学位論文要旨



No 118493
著者(漢字) 永谷,勝也
著者(英字)
著者(カナ) ナガタニ,カツヤ
標題(和) Ovalbumin誘発喘息モデルマウスにおける経口トレランスの誘導に関する検討
標題(洋)
報告番号 118493
報告番号 甲18493
学位授与日 2003.07.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2204号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 助教授 土屋,尚之
 東京大学 助教授 岩田,力
 東京大学 講師 高市,憲明
 東京大学 講師 谷口,茂夫
内容要旨 要旨を表示する

抗原の経口投与は、抗原特異的末梢性トレランスを誘導する方法の一つとして確立されており、経口トレランスと呼ばれる。疾患モデルに対する経口トレランスを用いた治療は、これまではEAE(実験的自己免疫性脳脊髄炎)、CIA(コラーゲン誘発関節炎)などの、主にTh1タイプの自己免疫疾患モデルにおいて様々な報告がなされている。しかし、気管支喘息などのTh2タイプのアレルギー性疾患モデルにおいては、病態抑制の手段としての経口トレランスの応用とそのメカニズムの検討は十分になされていない。経口トレランスは抗原の経口投与量や投与法によりその誘導が修飾されると考えられている。経口トレランスの誘導に際しこれらの最も効果的な条件を検討することは、経口トレランスの治療への応用という点からも重要である。とりわけ抗原の経口投与量は、経口トレランス誘導のメカニズムにおいて重要な要素であると考えられている。これまでの報告では、低用量の抗原の経口投与では、抗原特異的な抑制性T細胞が誘遵され、そのT細胞の移入により経口トレランスも移入されると報告されてきた。一方で、高用量の抗原の経口投与では、抗原特異的T細胞のクローナルアナジーやクローン除去が起こり、細胞移入によるトレランスの移入はできないとされている。Th2依存性の疾患においては、高用量の抗原の経口投与により気道内好酸球増多や気道過敏性を抑制したとの報告があるが、経口投与する抗原量や時期の違いにより、トレランス誘導に差がみられるかどうか比較検討した報告はほとんどない。今回我々は、Ovalbumin(OVA)誘発喘息モデルマウスで経口トレランスが誘導されることを確認し、経口投与する抗原量や時期の違いにより、トレランス誘導に差がみられるかどうか比較検討した。一方、経口トレランスで誘導される抑制性細胞の本態については、これまでの報告ではその見解は大きく分かれている。今回我々は、マウスのOVA誘発喘息モデルで、OVAを経口投与したマウスの全脾細胞の移入により経口トレランスが移入されるかどうか確認し、さらにこれらより特定の細胞群を除去して細胞移入を行うという手法を用いて、トレランスを移入させうる抑制性細胞について検討した。

気管支喘息は、気道内好酸球増多および気道過敏性の亢進がその特徴である。我々は、まずはじめに、OVA誘発喘息モデルマウスにおいて、OVAの経口投与により気道内好酸球増多のみならず気道過敏性をも抑制しうるか、また、OVAの投与量が経口トレランスの誘導にどのように影響するのかについて検討した。雄BALB/cマウスに、1回目の腹腔内感作の前に、低用量または高用量のOVAを、隔日に計5回経口投与した。OVA/Alumを10日間隔で2回腹腔内投与し、さらにOVAを3日間連続ネブライザー吸入して感作した。吸入終了より24時間後にメサコリン誘発気道過敏性を測定し、その後、BALFの好酸球分画、血清総IgEを測定した。対照群と比較し、低用量および高用量OVAを経口投与した群で、BALF中の好酸球分画および血清総IgEが抑制された。またOVAを経口投与した群で、喘息モデルにおいて気道過敏性を反映するPC200Mchが有意に高く、経口トレランスによる気道過敏性の抑制が確認された。また同時に摘出した肺の病理組織像でも、対照群と比較し、低用量および高用量のOVA投与群では、傍気管支および傍血管領域の炎症性細胞浸潤の著明な抑制を認めた。抑制の程度は、気道内好酸球増多、気道過敏性、病理組織像の全てにおいてOVAの低用量投与群に比べ、高用量投与群で強く、このモデルでの経口トレランスが投与量依存性であることが示された。

