学位論文要旨



No 118483
著者(漢字) 榊,直人
著者(英字)
著者(カナ) サカキ,ナオト
標題(和) 明野広域空気シャワーアレイで観測した最高エネルギー宇宙線の研究
標題(洋) Ultra High Energy Cosmic Rays observed by Akeno Giant Air Shower Array
報告番号 118483
報告番号 甲18483
学位授与日 2003.06.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4400号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川崎,雅裕
 東京大学 助教授 森,正樹
 東京大学 教授 井上,一
 東京大学 教授 杉本,章二郎
 東京大学 助教授 金行,健治
内容要旨 要旨を表示する

現在世界最大の最高エネルギー宇宙線観測装置、明野広域空気シャワーアレイ(AGASA)のデータを用いて、最高エネルギー宇宙線が起こす空気シャワー現象の解析とそれを解釈するためにモンテカルロシミュレーションを行った。AGASAのシンチレーション検出器で観測されたデータはシミュレーションによりよく再現された。このシミュレーションを用いて新たにエネルギー推定式を導出し、この新たな関係式を用いてAGASAで観測された宇宙線のエネルギーを評価しエネルギースペクトルを用いた。以下において、AGASAデータを用いた空気シャワー特性とそのシミュレーションデータとの比較、得られたエネルギースペクトルについて簡単にまとめる。

空気シャワーシミュレーションプログラムとしてAIRESとCORSIKAを用い、さらにGEANT3を用いてAGASA検出器の詳細な応答を評価して実際の観測データに近いシミュレーションデータを生成した。空気シャワー中の荷電粒子成分の横方向発達分布の形は、このようなシミュレーションによってシャワー軸からの距離、数百メートルから4キロメートルまで、また天頂角60度のシャワーまで実験結果をよく再現することができた。この結果は使用したハドロン相互作用モデル(QGSJETまたはSIBYLL)や1次粒子の種類(陽子か鉄か)にはほとんどよらない。AGASAでは1次粒子のエネルギーを推定するためにシャワー軸から600mでの荷電粒子密度を用いているが、AGASAの場合にはS(600)がシャワー中の全電子数よりも揺らぎが少なく安定なエネルギー推定ができることが示された。また、傾いた角度のシャワーの場合には多くの物質量を通過するためS(600)が減衰するが、この減衰曲線において天頂角60度まで実験データとシミュレーションデータの非常によい一致を得た。(paragraph)

これらの結果によりAGASAにおいて天頂角60度までのデータを用いることができるようになった。

このようにして得られたS(600)からエネルギーの換算式は次式で表される。

E[eV]=2.23×1017So(600)[/m2]

モデルや一次粒子の種類によるこの式の不定性は5〜20%であり、今までAGASAで用いていた換算式は最低のエネルギーを与えていることがわかった。

これらの結果をもとに実験データの解析を行い、1018.5eV以上のエネルギースペクトルを求めた。1019eV付近でのスペクトルのべきが変化しており、このエネルギー領域での到来方向分布は一様であった。この結果は1019eV以上の宇宙線が銀河系外起源あることを示唆している。また、1019.6eV以上の宇宙線が陽子や鉄の場合、宇宙背景輻射の光子と衝突してエネルギーを失うため、1019.6eV付近にカットオフができると予想されていた。しかし、AGASAの観測結果は、このエネルギーを超えてスペクトルが延びていることを示しており、1020eV以上のイベントを15例観測した。これらのイベントの起源は2,30Mpc以内にあると考えられるが、AGNや電波銀河のような活動的な対応天体は見つかっていない。1019eV以上の宇宙線の到来方向は、大きくは一様分布をしているがその分布に自己相関が見られた。相関角度のスケールは角度決定精度にほぼ等しく、点源の存在を示唆している。

シャワー軸から600mでの荷電粒子密度の天頂角(θ)による減衰を表す。横軸はsecθで通過する大気の物質量に相当する。線で表されているのはシミュレーションによる結果で、それぞれの線の違いはモデルの違い、一時粒子の違いを示すが、これらはほとんど違いはなく、実験データ(黒丸)を天頂角60度(secθ=2)までよく再現している。

