No | 118490 | |
著者(漢字) | 劉,文君 | |
著者(英字) | LIU,WENG JUN | |
著者(カナ) | リュウ,ブンクン | |
標題(和) | 中国における職業教育拡大政策の実現過程に関する実証的研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 118490 | |
報告番号 | 甲18490 | |
学位授与日 | 2003.07.16 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(教育学) | |
学位記番号 | 博教育第92号 | |
研究科 | 教育学研究科 | |
専攻 | 総合教育科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 中国では、経済成長を目指して、技能労働者を養成するために、1980年代から職業高校を中心に中等レベルでの職業教育を発展させる政策をとった。中学卒業者の5〜7割を中等職業学校に入学させる目標が制定され、中等職業教育が急速に拡大してきた。後期中等教育に占める職業学校の在学者数の割合は、1976年の1.2%から1995年に今まで最高の割合の56.8%に達した。しかし、職業教育の急速な拡大につれて多くの問題も浮かび上がってきた。1990年代半ばから職業教育拡大はマイナス成長をし始めた。2000年に高校段階に占める職業学校の在学者数の割合は46.9%に落ち、1995年より約10%を激減し、政策目標と大きなズレが見せた。 中等職業教育の拡大政策を大きく整理すれば、経済的と社会的の二つの要因を背景としている。 第1に経済的にみれば、中国では1970年代末に文化大革命が終焉し、経済成長の達成の軌道へ乗り始めた。急速な経済発展につれて、都市部の第三次産業の発展と農村の郷鎮企業の振興は、即戦力となる技術労働者を大量に必要とするようになった。そうした背景から専門的人材と技術労働者の養成が重視され、職業教育の拡大は一連の教育改革政策の一つ焦点となっていた。 第2は社会的な要因である。経済発展とともに社会から大学進学への需要は拡大したが、大学の収容能力はまだ低く、大学進学率は1980年代初期には僅か3、4%で、1990年代に大きく拡大してきたが、まだ15%に及ばずトロウのいうエリート段階(Trow 訳書 1976)にとどまっている。R.P.ドーアがいう「後発効果」(Dore, 1975)、即ち学歴取得への熱意が高まり、過度の進学競争を引き起こす現象は中国においても起っており、大学受験競争の激しさは「千軍万馬が独木橋を渡る」とたとえられている。同時に、普通高校を卒業後進学できず、また就職もできない若者(待業青年)が大量に発生すれば社会的不安定がもたらされることはいうまでもない。こうした背景から普通高校より職業高校を拡大することによって、中学卒業者をあらかじめ高卒で就職するコースに「分流」させることが図られたのである。職業学校の拡大には失業対策としての役割も期待された。 では、中国において職業高校の拡大の結果は政策に期待された役割を果たしたか、また実際にどういう制限があるのか、という問題関心を抱え、本論文は中国における職業教育政策の実現過程に焦点を合わせて、職業教育の拡大のメカニズムを分析し、職業教育の実際と政策的期待との間のズレ、及びこれをもたらす問題点の構造を明らかにすることを目的とした。 今までの先行研究は職業高校卒業生の進路の考察、職業教育のコストとベネフィットの分析等、いわゆる「職業教育の効果」に着目した。言いかえれば、職業教育政策に関する研究は、インプット・アウトプットとの側面に関心を寄せている。しかし、政策研究ではインプット・プロセス(スループット)-アウトプットに注目することが重要である。本論文はparagraphに示された分析枠組みに沿って、職業教育の機能を分析するために、職業教育政策を実施する各行政レベルの職業教育拡大の実態に焦点を当て、職業教育政策の実現化の過程を実証的な分析を行った。 