No | 118482 | |
著者(漢字) | 新堂,克徳 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | シンドウ,カツノリ | |
標題(和) | ユビキタス情報空間における対話モデル | |
標題(洋) | Interaction Model in Ubiquitous Information Space | |
報告番号 | 118482 | |
報告番号 | 甲18482 | |
学位授与日 | 2003.06.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4399号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 情報科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本研究では,ユビキタス情報空間においてコンテキスト,特に個人属性に応じて情報をカスタマイズするユビキタス情報システム・アーキテクチャを提案し,それをユビキタス情報システムの応用の1つである実空間上のデジタル・ミュージアムに適用した展示システムの実装および評価を行う。 近年,情報技術や通信技術の進展により,コンピュータやネットワークが日常生活空間に浸透しつつある。中でも,実世界のコンテキストに応じた情報サービスを提供したり,機器や環境を制御することで我々をサポートしたりするユビキタスコンピューティングが期待されている。ユビキタスコンピューティングの重要な応用の1つに,日常空間の様々な場所に埋め込まれたコンピュータや,人が携帯する情報機器を通して情報を提供し,それぞれの人に対する効率的な清報提供を行うユビキタス情報システムがあり,我々はこのような空間をユビキタス情報空間と呼ぶ。従来から,実空間は物理的なポスターやパネル,看板などが情報を提供する空間であるため,情報が偏在する空間になっている。ユビキタス情報空間は,このような空間を強化することが可能である。特に情報が高密度に集積する博物館やショー,商店や教室などの空間では,こうした仕組みのサポートが期待されている。しかしこのような実空間は大規模なものであり,また様々な種類の情報が相互に影響を与える環境である。また,システムが利用する個人の趣向や特性は保護されなければならない。 このような問題を解決するために,本研究では,ユビキタス情報システム(UIS:Ubiquitous Information System)アーキテクチャを提案し,それをユビキタス情報システムの応用の1つである実空間上のデジタル・ミュージアムに応用した展示システムの実装および評価を行った。 我々はアーキテクチャを提案する前に,まず本研究が扱う情報の範囲を明確にするために,情報をシステムが人間に提供する情報と,人間や環境がシステムに提供するコンテキストに分類し,practical なモデルとして対話モデルを設計した。対話モデルはコンテキストを分類するコンテキストモデル,情報を分類する情報モデル,この2つに基づいてシステムが人間に情報を提供する手法を定める適用モデルの3つからなる。コンテキストモデルとは,コンテキストを(1)個人の属性情報,(2)ものの情報,(3)実空間のコンテキスト情報,(4)ユビキタス情報システムのプロファイル情報の4種類にカテゴライズしたものである。(1)個人の属性情報とは,個人を特徴づけるための情報の集合をいい,これをユビキタス情報システム内で変化しない静的情報と変化する動的情報に分けた。(2)ものの情報は「もの」を特徴づけるための情報で,一般にはものを説明した情報をいう。これは後述する情報モデルと適用モデルに従う。(3)実空間のコンテキスト情報は,現在時刻や天候,温度など,いわゆるユビキタスコンピューティングで用いられる様々なコンテキスト情報である。我々は,ある人と同一空間内にいる別の人の属性情報を実空間のコンテキスト情報として扱った。(4)ユビキタス情報システムのプロファイル情報とは,たとえば端末の解像度などのシステム情報である。情報モデルとは,コンピュータが自動的に変換か否かという観点で情報を(1)意味は同じだが言語や説明のレベルが異なる「コンテンツ」を集めたセマンティック層と(2)文章は同じだが表現方法が異なるものを集めた表現層に分けたものである。適用モデルは,セマンティック層からコンテキストを選ぶ「選択」と,表現層に基づいてコンテキストを変化させる「変換」からなる。 次に我々は,この対話モデルに基づき,個人の特性や趣向に応じてシステムが個人に提供する情報を変化させるユビキタス情報システム・アーキテクチャ(UISアーキテクチャ)を構築した。UISアーキテクチャは(1)カード,(2)ユビキタス情報端末(UIT:Ubiquitous Information Terminal), (3)データベース,(4)センサーの4種類の要素からなり,カスタマイズされる情報を扱う information layer,情報のカスタマイズを行うためにinformation layerに提供するコンテキストのうち個人の属性を扱う personal attributes layer,実空間環境を扱う context layer の3層からなる。