AGASAで観測された宇宙線のエネルギースペクトルを示している。破線は宇宙に一様に宇宙線の源が分布しているときに期待されるスペクトルで宇宙背景放射の光子との衝突により1019.6eV付近にカットオフがみられる。観測されたスペクトルはこのエネルギーを超えてさらに高いエネルギーまでのびている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、12章からなり、第1章は序章として高エネルギー宇宙線の観測の現状・問題点がまとめられ本論文の目的が述べられている。第2章では超高エネルギー宇宙線の実験とその結果を紹介した後、宇宙線の宇宙での伝搬に関する物理とその宇宙線の起源についてレビューされている。第3章は超高エネルギー宇宙線を観測する上で重要な地球大気中での宇宙線が引き起こす空気シャワー現象を説明している。

第4章からが学位論文の本題である明野広域空気シャワーアレイ(AGASA)実験について、その実験装置の説明、データ解析、結果が述べられている。まず、第4章では現在世界最大の最高エネルギー宇宙線観測装置であるAGASAの概要が説明され、第5章では観測された空気シャワーに対するイベントの再構成・イベント選択・イベント例が示されている。第6章では観測された各イベントから元々の宇宙線(1次宇宙線)のエネルギーを評価するために使用される空気シャワーのシミュレーション計算プログラムについての説明が詳しく述べられ、実際にシミュレーションコードCORSIKAとAIRESを使ったシャワー粒子のエネルギー分布・高度分布などの計算結果が示されている。空気シャワー中の荷電粒子の横方向発達分布に関して、このようなシミュレーションは、シャワー軸からの距離数100メートルから4キロメートルまで、シャワー軸の天頂角が0度から60度の範囲で実験結果をよく再現することが示されている。また、この結果は使用したハドロン相互作用モデル(QGSJETまたはSIBYLL)や1次粒子の種類(陽子か鉄か)にはほとんどよらないことも示されている。AGASAでは1次粒子のエネルギーを推定するために、シャワー軸から600mでの荷電粒子密度S(600)を用いているが、シミュレーションの結果からS(600)がシャワー中の全電子数よりも個々のシャワーイベントによる揺らぎが少なく、S(600)を用いることでより安定なエネルギー推定ができることが示された。

実際にAGASAによって観測された空気シャワーの特徴が第7章にまとめられ、第8章では観測データをシミュレーションと比較して得られる1018.5eV以上の1次宇宙線のエネルギースペクトルが示されている。1019.6eV以上のエネルギーを持った宇宙線が陽子や鉄などの原子核の場合、宇宙背景輻射の光子と衝突してエネルギーを失うため、スペクトルにカットオフ(GZKカットオフ)ができると予想されていた。しかし、AGASAの観測結果は、このエネルギーを超えてスペクトルが延びており、1020eV以上のイベントが15例観測された。この結果は宇宙線の起源や加速機構を考える上で非常に重要で、この結果の誤差とシャワーシミュレーションの正当性が続く第9章で議論されている。特に、シャワーシミュレーションは1次宇宙線のエネルギーを決める上で重要な役割を果たしているので、その信頼性が問題になる。本論文では低エネルギー領域(1014-16eV)での空気シャワーの観測と比較してシミュレーションがその結果を良く再現することやシミュレーションに使われるハドロン相互作用のモデルが加速器実験のデータと合っていること、さらに、他の実験グループ (Yakutsk Group) が別の手法で求めたS(600)と宇宙線エネルギーの関係式と今回シミュレーションで求めた関係式とに整合性があることなどからAGASAの結果が信頼できることが述べられている。第10章では到来方向に関する議論が述べられている。最後に11章で実験のまとめと超高エネルギー宇宙線の起源が議論されている。

このように本論文は世界的に注目されている超高エネルギー宇宙線のスペクトルを観測し、特に、そのエネルギー推定にとってきわめて重要な空気シャワーシミュレーションについてその正当性が現在入手可能なデータを使って詳しく検討されている点で、物理学的に高く評価できる。なお、本論文は共同実験に基づいているが、空気シャワーシミュレーションの改善それを使用した解析や結果の正当性の検証等は論文提出者が中心となって行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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