第1章では、1980年代からの経済体制、教育体制改革のダイナミクスと中国の職業教育制度の形成・発展を見取り、職業教育のシステムの構成、変遷を描いくことを通じて、中国における職業教育を取り巻く社会的、制度的なコンテクストを明らかにした。 第2章では、先ず中央レベルでの職業教育拡大の政策的な展開、それに期待された役割を分析し、職業教育拡大を実現するための施策を整理した上で、中央レベルの政策の問題点を分析した。 第3章では、職業教育における中央と地方の関係を分析し、このような関係構造の基で生じた省別の職業教育発展の格差に着目し、省別のクロスセクション・データによる職業教育拡大の規定要因と、職業教育拡大のジレンマを明らかにした。 第4章では、山東省を例にとって、省レベルで職業教育拡大の背景、モチベーション、及び制定した政策、措置とそれらの制約と問題点を検討した。 第5章では、山東省済南市・青島市の実例を通じて、両市の経済成長と職業教育の発展を概観した上で、市政府の職業教育発展の目標と制約及び措置を明らかにし、職業教育の現実に抱えている葛藤、及び問題の構造を分析した。 第6章では、ミクロレベルで、職業教育過程が職業高校生の進学アスピレーションの「冷却」、労働市場への参入における効果を実証的に分析した。 続いて、第7章では、1960年代日本の職業教育政策、拡大を概観し、地方における職業教育拡大に着目して、職業教育の拡大における地方政府の役割を明らかにした。中国と日本の差異を勘案する上で、中国に対する日本の経験と今日への含意を述べた。 最後第8章では、以上各章の分析結果を踏まえて、職業教育に期待された役割とそれが実際とのズレ、及びその原因を論じた。その上で、職業教育拡大政策における地方政府の役割を考え、中等教育発展のパースペクティブを展望し、政策的インプリケーションと残された課題を述べた。 このように制度・行政的側面(第1章〜第5章)と職業教育の実際(第5章〜第8章)という二つの次元で、中国における職業教育の実現過程を実証的に分析することによって、次のことを明らかにした。 職業教育の拡大はマクロ・レベルでの経済的社会的な必要をもとに、中央政府の視点から策定されたものである。またそれに応じて高校段階教育に占める職業高校の割合、及びカリキュラムの構成などの目標が設定された。しかも、これらの目標を実現させるための財政的な裏付けがないままに、強力的に推進した。しかしそれが実施されるのは地域においてであって、一方で財政的な裏付け、他方で地方労働市場の構造などは、地域によって大きく異なる。政策的な意図と学校レベルで実行する職業教育は必ずしも一致するとは限らず、むしろ大きなギャップが生じざるを得ない。それは世界各国においても指摘されているが、計画経済から市場経済へ移行過程にある中国では特に著しい問題となった。 制度的、行政的な側面からの分析から次のことを明らかにした。一方では、教育体制改革によって、高校段階の教育の財政的支出と行政的な管理は市、県政府に担われるようになった、他方では、計画経済時代の中央集権制がまた根強く残され、中央政府の職業教育拡大の目標を達成するために、省、市レベルの政府はこれに応じて一定の目標を設定、実現しなけれならなかった。しかし、省レベルの政府は高校段階の教育に対する直接の財政支出の責任が持たず、地方の労働市場と教育の需給にもストレートに関わることでもない。市レベルの政府はマクロ的な政策形成主体であるのと同時に、職業教育について自ら実質的なプロバイダとなっている。市レベルの政府は、一方では、中央政府と省政府の政策に従う立場にある。他方では、地域経済の発展に一定の視野をもつと同時に、実際の労働需要をも身近に、かつ具体的に把握し、市民からの中等教育機会への需要に接する立場にある。しかも,経済発展の中で、インフラストラクチャーの整備など多部門への投資が必要とされ、教育部門においても九年義務教育の普及、高等教育への膨大な進学需要を満たすために、高等教育への投資も必要とされる。ゆえに市政府が職業教育拡大させるために必要とされる財政的な資源には、大きな制約があった。 激動しつつある社会的・経済的コンテクスト、と上述の制度、行政の下で置かれている職業教育の実際に、1.財政・制度的制限、2.労働市場、3.教育機会市場、という構造的な問題を孕むことが避けがたい。