学位論文要旨



No 118491
著者(漢字) 因幡,正代
著者(英字)
著者(カナ) イナバ,マサヨ
標題(和) 新しいB細胞機能分子の探索
標題(洋)
報告番号 118491
報告番号 甲18491
学位授与日 2003.07.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2202号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森本,幾夫
 東京大学 教授 清野,宏
 東京大学 教授 片山,栄作
 東京大学 助教授 渡邊,俊樹
 東京大学 助教授 三木,裕明
内容要旨 要旨を表示する

序論

Th2細胞や肥満細胞により分泌されるインターロイキン5 (IL-5) は、好酸球の増殖、生存、分化を促進するとともにB細胞の増殖やIgM、IgAなどの抗体産生を促進する。また、IL-5は好塩基球に作用し、炎症性メディエーターの放出を促進する。IL-5の研究は抗原刺激されたB細胞を抗体産生細胞に分化させるT細胞由来のリンホカイン、T細胞代替因子 (T cell-replacing factor ; TRF) の研究としてスタートした。共同研究者のTakatsuらは、マウス系統差間におけるTRFに対するB細胞の応答性について検索するため、種々の系統マウス由来B細胞をハプテン化KLH抗原 (dinitrophenyl-keyhole limpet hemocyanin : DNP-KLH) で感作し、TRF存在下の抗DNP IgG産生を調べた結果、他系統マウス由来B細胞はTRFに応答性を示すが、DBA/2Ha由来B細胞は応答性を示さない事を報告した。TRF低応答性DBA/2HaマウスをTRF高応答性BALB/cマウス感作B細胞で免疫して得られた抗血清はB細胞のTRF依存性IgG-PFC応答を選択的に阻害した。この阻害効果は、TRF高応答性を示すマウスのB細胞で吸収された。さらにフローサイトメーターを用いた検索によると、得られた抗血清は、BALB/cマウス由来B細胞に反応性を有したがT細胞には全く反応しなかった。これらのことから、この抗血清には仮想上のTRFアクセプターに対する抗体が含まれていると考えられた。

TRFアクセプターについて更に知見を得るため、TakatsuらはDNP-KLH抗原感作されたBALB/cマウス由来B細胞で頻回免疫したDBA/2Ha雄マウスのB細胞を、ミエローマ細胞と融合させ、TRFの作用を阻害する単クローン抗体を産生するハイブリドーマNH3を作製した。NH3抗体がどの様な分子を認識し、どのような特性を持っているのか未だ明らかにされていない。

本論文は、TRF低応答性であるDBA/2HaマウスのB細胞がIL-5に低応答性を示すか、それに関するB細胞異常について解析し考察したものである。また、DBA/2Haマウスの性質を利用して得られたNH3抗体を用いて、NH3抗体が認識する分子の検索を目的とし、NH3抗原発現細胞の分布、NH3抗体がIL-5応答性に与える影響、NH3陽性脾臓B細胞のIL-5応答性、NH3抗体が認識する分子の特性などについて解析し、結果と考察を記述した。

方法と結果

抗CD38抗体およびIL-5共刺激によるDBA/2Haマウス由来B細胞の抗体産生と増殖応答

Takatsu、Kikuchiらはマウス脾臓B細胞上に発現しているCD38を抗CD38抗体(CS/2)で架橋するとB細胞は著明に増殖しIL-5Rα鎖の発現を増強し、IL-5をさらに添加するとIgMおよびIgG1産生細胞への分化が誘導されることを報告している。このシステムを利用し、DBA/2Haマウス由来B細胞のIL-5応答性を抗体産生能を指標に調べた。DBA/2HaおよびDBA/2マウスの脾臓よりB細胞を分離し、抗CD38抗体とIL-5で共刺激し7日間培養し、培養上清中に含まれるIgMおよびIgG1をELISAにて測定した。DBA/2マウス由来B細胞を抗CD38抗体とIL-5で刺激すると、IgM、IgG1の産生がみられた。一方、DBA/2Haマウス由来B細胞を刺激した場合、IgMおよびIgG1産生はみられたが、その程度はDBA/2に比べ約2分の1程度に減少していた。抗CD38抗体とIL-5共刺激により誘導される増殖応答については両マウスのB細胞に差はなかった。これらのことから、DBA/2Haマウス由来脾臓B細胞は、抗CD38抗体とIL-5共刺激によりDBA/2マウスと同程度の増殖応答を示すが、IL-5により誘導されるIgM、IgG1産生が著明に低下していることが明らかになり、DBA/2HaマウスのB細胞はIL-5依存性の分化に関し、低応答性を示すと考えた。

