No | 118488 | |
著者(漢字) | 李,宣姃 | |
著者(英字) | JIN,ZHEN FU | |
著者(カナ) | イ,ソンジョン | |
標題(和) | アユのグルゲア症原因微胞子虫Glugea plecoglossiの感染メカニズムに関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 118488 | |
報告番号 | 甲18488 | |
学位授与日 | 2003.07.07 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第2643号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 水圏生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 養殖アユのグルゲア症は、微胞子虫 Glugea plecoglossi がアユの腹腔内および内臓に白色の“グルゲアシスト”(キセノマ)を形成する疾病である。病魚に致命的な影響を与えることはないが、醜悪な外観から商品価値を低下させることで古くから知られている。近年、アユの種苗生産の増加に伴い、種苗にグルゲア症が高率で発生した例があり、新たな問題となっている。微胞子虫は胞子の内部にらせん状に巻かれた極管を弾出することで胞子原形質を宿主体内に送り込む。胞子の経口投与および胞子懸濁液中への浸漬によって感染が成立することから、G. plecoglossi は経口的および経皮的に感染すると考えられる。しかし、G. plecoglossi が魚体内に侵入する過程や感染に至るまでの詳細な知見はない。本種を含め、ほとんどの微胞子虫の生活環や感染様式は明らかにされていないが、感染のメカニズムや感染期が解明されれば、今まで困難であった微胞子虫症の治療や予防にも寄与すると期待される。 そこで本研究では、ニジマスを実験魚とした感染系を確立するとともに、微胞子虫胞子壁のキチン質を染色する蛍光色素 Uvitex 2BおよびG. plecoglossi を特異的に検出する in situ hybridization (ISH) 法を開発し、これらの手法を用いて経皮および経口経路による魚体内への感染様式について検討した。さらに、アユ種苗生産で問題となる卵および孵化仔稚魚への感染経路の推定を行った。 ニジマスを用いたG. plecoglossi 感染実験系の開発 従来、G. plecoglossi によるグルゲア症はアユ以外の魚では報告されていない。しかし、アユは一年魚のため実験に適当なサイズが常時は入手できないことが難点である。一方、ニジマスは周年様々なサイズのものが得られ、G. plecoglossi の実験感染が成立することが知られている。そこで、ニジマスを胞子懸濁液に浸漬、腹腔内注射、経口投与する方法を用いて感染させたところ、アユで報告されているのと同様な組織に同程度に感染が成立した。このことから、ニジマスはG. plecoglossi 感染実験モデルとして適していると考えられた。次に、あらかじめ Uvitex 2Bで染色した胞子および対照として無染色胞子を用いてニジマスへの感染実験を行った結果、両者のシスト数、感染部位などに差は認められなかった。よって、胞子の付着部位等を調べる際に Uvitex 2B染色が応用できることが示された。また、G. plecoglossi の SSUrRNA 遺伝子に基づいて設計した特異プローブを用いたISH法による検出を試みた結果、シスト内の様々な発育段階が陽性反応を示し、感染直後の皮下組織や腸管上皮に侵入した原形質も検出できた。さらに、MicroProbe システム (Fisher Scientific) を用いた迅速ISH法により、従来法よりも効率的な検査が可能となった。以上より、ニジマスを実験魚として、Uvitex 2B染色法やISH法を用いることによりG. plecoglossi の感染動態を調べる実験系を確立した。 