学位論文要旨



No 118478
著者(漢字) 高本,真弥
著者(英字)
著者(カナ) タカモト,マヤ
標題(和) 軟骨細胞におけるヘッジホッグシグナルのCbfa1およびRANKLの発現調節
標題(洋)
報告番号 118478
報告番号 甲18478
学位授与日 2003.06.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2198号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,耕三
 東京大学 教授 橋都,浩平
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 講師 福本,誠二
 東京大学 講師 賀藤,均
内容要旨 要旨を表示する

ヘッジホッグシグナルは軟骨分化において中心的な役割を果たす因子の一つであり,種々の因子との相互作用が考えられるが,その作用機構にはなお不明な点がある.正常な軟骨分化は成人における骨量維持に必要であり,軟骨分化,特に内軟骨骨化の機構を明らかにすることは近年増加しつつある骨粗鬆症の病態の骨形成の側面を理解するうえでも重要である.本研究ではヘッジホッグシグナルの下流の標的として骨形成に必須の転写因子である core binding factor a1 (Cbfa1) および破骨細胞分化に必須の因子である receptor activator nuclear factor κB (RANKL) に着目し,ヘッジホッグによるこれらの因子の調節を検討することで,ヘッジホッグの関与する内軟骨骨化の分子機構を明らかにすることを目的とした.

軟骨細胞は間葉細胞に由来し,長管骨においては増殖,肥大化,石灰化の過程を辿り最終的に細胞死に至る.発生において重要なシグナル蛋白であるヘッジホッグの一つインディアンヘッジホッグ (Indian hedgehog ; Ihh) は増殖を終え肥大化の前の段階にある軟骨細胞(前肥大軟骨細胞)に発現し,関節軟骨膜に発現する副甲状腺関連ペプチド (parathyroid hormone-related prptide;PTHrP) との負のフィードバックにより軟骨の肥大化を抑制すると考えられている.すなわち,IhhがPTHrPの発現を上昇させ,PTHrPはIhhよりも分化段階が早い細胞に発現する自身の受容体に作用し,Ihhを発現する軟骨細胞への分化を抑制する.一方,IhhはPTHrPを介さずに軟骨の最終分化を促進する作用ももつことが種々の実験系から示唆されている.また,軟骨におけるIhhの作用として軟骨細胞増殖作用や bone morphogenetic proteins (BMPs) との相互作用も知られており,Ihhの下流の因子の制御に関してはなお不明な点が多い.

Runt型転写因子である Core binding factor a1 (Cbfa1) は骨芽細胞の分化に必須の転写因子であり,その欠失マウスでは骨化が起こらず,軟骨形成にも異常が見られることが報告されている.またCbfa1を軟骨細胞に過剰発現させると軟骨が肥大化し,内軟骨骨化が異所性に発生することも報告されており,Cbfa1 が軟骨の肥大化を促進する作用をもち,軟骨分化においても重要な因子であることが示唆される.さらに最近Ihh欠失マウスが作成され,このマウスでは内軟骨骨化が見られず,軟骨膜/骨膜におけるCbfa1の発現が減弱していることが報告された.これらのことから軟骨においてヘッジホッグの下流に Cbfa1 が存在する可能性が示唆されるがこれまで直接的な証拠は得られていなかった.

軟骨細胞におけるヘッジホッグの Cbfa1 調節作用を調べるため,マウス新生仔の肋軟骨より酵素を用いて初代軟骨細胞を調整し,ヘッジホッグの存在下で培養した.ヘッジホッグ蛋白としてマウスソニックヘッジホッグのN端リコンビナント蛋白 (rmShh-N) を用いた.ヘッジホッグ蛋白のN端の構造はファミリー内で高度に保存されており,rmShh-Nの作用はIhhの生理活性作用を代替すると考えた.最初にこの細胞においてヘッジホッグシグナルが機能するために必要なヘッジホッグの受容体Patched, またその下流の因子GliのmRNAが発現しており,ヘッジホッグ処理によりそれらの発現レベルが上昇することを確認した.ノーザンブロットにより Cbfa1 の発現を調べたところ,6.5-kbのCbfa1 mRNA がこの軟骨細胞において発現しており,発現レベルがヘッジホッグの存在により上昇することが示された.この上昇機構を明らかにするため,Cbfa1 遺伝子の転写開始点より-1825bp上流から開始する1.8-kbのプロモーター領域を含むルシフェラーゼコンストラクトを初代軟骨細胞に導入し,ルシフェラーゼアッセイによりプロモーター活性を調べたところ,ヘッジホッグの存在によりこの1.8-kb Cbfa1 プロモーターの活性は有意に上昇した.さらにこのプロモーター領域の塩基配列の解析から hepatocyte nuclear factor 3β (HNF3β) のエンハンサー上のGli結合配列として報告されている9塩基の配列5'-GAACACCCA-3'がCbfa1転写開始点の上流-258bpから-250bpにわたって存在することが明らかとなった.このGli結合配列を含むルシフェラーゼコンストラクトを初代軟骨細胞に導入したところ,Gli1 の存在によりその活性は上昇し,Gli結合配列が軟骨細胞において機能していると考えられた.これらの結果から,ヘッジホッグは下流のGliを活性化し,Cbfa1プロモーター上のGli結合配列へのGliの結合を介してCafa1の転写活性を上昇させていることが示唆された.

ヘッジホッグと相互作用をもつことが知られるBMPに関しても本実験系において調べたところ,BMP処理によりCbfa1 mRNAの発現レベルは変化せず,プロモーター活性も変化しなかったことから,初代軟骨細胞におけるヘッジホッグによる Cbfa1 遺伝子発現の上昇作用はBMPシグナルとは独立した系によるものと考えられた.

