学位論文要旨



No 118476
著者(漢字)
著者(英字) MUSASA,MAKUMBI KANKA
著者(カナ) ムササ,マクンビ カンカ
標題(和) 土地改良事業における農地評価方式に関する研究
標題(洋)
報告番号 118476
報告番号 甲18476
学位授与日 2003.06.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2642号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農業・資源経済学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 八木,宏典
 東京大学 教授 谷口,信和
 東京大学 教授 生源寺,眞一
 東京大学 助教授 松本,武祝
 東京大学 助教授 木南,章
内容要旨 要旨を表示する

日本の農業において残されている解決すべき重要な問題の中に,米の生産費が非常に高いこと及び農地の零細分散性に関する問題点を挙げることができる.農地の零細分散性によって,機械作業の効率性が十分発揮できず,肥培管理労働が増加し,コスト削減と農地規模の拡大の妨げとなっている.このような零細分散した農地の解消へ向けての取り組みの例としては,「圃場の集団化」が挙げられる.本稿では,この集団化の方式の中から換地事業を取り上げ,その要点である農地価格の評価方式について分析する.この分析は,米国における土地の評価方式とドイツにおける土地の評価方式をふまえて日本の換地計画における土地の評価方式に関する事例分析を行ったものである.

土地は他の一般の財産と違って,位置が動かず,容易に増加せず, 腐らない(永続性),などの性質があり,さらに,個々の土地がそれぞれ個別の特性をもっている.このような土地の性質のため,他の商品と違って誰もがいつでも自由に参加できる市場がないので,土地の価格については,自動的に価格が形成される場がない.しかし,土地の価格を決定しなければならない場合がある.それは,(1)固定資産税賦課のための土地評価,(2)相続税賦課のための土地評価,(3)地価公示価格・標準地価格,(4)土地区画整理事業における土地の評価,(5)公共用地取得における土地の評価,(6)土地の売買における土地の評価である.これらの評価は,それぞれの目的があるため,別の評価方式を必要としている.

米国における農場の評価は,農場市場価格(取引価格)を推定するために3つの評価アプローチを用いている.それは,市場データ (Market Data) アプローチと収入 (Income) アプローチ及び費用 (Cost) アプローチである.市場データアプローチは,現実の不動産市場における取引に基づいて農場の販売価格を査定する方法である.収益アプローチは,土地所有権がもたらす収益を資本還元化する方法である.費用アプローチは,評価されている土地に係る改良事業費と改良されていない土地の市場価格に基づいた評価方法である.米国の場合には,この3つのアプローチはお互いに関連しているし,ほとんど同じ農場評価額の推定になっている.

ドイツにおける農地評価方式の基礎となるのは,農地評価に関する1964年法によって補足修正された1937年法である.農地整備局の担当者は,それぞれの農地の自然的や経済的条件に基づいて農地収益基準値 (EMZ) を調整して農地標準価格(収益評価額)を算定する.収益評価額は必ず市場価格に対応するであろうと考えられているが,実際には両者の間には,時代によって異なるが,大きな格差が存在している.収益評価額の計算のために「1964年法」が決定した利子率 (5.5%) 及び農用地の純収益は,実際の利子率と純収益に比較すれば非常に低く,このために市場価格との格差が大きくなっている.前述したように,農用地については,不動産ゆえの安定性によってリスクが低いため利子率は相対的に低くなる傾向にあり,また新技術の導入で農地の生産性も向上するにつれて純収益も上昇する.従って以上の格差を是正するためには,このような状況を反映させた指針を用いてこの「1964年の法」を検討する必要があると考える.

日本の換地計画における土地の評価は,清算金を算定する手段の一つである.不換地,特別減歩及び創設換地に係る精算金では土地評価の意味は妥当な取引価格を求めているが,通常換地に係る清算金にあっては,調整金としての清算金を算定する手段としての土地の評価であり,土地の絶対的な価格評価を行うというものではない.その結果,算出される評価額は,清算金算定のための評価額である.

換地事業における農地評価方式の一つの問題は,農地価格の決定に関するものである.換地計画では理論的に採用されている農地価格は,農地の取引事例価格及び農業収益価格であるが,実際に重視されているのは以上の「清算可能な価格」である.この価格は, 市場価格と異なって,農家意向調査の聞き取りによる受益農家に受け入れられるものが設定されることとなっている.このような価格は,農家の主観的な価格と言いうるのであり,また市場価格に比べて過小評価された価格であるように思われる.本稿では,市場データアプローチ・収益アプローチ・費用アプローチの視点から,米国・日本における土地の評価方式を比較し,その相違点の背景にある要因を考察し,そしてなぜ日本の換地事業における受益農家が市場価格よりむしろいわゆる「清算可能な価格」を選ぶかという理由を分析した.