G. plecoglossi の感染様式 本章では、ISH 法や組織切片のヘマトキシリン・エオシン染色 (H&E)、Uvitex 2B 染色法などを用いてG. plecoglossi胞子を異なる経路で感染させて、感染の初期からキセノマ形成までの過程を調べた。また、感染のきっかけとなる極管弾出の刺激因子について検討した。 経皮経路による感染様式:Uvitex 2B 染色胞子懸濁液に浸漬したニジマスにおいて、胞子は魚の体表の微小な傷口および側線の外部開口部に付着していることが確認された。胞子から放出された胞子原形質(Uvitex 2B 陰性、ISH 陽性)は浸漬5分後には表皮のみで検出されたが、6時間後では表皮および真皮の両方に多数観察されるなど時間の経過とともに下層へと移動した。それに対し胞子(UviteX 2B 陽性)はニジマスの組織内には極めて少なかったことより、胞子の形では侵入しないことが示唆された。綿棒を用いて体表の限定された部位に胞子を塗布する実験感染では14日目に表皮および真皮にメロゴニー期が見られ、21日目は真皮と皮下組織にスポロゴニー期が観察されたが、その数はメロゴニー期と比べて少なかった。30日目は発達したキセノマが皮下組織に見られた。以上のことより、上皮に付着した胞子が極管を弾出し、放出された胞子原形質が移動および発育して上皮や真皮でメロゴニーを経てから皮下組織に定着してキセノマを形成していくことが経皮感染様式として考えられた。さらに、侵入した多くのG. plecoglossi のうち、一部だけが最終的に胞子形成まで至ることが示唆された。また、胞子の塗布実験で、キセノマはほぼ胞子を塗った部位の皮下にのみ形成されたため、経皮経路では感染は全身には拡大しないことが示された。 経口経路による感染様式:胞子懸濁液をニジマスへ経口的に投与し、以降、経時的に30日後までサンプリングした。胞子原形質は投与5分後ではほとんどが腸管粘膜上皮で観察されたが、時間の経過とともに粘膜固有層や粘膜下組織など下部の組織へと移動した。また、腸管腔内では胞子の抜け殻(Uvitex 2B 陽性、ISH 陰性)が多く観察されたのに対して、組織内ではほとんどが原形質の状態で見られたことから、腔内で極管弾出して原形質のみが組織に注入されて発育することが示唆された。7日目には腸の粘膜固有層でメロゴニー期が観察され、21日目には胞子を含んだ若いキセノマが粘膜固有層で見られた。30日目は腹腔内で崩壊したキセノマが観察されたため、経皮感染と同様に一部のキセノマは発育を完了できないことがわかった。この結果より、G. plecoglossi は粘膜固有層や粘膜下組織でメロゴニーからスポロゴニーを経た後、腹腔内に出て定着後に成熟していくことが示唆された。 感染制御因子の解析:経口感染あるいは経皮感染を想定し、魚の体表および腸の粘液が胞子の極管弾出の刺激源になるかどうか調べた。ニジマス体表面と腸の粘液を採集し、胞子懸濁液に混合した後、極管弾出率を測定したが、いずれの粘液も極管弾出を誘導しなかった。またペプシン液(pH 1)およびトリプシン液(pH 9)を作用させたところ、高い弾出率を示し、経口感染では消化液による極管弾出が感染の引き金となっていると思われた。しかし、経皮感染ではこのような刺激は考えにくい。そこで、魚類組織中に存在することが知られているレクチン活性の感染への影響を検討した。すなわち、8種類のレクチン (ConA, WGA, PNA, SBA, UEA-1, PHA-E4, DBA, LCA) のうち、胞子に結合性を示した ConA と WGA, 結合性を示さなかった DBA と LCA を用いて極管弾出実験およびレクチン処理胞子による感染実験を行った。いずれのレクチンも極管弾出には影響がなかったものの、塗布感染実験において WGA 処理胞子区の感染率は8.3%で、コントロールの90%と比べ著しく低下した。