正常な軟骨分化は軟骨形成とともに軟骨吸収も必要とする.ヘッジホッグ処理により骨の吸収窩が増加することが報告されており,ヘッジホッグシグナルが吸収に関与する因子の発現も調節している可能性があると考えた.RANKLは主に骨芽細胞表面に発現し,受容体の receptor activator nuclear factor κB (RANK) と結合することにより破骨細胞の分化,活性化に際し中心的な役割を果たすことが知られるが,軟骨においてもその発現が見られることやRANKL, RANKの欠失マウスにおいて成長板軟骨の柱状構造が乱れていることが報告されており,軟骨分化への関与も注目されている.さらに軟骨分化能のあるATDC細胞ではヘッジホッグ処理によりRANKLの発現が上昇することが報告されており,軟骨細胞におけるヘッジホッグシグナルの RANKL の調節について検討した.RT-PCR法により,ヘッジホッグシグナルは.初代軟骨細胞においてRANKLおよび RANK の mRNA の発現レベルを上昇させることが示された.さらに,RANKL の共存によりヘッジホッグシグナルによる軟骨細胞のアルカリフォスファターゼ活性の上昇作用が消失することが明らかとなり,RANKLがヘッジホッグの軟骨最終分化促進作用に対し抑制的な作用をもつことが考えられた.また,ヘッジホッグシグナルと RANKL が負のフィードバックの関係を形成する可能性も示唆された.

RANKL遺伝子のプロモーター上にはCbfa1の結合配列が存在することが知られており,軟骨細胞におけるヘッジホッグのRANKL調節はCbfa1を媒介する可能性も考えられた.

本研究では初代軟骨細胞においてヘッジホッグシグナルが Cbfa1 遺伝子のプロモーター活性を増大させることでその発現を上昇させること,さらに RANKL,RANK の遺伝子発現レベルを上昇させることが明らかとなった.これらの因子を介してヘッジホッグシグナルが軟骨分化を形成,吸収の両面から調節している可能性が示唆された.

成長板軟骨におけるヘッジホッグシグナルの作用

審査要旨 要旨を表示する

本研究は軟骨分化において中心的な役割を果たすと考えられているヘッジホッグシグナルの作用機構をより明らかにするため、ヘッジホッグの下流の標的として骨形成に必須の転写因子である core binding factor a1 (Cbfa1) および破骨細胞分化に必須の因子である receptor activator nuclear factor κB(RANKL)に着目し、ヘッジホッグによるこれらの因子の調節をマウス肋軟骨から調整した初代軟骨細胞において検討したもので、以下の結果を得ている。

初代軟骨細胞においてヘッジホッグ蛋白の添加により Cbfa1 mRNA の発現レベルが上昇することがノーザンブロットにより明らかとなった。これまでにも Cbfa1 の軟骨分化への関与は示唆されており、インディアンヘッジホッグ欠失マウスの軟骨膜/骨膜においてCbfa1の発現が見られないことからCbfa1がヘッジホッグの標的となり得ることが考えられていたが直接的な証拠は得られていなかった。本結果によりヘッジホッグシグナルの下流にCbfa1が存在する可能性が示された。

Cbfa1の転写開始点より-1825bp上流から始まる1.8-kbのプロモーター領域をルシフェラーゼに連結したレポーターコンストラクトを初代軟骨細胞に導入、ヘッジホッグの存在/非存在下で培養したところヘッジホッグの存在によりプロモーターの活性が上昇することがルシフェラーゼ活性により示された。

1.8-kbのCbfa1プロモーターの塩基配列をデータベースにより調べたところ、HNF3βのエンハンサーにおいて知られる9塩基のGli結合配列と同様の配列が転写開始点の上流-258bpから-250bpにわたり存在することが明らかとなった.Gliはヘッジホッグシグナルの受容体Patchedの下流に存在することが知られている。Gli結合配列を含むルシフェラーゼコンストラクトおよびGli発現ベクターを初代軟骨細胞に導入したところ、これらを同時に導入することによりルシフェラーゼ活性は上昇し、結合配列に変異を挿入したコンストラクトでは上昇が見られず、Gli結合配列が初代軟骨細胞におけるGliの機能に重要である可能性が示唆された。これらの結果から、ヘッジホッグは初代軟骨細胞において下流のGliを活性化させ、GliがCbfa1のプロモーター上の結合配列に結合することでCbfa1の遺伝子発現を上昇させる機構の存在が示唆された。

初代軟骨細胞においてヘッジホッグ蛋白の添加により破骨細胞の分化、活性化に必須の因子であるRANKLおよびその受容体であるRANKのmRNA発現レベルを上昇させることがRT-PCRにより示された。RANKLが軟骨分化に関与する可能性のあることはこれまでも示唆されており、細胞株でヘッジホッグがRANKL発現を上昇させることは報告されていたが、初代軟骨細胞でもヘッジホッグが同様の作用をもつこと、またRANKも上昇させることが初めて示された。

ヘッジホッグ蛋白の存在により初代軟骨細胞のアルカリフォスファターゼは上昇するが、RANKLを同時に作用させるとその上昇作用が見られなくなることがアルカリフォスファターゼアッセイにより示された。アルカリフォスファターゼ活性は軟骨最終分化の指標のひとつであり、これによりRANKLがヘッジホッグの軟骨最終分化促進作用を抑制している可能性があることが示唆された。

以上、本論文は初代軟骨細胞においてヘッジホッグシグナルがCbfa1遺伝子の発現をそのプロモーター活性の増強を介して上昇させ、さらにRANKL発現を上昇させることを明らかにした。本研究は複雑で下流の因子に関して不明な点も多かった軟骨分化におけるヘッジホッグの作用機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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