IL-5応答性に及ぼすNH3抗体の効果

DBA/2HaマウスがTRFに対して低応答性である性質を利用して得られたNH3抗体を用い、IL-5に依存した増殖反応がNH3抗体存在下でどのように変化するか調べた。NH3抗体をIL-5依存性早期B細胞株Y16細胞の培養開始時に添加し、Y16細胞の[3H]-チミジンの取り込みを測定したところ、抗IL-5Rα鎖抗体は、IL-5により誘導されるY16細胞の[3H]-チミジンの取り込みを完全に阻害し、NH3抗体はY16細胞の[3H]-チミジンの取り込みを、有意に阻害した。これらの事から、抗IL-5Rα鎖抗体がY16細胞のIL-5依存性増殖反応を完全に阻害し、NH3抗体はIL-5によって誘導されるY16の増殖を有意に阻害することがわかった。

NH3抗体がY16細胞のIL-5依存性増殖反応の阻害が、NH3抗体によるIL-5のIL-5Rへの結合阻害によるか調べるため、125Iで標識したIL-5(125I-IL-5)を用い、NH3抗体による125I-IL-5の結合阻害実験を行った。抗IL-5Rα鎖抗体H7抗体では125I-IL-5のIL-5Rへの結合は約80%阻害された。NH3抗体では、125I-IL-5のIL-5Rへの結合は阻害されず、細胞に結合した放射性活性はコントロール抗体添加の場合と同程度を示した。これらのことから抗IL-5Rα鎖抗体はIL-5のIL-5Rへの結合を阻害するが、NH3抗体は阻害しない事が明らかになった。

NH3抗原の発現

NH3抗体によって認識される抗原の発現分布を調べるため、各種細胞株をビオチン化NH3抗体および抗IL-5Rα鎖抗体で染色し、フローサイトメトリーで解析した。その結果、NH3抗原は、Y16細胞、WEHI231細胞、BCL1-B20細胞などB細胞系細胞株、肥満細胞株MC9細胞および骨髄由来肥満細胞(BMMC)で発現が認められた。MTH細胞、LSTRA細胞などのT細胞系細胞株や赤芽球系細胞株MELγp3細胞ではNH3抗原は検出されなかった。発現量を比較すると、IL-5Rα鎖の発現がNH3抗原より高いY16、WEHI231、MC9細胞、またその逆でNH3抗原の発現がIL-5Rα鎖より高いBCL1-B20、BMMCといった2つのグループに分類できることがわかった。これらのことから、NH3抗原はIL-5Rα鎖と異なる分子である可能性が示唆された。抗CD38抗体でC57BL/6マウス脾臓B細胞を3日間刺激すると、IL-5Rα鎖陽性細胞の割合が6%から62%に上昇するが、NH3抗原発現細胞の割合は6%から13%にしか上昇しなかった。これらの結果からもNH3抗原の発現誘導パターンはIL-5Rα鎖のパターンと異なることがわかり、両分子が性状を異にする可能性が示唆された。マウス各組織の免疫担当細胞におけるNH3抗原の発現をフローサイトメトリーで解析したところ、NH3抗原は、骨髄、脾臓、腹腔内のB220陽性B細胞にそれぞれ0.9%、2.8%、14.3%発現していたが、胸腺内のCD3陽性細胞は発現していなかった。