喘息の感作が進行中の状態でも経口トレランスによる治療効果が認められるかどうかは臨床的にも重要な問題である。経口投与時期によって経口トレランスの誘導がどのように影響されるかについて調べるため、我々は、OVAを投与する群を、投与時期により初回腹腔内感作前、2回目の腹腔内感作後および2回の腹腔内感作の中間とに分け、それぞれ隔日に計5回投与した。その後OVAで感作し、BALF中の好酸球分画、血清総IgEおよびメサコリン誘発気道過敏性を測定した。さらに摘出した肺から総RNAを抽出し、RT-PCR法により、喘息の病態に関与するTh2サイトカイン、好酸球の走化性に重要なケモカインであるEotaxin、またTh1サイトカインであるIFN-γや、抑制性サイトカインであるIL-10およびTGF-β遺伝子の肺組織での発現を解析した。初回腹腔内感作前の経口投与ではBALF中の好酸球分画、血清総IgE、および気道過敏性のいずれも、非経口投与群と比べ、著明に抑制されたが、2回目の腹腔内感作後の経口投与ではいずれも抑制されなかった。また、肺組織におけるIL-4、IL-5、IL-13、Eotaxin遺伝子発現はいずれも、初回腹腔内感作前の経口投与群で抑制されたが、2回目腹腔内感作後の経口投与群では抑制されなかった。IFN-γ、IL-10およびTGF-βについては各グループ間で特に差を認めなかった。また、2回の腹腔内感作の中間の時期のみにOVAを経口投与した場合にも、気道内好酸球増多、血清総IgE、気道過敏性のいずれも抑制が見られた。これらの結果は、感作が完全に成立した時期では、経口トレランスの誘導はできないものの、感作がいまだ進行中の状態であれば、十分に経口トレランスを誘導することが可能であることを示している。

経口トレランス誘導のメカニズムについては不明な点が多く、抗原の経口投与により何らかの過程を経て抗原特異的な抑制性細胞が誘導され、その抑制性細胞を移入することにより経口トレランスも移入されると考えられているが、その抗原特異的な抑制性細胞の本態については、現在もなお一定の見解は得られていない。次に我々は、このOVA誘発喘息モデルマウスにおいても、経口投与したマウスの脾細胞の移入で、経口トレランスが移入されるかどうかを調べた。OVAを経口投与した雄BALB/cマウスの脾細胞をナイーブなBALB/cマウスに経静脈的に移入した直後からOVA/alumによる感作を行ない、OVA吸入感作後にBALF中の好酸球分画、血清総IgEを測定した。OVAを経口投与したマウスの脾細胞を移入した群では対照群と比べて、BALF中の好酸球数の著明な抑制を認めたものの、血清総IgEの抑制は認められなかった。さらに我々は、腹腔内感作後においても、経口トレランスが移入されるかどうかについて検討した。OVAを経口投与した雄BALB/cマウスの脾細胞を、別のBALB/cマウスに2回の腹腔内感作後に経静脈的に移入した。OVA吸入感作後にBALF中の好酸球分画、血清総IgEを測定した。OVAを経口投与したマウスの脾細胞を移入した群では、対照群と比べて、BALF中の好酸球数の抑制を認めたものの、血清総IgEの抑制は認められなかった。これらの結果は、細胞移入によって気管支局所の炎症は抑制されるものの、OVAによる感作そのものは抑制されていないことを示唆している。

最後に我々は、OVAを経口投与したマウスの全脾細胞から特定の細胞群を除去して移入する手法により、経口トレランスの移入における抑制性細胞について検討した。OVAを経口投与したBALB/cマウスの脾細胞を全脾細胞または脾細胞よりCD4、CD8、および抗原提示細胞群(Antigen presenting cells : APCs)を磁気ビーズを用いて、ネガティブセレクションした。これらの細胞をナイーブなBALB/cマウスに経静脈的に移入したのち、OVAで感作し、BALF中の好酸球分画を計数した。OVAを経口投与したマウスの全脾細胞を移入した群では、対照群と比べてBALF中の好酸球数の抑制を認め、全脾細胞よりAPCを除去すると著明に抑制が解除された。CD4、CD8陽性細胞を除去した群でも部分的に抑制の低下を認めた。その程度はCD8陽性細胞に比べてCD4陽性細胞の方が大きかった。この結果より、脾細胞の養子移入による、経口トレランスの移入に関与する抑制性細胞は、T細胞のみならずAPCも重要であることが示唆された。次に、APCを構成する樹状細胞、B細胞、マクロファージのうち、どの細胞群が最も重要であるかを調べるため、OVAを経口投与したマウスの全脾細胞よりCD11c、CD11b、CD19陽性細胞をそれぞれネガティブセレクションにより除去した。対照群と比べ、BALF中の好酸球数は、CD11c陽性細胞を除去した群では有意な増悪を認め、CD11b陽性細胞を除去した群でも著明な抑制の解除が見られたが、CD19陽性細胞を除去した群では抑制への影響は見られなかった。CD11cおよびCD11b陽性細胞のネガティブセレクションで経口トレランスの移入が妨げられたことより、経口トレランスの移入において、脾細胞のうち特にCD11b陽性のミエロイド系樹状細胞が重要である可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、抗原誘発実験的喘息モデルマウスにおける経口トレランスの誘導とそのメカニズムについて解析したものであり、下記の結果を得ている。