本研究では,context layer として既存のユビキタスネットワークを使用した。personal attributes layerをcontext layerから分離したのは,個人がシステムに庭球する個人属性を保護するためである。我々はこの保護を実現するpersonal attributes layerとして,eTRONアーキテクチャを構築した。eTRONアーキテクチャでは,各個人がカードを所持し,ユビキタス情報システムが持つ端末やサーバは個人が所有するカードから個人属性を得るために,相互に認証を行う。カードには端末やサーバに許可する操作をファイル・アクセス・コントロールによって定義する。端末やサーバはこれらの許可された操作だけを行って個人属性を取得する。information layerは,対話モデルに従って,情報をカスタマイズする層である。我々は以下の手順でカスタマイズを実現した。UITがコンテンツをデータベースに要求すると,データベースは個人属性を personal attributes layerから収集し,適用モデルの「選択」を行う。選択したコンテンツをUITが受け取ると,UITは変換」を行い,個人に情報を提供する。ここで,UITは personal attributes layerとinformation layerに属する,UISアーキテクチャの中心的な存在である。我々はこのUITを(1)個人属性を扱うpersonal attributes layer,(2)個人属性を表示または変更するためにインタフェースを提供する user interface manager,(3)コンテンツを表示するbrowser,(4)モジュール館のデータ変換を行うfilter managerの4つのモジュールの組み合わせとして設計した。またUISの基本的な機能として,情報の個人化,個人情報の動的更新,および実世界ブックマーキングを設計した。 我々はこのUISアーキテクチャをデジタル・ミュージアムに適用させ,展示システムを実装した。まず,個人が所有するカードとして非接触型スマートカードを選択した。なぜならば,非接触型スマートカードはpersonal aatributes layerを構築するために必要なCPUを持っており,低コストであり,所定位置に置くという簡単なインタフェースでユーザは端末に個人属性を提供できるからである。またPDAは表現能力に優れているがまだ重く,壊さないように持ち運ぶためにユーザにストレスを与えるという報告があることから,本研究では個人が所有するカードとして非接触型スマートカードを選択した。我々の展示システムは大きく分けて,来館者が所有するカード,展示物が情報を提供するための公共端末,そして実空間のコンテキスト情報や来館者に提供する情報を管理するサーバの3つの要素からなる。我々はこの展示システムを3種類の実展示環境に運用した。1つは2001年7月にオープンした日本科学未来館(東京都江東区:現在も開館している),2つめは2001年7月から9月まで開催された「みらい☆体験博」(兵庫県神戸市),最後は2002年1月から2月まで開催された「デジタルミュージアムIII」(東京都文京区)である。これらの展示には,あわせてのべ40万人以上の人が来館し,のべ30万枚以上のカードが発行された。 最後に本研究で提案したUISアーキテクチャの評価を述べる。まずUISアーキテクチャに基づいて実装した端末は,そのソースの50%以上を共有することができた。これはUISアーキテクチャが開発期間の短縮に寄与したといえる。次に,モデルの設計によってシステム開発の工程と情報コンテンツ準備の工程を分離することができた。また,本研究で提案したeTRONアーキテクチャは,従来のファイルごとに共有鍵でロックする方式よりも柔軟なアクセス・コントロールを可能にした。本研究で実運用したシステムは,のべ40万人以上に利用され,かつ18ヶ月以上に渡って,重大な問題もなく安定して稼働した。これは,UISアーキテクチャが実空間上での大規模運用に耐えられることを示しているといえる。システム利用状況の分析から47%以上の人が実際にパーソナライズ機能を利用していると考察できた。これは今回実装した個人化機能が不要ではなかったことを示している。端末の反応時間をカードの読み取り時間とコンテンツの取得及び表示時間に分けて計測したところ,端末のカードの読み取り時間の幅が1,850msから3,230msとコンテンツの取得・表示時間の幅である1,110msから1,850msに比べて大きかった。カードの読み取り時間が3,230msであった時のログから,これは非接触通信のリトライに起因することが分かった。 | |
