学位論文要旨



No 118492
著者(漢字) 山本,知孝
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,トモタカ
標題(和) 小脳スライス培養系における皮質核投射
標題(洋) Corticonuclear projection in the cerebellar slice culture
報告番号 118492
報告番号 甲18492
学位授与日 2003.07.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2203号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 教授 桐野,高明
 東京大学 助教授 中福,雅人
 東京大学 助教授 中田,隆夫
 東京大学 講師 辻本,哲宏
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、ラット小脳のスライス培養(インターフェース法)を行い、皮質核投射について主に免疫組織化学的手法を用いて解析したものであり、下記の結果を得た。

生後9〜11日齢の幼若ラットから小脳の傍矢状断スライス(厚さ400μm)を作成し、培養液と気層の界面にある多孔質膜上で2〜4週間培養した。培養液にはD-MEMとF12の等量混合液に10%のウシ胎児またはウマ血清とホルモンなどを加えたものを用い、最初は2週間目、以後は1週間毎に半量ずつ交換した。小脳プルキンエ細胞の特異的マーカーとしてCalbindin D-28K (CaBP)を、小脳核細胞のマーカーとして非リン酸化ニューロフィラメントH(非リン酸化NF-H)を用い、それぞれに対するモノクローナル抗体を用い培養スライスを酵素抗体法で染色した。これにより培養組織内にプルキンエ細胞と小脳核細胞が存在することを示した。また、皮質と小脳核の位置関係および皮質の特徴的な三層構造が保たれていること、プルキンエ細胞軸索が本来の経路(白質板)を経て小脳核領域に投射していることを観察した。

神経トレーサーを用いて、皮質から小脳核領域への神経投射について解析した。DiIによる逆行性標識により、小脳核領域へ軸索を伸展している皮質細胞がプルキンエ細胞のみであることを示した。デキストラン結合蛍光色素による順行性標識では、皮質のプルキンエ細胞の少なくとも一部が小脳核領域内で終末分枝を形成することを確認した。皮質の顆粒細胞をbiocytinにて標識したところ、これらは培養中に異常な方向に軸索を伸展させるが、小脳核細胞には多くは投射しないことを観察した。これらより、培養組織内では皮質核投射の細胞特異性が保たれていることを示した。

小脳核における皮質核投射について、培養組織の免疫二重染色を行い、共焦点顕微鏡を用いて観察した。非リン酸化NF-HとSynaptophysinの二重染色により、小脳核細胞の細胞体や突起上に多数のシナプス前終末が存在することを示した。また、培養組織中の小脳核細胞には、より小型で非リン酸化NF-H陰性のものもあること、正常ラットで記載されているような形態的多様性が維持されていることも示唆された。GABAA受容体β2/3 subunitとCaBPの二重染色では、GABAA受容体を発現している小脳核細胞の細胞体と突起上にプルキンエ細胞軸索の終末が存在することを示した。

培養組織中の小脳核細胞にシナプスが存在することを超微形態のレベルで示した。培養組織でも皮質と小脳核の位置関係が保たれることを利用して小脳核細胞を同定し、透過型電子顕微鏡で観察した。小脳核細胞の細胞体や突起上にシナプス前終末が存在し、対称性シナプスを形成していることを示した。

さらに、免疫電顕の手法 (post-embedding法) を用い、小脳核細胞にシナプスを形成しているのが確かにプルキンエ細胞軸索の終末であることを示した。培養組織を化学固定の後、液体プロパンへの浸漬により急速凍結し、凍結置換の手法でLowicryl HM20に包埋した。連続した超薄切片を用い、金コロイド二重標識を行ったところ、神経伝達物質(GABA)を含むプルキンエ細胞軸索終末(CaBP陽性)が小脳核細胞とシナプスを形成し、後シナプス細胞にはGABAA受容体 (β2/3 subunit) が発現していた。以上から、培養組織内に機能的な皮質核投射が存在すると考えられた。