もう一つの問題は,区画に関する評価項目の内容を挙げることができる.換地の役割は,形の悪い分散農地を成形・集団化し,農作業効率を高めるということであるが,その際,経営面積の拡大は,現有の機械・施設の稼働率を上げ,固定費削減の効果を生む可能性が開かれるというメリットがある.農地集団化と作業能率の間には密接な因果関係が存在するのであり,換地によって集団化された農地価格を評価する際に,こうした規模拡大の要因を考慮することも必要であると考える.換地により達成が期待される重要な目的は,区画面積の拡大,現有の機械と施設の稼働率の向上,固定費削減,収益性の向上等を実現することにあるので,換地計画における農地評価の採点基準に関する項目の内容は,こうした目的を考慮したものであるのが適当であろう.こうした問題意識のもとに,埼玉県都幾川村本郷地区及び長野県信州新町牧郷地区における土地改良事業のデータに基づいて,作業能率に関連した項目による農地価格への影響を測定するべく試算を行った.

審査要旨 要旨を表示する

世界の諸国では、一般に、農地評価の方式として、市場データ (Market Data) アプローチ、収益 (Income) アプローチ、費用 (Cost) アプローチという3つの評価方式が使われている。市場データアプローチは市場における類似した農地の取引価格に基づき評価する方法であり、収益アプローチは農地所有がもたらす純収益を資本還元する評価方法である。また、費用アプローチは従前の価格に当該農地の改良費用を上乗せして評価する方法である。通常、この3つのアプローチは併用して使われ、相互に調整されて価格が決められるが、それは自由な農地売買の市場が成立している場合、これらの評価額は理論的にも実際的にも相互に一致するからである。

本論文は、日本の土地改良事業において行われている換地事業を取り上げ、その換地事業の最も重要な要素である農地価格の評価方式について分析したものである。実は、換地事業で採用されている農地評価方式は、農地の区画・形状や灌排水、日照、道路などの土地条件を点数化し評定価格を算出する、前述の方式とは異なる第4の評価方式ともいえる日本独自の方式である。本論文は、その評価方式の有する案践的意義と価格決定の要因について、海外と日本の事例の実態分析を通じて明らかにしたものである。

まず第1章では、自由な市場条件の下で農場価格が決定されている、アメリカにおける農場価格の評価方式が分析されている。前段でアメリカにおける農場の評価方式の歴史を考察した後、農場評価の事例分析が行われている。その結果、前述した3つのアプローチの評価額が、相互に驚くほど近い水準にあることが明らかにされている。

第2章では、わが国の土地改良事業に大きな影響を与えた、ドイツにおける農地の評価方式が現地調査資料に基づいて分析されている。ドイツにおける農地評価の基礎となる法律は、農地評価に関する「1937年法」(1964年補足修正)であるが、この農地評価の基本は農地の純収益である。その基礎には、収益評価額は市場価格に対応するという仮定がある。しかし実際には、両者の間には大きな格差があり、実際の利子率と純収益を使って修正計算した場合でも、その差は2倍前後もある。ドイツでは、農地価格が都市化など外部条件の影響を強く受けている点が明らかにされている。

第3章では、日本における土地改良事業の歴史と換地事業の内容が検討されている。明治32(1899)年の旧耕地整理法は、ドイツのプロイセン、バイエルンなどの法律を参考に制定されたものである。しかし、明治42(1909)年の改正で、耕作者的な「耕地整理」から灌排水事業を中心とした増産のための「土地改良事業」へと転換された。

これを引継いだのが1949年の「土地改良法」であるが、換地事業とは、土地改良事業により区画整備された農地を農家に再配分する事業である。しかし、事業後の農地は形状や面積、土地条件などが、従前の農地に対して大きく異なる(改良されている)ため、農家ごとに事業前と事業後の農地価格評価を行い、面積や土地条件の変化に基づく過不足を計算して、それを金額で精算する必要がある。換地計画における農地評価は、この清算金を算定するための評価であるが、農家が合意できる農地価格(評定価格)を決められるかどうかが事業成立の鍵となる。

第4章では、埼玉県(標準地比準方式)と長野県(項目別配点方式)の2つの地区を対象にした実態分析が行われている。まず、農地ごとの評価点数と事業前後の清算金額に関する農家の個別資料から、地区全体の事業前後の評定価格、およびその変化額を算出し、それと関係機関・団体の資料から算出した市場データアプローチ、収益アプローチ、費用アプローチに基づく農地価格が比較検討されている。

その中で、(1)評定価格は市場データアプローチや費用アプローチ価格よりは低く、しかし収益アプローチ価格よりは高く設定されている、(2)市場データアプローチ価格の高さは、都市化などの影響であり、それは都市地域ほど高い、(3)費用アプローチ価格は、傾斜地などによる事業費の割高さのために中山間地域の方が高い、(4)農地はこれを財産と見る者は市場アプローチ価格あるいは費用アプローチ価格を取ろうとし、農業用資産と見る者は収益アプローチ価格を取ろうとする。この両者の利害を調整した評定価格の合意ができた要因は、どの農家にも事業費負担額にほぼ匹敵する農地の評定価格の増価があったこと、点数評価による事業前後の土地条件評価が公正であったと認められたこと、精算金の額が総農地価額に比べればその一部に限られていたこと、などである。なお(5)農地の評定価格の増価額と見合う農家負担割合は、平地では総事業費の10%、中山間地域では5%ていどと見こまれる、などの点が明らかにされている。

以上のように本論文は、日本の土地改良事業における農地評価方式を、農地評価の一般理論から位置付けるとともに、海外の事例などをもとに、その実践的な意義と価格決定の要因について実態的に明らかにしたものであり、これまでの農地評価理論に対して学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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