しかし、この感染率の低下のメカニズムおよびその生物学的意味は不明なまま残った。 ニジマス卵および仔稚魚への感染様式 2002年、宮崎県内で発生した人工種苗アユのグルゲア症では孵化後15日目の仔魚の腹腔内にキセノマが形成され、ほぼ100%の感染率を示した。キセノマ形成に要する日数を考慮すると、魚への侵入は孵化前後と考えられ、感染様式が成魚とは異なる可能性が考えられた。そこで、ニジマスの卵および仔・稚魚を用いて、侵入時の魚の発育段階と感染経路の特定を試みた。浸漬感染実験において、発眼卵および孵化後1日目の仔魚は感染しなかったが、孵化後14日目の仔魚と30日、59日目の稚魚では腹腔内にキセノマの形成が見られた。このような仔・稚魚への感染が経皮的に起こるものかを調べるため、稚魚に対する塗布感染実験を行ったところ、全てのキセノマは皮下組織に形成されたため、人工種苗に見られる腹腔内キセノマは経皮感染によるものではないと判断された。次に、摂餌に伴う経口感染の可能性を調べるため、孵化後16日目に餌を求め浮上した仔魚および非浮上仔魚を用いた浸漬感染実験ではいずれも同程度に感染が起こったため、摂餌行動と感染との関連は否定された。そこで、孵化後4〜15日目までの仔魚を蛍光ビーズ懸濁液に浸漬した結果、孵化後12日目以降から胃内に蛍光ビーズが多数観察された。このことから、孵化12日目以降の仔魚は胞子を含む水を飲み込むことで経口的に感染すると考えられた。 以上の結果より、G. plecoglossi は感染経路により感染様式が異なることが示された。すなわち、経口的に入った胞子は消化液などの刺激によって腸管腔内で極管を弾出し、腸管上皮に原形質が挿入される。その後、発育しながら腸を通り抜けて腹腔内で定着してキセノマとなる。経皮的には魚体表面の微小な傷口や側線などに胞子が付着した後、宿主細胞との接触で極管を弾出し、胞子原形質が上皮に挿入される。そして発育しながら皮下組織まで至って定着したもののみキセノマを形成する。また、人工種苗で見られる腹腔内キセノマは、胞子を含む水を仔魚が飲み込むことによって感染することが示唆された。アユのグルゲア症ではほとんどが腹腔内にキセノマが形成されているため、罹病魚は経口的に感染しと考えられるが、天然水域、養殖場、種苗生産場におけるそれぞれの感染環の解明については今後さらなる研究が必要である。微胞子虫の感染様式はほとんど研究されていないなかで、本研究で得られた G. plecoglossi の感染様式に関する知見は今後の微胞子虫症対策に役立つと期待される。 | |
審査要旨 | 養殖アユのグルゲア症は、微胞子虫 Glugea plecoglossi がアユの腹腔内および内臓に白色の“グルゲアシスド”(キセノマ)を形成する疾病である。病魚に致命的な影響を与えることはないが、醜悪な外観からアユは商品価値を失う。また、種苗生産過程のアユにもグルゲア症が発生し、新たな問題となっている。微胞子虫は胞子の内部にらせん状に巻かれた極管を弾出することで原形質を宿主体内に送り込む。G. plecoglossi は経口的および経皮的に感染するが、魚体内に侵入する過程や感染に至るまでの詳細な知見はない。そこで本研究では、ニジマスを実験魚とした感染系を確立するとともに、蛍光色素 Uvitex 2B による胞子壁の染色法および G. plecoglossi を特異的に検出する in situ hybridization (ISH) 法を用いてニジマスへの感染様式について検討した。さらに、アユ種苗生産で問題となる卵および仔稚魚への感染経路の推定を行った。 第1章では序論として研究の背景と意義を概説した。第2章では実験室での飼育管理がアユよりも容易なニジマスを用いた感染実験系の開発を試みた。まず、ニジマスを胞子懸濁液に浸漬、腹腔内注射、経口投与する方法を用いて感染させ、アユと同等に感染が成立することを確認した。また、Uvitex 2B染色とISH法を組み合わせることによって、感染直後も含め、体内の様々な発育段階を特異的に検出することができた。