審査要旨 | 本論文はユビキタス情報空間においてコンテキスト,特に個人属性に応じて情報をカスタマイズするユビキタス情報システム・アーキテクチャを提案し,それをユビキタス情報システムの応用の1つである実空間上のデジタルミュージアムに適用した展示システムの実装及び評価を行ったものである。 本論文は6章からなり,第1章は論文の背景,問題点,目的について述べている。背景としてユビキタスコンピューティングと,その応用としてのユビキタス情報システムについて述べている。ユビキタス情報システムとは,ユビキタスコンピューティングの重要な応用の1つであり,日常空間の様々な場所に埋め込まれたコンピュータや人が携帯する情報機器を通してそれぞれの人に対する情報提供を行うシステムであると述べている。その上で,ユビキタス情報システム,特に個人に応じた情報提供を実現するシステムが抱える問題点を以下のように指摘している。まず,実空間上でのユビキタス情報システムは大規模なものになり,それに対応する必要がある。次に,ユビキタス情報システムでは様々な種類の情報が相互に影響を与えている。最後に,システムが利用する個人の趣向や特性は保護されなければならない。本論文の目的は,これらの問題の解決を提案することを目的としたユビキタス情報システム・アーキテクチャを提案することであると述べている。 第2章では,本論文の対象とするユビキタスコンピューティング,またユビキタス情報システムの応用の1つであるデジタルミュージアムに関する関連研究を,歴史的背景を交えて述べている。 第3章では,本研究が提案するユビキタス情報システム・アーキテクチャについて述べている。本章ではまず,アーキテクチャが扱う情報の範囲を明確にするために,情報をシステムが人間に提供する情報と,人間や環境がシステムに提供するコンテキストに分類し,対話モデルを設計したことを述べている。次に,このモデルに基づいてカスタマイズする情報を扱う information layer, 情報のカスタマイズを行うためにinformation layerに提供するコンテキストのうち個人属性を扱う personal attributes layer, 実空間環境を扱う context layerの3層からなるユビキタス情報システム・アーキテクチャを構築したことを述べている。本章で personal attributes layer を contex layer から分離したのは,個人がシステムに提供する個人属性を保護するためである。本章では,この保護を実現するために eTRON アーキテクチャを構築している。eTRONアーキテクチャでは,各個人がカードを所持し,ユビキタス情報システムが持つ端末やサーバは個人が所有するカードから個人属性を得るために,相互に認証を行う。カードには端末やサーバに許可する操作をファイル・アクセス・コントロールによって定義する。端末やサーバはこれらの許可された操作だけを行って個人属性を取得する。また端末のモジュール化と具体的な設計手法について言及している。 第4章では,ユビキタス情報システム・アーキテクチャのデジタルミュージアムへの応用について述べている。まず,ユビキタス情報システム・アーキテクチャに基づくデジタルミュージアムシステムについて述べている。個人が所有するカードとして非接触型スマートカードを選択した理由として,personal attributes layerを構築するために必要なCPUを持っていること,PDAは表現能力に優れているがまだ重く,壊さないように持ち運ぶためにユーザにストレスを与えるという報告があること,低コストであること,所定位置に置くという簡単なインタフェースでユーザは端末に個人属性を提供できることを挙げている。次に,設計したデジタルミュージアムシステムの3つの展示会場での運用と,それらの展示会場で提供した説明のパーソナライズ,案内地図の生成,実世界ブックマーキングなどの機能の詳細を述べている。 第5章では,提案したアーキテクチャの評価として,アーキテクチャに基づいて実装したシステムがそのソースの50%以上が共有できたことと,モデルの設計によってシステム開発の工程と情報コンテンツ準備の工程を分離することができたことを述べている。また本章では,実運用したシステムがのべ40万人以上に利用され,かつ18ヶ月以上に渡って安定して稼働させられたことを述べ,そのシステム利用状況の分析から47%以上の人が実際にパーソナライズ機能を利用していると考察している。さらに端末の応答時間の測定結果から,ある端末のカードの読み取り時間の幅が1,850msから3,230msとコンテンツの取得・表示時間の幅である800msから1,110msに比べて大きいことに触れ,これは非接触通信のリトライに起因していると分析している。最後に第6章で,本研究のまとめと将来の課題について述べている。 本論文で得られた成果は,合計2つの学会発表などによって公表されており,また実装されたシステムは実際に公共の場において実運用実績を持っている。このことから,本研究がユビキタスコンピューティングの分野において実際に社会に貢献するものであると認められる。 本研究は,ユビキタスコンピューティングの分野において,学会上,また応用上,寄与するところが少なくない。よって,博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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