学位論文要旨



No 118479
著者(漢字)
著者(英字) Pourbakht,Akram
著者(カナ) プルバクト,アクラム
標題(和) 騒音によって引き起こされる難聴の予防についての研究
標題(洋) Protection against noise-induced hearing loss
報告番号 118479
報告番号 甲18479
学位授与日 2003.06.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2199号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢作,直樹
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 助教授 菅澤,正
 東京大学 助教授 伊良皆,啓治
 東京大学 講師 川原,信隆
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、強大音による難聴に対する予防法の検討、すなわち音響外傷 (NIHL) に対する知識、NIHLからの耳の保護、影響の修飾を導入する方法・手段を増加させることを目的とした。

最初に、強大音に引き起こされる難聴に対する ebselen の保護影響を検討した。Ebselen(2-フェニル基を含む-1(一つ)、2-benzisoselenazol-3(2H))(seleno-有機化合物)は、グルタチオン・ペルオキシダーゼに似た作用を有し、また peroxynitrite (ONOO) にも作用する。生体内ではO2はNOと反応してはONOOを形成し、蛋白質およびDNA損害を引き起す(Squadrito ら、1995年)。Ebselen は、ONOOと急速に反応することが知られ、ゲンタマイシンやシスプラチンによる内耳毒性に保護的に作用することが報告されている。今回、NIHLから蝸牛を保護することができるかどうか調べた。電気生理学検査や有毛細胞障害の計測は、ebselen が聴覚閾値上昇や外有毛細胞障害を有意に軽減させることを示した(p<0.01)。ebselen の10および30mg/kg経口投与は、どちらもモルモットの聴覚・有毛細胞障害を統計的に有意に軽減した。興味深いことに、30mg/kgの保護作用は10mg/kgのそれより少なかった。30mg/kgの ebselen を音響曝露なしのコントロール動物に与えても聴覚閾値上昇などの副作用はなかった。これらの結果は、モルモットでは、約10mg/kgのebselen投与により音響外傷に対する保護効果が得られることを示している。また強大音の環境ではより高濃度の ebselen 服用はモルモット蝸牛の障害を引き起こす可能性も示している。

強大音響による蝸牛障害は、薬物投与のほかに与えられるノイズのパラメーターの変化が影響することが示唆されている。次の研究では、ノイズを短い間隔で停止させることが蝸牛障害を軽減できるかどうか調べた。115および125dB SPLの2つのノイズレベルの音を連続的にまたは断続的にモルモットを曝露することにより、聴覚閾値上昇および有毛細胞障害の程度を比較した。生理学的および組織学的検討により、断続的なノイズ曝露は連続的なノイズ曝露よりも著しく小さな聴覚閾値上昇および有毛細胞障害を引き起こした。等エネルギー説 (equal energy theory) は、曝露音響のエネルギー量が蝸牛障害の量と比例することを提唱している。今回の検討では断続的な125dBSPL音のエネルギーは、連続的な115dBのSPL雑音のおよそ4倍であったが、前者はより小さな閾値上昇および有毛細胞障害を引き起こした。私たちは、等エネルギー説は少なくとも本研究中で使用された音の大きさの範囲内では適用できないと結論した。連続的なノイズを間歇的に中断させることでこのように障害が軽減される理由は不明である。断続的・連続的な雑音の音圧レベルが等しいので、間歇的なノイズの中断は機械的な損傷というより代謝作用に主に影響しているのかもしれない。この中断は、血流低下、活性酸素の産生、細胞内[Ca2+]上昇などのノイズによる影響を軽減したのかもしれない。

一般に、音響曝露直後の閾値上昇が40dB以上でない場合、難聴が完全に回復できることが知られている。これは temporary threshold shift(TTS)あるいは聴覚疲労現象と呼ばれている。内有毛細胞の求心神経線維が浮腫状に変化する現象がTTSのひとつの理由とされている(Pujolら、1999年)。今回は、TTSも ebselen 投与により著明に(p<0.05)軽減されることを示した。Ebselen 投与群ではTTSは対照群と比較してより急速に正常に復した。この結果は、ノイズによって過度に生産されたNOおよび peroxynitrite を ebselen が除去することでモルモットのTTSが軽減されたことを示唆している。ebselen がTTSの際の求心神経線維の浮腫を防ぐのかどうかはまだ検討中である。