さらに、改良されたISH法の導入により、従来法よりも迅速な検査が可能となった。 ニジマスを用いた実験系が確立したことを踏まえ、第3章では、異なる経路で胞子をニジマスに感染させて、感染初期からキセノマ形成までの過程を調べた。また、感染のきっかけとなる極管弾出の刺激因子について検討した。 経皮感染:胞子懸濁液による浸漬感染では、胞子はニジマス体表の微小な傷口および側線の外部開口部に付着したが、組織内にはほとんど侵入しなかった。一方、胞子原形質は浸漬5分後には表皮内で検出され、時間の経過とともに下層へと移動した。綿棒を用いて体表の限定された部位に胞子を塗布すると、14日目に直下の表皮および真皮にメロゴニー期、21日目には真皮と皮下組織にスポロゴニー期、30日目には皮下組織に発達したキセノマが見られた。以上のことより、経皮感染では、体表に付着した胞子から極管を通して上皮内に注入された胞子原形質が、上皮や真皮で発育してから皮下組織に定着してキセノマを形成していくと想定された。 経口感染:経口投与された胞子はニジマス腸管上皮にはほとんど付着や侵入はしなかった。しかし、投与5分後には胞子原形質が腸管粘膜上皮で観察され、時間の経過とともに下部組織へと移動した。7日目には腸の粘膜固有層にメロゴニー期、21日目には粘膜固有層に若いキセノマ、30日目には腹腔内に発達したキセノマが観察された。この結果より、胞子は腸管腔内で極管を弾出して原形質のみが組織内に注入され、粘膜固有層や粘膜下組織で発育し、腹腔に出て定着後に成熟していくことが示された。 感染制御因子の解析:ニジマス体表と腸の粘液は極管弾出を誘導しなかった。一方、ペプシン液(pH 1)およびトリプシン液(pH 9)に対しては高い弾出率を示し、経口感染では消化液による極管弾出が感染の引き金となっていると思われた。経皮感染にレクチンが関与すると想定したが、調べた8種類のレクチン(ConA, WGA, PNA, SBA, UEA-1, PHA-E4, DBA, LCA)はいずれも極管弾出には影響しなかった。胞子に結合性を示したConAとWGA、結合性を示さなかったDBAとLCAで処理した胞子を塗布したところ、WGA処理胞子区の感染率は8.3%で、未処理区の90%と比べ著しく低かった。しかし、この感染率低下のメカニズムは解明できなかった。 2002年、宮崎県内で発生した人工種苗アユのグルゲア症では孵化15日齢のほぼすべての仔魚の腹腔内にキセノマが形成された。仔稚魚における感染様式は成魚の場合とは異なると考えられたので、第4章では、ニジマスの卵および仔稚魚を用いて、侵入時の魚の発育段階と感染経路の特定を試みた。発眼卵および1日齢の仔魚では浸漬感染は成立しなかったが、14日齢以上の仔稚魚では腹腔内にキセノマが形成された。一方、稚魚の体表に胞子を塗布したところ、キセノマはすべて皮下組織に形成された。孵化後16日目に餌を求め浮上した仔魚および同齢の未浮上仔魚を用いた浸漬実験ではいずれも同程度に感染したため、摂餌行動と感染との関連は否定された。そこで、仔魚を蛍光ビーズ懸濁液に浸漬した結果、孵化後12日目以降から胃内に蛍光ビーズが多数観察された。以上のことから、12日齢以降の魚は胞子を含む水を飲み込むことで経口的に感染すると考えられた。 以上の結果より、G. plecoglossi は侵入部位により感染様式が異なることが示された。また、人工種苗で見られる腹腔内キセノマは、仔魚が胞子を含む水を飲み込むことによって感染することが示唆された。ほとんどの微胞子虫では、感染様式が不明のままである。本研究はG. plecoglossi の感染様式を明らかにし、今後の微胞子虫症の対策への応用の可能性を示したもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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