率、高選択性を示した。担体として活性炭はシリカよりヒドロホルミル化に高活性であることが明らかとなった。また、内部オレフィンを原料とした場合にも、直鎖アルデヒドの生成を含めたヒドロホルミル化が進行することが明らかとなった。

第4章では、固体触媒の有効性、安定性、寿命について検討している。1 wt%担持ロジウム触媒を用いて1-ヘキセンのヒドロホルミル化反応を14時間連続して行ったところ、高いCO転化率及び C7-aldehyde 収率が得られた。ロジウム触媒の turnover number は最高で500回にまで向上した。従って本ロジウム固体触媒は液相でも十分な活性と寿命を示すことが判明した。

第5章は、全体の結論である。

以上、本論文は固体触媒を用いて低圧ヒドロホルミル化反応を行い、溶媒効果、貴金属の添加効果、固体触媒の安定性を解明し、固体触媒の有効性を実証した。これらの結果は触媒化学のみならず工業化学的にも重要な知見である。よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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