paragraphに示すようにこの三つの問題群は関連し、一つのサイクルとなっている。即ち、職業教育の問題の構造的要因財政的な基盤が欠如であるために、必要な施設の整備、専門教員の養成が困難に直面した。また、基本的な条件の不備による役に立つ職業教育を行ないがたいことが、卒業生の質が低下させた。これに加え、激しい社会的、経済的な外的要因による労働需要予測の不確実性が、卒業生の就職問題をもたらした。さらに、労働市場での卒業生の「就職難」は職業学校の「学生募集難」を引き起こした。特に高等教育が急速に拡大する状況の中で、普通高校への進学ブームを一層加熱し、職業高校と普通高校、そして職業学校間の入学者の獲得巡る競合を招く、いわゆる、教育機会市場での問題をもたらした。これらの構造的な問題に対して、市政府が対応策をとることによって一定程度で緩和することができるが、根本的に解決するのは難しい。職業教育の構造的な問題は職業教育拡大政策とその実際とのズレをもたらす原因となった。他方では、職業高校教育は一定の効果を収めたとは言え、しかし、職業高校生に職業意識を確立させ、進学意欲を冷却させ、労働市場へ参入する政策的な期待とのギャップが見られた。 職業教育拡大政策の実現過程に関する分析の枠組み 職業教育構造的要因の構造 | |
審査要旨 | 一般に経済発展の過程においては、中等職業教育を拡大する政策がとられることが多いが、それは他方で様々な矛盾を生じさせることがP..フォスターなどによって指摘され、それ以来経済発展と教育をめぐる議論の一つの焦点となってきた。この論文は、中国における1980年代からの中等職業教育拡大政策について、その実現・具体化の過程、そしてそこにおいて現れた問題点を、実証的に分析したものである。 序章においては、職業教育についての先行研究をレビューし、そこから一般に経済発展過程においてあらわれる職業教育をめぐる政策的な課題とその矛盾を整理したうえで、職業教育拡大政策の実現過程に焦点をあてた本研究の分析枠組みを設定している。 第1章では、中国における職業教育制度とその歴史的な背景を整理している。第2章では、中央政府の職業課程拡大政策を、政策文書をもとに分析し、高等教育への進学需要の抑制、および中級の技能労働力の養成、という二つの要因が政策の背景にあることを見出している。第3章では、そうした中央政府の政策が、地方(省)政府によって具体化されていく過程を分析し、中央政府の政策は財政措置を欠いており、それが政策の意図を達成する上での基本的な制約になったと論じている。 第4章では、山東省を事例としてとりあげ、省政府においてどのような形で政策が実施に移されたかを政策文書などをもとに分析している。第5章ではさらに政策の具体化の現場である山東省の二つの市の政府および職業学校において、どのような問題が生じているかを、インタビュー調査をもとに分析している。これらを通じて、財源の欠如などの政策要因、卒業生への需要などの労働市場要因、そして中学卒業生の普通課程志向などの進学機会需要要因、の三グループの要因が輻輳して構造的に職業高校の機能不全を生み出し、職業高校拡大政策が転換せざるを得なくなっていることを明らかにしている。 第6章ではさらに職業高校生へのアンケート調査をもとに、職業課程を普通課程の劣位の代替物として選んでいるものが多いものの、自己の特性に適合したものとして選択している生徒も一定の比率で存在していることを示している。また第7章では1960年代の日本の高度成長期における都道府県レベルでの職業高校拡大政策について中国の現状と比較しつつ分析している。第8章ではこれらの知見の政策的、学術的含意を整理して結論としている。 以上のように本論文は、中国の中等職業教育が直面する政策的な問題点を体系的、総合的に分析することによって、中国の教育政策の分析として重要な寄与をするだけでなく、一般的に経済発展過程において中等職業教育が直面する問題の構造についての重要な事例研究ともなっているものと評価される。このような観点から、博士(教育学)の学位論文として十分な水準に達しているものと認められる。 | |
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