NH3抗原とIL-5Rα鎖の発現細胞分布についてさらに明らかにするため、腹腔内細胞をNH3抗体、IL-5Rα鎖抗体および抗B220抗体で3重染色し解析した。腹腔内B細胞における、NH3抗原とIL-5Rα鎖の発現を調べたところ、NH3陽性細胞は、腹腔内IL-5Rα鎖陽性B細胞のうち7.4%を占めることがわかった。自然免疫で重要とされている腹腔内B-1細胞は、恒常的にIL-5Rα鎖を発現している事から、NH3抗原は一部のB-1細胞に発現していると考えられる。

以上のことから、株化細胞および生体内免疫細胞において、NH3抗原は主としてB細胞に発現しており、T細胞系では全く発現していないことがわかった。

NH3陽性B細胞のIL-5応答性

NH3陽性B細胞のIL-5応答性を明らかにするため、C57BL/6マウスの脾臓細胞からB220+/NH3+ B細胞ならびにB220+/NH3 B-細胞をそれぞれFACStarで分取し、IL-5存在下に培養後、培養上清中に含まれるIgM量およびIgM分泌細胞の出現頻度を、それぞれELISAおよびELISPOTにより測定した。未分画およびB220+/NH3-B細胞はIL-5存在下でもIgM産生量は検出限界以下であったが、B220+/NH3+ B細胞は、IL-5に応答してIgMを産生した。また、B220+/NH3+ B細胞のIgM産生細胞の出現頻度が、B220+/NH3- B細胞を培養した場合にくらべ、IL-5存在下で著しく高かった。これらのことから脾臓のB220+/NH3+ B細胞は、IL-5に応答してIgM分泌細胞へと分化しやすいことが明らかになった。

IL-5Rα鎖ノックアウトマウス由来B細胞におけるNH3抗原の発現

IL-5により誘導されるY16細胞の増殖反応が、NH3抗体によって有意に抑制されたこと、NH3抗原の発現分布がIL-5Rα鎖のそれと類似していたことなどから、NH3抗体が認識しているのは、IL-5Rα鎖そのものである可能性が考えられた。そこでIL-5α鎖ノックアウトマウスにおけるNH3抗原の発現をフローサイトメトリーで調べたところ、IL-5α鎖ノックアウトマウスのB細胞もNH3抗原を発現していることが分かった。また、IL-5Rα鎖を一過性に発現させたCOS7細胞とNH3抗体が反応しなかったことから、NH3抗体が認識するのはIL-5Rα鎖とは異なる分子であると結論した。

NH3抗体による免疫沈降

NH3抗原を生化学的に解析するため、NH3抗原の発現が最も高いBCL1-B20細胞を用いて免疫沈降を行った。BCL1-B20細胞の細胞表面をビオチン化し、1%Brijで可溶化後にNH3抗体を用いて免疫沈降をしたところ、NH3抗体により約60kDaの免疫沈降物を検出した。このNH3抗体による免疫沈降物と抗IL-5Rα鎖抗体による免疫沈降物のタンパク量を比較すると、使用した抗体量が等しいにも関わらず、NH3抗体で検出された免疫沈降物のタンパク量がIL-5Rα鎖のタンパク量に比べ少なかった。この結果は、BCL1-B20細胞におけるNH3抗原の発現がIL-5Rα鎖の発現より多いというFACS解析のデータと整合しない。可能性としては、NH3抗体が免疫沈降に適しておらず、免疫沈降の条件では抗原に対する親和性が低いこと、またはNH3抗原はビオチン化されにくいタンパクである事が考えられる。さらに、NH3抗体による約60kDaの免疫沈降物がNH3抗原そのものである可能性と、NH3抗原とIL-5Rα鎖は会合して存在しており、NH3抗体による約60kDaの免疫沈降物はIL-5Rα鎖であり、会合しているNH3抗原は非常に高分子のタンパクであるか、あるいは糖鎖である為にバンドとして検出されなかったという可能性が考えられる。以上の可能性について明らかにする為、2次元電気泳動法などを用い、NH3抗体による約60kDaの免疫沈降物がIL-5Rα鎖であるかどうか更に確認する必要があると考える。

NH3抗原のcDNA単離

NH3抗原のcDNAを単離することを目的とし、CDM8ベクターに組み込まれたBCL1-B20細胞のcDNAライブラリーをCOS7細胞に発現させ、NH3抗体で染色後にFACSVantageでNH3陽性細胞を分取した。細胞を溶解後、プラスミドの回収を行った。回収されたプラスミドは、大腸菌MC1061/P3にトランスフォームし増幅させた。プラスミド濃縮のため、増幅させたプラスミドを再びCOS7細胞にトランスフェクトし、NH3陽性細胞を分取した。これを4回繰り返した。4回目のスクリーニング後、700個のシングルコロニーをそれぞれCOS7細胞にトランスフェクトし、1個のNH3陽性クローン(12D-6)を得た。12D-6の塩基配列を決定したところ、FcγRIIBの塩基配列と高い相同性を示した。そこで、NH3抗原がFcγRIIBそのものであるか検索するため、FcγRIIBノックアウトマウスを用いて、NH3抗原の発現をフローサイトメトリー法により解析した。腹腔内B細胞群のNH3抗原陽性率は、野生型マウスおよびFcγRIIBノックアウトマウスでそれぞれ9.1%、5.6%でありFcγRIIBノックアウトマウスもNH3抗原陽性B細胞集団が検出された。また、抗CD38抗体で刺激した脾臓B細胞のNH3抗原の発現率は野生型マウスおよびFcγRIIBノックアウトマウスでそれぞれ5.8%、4.7%であり両者に大きな差は認められなかった。これらのことからFcγRIIBノックアウトマウスのB細胞もNH3抗原を発現していると結論した。以上より、スクリーニングの過程で得られたNH3陽性クローン12D-6はFcγRIIB遺伝子とは結論できなかった。

まとめと今後の展望

DBA/2Haマウスの脾臓B細胞はIL-5依存性のIgG1産生がDBA/2マウスに比べ著明に低く、IL-5低応答性が確認された。DBA/2HaマウスのB細胞がIL-5低応答性であることを利用して得られたNH3抗体を使った解析により以下の興味ある結果が得られた。1)NH3抗体はY16細胞のIL-5依存性DNA合成を阻害する。2)NH3抗体で認識されるNH3抗原は細胞表面分子で、主にB細胞に発現している。3)NH3抗原を発現しているB細胞が高頻度にIL-5応答性を示す。これらの結果からNH3抗原はB細胞に重要な機能を持ち、またIL-5応答性の制御に関与していると考えられる。

今後は、生化学的解析で得られた60kDaの免疫沈降物が、IL-5Rα鎖であるか、またはNH3抗原そのものであるか明らかにする為、2次元電気泳動法を用いて解析する必要があると考えている。また、共焦点レーザー顕微鏡を用い、NH3抗原とIL-5Rα鎖の細胞上における局在を調べることにより、NH3抗原とIL-5Rα鎖の関連性がより明確になると考えている。そして最終的には、NH3抗原のcDNA単離に焦点をあて研究を進めることが重要であろう。NH3抗原のcDNA配列が明らかになれば、LTK-細胞(マウス繊維芽細胞)におけるIL-5Rα鎖、IL-5Rβ鎖とNH3抗原の再構築が可能になり、NH3抗体を添加した場合と無添加の場合におけるIL-5シグナルにより誘導されるシグナル伝達物質の活性化や発現等について検索することにより、NH3抗原のIL-5シグナルへの関与が明らかになることが期待される。そうすれば、この研究がIL-5シグナルの新たな制御機能解明への突破口となり、IL-5が関与するB細胞の分化制御に新しい情報を提供するに違いない。また、NH3抗原を解析することは、マウスB細胞の分化制御、特に現在自然免疫との関連で注目されているB-1細胞の解明などに新しい情報を提供することになり、その有用性が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、TRF低応答性であるDBA/2HaマウスのB細胞がIL-5に低応答性を示すか、さらにDBA/2Haマウスの免疫学的異常について解析した。また、NH3抗体が認識する分子の検索を研究目的とし、NH3抗体が、細胞のIL-5応答性に与える影響、NH3陽性脾臓B細胞のIL-5応答性、NH3抗体が認識する分子の特性について解析し、以下の結果を得ている。

マウス脾臓B細胞上に発現しているCD38を抗CD38抗体(CS/2)で架橋するとB細胞は著明に増殖しIL-5Rα鎖の発現を増強し、IL-5をさらに添加するとIgM,IgG1産生細胞への分化が誘導される。このシステムを利用し、DBA/2Haマウス由来B細胞のIL-5応答性を抗体産生能を指標に調べたところ、DBA/2マウス由来B細胞を抗CD38抗体とIL-5で刺激するとIgM、IgG1の産生がみられた。一方、DBA/2Haマウス由来B細胞を刺激した場合、IgMおよびIgG1産生はみられたが、その程度はDBA/2に比べ約2分の1程度に減少していた。抗CD38抗体とIL-5共刺激により誘導される増殖応答については両マウスのB細胞に差はなかった。これらのことから、DBA/2Haマウス由来脾臓B細胞は、抗CD38抗体とIL-5共刺激によりDBA/2マウスと同程度の増殖応答を示すが、IL-5により誘導されるIgM、IgG1産生が著明に低下していることが明らかになり、DBA/2HaマウスのB細胞はIL-5依存性の分化に関し低応答性を示すことが明らかになった。

DBA/2HaマウスがTRFに対して低応答性である性質を利用して得られたNH3抗体を用い、IL-5に依存した増殖反応がNH3抗体存在下でどのように変化するか調べたところ、抗IL-5Rα鎖抗体は、IL-5により誘導されるY16細胞の[3H]-チミジンの取り込みを完全に阻害し、NH3抗体はY16細胞の[3H]-チミジンの取り込みを有意に阻害した。この事から、抗IL-5Rα鎖抗体がY16細胞のIL-5依存性増殖反応を完全に阻害し、NH3抗体はIL-5によって誘導されるY16の増殖を有意に阻害することが示された。また、NH3抗体がY16細胞のIL-5依存性増殖反応の阻害が、NH3抗体によるIL-5のIL-5Rへの結合阻害によるためか調べるため、125Iで標識したIL-5(125I-IL-5)を用い、NH3抗体による125I-IL-5の結合阻害実験を行った。抗IL-5Rα鎖抗体H7抗体では125I-IL-5のIL-5Rへの結合は約80%阻害された。NH3抗体では、125I-IL-5のIL-5Rへの結合は阻害されず、細胞に結合した放射性活性はコントロール抗体添加の場合と同程度を示した。これらのことから抗IL-5Rα鎖抗体はIL-5のIL-5Rへの結合を阻害するが、NH3抗体は阻害しない事が示された。

NH3抗体によって認識される抗原の発現分布を、各種細胞株およびマウス各組織の免疫担当細胞を用いて、フローサイトメトリーで解析した。NH3抗原はプロB細胞株、成熟B細胞株、肥満細胞株、および骨髄、脾臓、腹腔内のB220陽性B細胞に発現していた。しかしT細胞系細胞株、赤芽球系細胞株、CD3陽性胸腺細胞では発現していなかった。株化細胞、生体内免疫細胞ともにNH3抗原は主としてB細胞に発現しており、T細胞系では全く発現が認められなかったことから、NH3抗体が認識する分子はB細胞に重要な機能を持つ分子であることが示唆された。NH3抗原とIL-5Rα鎖の発現細胞分布についてさらに明らかにするため、腹腔内細胞をNH3抗体、IL-5Rα鎖抗体および抗B220抗体で3重染色し、腹腔内B細胞におけるNH3抗原とIL-5Rα鎖の発現を調べたところ、NH3陽性細胞は、腹腔内IL-5Rα鎖陽性B細胞のうち7.4%を占めることがわかった。自然免疫で重要とされている腹腔内B-1細胞は、恒常的にIL-5Rα鎖を発現している事から、NH3抗原は一部のB-1細胞に発現している事が示唆された。

NH3陽性B細胞のIL-5応答性を明らかにするため、C57BL/6マウスの脾臓細胞からB220+/NH3+ B細胞ならびにB220+/NH3 B-細胞をそれぞれ分取し、IL-5存在下に培養し、培養上清中に含まれるIgM量とIgM分泌細胞の出現頻度を測定した。未分画およびB220+/NH3- B細胞はIL-5存在下でもIgM産生量は検出限界以下であったが、B220+/NH3+ B細胞は、IL-5に応答してIgMを産生した。また、B220+/NH3+ B細胞のIgM産生細胞の出現頻度が、B2201/NH3 B細胞を培養した場合にくらべ、IL-5存在下で著しく高かった。これらのことから脾臓のB220+/NH3+ B細胞は、IL-5に応答してIgM分泌細胞へと分化しやすいことが示された。

NH3抗原を生化学的に解析するため、NH3の発現が最も高いBCL1-B20細胞を用いて免疫沈降を行い、NH3抗体により約60kDaの免疫沈降物を検出した。また、抗IL-5Rα鎖抗体でも60kDaの沈降物が得られた。これらの事実から、NH3抗体が認識する細胞表面分子の分子量は約60kDaであり、IL-5Rα鎖のそれと類似していることが明らかになった。NH3抗原の発現分布や分子量などがIL-5Rα鎖のそれと類似していることから、NH3抗体が認識しているのは、IL-5Rα鎖そのものである可能性が考えられたので、IL-5α鎖ノックアウトマウスにおけるNH3抗原の発現をフローサイトメトリーにて調べたところ、IL-5α鎖ノックアウトマウスのB細胞もNH3抗原を発現していることが示された。また、IL-5Rα鎖を一過性に発現させたCOS7細胞とNH3抗体が反応しなかったことから、NH3抗体が認識するのはIL-5Rα鎖とは異なる分子であると結論した。

BCL1-B20細胞のcDNAライブラリーをCOS7細胞に発現させ、NH3抗体で染色後FACSVantageでNH3陽性細胞を分取し、NH3抗原のcDNA単離を試みた結果、1個のNH3陽性クローン(12D-6)を得た。12D-6の塩基配列を決定したところ、FcγRIIBの塩基配列と高い相同性を示した。そこで、NH3抗原がFcγRIIBそのものであるか検索するため、FcγRIIBノックアウトマウスを用いて、NH3抗原の発現をフローサイトメトリー法により解析した。腹腔内B細胞群のNH3抗原陽性率は、野生型マウスおよびFcγRIIBノックアウトマウスでそれぞれ9.1%、5.6%でありFcγRIIBノックアウトマウスもNH3抗原陽性B細胞集団が検出された。また、抗CD38抗体で刺激した脾臓B細胞のNH3抗原の発現率は野生型マウスおよびFcγRIIBノックアウトマウスでそれぞれ5.8%、4.7%であり両者に大きな差は認められなかった。これらのことからFcγRIIBノックアウトマウスのB細胞もNH3抗原を発現していると結論した。以上の事から、スクリーニングの過程で得られたNH3陽性クローン12D-6はFcγRIIB遺伝子とは結論できなかった。

以上、本論文により、未だ明らかにされていないNH3抗原が、主にB細胞に発現する細胞表面分子であり、NH3抗原を発現しているB細胞が高頻度にIL-5応答性を示したことなどから、NH3抗原はB細胞に重要な機能を持ち、またIL-5応答性の制御に関与していることが示唆された。

今後、NH3抗原のcDNA配列が明らかになり、IL-5RとNH3抗原の再構築実験によりNH3抗原のIL-5Rシグナル系への関与が明らかになれば、本研究はIL-5シグナルの新たな制御機能解明への突破口となり、IL-5が関与するB細胞の分化制御に新しい情報を提供するに違いないと思われる。また、マウスB細胞の分化制御、特に現在自然免疫との関連で注目されているB-1細胞の解明に重要な貢献をもたらすと思われ、学位の授与に値するものと考えられる。

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