Ovalbumin(OVA)誘発喘息モデルマウスにおいて、OVAの経口投与により気道内好酸球増多のみならず気道過敏性をも抑制しうるか、また、OVAの投与量が経口トレランスの誘導にどのように影響するのかについて検討した。対照群と比較し、低用量および高用量OVAを経口投与した群で、BALF中の好酸球分画および血清総IgEが抑制された。またOVAを経口投与した群で、喘息モデルにおいて気道過敏性を反映するPC200Mchが有意に高く、経口トレランスによる気道過敏性の抑制が確認された。また同時に摘出した肺の病理組織像でも、対照群と比較し、低用量および高用量のOVA投与群では、傍気管支および傍血管領域の炎症性細胞浸潤の著明な抑制を認めた。抑制の程度は、気道内好酸球増多、気道過敏性、病理組織像の全てにおいてOVAの低用量投与群に比べ、高用量投与群で強く、このモデルでの経口トレランスが投与量依存性であることが示された。

抗原の経口投与時期によって経口トレランスの誘導がどのように影響されるかについて検討した。初回腹腔内感作前の経口投与ではBALF中の好酸球分画、血清総IgE、および気道過敏性のいずれも、非経口投与群と比べ、著明に抑制されたが、2回目腹腔内感作後の経口投与ではいずれも抑制されなかった。また、肺組織におけるIL-4、IL-5、IL-13、Eotaxin遺伝子発現はいずれも、初回腹腔内感作前の経口投与群で抑制されたが、2回目腹腔内感作後の経口投与群では抑制されなかった。IFN-γ、IL-10およびTGF-βについては各グループ間で特に差を認めなかった。また、2回の腹腔内感作の中間の時期のみにOVAを経口投与した場合にも、気道内好酸球増多、血清総IgE、気道過敏性のいずれも抑制が見られた。これらの結果により、感作が完全に成立した時期では、経口トレランスの誘導はできないものの、感作がいまだ進行中の状態であれば、十分に経口トレランスを誘導することが可能であることが示唆された。

OVA誘発喘息モデルマウスにおいて、経口投与したマウスの脾細胞の移入で、経口トレランスが移入されるかについて検討した。OVAを経口投与した群では、BALF中の好酸球分画および血清総IgEが対照群とほぼ同程度にまで抑制されているが、OVAを経口投与したマウスの脾細胞を移入した群では対照群と比べて、BALF中の好酸球数の著明な抑制を認めたものの、血清総IgEの抑制は認められなかった。さらに腹腔内感作後においても、経口トレランスが移入されるかどうかについて検討した。OVAを経口投与したマウスの脾細胞を移入した群では、対照群と比べて、BALF中の好酸球数の抑制を認めたものの、血清総IgEの抑制は認められなかった。これらの結果により、細胞移入によって気管支局所の炎症は抑制されるものの、OVAによる感作そのものは抑制されないことが示唆された。

経口トレランスの移入における抑制性細胞について検討した。OVAを経口投与したマウスの全脾細胞を移入した群では、対照群と比べてBALF中の好酸球の抑制を認め、全脾細胞よりAPCを除去すると著明に抑制が解除された。CD4、CD8陽性細胞を除去した群でも部分的に抑制の低下を認めた。その程度はCD8陽性細胞に比べてCD4陽性細胞の方が大きかった。この結果より、脾細胞の養子移入による、経口トレランスの移入に関与する抑制性細胞は、T細胞のみならずAPCも重要であることが示唆された。次に、APCを構成する樹状細胞、B細胞、マクロファージのうち、どの細胞群が最も重要であるかを調べるため、OVAを経口投与したマウスの全脾細胞よりCD11c、CD11b、CD19陽性細胞をそれぞれネガティブセレクションにより除去した。対照群と比べ、BALF中の好酸球数は、CD11c陽性細胞を除去した群では有意な増悪を認め、CD11b陽性細胞を除去した群でも著明な抑制の解除が見られたが、CD19陽性細胞を除去した群では抑制への影響は見られなかった。CD11cおよびCD11b陽性細胞のネガティブセレクションで経口トレランスの移入が妨げられたことより、経口トレランスの移入において、脾細胞のうち特にCD11b陽性のミエロイド系樹状細胞が重要である可能性が示唆された。

以上、本論文は、抗原誘発実験的喘息モデルマウスにおいて、原因抗原の経口投与により経口トレランスを誘導することで、ヒトの気管支喘息の主病態である気道過敏性をも抑制できることを明確に示し、その経口トレランスの移入実験により経口トレランスの誘導における抑制性樹状細胞の重要性を示したものであり、臨床応用が期待される経口トレランスのメカニズムの解明に重要な貢献をなすものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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