以上、本論文は、三次元的組織構築を保ちつつ中枢神経回路をin vitroに再現しうる方法であるインターフェース法によるスライス培養系を用いて、ラット小脳の皮質核投射が最長観察期間の一ヶ月間維持されることを超微形態のレベルで初めて示したものである。さらに、培養下において皮質核投射の細胞特異性も維持されることを神経トレーサーを用いて示した。スライス培養系は中枢神経系の発生、可塑性、再生などの研究に今後有用性がさらに期待される。特に電気生理学的手法による神経回路の解析に応用しやすい利点を有する。このようなスライス培養系における小脳皮質核投射の形態学的な基盤は、本論文によってはじめて与えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、ラット小脳のスライス培養(インターフェース法)を行い、皮質核投射について主に免疫組織化学的手法を用いて解析したものであり、下記の結果を得た。

生後9〜11日齢の幼若ラットから小脳の傍矢状断スライス(厚さ400μm)を作成し、培養液と気層の界面にある多孔質膜上で2〜4週間培養した。培養液にはD-MEMとF12の等量混合液に10%のウシ胎児またはウマ血清とホルモンなどを加えたものを用い、最初は2週間目、以後は1週間毎に半量ずつ交換した。小脳プルキンエ細胞の特異的マーカーとしてCalbindin D-28K (CaBP)を、小脳核細胞のマーカーとして非リン酸化ニューロフィラメントH(非リン酸化NF-H)を用い、それぞれに対するモノクローナル抗体を用い培養スライスを酵素抗体法で染色した。これにより培養組織内にプルキンエ細胞と小脳核細胞が存在することを示した。また、皮質と小脳核の位置関係および皮質の特徴的な三層構造が保たれていること、プルキンエ細胞軸索が本来の経路(白質板)を経て小脳核領域に投射していることを観察した。

神経トレーサーを用いて、皮質から小脳核領域への神経投射について解析した。DiIによる逆行性標識により、小脳核領域へ軸索を伸展している皮質細胞がプルキンエ細胞のみであることを示した。デキストラン結合蛍光色素による順行性標識では、皮質のプルキンエ細胞の少なくとも一部が小脳核領域内で終末分枝を形成することを確認した。皮質の顆粒細胞をbiocytinにて標識したところ、これらは培養中に異常な方向に軸索を伸展させるが、小脳核細胞には多くは投射しないことを観察した。これらより、培養組織内では皮質核投射の細胞特異性が保たれていることを示した。

小脳核における皮質核投射について、培養組織の免疫二重染色を行い、共焦点顕微鏡を用いて観察した。非リン酸化NF-HとSynaptophysinの二重染色により、小脳核細胞の細胞体や突起上に多数のシナプス前終末が存在することを示した。また、培養組織中の小脳核細胞には、より小型で非リン酸化NF-H陰性のものもあること、正常ラットで記載されているような形態的多様性が維持されていることも示唆された。GABAA受容体β2/3 subunitとCaBPの二重染色では、GABAA受容体を発現している小脳核細胞の細胞体と突起上にプルキンエ細胞軸索の終末が存在することを示した。

培養組織中の小脳核細胞にシナプスが存在することを超微形態のレベルで示した。培養組織でも皮質と小脳核の位置関係が保たれることを利用して小脳核細胞を同定し、透過型電子顕微鏡で観察した。小脳核細胞の細胞体や突起上にシナプス前終末が存在し、対称性シナプスを形成していることを示した。

さらに、免疫電顕の手法 (post-embedding法) を用い、小脳核細胞にシナプスを形成しているのが確かにプルキンエ細胞軸索の終末であることを示した。連続した超薄切片を用い、金コロイド二重標識を行ったところ、神経伝達物質(GABA)を含むプルキンエ細胞軸索終末(CaBP陽性)が小脳核細胞とシナプスを形成し、後シナプス細胞にはGABAA受容体 (β2/3 subunit) が発現していた。以上から、培養組織内に機能的な皮質核投射が存在すると考えられた。

以上、本論文は、三次元的組織構築を保ちつつ中枢神経回路をin vitroに再現しうる方法であるインターフェース法によるスライス培養系を用いて、ラット小脳の皮質核投射が最長観察期間の一ヶ月間維持されることを超微形態のレベルで初めて示したものである。さらに、培養下において皮質核投射の細胞特異性も維持されることを神経トレーサーを用いて示した。スライス培養系は中枢神経系の発生、可塑性、再生などの研究に今後有用性がさらに期待される。特に電気生理学的手法による神経回路の解析に応用しやすい利点を有する。このようなスライス培養系における小脳皮質核投射の形態学的な基盤は、本論文によってはじめて与えられた。以上より、本研究は学位の授与に値すると考えられる。

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