以上、本論文は、薬物投与またはノイズの中断によりNIHLが軽減できることを示した。Ebselen は、強大音響曝露による蝸牛障害を軽減した。この予防効果は、恐らく ebselen の NO(O2)の除去によるものと思われる。Ebselen は人間においても虚血(梗塞)の治療薬として既に臨床的に使用されており、副作用はほとんどないとされている。従って、ebselen は人におけるNIHLの予防および治療薬として優れた候補であると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、強大音による難聴に対する予防法の検討、すなわち音響外傷 (NIHL) に対する知識、NIHLからの耳の保護、影響の修飾を導入する方法・手段を増加させることを目的とした。これはMHLについての私たちの理解を深める際に重要な役割を果たし、臨床応用に結びつく手段の開発に役立つと思われる。

最初に、強大音に引き起こされる難聴に対する ebselen の保護影響を検討した。Ebselen(2-フェニル基を含む-1(一つ)、2-benzisoselenazol-3(2H))(seleno-有機化合物)は、グルタチオン・ペルオキシダーゼに似た作用を有し、また peroxynitrite (ONOO) にも作用する。生体内ではO2はNOと反応してはONOOを形成し、蛋白質およびDNA損害を引き起す(Squadrito ら、1995年)。Ebselen は、ONOOと急速に反応することが知られ、ゲンタマイシンやシスプラチンによる内耳毒性に保護的に作用することが報告されている。今回、NIHLから蝸牛を保護することができるかどうか調べた。電気生理学検査や有毛細胞障害の計測は、ebselen が聴覚閾値上昇や外有毛細胞障害を有意に軽減させることを示した(P<0.01)。ebselen の10および30mg/kg経口投与は、どちらもモルモットの聴覚・有毛細胞障害を統計的に有意に軽減した。興味深いことに、30mg/kgの保護作用は10mg/kgのそれより少なかった。30mg/kgの ebselen を音響曝露なしのコントロール動物に与えても聴覚閾値上昇などの副作用はなかった。これらの結果は、モルモットでは、約10mg/kgの ebselen 投与により音響外傷に対する保護効果が得られることを示している。また強大音の環境ではより高濃度の ebselen 服用はモルモット蝸牛の障害を引き起こす可能性も示している。

強大音響による蝸牛障害は、薬物投与のほかに与えられるノイズのパラメーターの変化が影響することが示唆されている。次の研究では、ノイズを短い間隔で停止させることが蝸牛障害を軽減できるかどうか調べた。115および125dB SPLの2つのノイズレベルの音を連続的にまたは断続的にモルモットを曝露することにより、聴覚閾値上昇および有毛細胞障害の程度を比較した。生理学的および組織学的検討により、断続的なノイズ曝露は連続的なノイズ曝露よりも著しく小さな聴覚閾値上昇および有毛細胞障害を引き起こした。等エネルギー説 (equal energy theory) は、曝露音響のエネルギー量が蝸牛障害の量と比例することを提唱している。今回の検討では断続的な125dBSPL音のエネルギーは、連続的な115dBのSPL雑音のおよそ4倍であったが、前者はより小さな閾値上昇および有毛細胞障害を引き起こした。私たちは、等エネルギー説は少なくとも本研究中で使用された音の大きさの範囲内では適用できないと結論した。連続的なノイズを間歇的に中断させることでこのように障害が軽減される理由は不明である。断続的・連続的な雑音の音圧レベルが等しいので、間歇的なノイズの中断は機械的な損傷というより代謝作用に主に影響しているのかもしれない。この中断は、血流低下、活性酸素の産生、細胞内[Ca2+]上昇などのノイズによる影響を軽減したのかもしれない。

一般に、音響曝露直後の閾値上昇が40dB以上でない場合、難聴が完全に回復できることが知られている。これは temporary threshold shift(TTS)あるいは聴覚疲労現象と呼ばれている。内有毛細胞の求心神経線維が浮腫状に変化する現象がTTSのひとつの理由とされている(Pujol ら、1999年)。今回は、TTSもebselen 投与により著明に(p<0.05)軽減されることを示した。Ebselen 投与群ではTTSは対照群と比較してより急速に正常に復した。この結果は、ノイズによって過度に生産されたNOおよび peroxynitrite を ebselen が除去することでモルモットのTTSが軽減されたことを示唆している。ebselen がTTSの際の求心神経線維の浮腫を防ぐのかどうかはまだ検討中である。

以上、本論文は、薬物投与またはノイズの中断によりNIHLが軽減できることを示した。Ebselen は、強大音響曝露による蝸牛障害を軽減した。この予防効果は、恐らく ebselen のNO(O2)の除去によるものと思われる。Ebselen は人間においても虚血(梗塞)の治療薬として既に臨床的に使用されており、副作用はほとんどないとされている。従りて、ebselen は人におけるNIHLの予防および治療薬として優れた候補であると思われる。本研究は、これまで困難であったNIHLの予防および治療に重要な貢献をなすものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク